2019.05.16

またまたニチニチソウに

Cimg0752_r2   Cimg0753_r2  玄関先の花はまたまたニチニチソウにした。まったくワンパターンなのだが、いくらかの時期の長短はあっても基本的に春夏はニチニチソウ、秋冬はパンジーだ。令和となった今年もニチニチソウは毎日明るくにこやかに咲き続けてほしい。
 
 ところで昨秋にパンジーに植え替えた時にしっかりとしていたニチニチソウの株を地植えしたところ越冬してまず一つだが花を付けた。昨年は暖冬ではあったが確かその前年も同じだったように思う。まさか宿根とはならずその年の内に少しずつ弱っていって去った。しかしなかなか楽しませてくれていた。
 考えようによっては、自由な身となるとあと一花咲かせられるのかもしれない。そんな都合のよいことがポッと頭に浮かんだのだが、それはそれで深いかもしれないし何やら元気が出る。ニチニチソウのようにまた笑顔で暮らしていきたい。

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2019.05.10

スイートマザー

Cimg0749_r2   我が家の庭のスプレー咲きのミニバラ、もう何回もこのブログに登場させた、品種名「スイートマザー」。いつも気が付くと虫被害に遭っていることが多いが、今年は寸前でなんとかなった。葉は虫食いが多かったがそれは下の方の葉が酷く、徐々に上へと移動していっているようだった。そこで上の方の花を出来るだけ沢山摘んだ。葉はあまりなく、やや虫食いもあった。しかしこうなったら豪勢に花瓶にボンと挿した。と言っても組んでからボンと挿したのではなくやはり1本1本生けた。花器の口いっぱいに挿すことは抵抗があったが今回は「祝令和」もあり花火打ち上げのようにしっかり挿した。これは生け花ではない。生け花でもこうやって塊のように花を集合させて生ける手法はある。(マッスと言う)しかし、これは生け花ではない。花瓶への挿花だ。細かいことを言うとそれなりに気配りしながら挿している。これはこれでいいかと思う。
 
 なんとか薬害の悲劇から抜け出しそうなほどほどに良い状態となってきた。大連休中は出来るだけ横になっていてその合間に家事をした。それでも主婦業のような煩雑な仕事は終わりがなく、ぐうたらを決め込んで過ごしていても連休明けにはどっぷりと疲れが出た。日々、加齢ポイントを蓄積していってるのだから疲労ばかりではない。
 母の日がやって来る。何も無い母の日に慣れきっているが、自分で労わってあげようと思う。スイートマザーを1本1本生けながら「あんたはよくやった。お疲れ様。ゆっくりして、また笑顔になってね。」と自分自身に話しかけた。ちょっと楽しかった。明日は主婦休みして(働き方改革!?)一人でフラッと街に出る。

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2019.04.26

忘れていたラッキー

Cimg0747_r2_1   前回記事の時には既にそういう大ごとになっていたのだが、なんとか落ち着いてきた。そんなことが起こらなければたいしたことではない事態だったのに、新規で出された薬が合わず発熱、発疹、肝機能障害による気だるさなどの症状にここしばらくヨロヨロして暮らしていた。しかしなんとか日にち薬もあり少しずつよくなってきている。新時代、令和を嬉々として迎えられると思う。
 
 プリンターの前に積んでいる本とかの下に押し葉していたのを昨日思い出した。それは四つ葉のクローバーだ。先日のクラス会後に湖畔を散策していて小高い所に数人がしゃがんでいた。聞くと四つ葉のクローバーを探しているという。「なかなか見つからないものよねー探していると」と言いながら私が腰を下ろした直ぐ左手に大きな四つ葉のクローバーの葉があった。「いやん、あったわー」となんとも不思議なコメントしながら私はその葉を摘んで紙に挟んで我が家に持ち帰った。そしてパソの横のプリンター前の本の下に置いていたのだった。「そういえば・・・」と、急に思い出したのだが、きれいに押しが成されていた。すぐさま額に入れて記念写真。そして棚に置いている。
 
 友人からありがたくもいただいた(友人が摘んだ)四つ葉のクローバーは何個かあり大切にしている。しかし自分で見つけたのはこの年で初めてのことだった。それもひしと探して見つけたわけでもなく、あまりにもラッキーな出会いだった。こんなこともあるんだと感激したものだ。なのに忘れていて、ようやくその「ラッキーさん」を思い出してよかった。平成という時代は私にとっては三分の二は病気と怪我で苦しんだ時期だった。そんな中でも沢山の楽しいことももちろんあった。そうしてこの平成最後辺りに来てこんなラッキーなことがあるなんて、やはり拾ってくださる神様がおられるに違いない。だから大丈夫。たぶん、大切なのは SMILE !

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2019.04.11

ハナミズキが少し咲いた

 Cimg0743_r2 我が家のハナミズキが少しだけ咲いた。これからバン!と咲き誇ってほしい。何分、植えてから長い年月、葉だけで花が付くこともなく過ぎ昨年初めて咲いて、また沢山咲いて一人で大騒ぎした経緯がある。あれは夢ではなかったと思いたい。とにかく5、6輪であっても咲いているのだから期待しよう。一番いけなかったのは下手くそな私の歌を毎日浴びせてきたことだった。それに違いない。毎日通るたびに「うーすべに色のーかわいい君のねー」とハナミズキの歌を歌いかけていたのにげんなりして「・・・無理!」となっていたのだ。もうしかと反省しているし通常の挨拶(おはよーとか)だけにしている。ずっと春には沢山咲いてほしい。
 
 知力も体力も元々無いのにこのお年頃になって著しい減退を呈してきた。たとえ家事であってもなんとか労せずして合理的にはかどるように、あとちょっとは目をつむって、私も働き方改革しなければと思った。ああいう占いを信じるものではないが言われている「血液型A型人間」が私は実にあてはまることが多い。そこで私自身に関してはなんとなく信じる。そこで、そういう性質なのだからと思わないで切り替えよう。私は、意欲さえあれば人は死ぬまで自分を変革させ得るものだと確信する。これからの穏やかな老後のためにも走り回ってバタバタしない、いいさ風まかせでも大丈夫。
 そして、やっぱり、「SMILE 」!!

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2019.04.01

トキワマンサク

Cimg0740_r2   四月となった。お代替わりまでの一ヶ月となり今日の昼に新元号が発表された。
 
 サクラはその後一気に満開へと咲き進み見頃となっている。我が家の庭の樹木は大きなアンズが台風で倒れ、また好きだったカイドウは先の大地震で倒木してしまった。倒れてしまってはいないがその他の木も隣の木に倒れ掛かってなんとか命をつないでいるものがある。その一つが1本だけあるトキワマンサクだ。品種はベニバナトキワマンサクと言い、花はもちろん葉まで赤い(極めて濃いピンク)。そして今、沢山の花を咲かせている。濃いピンクの群れはかなりインパクトがある。
 ほんのわずかな枝先を手折ってきて小さく生けた。花器にしたのは本来は爪楊枝入れだ。ちょうど投げ入れ花に都合がよかった。花弁はピラピラしていて揺するとパラパラと落ちそうに見えるがそうではなくしっかりと付いている。
 
 やや不安に思われる事態も案外大丈夫なことがある。先ず明るいことを信じよう。そしてそれが確かなこととなるために自分が出来ることを努力しよう。これはエイプリルフールではなく大真面目に思ったこと。
 
 トキワマンサクは小さな花火のようにも見える。新元号発表に際しておめでたくもある。新元号「令和」はきっと清々しく明るい時代であると信じたい。

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2019.03.29

サクラ三月散歩道

Cimg0738_r2  昨日はクラス会だった。イタリアンレストランでランチ、焼き立てピザ等でお腹いっぱいになったところで散策しようかということになった。湖畔の遊歩道を昔乙女のオバサンたちは嬉々としておしゃべりしながら歩き歩き歩いた。今年のサクラは遅く、ソメイヨシノは五分咲きほどだった。しかし井上陽水の歌ではないが「サクラ(あれは漢字だったと思う)三月散歩道」は期待した以上に楽しいものだった。大学ボート部の練習や水辺の水鳥もそしてそこ通っていく風も明るく清々しく感じられた。
 皆の話題に上がったがソメイヨシノは害虫や病気に弱く、強い品種との掛け合わせのサクラが多く植えられるようになったという。それらはピンク色が濃いものが多く(寒緋桜のように)ソメイヨシノのように薄桃色の「サクラ色」は先では濃いピンクとなるかもねとか話し合った。心がパーッと広がる素敵なひと時だった。
 
 写真はサクラ公園だ。まだ五分咲き風情。実は話し合っていた通り、我が家の近くでも多くの公園のサクラが虫被害のため切り株となった。それはある日突然に決行されていた。そんな中、ソメイヨシノで公園をすっぽりと囲っているこのサクラ公園のサクラは1本も欠けることなく今年も美しく咲き続けている。もう少し咲いたら昼も夜もブルーシートで場所取りして花見が賑やかに行われる。まだ少し早いからか人気もなく静かだった。
 三月も去って行こうとしている。数日したら新時代の元号が発表される。私は、平成は何かと騒がしい時代であったと感じている。新しい時代が心地よく穏やかであってほしい。

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2019.03.24

スミレの花

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 一気にあれこれの花が咲いていよいよ百花繚乱の春となってきた。サクラも近くの高校正門を通って、スーパーの大荷物積んだまま自転車を停めてはあーっとばかりに見上げて時間を忘れてしまう。
 好天の洗濯日和で張り切って洗濯、わんさ抱えて庭の洗濯物干し台へと行き自分なりの系統立てて洗濯物を干している時、ふと足元にスミレの花を見つけた。小さな小さなスミレの花、うっかりすると踏んづけてしまいそうな位置にあり、気を付けて動作した。そうしてしゃがみこんでスミレの花を見つめ、デジカメを持ってきた。この小さな花のこの大きな存在感は何なのだろうと思いながら写真を撮った。


 スミレは漢字で書くと「菫」なのだが私にはピンと来ない。ひらがなでもいいしカタカナでもいいけど漢字でない方がしっくり来る。「スミレの花咲く頃~♪」の宝塚のようにロマンに溢れた小さな花。いいなあ、私の名前も親がつけてくれた素敵な名前なのだけどスミレって名前だったらもっと素敵だったなあと思った。私の母は宝塚のファンであったしそういう選択肢はなかったのかしらとまで思った。しかし姉の名前も私の名前も私の父親が決めたらしいのでなかったのだろう。母は思っても譲って同意する精神の持ち主だったから。うんと年とっても「スミレおばあちゃん」なんてまあ素敵だ。もはや無理だけどね。

 そんなこんなこと思いながら写真撮った後も小さなスミレの花をじっと見つめていた。よく晴れた日だが花冷えの日でもあった。

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2019.03.13

並んで春へ

Cimg0731_r2 玄関先のミニ丈の黄水仙が咲いた。しかも最初は不思議なくらい整列して、どんどん春へ向かっている感じだった。この後は周囲にもワッと咲き、私はダーッとほとんどを摘んだ。そして今はお仏壇に明るく賑やかに鎮座している。数日前には写真に撮った一列だったのにその後はなんとも勢いよく軍団となって咲いた。
 
 北日本などは寒波度々のニュースもあったが少なくとも西日本は暖冬だった。全国的にもそこそこの暖冬であったらしい。それで今年の桜開花は十日は早くなるということだった。今年も桜花を見ることが出来るというのは幸せだ。当たり前のことが約束はされていない。その時々の出会い、刹那をも季節ごとに喜び味わいたい。
 もうすぐ、新時代に入る。だからといってどうということはないのだけど、心機一転、新しい自分でいこうかなと思ってみたりしている。私が明治をそう思ってきたように昭和はどんどんはるかな過去へとなっていく。しかし、昭和のあの時代をここまで生きてきて本当によかった。昔がよかったとは言わない。今の時代にも対応していくけれども、昭和という激動の時代は個人的にも宝物だ。次の元号は何になるかはもうすぐわかる。清々しく、温かい、希望が持てそうな元号であれば嬉しい。


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2019.03.06

バラが咲いた

Cimg0730_r2 バレンタインデーの折りに買ったバラの花苗を庭植えしたが、花が咲いた。他にまだ蕾も見当たらず大切な一輪だ。ずっと昔のフォークソング「バラが咲いた」の通り「バラが咲いたバラが咲いた真っ赤なバラが」「寂しかった僕の庭にバラが咲いた」「たった一つ咲いたバラ小さなバラ」である。隣にあるピンクのスイートマザーというミニバラもまだ蕾も無い。本当に気持ちまでポッとなった。

 そう言えば少し前にネットニュースで来年の東京オリンピックのメダルに使用するために集めていた不要携帯電話から取り出した金などの金属が目標に達するメドがついたという記事を読んだ。私はちょうど上京する予定もあったので手元にあった以前の携帯電話を持って都庁に行った。今でもその日の写真を飾っている。まったく小さなボランティアだったが私の気持ちとしてはとても嬉しかった。今日、ミニバラを見ていてふとその記事を思い出した。
 東京オリンピックの成功を心から願っている国民の一人なのだが、とにかく安全無事に開催し閉会することを一番に思う。もはや日本中どこにいても大きな災害を免れることは難しく、まして東京を含む東海、都市圏の大地震も大きな確率である。本当にそう願わずにはいられない。

 いくらかの事件とかが起きたとしても、スポーツは明るい話題を振りまいてくれる。暗いニュースの連続でも小さなスポーツのニュースでホッとしたりする。私のようにスポーツと全く縁がなかった者でも熱心な観衆となれる。一年先などもう少しだ。オリンピックで世界が少しでも明るい方向へと向かってほしい。そのためにも終始安全無事であってほしい。


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2019.02.27

庭のサンシュユの木

Cimg0727_r2 オトメツバキに近寄らず、塗り薬ですっかり右手はよくなった。手入れできていない我が家の庭にはそういうことと関係なく春の訪れが続々と感じられる。スプリングスターフラワーも咲き始め、心が揺れている。
 
 民謡、ひえつき節ではないが我が家の「庭のサンシュユの木」にも黄金色の小さな花が枝にびっしりと一気に咲き始めた。今日は何本かの枝を切った。
 少しのお花をいただいたのはいいが、最初から水は下がっていて鮮度が悪かった。水切りをして深水で養生させること三日。本当はそのままさよならしようかとも思ったがいくらかは水も揚がり、一度は花生けしようと思った。通年ある花で季節感というのが無いため取り合わせる枝をと思ってサンシュユにした。サンシュユももう少ししたらすごい虫の溜まり場となる。見たところ今はなんとかセーフだった。
 
 なかなかの苦肉の策の感じだが、これでも心こめて生けた。一昨年の先輩、同期の花展を思うと実に恥ずかしい。もう少し近ければ花鋏持ってそれぞれに修行に行かせていただきたいほどだ。その気持ちは大いにある。あまりに遠いので今は過去の自分程度には戻れるようにとにかく生けていくことにしているが。
 
 明後日から三月。あれこれの花便りも花見も楽しみだ。そして花生けもしよう。その前に花生け道具の手入れをしなくては。庭をしてなくてもね。


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2019.02.16

ツバキに近寄れない・・・

Cimg0722_r2 今月の連休中のある夜、かゆいと思って右手を見ると赤いブツブツが数個できていた。とにかく放って翌日になると腕の方へとそのブツブツが広がっていっているではないか。そしていくらかかゆい。実はそういうのを見るとただでさえかゆくなる。なんとかやり過ごして連休明けとなって皮膚科へ朝一番で向かった。
 結局のところツバキに付いていた虫にまけたらしい。チャドクガ等いつも付く虫を見たらもう近寄ってはいないのだが。医師「ツバキの花、咲いていませんか。近寄っていませんか。」私「咲き始めました。短く剪定してもらったので短い花枝を手折りました。」医師「それですね。」私「でもこれまで多くのツバキの花生けてきました。なんともなかったです。」医師「花屋さんの枝ものはしっかり虫駆除してます。」私「我が家のツバキでも大きく枝を切って畳半畳四方の中作生けたこともありますが。」医師「・・・最近ではないでしょう。年重ねてきて皮膚も弱ってきたのですよ・・・。」私「はあ・・・」
 飲む抗生剤と患部への塗り薬をいただいて帰宅した。右手だけというのは覚えがあった。細くて短い花枝ばかりを右手一本で手折ったのだ。医師の言葉をさらに思い出す。医師「極力、ツバキに近寄らないでくださいね。」
 
 そして私はその摘んで養生、水揚げしていたツバキをきれいなまますっかり新聞紙に包んで破棄した。ただ、最後の(?)記念に一輪だけ写真にした。
 あー、ツバキに近寄れないのねーと思うと少し寂しい。仕方ないけど。つまりこのブログの表紙にあるオトメツバキにも近寄れないのか。寂しいな。


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2019.02.11

バレンタインデーにバラを

Cimg0721_r2 花屋の店頭にバラの花鉢を見つけた。濃くて可愛い赤いバラ、小さい花だけどスプレー咲きではない花だった。価格も高くない。デンマークのローズフォーエバー社により開発された鑑賞期間の長い中大輪バラだと言う。花は二輪咲いていた。大きさは5cmほど。これからもう少し大きく開いていくのかなと思ったが、とにかく買った。店の人に地植えできますかと聞いたら出来ますよ、一年草でないので毎年楽しみとお客様はよく言われますよ、とのこと。家族が買ってきてずっと以前に植えたピンクのミニバラが1本だけで、バラがもう1本あってもいいなと思っていたところだった。ミニバラの方はスイートマザーという品種名だがこの赤いバラには特に品種名などが書いてなかった。鉢に挿してある栽培管理方のカードだけがあった。
 
 花二輪は一輪挿しに挿した。丈が低く、茎はいっぱいいっぱいのところで切ったが極めて短い。しかし小さな一輪挿しなので大丈夫だった。
 バレンタインデーがやって来る。最近では商魂逞しく、バレンタインデーには友チョコとか同性に贈るのもあれば自分自身へのものもあるらしい。まあ自分にご褒美というのは普通になっているしイベントとして楽しめればよいのですべて良いのではあるが。家族にはチョコレートは毎年先渡ししている。いつ食べてくれてもいいから。そして当日にチョコレートケーキとか買う。
 チョコレートも楽しいけどバレンタインデーにバラの花、赤いバラはもっと気分を上げてくれる。そう、シニアこそ赤いバラを!


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2019.02.04

立春大吉

Cimg0719_r2 昨日の節分は雨が一日中降ったが今日の立春は陽気良すぎるくらいの好天となった。なんとなく素敵に感じられる立春だ。たとえ暦の上だけであっても春が来るという喜びは日に日に増していく。草木はその目覚め時を待ち虎視眈々としているかのようだ。
 家中の窓を開けている。それから家中のタオルを全て新しいものにした。
 
 お菓子のキャラメルコーンの新作らしいがカフェオレ味というのが出ていたのでそれを買った。菓子袋の表に写真付きで「ハート形のがあったらラッキー!」と書いてあった。ふうんと思いながら食べているとパカパカとこのハート形があるではないか。一袋に四個あった。可愛いハート形だ。四つ葉のクローバーのように並べた。春一番に幸先良い。なんとなく楽しくなった。写真撮った後はまた元の袋に戻してシャッフルした。あとはそれほど形見ることなくハート形もパクパク食べる。
 
 朝方、夢を見た。私は緑色のセーターを着ていて、フォークダンスのオクラホマミキサーをしていた。だからもっと周囲は人がいたのだろうけどまったく覚えていない。確かに私は中学生あたりからフォークダンスが好きだった。でもなんなのでしょうね、これは。ただ、とても楽しそうだった。他は何も覚えていない。立春に踊るのはまあ楽しいことだから良い夢だと思っておこう。


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2019.02.01

真冬のニチニチソウ

Cimg0717_r2 二月になった。昨年のように全国的に極寒列島となる寒波はない通常の冬の寒さだ。東日本では大雪での雪害のニュースも多く生活が大変であろうと思う。南国なので雪が積もると珍しく心躍るのだが雪害に遭われている方々には申し訳ないことだ。
 
 さて株分けしたクリスマスローズは無事に友人のもとに渡った。花や蕾がしっかり付いている状態で、しっかりした株を選んだ。そのクリスマスローズの花の横にニチニチソウがある。ハンギング鉢の花をパンジーに植え替えて絶えていきそうなニチンチソウではあったが地植えしたところこの一本はなんと年末まで小さくなりながらも花を付けていた。さすがにもう花は無いが、越冬してまた春には育ち花咲かせそうな強さだ。こんなこともあるのねーと驚いている。周囲にはこれまた大好きなスプリングスターフラワーの葉がバンバン出てきている。春の予感だ。
 
 二月は四週間だけだし、一月が行き二月は逃げて行く。そしてほかほかとした陽気とともに三月は訪れて百花繚乱に目を奪われている内に去って行く。一、二、三月の駆け足早いことだ。こうして考えてみると本当に寒いという時期は多くはない。人生の中でもそう言えるかもしれない。
 私には心からの笑顔が返って来た。毎日毎日笑顔で咲き続けるニチニチソウに声掛けして暮らし、元気付けられてきた。暦の上ではもうすぐ冬と春の分かれ目となる。ニチニチソウ、ありがとう。もう一度花咲かせてほしい。


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2019.01.20

クリスマスローズを

Cimg0715_r2 初生けはスイセンと大体決めてきたのだが、驚いたことにスイセンが我が家にまだ咲いていない。それどころか何処そこに何か所もスイセンが毎年出ては咲いていたのがわずかな場所にしかも葉が出ているだけだ。毎年正月の花に足すほどに年末までには咲いていた。蕾すら出ていないとは事件だ。しかし現実は仕方ない。買えば済むのであるが束で買うよりは花付きや葉の状態を見ながら選べる我が家の庭に咲き乱れているスイセンをと思っていた。咲き乱れるどころではない事態だ。遅れてもいいからもっと出て咲いてほしい。

 クリスマスローズが年明けから玄関先に咲き出した。数本摘んで小さく生けた。どれもうつむき加減に咲くのだが生ける時は少しずつ表情は変えるようにしている。白くて美しい。清廉なる花だ。先日、私が大好きなマツカサを友人が沢山持ってきてプレゼントしてくれた。とても嬉しくて、とりあえずこのクリスマスローズ数本を摘んで水切りして空き瓶に入れてお持たせした。それをとても気に入ってくれて二、三度メールで「本当にきれい!株分けして!」と言ってきた。こうなるとお世辞でもないので嬉しく思い、近い内に渡すことになった。子沢山の我が家から養女に出すようなことで、よく知った友人であるし本当に嬉しい。しべがパラパラと落ちるので私はそれはあまり好きではないが彼女は「それもいいね!」と言っていた。私よりも大切に育ててくれることだろう。ありがたく幸せなクリスマスローズだ。私はスイセンの残念もしばらく忘れていられることだろう。


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2019.01.11

タンポポが咲いていた

Cimg0713_r2 松も明け、いろいろなものを片付けたりして正月気分もさすがに去った。つい調子に乗って益々食べてしまっていたお正月。これから引き締めて(生活)行こう。
 
 我が家の古くささやかな駐車場の片隅にタンポポが咲いていた。それにはびっくりした。この家に住んで三十年以上経つ。庭があるのでこぼれ種や鳥さんが運んでくるお蔭でどこから来たのという植物にも度々出会ったし、またそれもいつか自然消滅したりもした。人との出会いと同じにそういう縁もあるのだと思っていた。一番多いのは雑草という名称で言うと申し訳ないけど自然自然した草たちだ。しかし、ここまで住んできてタンポポが敷地内に咲いていたことはなかった。我が家には綿毛も浮遊して来ないのだろうなあと思っていた。それが、たった一輪ではあるが咲いている姿を発見した時には感動ものだった。
 
 通年有って、丈高くしっかりした西洋タンポポではなく、なんと在来種のタンポポだった。丈低く、ガクも反り返っていない。ちんまりと黄色い灯りのような花を咲かせていた。これをきっかけに我が家に根付いてくれたらいいなあと心から思っている。写真撮る時に愛らしい姿に心ときめいた。
 
 タンポポの花ことばを先ほど調べたら案外良くて、「幸福」に尽きる感じだった。これは新春から縁起が良いかもしれない。どなたのお計らいだろうか。とにかくおめでたく良い風に捉えて今年を進んで行こう。


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2019.01.01

あけましておめでとうございます

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あけましておめでとうございます。平成最後の・・・という言葉が昨年後半から何かにつけて言われてきたけど、本当に平成最後の大晦日を経て時代が替わる歴史的な年明けを迎えた。昨年の恐ろしいまでの寒さではないが、それなりに冬らしい寒さだ。暖冬と言われ続けてきたが短い極寒の時期も大切。身の引き締まる年明けの冷え込みだった。
 
 一夜飾りにならないようにすべての正月飾りを三十日に済ませた。しめ縄も掛け、昨日の内に付いていた稲穂は雀と思うがついばまれて籾殻が玄関先に散っていた。
 新春の花は今年初めてスーパーマーケットの花売り場で和洋折衷で取り合わせて一抱えで売られているセットものを買って生けた。半分くらいは使えるもので、あとは墓参時に持って行く花に一緒に出来る。いつも花屋さんでしか買っていなかったので、選ぶことは出来ず福袋状態ではあるけどこんなに安く正月花が揃うとはびっくりした。ワカマツは1本では足りなかったので単品であと2本買い足した。タケとウメは我が家の庭のものを切った。しかし極めて短く剪定してもらったのでなかなか選ぶまでの候補すらなかった。一応の妥協、納得をして生けた。ささやかな松竹梅にユリ、センリョウ、シンビジウム、キンギョソウの七種が花材だ。ただシンビジウムとキンギョソウは鮮度に問題がありささやかに添えた。またセンリョウは丈が無かったのでマッス(集合)に生けた。ユリはあと少しで手前の輪が大きく開くところで現時点では知らんふり状態にも見えるのがやや残念ではある。
 
 専門店である花屋さんでしか考えられなかった正月花の花材も使いようでは十分に家庭の玄関に新春の迎花となることができる。大体、家にある枝ものや草花を主に生けている生活だから工夫しスーパー内の売り場でも活用して生けていこうと思った。秋田、仙台の流派の先輩、同期の立派な作品には大いに感動したのだが、私には私にできる「花のある生活を・・・」をと思う。
 
 拙い作品ばかりですがお越しくださって観ていただきありがとうございます。本年もどうぞよろしくお願い致します。


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2018.12.26

そして年を越す

Cimg0703_r2 クリスマスは変わりなくガンガン主婦やっておしまい。しかし夜は家族でテレビ観て楽しんだ。そして相変わらずクリスマスグッズを作り続けている。ずーっと以前に街中に年中クリスマス用品販売している店があったので楽しかったがやはり数年で閉じた。残念だったが無理ないとも思った。先日クリスマスカードが姉から届いた。「あの、物もなく国民全体が暮らすも大変だった時代からずーっとクリスマスは楽しめたね。毎年クリスマスツリー飾って色紙でいろいろ部屋も飾って、あの時代生クリームなかったからバタークリームだったけどちゃんとホールのクリスマスケーキも買ってもらって家族でクリスマス楽しんだね。」と書いてあって懐かしく思い出した。母方がクリスチャンなので母がクリスマス人であったからかもしれないし女の子どもが二人の家庭だったかもしれないが、電飾などない時代、クリスマスツリーにカラフルな金属ボールを吊るすだけでもキラキラ感が溢れて心震えた。家族中の笑顔は忘れられない。クリスマスケーキの廃棄がものすごい量であるとネットで読んだ。クリスマスケーキを残すなんて!小さい頃から現在のシニアに至るまでそんなこと考えられない。作りすぎているんでしょうけどブタさんの食べるものに回されるのも多いようだ。まだ残っている(残している)クリスマスケーキ、今夜も夫と食べる。
 
 今年を象徴する一文字は「災」と決まった。天災をはじめとする災いが実に多い年だった。来る年は世界中、日本中、そして我が家も私自身も災いに縁がない年でありたい。難を転じるとして重宝されるナンテンを撮った。手に取ると赤い実がポロポロと落ち、正月までは持たないようなのでその姿だけ。さて新年の花、どうしよう。まああと数日あるか。早い、早い。なんだかんだで今年も去って行く。


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2018.12.12

クリスマスはどうして過ごそうか

Cimg0702_r2 やっとの思いで一つだけでも手作りのクリスマスグッズが出来たので置き合わせた。小さな布製で点々と金色のビーズを縫い付けた。キラキラよりもチラチラと光る感じだ。トップスターは忘れずに既製品を付けた。この右側には前回アップしたサンタさんやスノーマンなどの置き合わせがある。
 このサンタさんは大きな本を開いてメリークリスマス!となっているしトナカイさんは読書中。私の夫は本の虫であって常に読書している。(夫の「読んだ屋」をリンクしてますのでご覧いただければ幸いです)私は学生時代まで盛んに読書した。言うならほとんど古典文学の類だ。もうそこまでで読書生活が完結したかのようになっている。専門書とかは読むが、特に小説というものを読まない。夫の勧めによりいくらかだけ最近の本も読み感動したものもある。何やら臨界期過ぎてしまったようで、小説についてはさらに心が動かない。
 
 さて、クリスマスはどう過ごしたものか。こう言っていても結局は主婦の仕事ばかりに追われるのが常。まして加齢して行くに従って同じことをするのに時間がかかる。私が思うに三倍かかる。それを見越して早めに取り掛からなければならない。いつも同じなのだけど、常日頃「今日は何して暮らそうかしら」とか仰っている方々がうらやましいのか、この時期「さてさてクリスマスシーズンをどう過ごしたものかな」と思ってみるのが楽しみになっている。遂には笑ってしまうが、これはこれでいいのかも。バタついていても楽しい日々には違いないクリスマス。今年は思い切って本読んだりしてね!?


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2018.12.07

いよいよの冬

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 全国的に奇妙なくらいの陽気が長々と続いていたが、いよいよの冬が到来するようだ。これまでが異常だったにしろ前日までと気温が7度も8度も低いだけでびっくりするが寒気団も控えているらしい。
 
 しかし、クリスマスもやって来る。キラキラ明るく温かい希望に満ちたクリスマスシーズン。悲しみに沈んだクリスマスもここまで生きてきた内には何度かあったが、それでもキラキラの輝きを寂しくもボーッと眺めていたように思う。私の今年はほどほどの年。概ね良好。全て概ね良好であれば最高であるという風に思う。良いことがあった人はもっと素晴らしい年に、辛いことがあった人は来る年はきっと良い年にとそこまで来ている新しい年に期待する。そういうキッカケとなるのがクリスマス。
 
 今、盛んにクリスマスリース等のクリスマスグッズを作っている。これは断・捨・離の一環であって、手作りショップに大々的に置いていた時期が長くあったためその手持ち素材がまだまだ沢山あり、形にしておこうと思ったのだ。玄関には出てきた二十年くらい前のクリスマスリースがあり棚の上には作品らしいものが今は無いけれど何やら賑やかに温かい家庭の感じがある。寒さに負けないあったかい心と体で元気に年越ししたい。

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2018.11.27

冬の顔して

Cimg0696_r2 ここに来てまたまた懸念される健康状態があり、やれ検査だ結果待ちだと落ち着かない日が続きなかなか記事書こうにも気分が乗らなかった。幸い、ひとまず安心できる結果を得てようやく書いている。
 
 そんな中でも一昨日に花苗を買ってきて植えた。玄関先のハンギングにはまだ日中の陽気がよくてニチニチソウがわずかではあるが咲いていた。それを地植えして、ハンギング鉢にパンジーを植えた。実はなかなかパンジーも例年より高くてそれにしては値段と見合わないためずっと見送っていたところ、ようやくいつも通りの値段で少なかったが店頭に並んだのを見て、即買いした。厚かましい言い方だがいつももっと大きな花で株もしっかりしているのに、さて今年は何の影響だろうか。大雨、台風の塩害かなとも思うが長く暖冬とまで言われ陽気よい日がここまで続いているので一体何が何やらわからない。まあいいかと思い直してパンジーを眺めやるとわずかな風に小さくうなずいているかのように見えた。
 我が家ではパンジーは冬の顔だ。霜が降り凍れるようになっても頑張って明るく咲き続けて冬を越してくれている。木枯らしなどの日には花びらが旗のように震えて揺れ可哀そうに思ってしまうが、「なんの!」とばかりに耐えていてくれる。まあ感心する。負けられないわねえとかも思う。
 
 まだ冬らしい気候にはなっていないが、パンジーはしかと冬の顔して嬉々として咲いている。平成最後の冬、一緒に元気に過ごそうね。


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2018.11.11

コギクが少々咲いていた


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 庭師さんが年末の手入れに来てくれたら、その後庭もきちんと掃除して新年迎えの準備しなくてはと思っている。しかしこの夏の異常な暑さで毎日「命の危険がある暑さ」とまで言っていたのでまったく見て見ぬふりしてきた。あっと思い出してその場所に行った時には先に書いた通り酷暑、台風、大雨などにより哀れな姿となっていた。こまめに手入れしていたら少しはよかったのにと後悔したが遅かった。体調不良にかこつけていたが案外ぐうたら志向なのかも。まあ恥ずかしい。そんなこんな思いながら庭に出てよくよく見ると絶え果てたと思っていたコギクが少しばかりではあるが咲いていた。周囲に伸びたネコジャラシに隠れていたようだ。麗らかな秋日和にコギクだから小さな花たちだが明るく映えていた。それをちょっとだけ手摘みして家に入った。
 
 小さな塗りのマスに剣山を入れてコギクをそうっと挿した。菊の節句にも文化の日にもキクをバンと生けてみたかったが止めた。今日ささやかに一枝二枝挿しただけで気分は上がり、嬉しかった。昨年東北でしかと観てきた花展の花たちの写真も見返した。そうだった、生け込んで生け込んでいこうと決心していた。ここも私の情けないところだ。
 
 少し落ち込む私の心をパッと明るくして励ましてくれる花たち。どうもありがとう。ここのところずっと続いていた小春日和。いよいよ終わりのようだ。明日から緩やかに気温も下がり雨の日もあるらしい。そしていよいよ秋深くなって初冬へと向かう。玄関先にはまだニチニチソウも花数が少なくなったが咲き続けている。まだまだ毎日、本当にありがとう。

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2018.11.08

金紋ツワブキが咲いたけど

Cimg0693_r2 我が家の庭にある金紋ツワブキが今年も11月になって咲いた。しかし、どうしたことか花茎は1本だけだ。いつも数本は出ているのにその様子さえ感じられないし見当たらない。こんなに小春日和が続いているのにと不思議に思う。咲いた1本はいたって普通に咲いている。
 
 ツワブキは今の時期、どこそこで見られる。先日訪れた出雲大社の敷地内でも多く見かけた。なんとも素朴で里の秋といった風情がある。金紋ツワブキはそれとは少し違っていて、どちらかと言うと洋風、モダンな感じがする。葉の斑が水玉模様のようにも見えたりするからかもしれないが、普通のツワブキも金紋ツワブキもそれぞれに好きだ。摘んできて生けるよりも秋深い自然の中で見ていたい花だと思う。
 
 今年の夏の過酷だったこと、それは日本中でそうであった。大雨、台風も多く日本列島を襲った。平成最後の年はなんとも大変だった。いろんな異常事象も起こって何もおかしくないことだった。
 穏やかな年の瀬へとすべてが向かってほしいし、来る年はいろいろな面で落ち着いていてほしい。金紋ツワブキの件は天候ばかりのせいではないとも思う。しかし張り切って育てかけていたスイートバジルやコギク、ソリダスターは多くの雨毎にぐしゃぐしゃとなって儚く短い夢と消えた。私の手入れもよくなかったのだろうとは思う。ほんと、ごめんね。そんな中、宿根の花は強い。これからでもいいから金紋ツワブキ、もっと咲いてほしい。ダメならば、来年は。まあ気落ちすることなく希望を持って行こう。


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2018.11.02

そしてクリスマスを迎える

Cimg0692_r2 そのクリスマスリースを玄関正面に掛けた。写真はここ数回同じものとなってしまったが、私としてはそれぞれの時に思いがある。
 さてここのところ小春日和なのか朝方は冷え込むが日中は陽気がよい。あれこれ干して洗濯も日に幾度もした。洗濯物がカラッと乾く季節は過ぎたなあと思いかけていた時にやってきた日々なので嬉しい。乾燥機など無縁な我が家だ。とにかく好天という日はおひさまの恩恵にはしっかり乗っかる。
 
 スーパー等に行くと先月からクリスマスソングが流れていた。ハロウィンにそういう歌が無いので流すのは先のクリスマスメロディだったのだ。そして「クリスマスケーキ、クリスマスパーティのご馳走はぜひ当店で。カタログによる予約受付中!」と続く。何年か年末年始にスーパーのギフト要員としてバイトしていたのでいくらかの事情や商売努力は分かる。そして元々がクリスマス大好き人なのですっかり気持ちは上がる。
 
 クリスマスを迎える。世の中、平成最後の〇〇と言うのがすっかり流行っているが、実際その通り。クリスマスを平成で迎えるのも最後だ。この30年、まあいろいろあったが何とか乗り越えてきた。世界も日本もかもしれない。元気出そう、知恵出そう、そして笑顔で。


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2018.10.26

そして我が家のクリスマスリースに

Cimg0686_r2_2Cimg0687_r2_2Cimg0689_r2_2 そして修復成ったクリスマスリースだ。私はフラワーアレンジメントで使うグルーガン等使わないので一般的な水溶性ボンドを使うため経年の劣化に加えて剥げ落ちてしまったパーツは写真には撮らなかったが多かった。
 裏側にクリスマスベルを取り付けた。これだけが新しく付けたものだ。正面から見ると少し奥に見える。このリースの土台は藤蔓だ。ずい分以前には我が家に藤棚まで有った。しかし毛虫にも悩まされたこともあり後々撤去した。その残党と言っては申し訳ないのだがわずかに1本残っていて毎年秋口に地を這う藤蔓を切る。それをクルクルして土台が出来る。裏側から見るとわりとワイルドだし面白み、趣がある。細いものもほとんど使うため横から見ると結構な厚みとなっている。
 
 取り付けたものの内、サンキライとハンノキの実は生け花で生けたものを使った。マツカサはその時代に我が家に1本だけあったマツのもの。我が家の庭のツバキの実、賞味期限切れのハーブ、月桂樹の葉はモスグリーン、サンキライの実と唐辛子は赤色だった。地味ながらもほどよく落ち着いたクリスマスカラーを呈していた。それがよもやここまでセピアになるとは思っていなかった。保存していたことさえ忘れていたのだから。同じハーブの八角(スターエニス)とクローブは元々が茶色なのでまるで変化なく驚いたほどだ。しかし発掘した訳ではないが復元して、我が家のクリスマスリースが出来た。今年はこれ!もしかしたら毎年これになるかも。それならそれで構わない。家も人も古く、リースも古いけれどそれぞれに温かいよと思い込んで楽しみたい。


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2018.10.24

20年ばかり前のクリスマスリース

Cimg0685_r2 断・捨・離兼ねてまたまた秋日和の今日、片付けしていたら、いろいろなクリスマスリースが出てきた。昔は作っては販売していてほとんど手元には無く、途中まで作ったものや手つかずの素材が多数の中、しっかり梱包してまるでミイラのようにして出てきた。それはなんとも懐かしいクリスマスリースだった。小さなクリスマスリースのコンテストで受賞したもので、素材のほとんどが我が家の庭の植物、手持ちで消費期限が切れてしまっていたハーブ等だ。シンプルでナチュラルとは言え、デパートの作品展示会場に行って見た時は華やかなそれらの中に実に地味に佇んでいた。しかしやはり我が子のように手塩にかけた作品なので嬉しかった。賞状や記念品もたぶん家の何処かに有る。
 
 とにかく経年の劣化もいくらかあり、私が土台だけにして新たに新素材で作り直そうと思うと家族に言うと「このアンティーク状態がいいと思う」と言われた。そうねえとその時は今一つリメイクから気が抜けていなかったが、少し後に「・・そうねえ!」と思った。そこで朽ち果てて取れていたパーツ等を取り付けて復元作業に入ることに決めた。素材も沢山だしこの際出来るだけ形にしておきたいとも思う。今年は作るだけ。どれだけ出来るかもわからないけど。少しばかり楽しみになってきた。


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2018.10.23

森永チョコフレーク

Cimg0683_r2 これは出雲の続きでもある。森永チョコフレークは新発売当時から即気に入って本当に長い間友だちだった。今は改良だかされていてチョコが溶けてベトついたりフレーク同士がくっつきあって塊になることはないが、しばらくはそういう状態だった。紙箱入りだったチョコフレークをよく映画館に持って行って現在で言うポップコーン状態で画面観ながらパクパクしていた。映画が終わって場内が明るくなると手はチョコだらけ、時には衣服にもチョコがついていて友人とよく大笑いした。この長~い間の友だちがなくなるということを息子が電話で知らせてくれた。聞いたままにパソコンで調べると間違いなかった。「そんな~!」と、私は翌日からスーパーやコンビニに向かったが何処にも無い。店の人もたぶん入ることはないと言う。さらに別の日、量を少なくしてローソンセレクトで森永チョコフレークが有ったことを思い出した。実際、時々買っていた。鼻息荒く私はローソンへと向かった。しかし、無い。ここでバイト店員さんが「ほとんど見つけられないでしょうね。生産打ち切りと発表されて直ぐからどこでも直ぐになくなっていますよ。知りませんか?ネットオークションで開始値1個500円で出ていて飛ぶように買い手がついて終了していますよ。」と言った。私は自分にそういうことは考えられず、思いもよらぬ現実にしょんぼりとなった。今一度、名残りの森永チョコフレークをしみじみと食べたかった。
 
 ところが、である。先日の旅先、出雲のローソンで遂に再会できたのだ。あの古代出雲歴史博物館からホテルに帰る途中に。もうこれは「ご縁」を神様から頂戴したに違いなかった。私はホテルで開けることなく、自宅に送った。私は旅行鞄を持たずに手ブラで行き帰るので帰りの鞄の中に大切に仕舞い込んだのだった。
 そうして家族と一緒に楽しく食べた。しかし私がそういう経緯を話すし私が好きならばとたぶん家族は遠慮してくれていた。今回はありがたくその厚意にしかと甘えた。二袋買ったが存分に味わった。さようなら、森永チョコフレーク。会えてよかった。最後にも会えてよかった。神様、ありがとうございました!


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2018.10.21

古代出雲歴史博物館

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 田中屋さんで美味しく蕎麦を食べた私は島根県立古代出雲歴史博物館へと向かった。割引券を観光案内所でいただいていた。「出雲大社と隣接していますから直ぐですよ」と言われていた。まあ確かに隣接ではあったがずい分歩いてたどり着いた。ここのチケット売り場で「フラッシュさえ無ければ館内は撮影できます」と言われて驚いた。そして入り口入って直ぐのところに平成12年に出雲大社境内遺跡から出土した本殿の本物の巨大柱が展示されていた。あの、丸3個が記録として描かれていたそのものだった。これは圧巻で古代の巨大神殿出雲大社が想像できた。高さは50メートル近くあったらしい。
 だいたい、博物館へ行って古代の出土品である銅鐸、銅剣、銅矛は見ることはできるがこの博物館の展示数はそれら国宝419点が一堂に展示されている。それはもう目を見張る光景でありかなり興奮してじっくりと見て回った。この博物館はまったく知らなかったし、またそんなに期待して向かったのではなかったがしかと心満たされた。
 
 携帯電話の歩数計によると9000歩以上歩いたことになっていたこの日だった。家族のための出雲大社行きだったが、これは私へのプレゼントのような気がした。天気もよく、すべてを神様に感謝感謝でしかなかった。

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2018.10.19

出雲大社へ

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Cimg0663_r 出雲大社へ行ってきた。幸い好天に恵まれた。家族のことの神頼みが主目的だった。福岡まで行き福岡から出雲を飛行機往復したが一日は行くだけで翌日は終日出雲大社そしてその翌日は帰るだけという二泊三日のゆったり一人旅だった。久しぶりにずーっと以前に乗った記憶がある可愛い機体に乗った。出雲縁結び空港とは何ともおめでたい有難い名称だ。空港で手を合わせたい気になった。
 
 当日は出雲大社ご参拝定時ガイド、初級コースの案内を90分500円で参加した。実にきめ細かに楽しく案内していただいた。私以外はご夫婦だった。義母のことがありとにかく私が代表して息子の良縁願いに行ったので、もし先で叶った折にはいつか夫とお礼に伺いたいと思う。一の鳥居を遠くに見渡す二の鳥居前、ここから出雲マラソンが出発と言われ、眺めやるとその光景が浮かんだ。大昔の出雲大社はもっと巨大であったらしい。直径1メートルの杉の柱3本を束ねた柱数か所がある。丸3個はその印だ。大しめ縄は今年張替えられて大変きれいな状態だった。ご本殿でしかと私は役目である祈願をし、絵馬も奉納してきた。テレビの「ブラタモリ」やガイドブック「るるぶ」で見たりしてきたことがずい分役に立った。
 
 出雲大社前にある出雲そばの名店田中屋さんで昼食を摂った。カウンターの窓越しにテレビロケの一行が通った。蕎麦湯まで飲んでゆったりとした時間だった。少し早く行ってよかった。私は2、3人待ちだったが店を出た時には長蛇の列を成していた。
 旧暦の10月が神在月なので来月がそれなのだが、しかし観光客は多い。とにかく秋晴れの出雲でよかった。


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2018.10.11

ホトトギスが咲いたので

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 裏口にささやかにあるホトトギスの花が咲いた。急に秋深くなっていくような冷え込みを感じたらようやく咲いた。早ければ秋草たくさんの中に一緒できたのだが長く葉ばかり育っていてやがて小さな蕾を少しずつ付けるようにはなった。
 
 友人が生け花作品展のチケットをくれたので行ってきた。秋は紅葉や実のものもあるので生け花作品の幅も広がり見ごたえがある。友人の作品は格調高くシンプルでしっかりした作品だった。どの作品にも敬意を払って拝見して回った。ところが思いがけずに同じ流派の人と出会ってしまった。立ち話を40分ほどした。生け花のこと、本部のこと、支部のこと、知っている皆さんのことなどだ。しかし、ここでまた花生けの勧めが大変だった。教授者活動を停止していて休業中だから不可能だと言うと諸流展の花でなく華道協会の常設展示の花でいいと言われた。流派が持ち回りでやっている。慌てて私はなんだかんだと言ってとにかくその場から逃れて帰ってきた。
 
 裏口に少しだけ咲き出したホトトギスを見てなんとなく小品を生けたいと思ったので摘んで家に入った。花生けすることはこの先までもずっと数こなして精進していきたいとは思う。昔盛んにやっていた頃の感覚になったらもっと上を目指したいとも思う。今でもちょっとは観られる花は生けられるとも思っている。花鋏持ってから半世紀に近くなっているのだから、失敗の方が圧倒的に多いかもしれないけど無心に魂入れ込めて生けている。
 しかし展示花を生けに行く気にはなれない。少なくとも今は。たぶんこれから先も。
 深いジレンマかもしれない。しかしホトトギスの何本かと対話しながら生けた花は拙いものであっても愛おしく感じられる。何がさびしいのかわからないけど何か感じて帰宅してそのさびしさから解放された。心の中は秋陽。しかも澄んだ空気が漂っている。

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