2020.10.28

固まった白砂糖がほぐれた

Cimg0955_r2 Cimg0957_r2    白砂糖を補充しようと取り出してきたら、そんなに頻度がないからかカッチカチに固まっていた。以前ももちろんこのような事態に遭遇したことはある。ガンガンたたいてある程度の大きさまでしてぜんざい等に使った。そして容器に入れたそれらをガリガリ削るようにして細かくしていった。しかし、である。よく見ると入っている袋裏面に「固まった砂糖のほぐし方」というものが書かれていた。元からそれはあったのかどうかわからないが、とにかく初めて見た。「密封できる容器に固まった砂糖と食パンを一日一緒にしておくと食パンの水分を砂糖が吸収してほぐれていきます。砂糖がほぐれたら食パンは必ず取り出してください。」と書かれていた。
 
 恐る恐る試してみた。容器は丈夫なポリ袋にして、岩盤みたいになっている白砂糖を入れた。そして一枚板より触れる表面積が多いほどよいかもしれないと思い、幸い家には私一人だったので台所のテーブルにガンガン打ち付けてある程度の大きさの塊群にした。それから食パンを大きくちぎって四方八方に入れ込んだ。一日一緒にということで時間がわからなかったが、とにかく一晩休んでもらった。
 
 それを翌日の午前中に見てみると、あら不思議、いくらかのダマはあってもとにかくほぐされているのだ。目からウロコだった。労せずしてこの事態を持って来られるのだと思うと楽しくなった。
 写真は一晩休んでもらう前のものだ。翌日ほぐれた状態の写真も撮って並べたが少し分かりにくい。今度は一枚岩でやってみてほぐれた状態を見てみたい。それだとほぐれたことが分かりやすいと思う。なんだかちょっと嬉しくなった。

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2020.10.24

ホトトギスを生けて

Cimg0953_r2  風が強く、花が落ちてしまいそうになっていたのでホトトギスを摘んで小さく生けてみた。花器は秋と野草となったら籠類が多かったので少しだけ感じを変えてみた。紅茶の茶葉を入れる缶の蓋を開いて、ぐい飲みをオトシにして一番小さな剣山を入れた。紅茶ポットが沢山描かれているモダンな缶だ。
 一番よく見るホトトギスは花の色が薄いあずき色でエンジ色の班が入っている。私がお稽古している時にはこれだけだった。もちろん他に品種はあるものだとは思っていたが花屋さんの店頭でもこれしか見たことがなかった。嫌でもなかったが特に好みでもなく、「地味な花だわー、これが素朴で趣があるのかもねー」とずっと思っていた。
 我が家にあるホトトギスは白花ホトトギスで、明るい印象だ。花弁の縁は赤紫色になっている。これはずい分以前に私が園芸のネットショップで苗を購入した。他の秋草と取り合わせても単品でもなかなかキュートで重宝している。
 
 風が強いだけでなく冷たくなってきた。もう秋深くなっていっている。衣替えしたり大掃除のほんの少しだけをしたり片付け事をしていたら日にちは経って、留守していた夫がトコトコと元気に帰ってきた。お帰りなさーい。また楽しく秋の夜長をDVD観たりしましょ。カーリング女子や将棋レジェンドの羽生さんの「もぐもぐタイム」は話題になったし絵になるけど私たちシニア夫婦は笑えるね。でも楽しく、控えながらもパクパク夫婦で。

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2020.10.14

赤まんま、紅葉

Cimg0949_r2  お米も新米になり食欲抑えるのが難しい秋日和。暑くも寒くもなくさらっとしていて心地よい秋晴れが続いている。掃除やら衣替えを少しずつしては天日干ししてお日さまの恵みをありがたく思っている。
 庭に知らない間にバンバン増えていた赤まんま。イヌツゲという名前があるけれど、やはり言ってしまう別名「赤まんま」。本当にお赤飯の粒々にさえ見える。愛らしい草花だ。蔓にまけてしまって皮膚科通い、医者から極力止められてからはなかなか草取りに精出せなかった。そろそろいいかなと思って見やると赤まんまがびっしり。葉はいくらかの虫食い葉もあるが紅葉が見られる。
 
 虫かご風の器(いただきものであるが菓子入れと言われていた。)に同系色のエンジ色のオトシを入れて小さな剣山を置き、沢山の中から摘んできた赤まんまを生けてみた。
 素朴な花が風の通る籠目からふわふわっと伸びて楽しい気分にした。なんとなく虫の鳴き声もどこからか聞こえてくる気がした。
 
 大好きな「ロードオブザリング」のDVDを何回かに分けてまた観て感動した。たぶん一番好きな映画だ。多くの学びもある。秋一番の幸せ気分だった。夫とパクパクしながら次は「三国志」ね、と話し合った。少し留守するので間が空くけど、こちらも楽しみだ。

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2020.10.06

赤いマグカップ

Cimg0945_r2  少し前に夫のマグカップを破損させてしまった。二十年以上前にロンドンでミュージカルを観た劇場で購入した好きなマグカップだった。いつものように朝食後の食器洗いしていて水切り籠に置こうとして手前に立てていたパン皿に当たってしまい、持ち手が壊れた。少しショックだったが気を取り直した。私が使っていたマグカップは同じ形態のやはり黒地のマグカップで、義母がニューヨーク、ブロードウェイで同じようにして購入してくれてお土産でいただいたものだ。こちらも二十年以上前だがもっと古い。割れ、欠けはなかったが、同時に包んで不燃物として出した。
 
 赤いマグカップがその後私たちの日々の友だちとなった。少しカップを回したらコーヒーメーカーのロゴがバッチリあるがそのインスタントコーヒーにキャンペーンで付いていたものだ。以前のカップと比べると小さい。その内、慣れると思う。可愛い赤い色だ。ロンドンのダブルデッガーや郵便ポストの赤に似ている。
 
 ドラマ「半沢直樹」もとうとうシーズン2も終わってしまった。夫と一緒に夜はコーヒーでなくルイボスティーを淹れてピーナツやらその他お菓子を食べている。やめられない楽しさがある。まあ後で後悔しない程度にしてはいるけど、さて。秋もこれから深くなっていく。テレビやDVD観ながらの時間、パクパク夫婦の夜は続く。

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2020.10.01

栗ご飯

Cimg0944_r2  親戚から栗をいただいた。茹でて食べてねということだったが、夫婦でせっかくの初物なので栗ご飯しようということになった。
 
 夜にテレビ観ながら栗の皮むきをした。夫が外皮をむき、それから私が渋皮むいた。テレビの番組は「冒険少年」というもので4時間特番だった。無人島から自力で脱出して有人島までたどり着く競争だ。だいたい毎週放送されているが案外楽しくて観ている。包丁でコリコリしながら「おう、皆、頑張れー!」と応援していた。
 
 それから一晩水に浸しておいた栗は栗ご飯となって夕飯に並んだ。お仏壇に上げる前にちょっと失礼と一膳分よそって記念撮影。久しぶりに共同作業しての作品なので、おめでたくも「わー、美味しいねー!」と言ってパクついた。
 秋は飽くまで食べるほどの実りの季節。夫婦揃ってブーになっていってるけれど、なんとかその許容範囲ぎりぎりなので今の状態を越えないようにしてこの秋もパクパク楽しみたい。
 今日は中秋の名月なのだがおだんごもなく、夕べと同じ栗ご飯と豚汁パクパクしながら横目で名月いいねーとか言っていることだろう。

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2020.09.28

二十世紀梨

Cimg0943_r2  夫婦揃って梨は二十世紀梨が好きだ。九州は赤梨系が多いしそれもジューシーでフルーティーで美味しいのだが、二十世紀梨のすっきりサクサクの味わいがやはり一番好きだ。ケチケチ暮らしているが二十世紀梨は季節が近づくとネット上で予約して取り寄せている。当地ではこの梨の出回りは少なく、値段も高い。鳥取県の産直に進物用でない家庭用という商品を毎年購入している。形が悪いものや少々の色むら等の商品だが生産者も語っているように味自体には変わりはない。
 ところが今年は天候不良でずい分以前にネット予約したがなかなか届かなかった。そして少し前に大幅な不作のため遅れています、すみませんというメールが来た。それでも無理ですとは言われなかったのでとにかく楽しみに待っていた。その梨がついに昨日我が家に到着した。確かに玉は小さく少しだけど茶色いシミのようなものはあるし青々としてなくてもう黄色に変化しつつある商品だった。夕べ、ワクワクして食べた。表面から感じられた不安もすぐに飛んでしまう二十世紀梨の美味しさだった。これから毎日二人で楽しいこと。毎年追加注文していたのだが今年は無理なようだ。かみしめながら日々食べようと思う。
 
 秋にすっと入っていった。衣替えや秋冬の支度も少しだけ早めにやらなければとも思う。私は夜寝る時は肌布団だけなのだが夫は冬布団と毛布まで掛けている。確かに夕方以降、そして朝方は肌寒い。しかし日中の二十世紀梨のようにすっきりとした秋の空と風は心地よい

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2020.09.17

秋草を生ける

Cimg0940_r2  家のことでその大きさの箱が必要となり、竹籠花器の入っている箱を出した。そして花器を取り出して置いていた。それから別な木箱が見つかって紙箱であったその箱を戻しに行った。そこで竹籠の花器を目にして花生けしたいという猛烈な気持ちに襲われた。
 庭に出てタカノハススキを数本と彼岸目指して姿を現した赤いヒガンバナを数本切った。しかしこれだけではどうにもならないのでコギクとリンドウを数本買ってきた。なんとかなるという目途が立ち、なにやら元気が出た。さすがの私もそう思っていなかったのだがそろそろコロナ禍のストレスがやや蓄積しているようにこの頃思えてきたのだ。どうすれば元気が出るのだろう、こんなに呑気に暮らしていて幸い概ね体は元気なのにと少しため息ついていた。
 
 秋らしいすっとした風を感じるようになってきた昨今、竹籠花器は「秋草を生けたい」思いで心を溢れさせた。花野に思いを馳せる時、私は苦しいほどのときめきを感じる。
 どれも軽い花材であり、投げ入れにした。生け花ですっと挿す花だ。間違っても投げて入れない。軽い花器に軽い花たち。そこを過ぎるすーっとした秋風。花野の切り取りではあるが剣山に挿すのと違って野趣を残して自然にすっと生ける。たとえこうしてチャチャッと生けたものであってもそこ行く風、そして青く高い空が感じられたら成功だ。私の作品はお粗末である。恥ずかしいばかりだが、やはり心こめて生けた。それだけは言える。

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2020.08.30

夏の終わり

Cimg0928_r2  全国的に残暑が厳しい今年だ。まだまだ猛暑日が続いている。しかし夏バテすることなく過ごしている。それどころかよく食べてよく眠っているからしっかり身に付いていっている。日頃の家事くらいで運動と言う運動はしていないからいけない。いいところ深呼吸かな、少しのストレッチくらいかなといったところだ。それでも毎日自転車で炎天下ものともせずバンバン走り回っている。自転車で風を切るのが好きだ。ところが腕は置いたままなので日焼け止めつけてアームカバーしていても照り焼き状態。そして首まわりもそうだ。まあ、いいか。とにかく概ね元気に夏の終わりを迎えている。残暑であっても夏の終わりなのだ。少しずつ秋が存在を示していっている。日中のセミの鳴き声も途絶えがちになって朝晩には少しだけ虫の鳴き声が聞こえる。汗拭いながら、やっぱり暑い方が寒いより好きだし強いと実感する。お年頃もあってエアコンに浸ることも増えてきた。高原に行きたいなあとか直ぐ欲出しながら「極楽、極楽」と言っている。
 
 庭のタカノハススキが少し穂を付けた。何本かを切って小さく生けた。水色のガラス花瓶を二つ重ねて並べてすっと挿した。大きく生けられるほど葉が良くなくて焼けていたのだ。小さな秋見つけた風にした。敷いているのはちりめんの風呂敷。自転車置物に合わせた。そこでまた、高原に行きたいなと思ったりする。前に後ろに買い物を積んでガンガン走行するのでなく高原避暑地を優雅にゆっくり走行したいなと思う。しかし、それもわりと早くに忘れ去ること。現実を楽しもうと切り替える。そうこうしていると急な雷雨となった。台風の到来が続きそうだ。現実、現実。対策しなければ。
 

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2020.08.05

猛暑は続く

Cimg0925_r2  この一ヶ月、ブログ更新していなかったが大きな変化があったわけでもなかった。変わらずに毎日ミョウガの子収穫では大喜びしていた。梅雨、大雨がようやく去って猛暑日が続いている。雨の間にまたまた草がワーッと伸びて藪のようになっていたため、今年も草取りを毎日していた。朝の涼しい時にせっせとしていた。そして、またよくない私のクセが出てしまった。何回も被害に遭っているのに学習しないではないが絡まってワサッとなっているカズラをつい引きはがしてしまった。いつもこうだったのだ。むかついて我慢できなくなりつい手が出てしまう。
 そういうわけで、また同じ植物に「まけて」しまった。しかも今回のは酷かった。皮膚科では医師に「こりゃひどいですね。」と言われた。わりと完全防備していたのですけどと言い訳すると、「ですからね、ビニールを着ているのなら別ですがあらゆる布地の隙から入り込むんですよ。よくよく気をつけて。」と続いた。聞いたこと何回もあるのだけど今回はさすがに私はシュンとして聞いた。
 今は一日おきに通院している。結構な範囲に火傷のような腫れが出来ている。右足スネから腿まで。トホホの私。もう、本当に止めようと誓った。
 
 昨夜は満月ということで月が出るのを待っていたが、雲が多くて直ぐに雲に入ってしまいなかなか撮ることが出来なかった。辛うじて遠目のこの一枚くらいだ。電線があるわ、我が家の木の枝があるわ、月は小さいわでなんとも観るに堪えない写真だ。
 夏は好きだし暑いのは苦でもないが、草取り同様、お年頃を考慮して水分補給して一日の半分くらいはエアコンの中にいる。今日久しぶりにヘアカットに行って頭もすっきりした。
 まだまだ猛暑との付き合いは続く。まー、笑って明るく過ごしましょ。

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2020.07.05

ミョウガ収穫

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 二、三日前に雨になるということで探しに行ったミョウガの子はまあーいっぱいあった。二十個ほど。我が家としては今年初生りだった。やぶ蚊と戦いながら熊手で掘りつつ採ったそのミョウガの子たちは実に愛おしいものだった。と言っても私や家族の口に入るものだったが。それでも毎回感謝しながらパクパクということになる。ありがとう、パクパク。ありがとう、パクパク。
 
 雨はほどほどに降ったが同じ県内南部地域では未曾有の大災害となったようで心が痛む。呑気にミョウガ収穫と大騒ぎしていたりして。地球も年を取って人間の扱いもよくないから災害、災難がそれもこれまでになかったような大きなそれらが次々と起きてきている。コロナのワクチンはもちろん世界中の急務ではあるが地球規模での環境整備がさらに望まれる。
 なーんてこと言いながら、早くコロナ騒動がひとまずの収束を迎えないかなー、どこか旅行に出たいなーなどと案外お気楽で自分のことだけ考えたりしている。なかなかの年になったので少し楽したいなーとか思ったりもする。庶民はそういうものかもしれない。しかし出来ることならばこんな私でも小さなことでも社会のお役に立ちたいとはその思い以上にある。
 
 それにしても梅雨、大雨から抜けてしっかりと夏になる日が待ち遠しい。私は夏の暑さに強いし、体が動くから好きだ。寒いと体が動かず怠惰になり清潔が保ちにくくなる。きちんとした人は季節関係ないのでしょうけどね。早く、陽が強く蝉がガンガン鳴く下でミョウガの収穫をしたいな。

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2020.06.25

来民(くたみ)の渋うちわ

Cimg0912_r2  梅雨の間の蒸し暑さにうちわが欠かせない。扇風機やエアコン点けるのもいいけど髪の生え際や首筋などにはダイレクトで風が送れるうちわが一番だ。
 
 結婚してから主人の父親の運転手をすることがあった。もちろん義父はタクシーでも行かれたが多くは家族である主人の母親と嫁の私が運転して送迎したものだった。市内はもちろん県内のあちこちにも出かけた。鹿本郡来民町を通る時に義父は必ず「来民の渋うちわはいいよ。風が違うからね。」と言われた。その度に私は「そーですかー♪」といつも軽いノリの嫁であった。
 その義父が嫁して三年で急逝された。私に多くは話されることがなくこれまでに何回も聞いたことはわずかに三つ四つだ。そして何年か経ちふと思い出して私は伝統工芸館へ来民の渋うちわを買いに行った。それは今から三十年以上前のことだ。いいなと思ったが三千円近い販売価格にしばらくためらった。そしてえいっ!と思い切って買った。それでもなにやらもったいなくて納戸の押し入れに仕舞い込んでいた。そして四年前の熊本地震の時に当然ながらあちこちの整理が必要となった。押し入れの中などはひどくシャッフルされていた。その内このうちわを発見した。その時以来使おうと思って出した。
 
 ネットで見てみると価格自体は変わらないようだが私が買った和紙のちぎり絵付きのものは見当たらなかった。わー希少価値あるわねと思いパタパタあおいでいる。
 これもネットで調べて分かったのだが来民は京都、丸亀と並んで三大うちわの産地であるという。豆柿を発酵させて壺で寝かせたものを柿渋と言い、この柿渋を塗ったものが渋うちわであるという。竹の骨に和紙を貼って柿渋を塗りしなやかで強度もあるうちわだ。
 「風が違うからね」といつも言われていた言葉を思い出しながらパタパタパタ。本当にそうねーとつくづく思う。熊本の夏は暑さが酷く、
蒸す。私は夏に強いがそれでもハッハッしながら暮らしている。でもわずかな清涼剤となる渋うちわの風は幸せを感じる。

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2020.06.20

元気出たわー!

Cimg0907_r2 Cimg0910_r2  昨日、ボーッとしている時にコツコツコツと靴音。そしてピンポーン! あら久しぶりのmokoさんの来訪。ところがマスク姿の彼女は仕事が忙しいのだと思うけど直ぐに帰って行った。でも、私にプレゼントを届けに来たのだった。なんともビタミンカラーの花束と可愛い洋菓子セットと紅茶のギフト。思いがけないことだったので本当にパチパチパチものだった。そしてその写真撮影をした。
 
 一夜明けて今日、なかなか難しい花を生けてから頂いた紅茶、お菓子を取り合わせた。できる範囲でのなんとかだったが気分的には優雅、優雅。一人お茶なんかした。夫はパソコンに向かっており、庭では造園業の方が倒木に必死だった。ずい分以前にシロアリ被害に遭って中が空洞化している古木のウメがいよいよ半分朽ち果ててきていて危ないので半分ばかり落とそうということになっていた。半分はかろうじて空洞ではなくなんとか生きている。それだけでもよかった。こんなことなかったら思い出あるウメの半身が切除されていくのを悲しく眺めていたことと思う。
 
 なんとも優雅、優雅。昼前のティータイムとなっていた私だった。花はヒメヒマワリとハナパイン(たぶんそうだろうと思う。)で梅雨の晴れ間である今日のように実にカラッとしていて本当に元気が出た。
 mokoさん、あーりがとーねー! 今日は私の素晴らしい誕生日!

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2020.06.09

ムーンライト

Cimg0904_r2_r2 STAY HOME と書いてはいたがほぼ出ることがあってそんなに家にいなかったように思う。今頃になってやや巣ごもりのSTAY HOMEになっている。庭では小キクやビヨウヤナギなどが咲き、花の時期を過ぎた。ただ幸い1本のイワトユリだけが咲いている。イワトユリは別名スカシユリと言う。花の基部が細く花が透けるからと言われている。諸説あるかもしれない。この花苗はスーパーで1個80円で買ったものだが切り花にしてもまた育ち花を付けてくれる。この花もこの春の二度目だ。
 
 黄色のイワトユリを見ると遥かな昔、生け花の稽古していた時に先生が「ハイ、このスカシユリ(先生はいつもスカシユリと言われた)、品種名がムーンライトです」と仰ったことばかり思い出される。瞬時に私の頭の中はビートルズの曲「ミスタームーンライト」で一杯になった。それからよく花展でもこのムーンライトを好んで生けたものだ。
 上から見下ろしたイワトユリ、ムーンライトはハッとするように美しかった。
 明日から雨模様、梅雨入りらしい。本当は切り花にしたかったけど、またいつか。
 
 今日が誕生日だった夫、おめでとう。元気に仲良くやっていこうね。また一緒にビートルズ聴いて「いいね~!」と言い合おうね。

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2020.05.01

STAY HOME

Cimg0901_r2  五月になった。こんなに物憂い五月は初めてだし世界中の多くの人たちもそう思っているはずだ。家族の入院が重なったりしてバタついていたが、なんのなんのまだまだ新型コロナウイルス感染は収まるところを知らない。その猛威を変わらずに振るいまくっている。しかし今置かれた環境で、人々は実に出来ることを頑張っている。いつか世界中で大笑いしたい。とは言え来年のオリンピックというのは厳しそうに感じている。いろいろあるとはわかっていても。
 
 庭のミョウガはぐんぐん育っていっているが早くミョウガの子を発見したい。毎日昼食は素麺なのでついついそう思うし庭に出ると励ましの言葉をかける。と言っても奪ってご馳走になりたい一心なのだけど。
 庭にはミニバラが咲いている。少しばかりを摘んで花瓶に挿した。また言うことになるが何となく物憂げな感じに見える。単に見る人が落ち着かないからだとは思うが。
 
 この出好きの私がしっかり頑張っている感染拡大防止。街にも出ず、スーパーにもダーッと自転車で行ってメモしたものをさっさと買ってダーッと家に戻る。しかも2、3日に一度だけ。幸い私の通院や検査はここしばらく無い。今はマスク作り終えてエコバッグを縫っている。手持ちの布地を形にしてさばこうという断・捨・離の一環だ。皆さん家に居てどう過ごされているかしらと親しい人たちを思い浮かべたりしながら手を動かしている。街に出るのさえ控えている昨今、旅行できるようになる日はどのくらい先になるだろう。それでもいろいろ夢見ながら後ろ向きになることないように努めている。本当に、皆さん、ご無事で。私も出来る限り用心して暮らしていく。

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2020.04.06

清明を過ぎて

Cimg0893_r2  個人的なことを含めてあまりにめまぐるしかったためもあり、気がつけば四月になっていた。そして季節の言葉で言えば清明を過ぎた。すべてのものが清らかで生き生きとする頃なのであるが、今年は世界的にも尋常ではなく落ち着かない春を迎えている。まだまだウイルスの脅威に世界中が怯え、そして戦っている。いつもの年ならば私が住んでいる辺りは学校が多く卒業式、合格者発表、入学式などで心嬉しい学生たち、親御さんたちを眺めてばかりだった。ああそうだったなあといつも思い出していたものだ。まったく、なんなのでしょうね。でも皆で頑張るしかない。
 
 ハナミズキの花が沢山咲いた。しかも現金なことに南側と東側にばかり。丈が高くなり過ぎないようにてっぺんをカットしたため横枝がぐんぐん伸びた。ぐいと引っ張って一枝を切ってフラスコのようなガラス花瓶に挿した。十年ばかり花芽もつけなかったハナミズキが一昨年からしっかり咲くようになって毎年楽しみだ。サクラの花見も自転車走行しながらあちこち眺めて回ったけれど心浮き立つ感じが起きず、来年のサクラはまたサウンドオブミュージックのオープニングのようにくるくる回りながら夢のように酔ってみたいと思う。我が家のハナミズキも来年はどうか北側西側にも多くの花付けてほしい。それでも咲いてくれてありがとう。
 
 どんな戦時下でも被災地にでも同じ地に花は咲く。それは神様のお慈悲かもしれないしエールかもしれない。清く明るく希望に満ちた春に戻れるように、まあ辛抱辛抱、明るく頑張りましょう。

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2020.03.22

スプリングスターフラワー咲き誇る

Cimg0888_r2  今年もスプリングスターが咲き誇る玄関先だ。この時期のこの場所が本当に好きだ。この扉開けるとバリバリ昭和の民家なのだけど、これだとなんだかメルヘンっぽく感じられる。もしかしたら素敵な雰囲気の服装でおっとりとして優し気なターシャさんのような女性が微笑みながらこの家から出て来るような気さえする。ちょっと言い過ぎ、それはなかろうとも言えるけど。
 
 先日、まだ降らない、大丈夫と思ってスーパーに買い物に出たが買い物済んで出たらザンザン降りの雨。自転車だしまた買い込んでしまったのでとにかく入り口軒下で雨宿りした。うんと小降りだったらもうダーッと飛ばして帰るけどまったく普通降りで諦めた。結局40分ばかりして雨雲が完全に通り過ぎた時に自転車置き場へと向かった。
 その間に二回同じ声掛けしてもらった。最初は中年のマダム(おしゃれな感じの人だった)で一度自分の車に荷物を積みに行って戻って来て「よかったらこの傘使ってください。もうその後は捨てていいから。古くなった傘何本かいつも積んでますから、どうぞどうぞ。」と手には花柄の傘を持っておられた。その次にはやはり中年の男性で、「あんた傘無くて帰れないんだろ。これ使ってください。私は車まで走ればあとは家に帰るんだし、もう放ってもらっていいビニール傘なんだから。」と差し出された手には大ぶりのビニール傘があった。
 どちらのお方にも「お気持ち、本当にありがとうございます。もう少し止むまでいますから大丈夫です。」と丁寧にお断りした。私は傘差して自転車走行しないのでとは言えなかった。でも心からご親切には感謝した。まだまだこういう人たちがおられるんだと少し嬉しく思った。
 
 小さな事柄に嬉しい気持ちを感じることほど心の栄養になる。新型コロナウイルスの蔓延ですべての国、人がピリピリして暮らしている今、人を思いやることを忘れてはいけない。でも、もしかしたら私が傍目で見るととても哀れな雨宿りシニアに見えたのかもしれない。

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2020.03.10

黄スイセン

Cimg0885_r2昨日、我が家に咲く黄スイセンを摘んだ。全部で七輪だけしかなかったが、明日は雨という予報だったので花茎から倒れると思い家の中に飾ろうと思い立ったのだ。これといった花器が無く、鶴首の一輪挿しに全部挿した。本当は生け口いっぱいになるようなことはしないのだが今回はビシッと口いっぱいになった。ポーンと中から噴き出して広がった感じだ。
 
 マスクの素材も形にしてしまい、沢山の替えも出来た。毎日、どこに行ってもマスクした同士でありそれが普通になった。まあいいことだけど人々の不安や恐れは日本中、世界中だ。そしてこんな時に議員さんともあろうお方がマスクを大量にネット売したり、マスク原因で争いが起きたり、さまざまなニュースが日々流れている。イベント、集まり、移動、旅行、そのほとんどが中止となり世界中の皆が辛抱して用心して頑張る春となった。
 
 そんな中でも花は咲く。黄色い花を見ていると何やら不安が和らぎ希望が湧いて元気が出る。近所の人とは毎日会うが、友人たちはどうしているかなあと思ったりする。先日、夢の中で友人二人とバッタリ会った。二人は何かのボランティアに行っていると話し、私は大いに感心したものだ。「わー、元気でよかったー」とお互い言いながら別れた。そこしか覚えていないが起きて夢だとわかった。皆、元気でいようね。夢の中の二人は黄スイセンのように明るく軽やかだった。

 

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2020.03.04

マスク、マスク!

Cimg0882_r2  世界的に蔓延してその猛威を振るっている新型コロナウイルス。毎日、その記事で溢れている。収束の目途は果たしていつつくのだろうか。そして東京オリンピック開催はどうなるのだろうか。マスクが店頭から消えて久しい。入荷日未定という張り紙ばかり見る。この頃ではデマも飛び交いトイレットペーパーやティッシュ、キッチンペーパーの紙製品も買い占めが起こり大騒動になっている。こういう全世界で知恵と心を寄せ合って乗り越えなければいけない時にまさかの高額での転売(中には盗んだものを大量に高額で売る者もいる)したりの悪い人もいて困ったものだ。
 
 手洗い、うがい、アルコール消毒の励行でかなりリスク回避は出来るらしいが世の中、不安を煽るニュースや番組で人々はピリピリしている。マスクはあまり役に立たないとの見方もあるが、いくらかでもリスク回避の助けにはなる。だから必死でマスク求める人々が尽きない。
 我が家にも元々買ってある使い捨ての不織布のマスクがそこそこにはある。しかし、それは家族に、と私はこのところマスク手作りに燃えている。私はもう8年も呼吸器の不具合に遭っているので基本、年中マスク姿だ。そこで、こういう事態になるうんと以前からダブルガーゼ生地で手作りマスクを作って使用していた。自分の顔形に合うように型紙起こしをした。だから私には一番フィットするマイマスクだ。大気汚染もあるし毎日自転車走行しているので重宝している。真夏には風邪ですかとよく聞かれたが手作りマスクしているとあまりそういったことを言われないので益々調子に乗った。
 
 マスクが店頭から消えるとほどほどのママさんたちが手作りマスク派となったらしく手芸店からもダブルガーゼ、薬店でも数メートル巻きのガーゼもあっと言う間に売り切れた。そこで手持ちの素材だけでとにかく出来るだけ沢山マスクを作ってしまおうとここのところ頑張っている。マスクゴムも日ごろから買っておいてよかった。結構沢山手持ちがある。
 
 こういう時こそしっかりして皆で頑張っていこう。お花見もマスクして。花粉症でなくても、とにかくマスク、マスク!

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2020.02.13

ウメは咲いたけど

Cimg0877_r2  庭のウメは全部で3本あるけど、いずれもなかなかの瀕死の状態で毎日励ましの声かけをしている。今年も咲いてくれているのだが毎年「これが見納めかも」と思いながら見つめている。特に白の古木ウメはずい分以前にシロアリ被害に遭い、大きな幹の内部が空洞化していた。なんとか延命措置をしていただいているが庭師さんが「次、大きな台風が来たら難しいでしょうね」と言われた。実際、木の中程の高さあたりが朽ち果ててはがれて落ちて行っている。ダメもとで肥料やら励ましやらで手を入れてはいるが今年は特に花付きがよくない。末期状態かもと不安が増す。それでも明るく声かけしている。桃色のウメは少し離れた場所だったためシロアリ被害には遭わなかったが先の大地震で傾きつつある。そしてさらに離れた場所にあるこのウメもシロアリ被害は無いもののやはり大地震の際にバリッと根本から傾き、根の半分は見えている状態だ。しかし木は古木の内に入るが他の二本よりはうんと低い木だからかわからないが今年もしっかりと咲いた。根本の根が浮いているところには花の土という園芸用の土をしかと被せている。雨が降るとまたむき出しにはなるが。
 
 以前の台風で好きだったアンズが幹半ばで倒壊し、なんとか残った幹から新芽も出ていたのだが、やはり大地震で根本から完全倒壊してしまった。どれもこれも手入れに不案内で庭師さん任せだがただただ祈るしかない。まあなるようにしかならない。でも次の年も眺めていたいという思いは溢れるばかり。
 
 暖冬だったが天候不順で全国驚くようなニュースが多い。加えて新型コロナウイルスの脅威だ。落ち着かないこの頃だがとにかく心と体を労わって明るくこの早春を過ごしていこうと思う。

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2020.02.04

肥後ツバキ一枝

Cimg0869_r2  節分のヒイラギ枝をいただいた時に肥後ツバキの一枝も同時にゲットしていた。これも初めて口にした「一枝いただける?」をことのついでに言ったものだ。横枝で伸びている先の硬い蕾を切ってくれた。これはさすがに選ぶことはできなかった。そしてその花がようやく咲いた。真ん丸でない輪だがしっかりしている。
 
 肥後ツバキは苗、種ともに門外不出とされ他出されずにやってきた。見たければお越し下されたし、ただその品種の育て方その他については申し上げられませんということだ。肥後モッコスと言われる頑固さはそうやって自分の土地の文化を守り育ててきた。肥後六花があり、この肥後ツバキの他に肥後シャクヤク、肥後ハナショウブ、肥後アサガオ、肥後キク、肥後サザンカがある。いずれもずっしりとした存在感がある花たちだ。
 
 なかなか腕がないために細長い茎に一輪のしっかり重みのある花をうまく生けることができなかった。大きな葉があと3枚付いていたがカットして2枚半という葉の状態にした。花のインパクトに負けてはいけないので重量感ある陶製の壺を花器にした。花がはずっしりと重みがあるので挿すのを止めて剣山を入れて留めた。歌舞伎での見得を切るような強い花だ。
 
 暖冬の中、穏やかな立春を迎えた。世の中は新型コロナウィルスの世界的な広がりで大変な状態であるが世界中一体となって(ONE TEAM)早期解決に向けて頑張っていこう。生産も追いつかず世界中でマスクは品切れ状態だ。そうだわ、私は八重にしたガーゼでマスクを縫って作らなくては、自分のくらいでも。
 

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2020.02.01

節分、厄除

Cimg0867_r2  通りを挟んで向かいの親戚の家でヒイラギの枝落としをしていたところに出くわした。何十年も傍に住んでいるのに一度も言ったことがなかったが「落とした分でいいからヒイラギもらえる?」と聞いた。いいよということで私は小さな枝を3,4本ばかり拾って「ありがとうね」と立ち去った。あまり大きくないヒイラギの木で、端正に整えていたので言い出しにくかったのだが今回はラッキーだった。
 それから私は花屋さんへ行った。「ナノハナありますか?」パッと見たところショーケースに見当たらなかった。「あんまり出ないから花束とかアレンジで使った残りが少しありますよ」と言われた。そして指し示すショーケースの奥の隅に何本か明るい黄色が見えた。「ください。2本でいいです。これと、それ」しっかり開いてた花とこれから開いてゆく花、2本を買った。「何されるんですか?」と言われ、「ヒイラギを少しいただいたので極めて小さいものですが節分の花を生けようと思ってナノハナが欲しかったのです」と私が言うと「節分・・・」でおしまいだった。
 
 そして、ささやかながら節分の花を生けた。極めて小さい作品だ。ずい分以前にいただいた節分豆菓子が入っていた木箱にオトシを入れて剣山を入れている。本体には「福」蓋部分には「福ハ内」と焼き印がされている。その蓋は半掛け状態で中を覗かれないような感じにした。
 ナノハナの茎は生けるとあらら、あららと言う間にヒョロヒョロ伸びてゆき、また水切りして丈を整えていく。明日の朝この場所に来たらビックリのはず。でも「あなた自由ねー」とか言いながら生け直す。
 
 一月がアッと言う間に行き二月になった。節分は明後日。その冬と春との境にあって鬼を追い出し春を迎える。もちろんまだまだ春は名のみである。しかし厄除け、魔除けはしなければ。新型コロナウィルスの中国のみならず世界的な蔓延も叫ばれているこの頃、しかとその脅威には去って行ってほしい。
 ナノハナはポッと灯る灯りのように明るい。人間も地球も明日や未来が明るくあってほしいものだとナノハナ眺めながら心から願わずにはいられない。

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2020.01.16

初生けは同系色でまとめた

Cimg0863_r2_20200116165001  そして初生け。白から緑までの間での同系色でまとめた。舞台となる花器は水盤にした。手前に大きく水面を見せるのは夏のご馳走なので生け口を手前にして脇に水面を取った。挿し色もなく見どころも少ないがこの一年が落ち着いた穏やかな年でありますようにとの切なる思いを込めた単調ではあるが清々しい作品を目指した。
 
 トキワマンサクの枝は4本切って用意していたがその内3本を使った。ツバキのように葉に艶が無いがあちこち伸びる枝が枝に当たってそれでも太陽の方へと向かうため枝は動きがあって助かった。スカシユリ3本は長く短く長くで奥、中、手前に挿してある。手前に来ている花はこれから咲く花、蕾からのやや成長。中はしっかり咲いた輪を含む花咲いたもの。奥は丈高く奥行きになる中くらい咲きのもの。マッスで低くこんもりのコギクとテマリソウは先述の主役、準主役クラスの花たちを引き立たせているが名脇役でなくてはいけない。助演男優賞、助演女優賞ものにしたい。 私の力不足で言っているわりにはそうとも行きついていないが、いつも心して目指している。
 
 この作品は大きく、これは玄関先で生けた。玄関内でも少し大きい感じだった。そこでこの後は全てを短く切って花瓶に挿した。我が家は築50年の古家で玄関、床の間は比較的大きいが一般的な生活の中では幅や奥行き高さについて生け花を置くスペースはなかなか難しいと思う。そういう理由もあって枝もの生け花は大変かとも思っている。しかし私の中では枝ものに配材の花を生ける生け花が「生け花らしい生け花」であり、とにかく好きなのだ。とは言えまだまだいろいろ挑戦はしてゆこうと思っている。
 
 
 
 
 


 


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2020.01.12

初生けの支度

Cimg0855_r2 Cimg0856_r2 Cimg0857_r2 Cimg0858_r2        初生けはやはりスイセンと思っていて我が家の庭にも細々とニホンスイセンがあって花が咲いているので安心していたところ、数日前の全国的な季節外れの春の嵐とかいう大風に遭い朝見た時には花茎から折れてしまっていた。
 どうしようかと思っていたらやはり庭に咲き始めたスカシユリがありこれをとにかく確保した。それから枝ものはどれもこれもあまりに短く剪定してもらったため振りが無い。迷ったがなんとかなりそうな生垣のトキワマンサクの枝を数本切って確保した。
 
 それだけでは配材が足りないので花屋さんに行った。やはりスイセンは無く(ここに至ってもあればスイセンで初生けしたかった)決め手に欠けたがとりあえずわずかに買い揃えた。こうして初生けの舞台の演者は揃った。今日はその紹介をしようと思う。先ずは枝もののトキワマンサク。葉だけ見てもなんともわからないが春先には真っ赤(濃いピンク)な花をびっしりと付ける。そして黄色のスカシユリ。ムーンライトとの呼び名もある明るい黄色だ。
 その次はスプレー咲きの白コギク。マッス(塊としての表現)の時に重宝する。そしてテマリソウ。実はこの花はまったく知らなくてびっくりしたが色味と形態を採用した。マリモのような見た目だ。帰宅してネットで調べるとナデシコ科ナデシコ属だった。そういえば茎の節や葉などがカーネーションと似ている。
 
 そういうわけでキャストだけは揃った。まだ舞台であるところの花器もストーリーや演出も決まっていない。果たして私はできるのだろうかという懸念も起こり、とりあえず全てを水で養生している。一つにはスカシユリがほとんど蕾であるためその時間待ちもある。
 私には心だけはある。しかしその魂だけでどこまで出来るのか不安がよぎる。ただ、負けないくらいの意欲もある。混在する心持ちで結局、その時になるようになると思い切った。

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2020.01.01

あけましておめでとうございます / 令和の新春

Cimg0853_r2  あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い致します。なかなか更新が頻繁でなく中身も地味で愛想無し気味でもあって魅力に乏しいかもしれませんが自分の生活ペースで少しずつ上げて明るくやってゆきたいと思っています。
 
 
 令和となって初めて迎える新年。朝方は相当寒かったが日が昇ると穏やかな冬日和となった。家族と初詣に近くの神社へ行き、そのまま歩いてケンタッキーフライドチキンでお昼ごはんして、ミスタードーナツでドーナツ買って帰ったりして呑気な年明けだ。
 
 令和となって初めての新春の花はささやかなものだ。シルバーの長筒に松竹梅と少しの配材だけで生けた。しかもマツがネビキマツ、ゴヨウマツといった枝ぶりのよい葉が小さめのマツを目指していたところ天候異変もあったか入ってなくてワカマツ2本にした。縞タケ、ウメは我が家のものだ。配材の小ギク2色(濃い赤とピンク)と白いデンファーレ、それぞれ2本はワカマツと同時に買った。 花器の胴には真ん中で金銀に分かれている水引をゆるく巻いた。その下には葉みかんと加賀一刀彫のねずみの置物を置き添えた。
 
 松竹梅はおめでたいが生けるとなるとどれもが大きく主張しては喧嘩する。今回の私はマツであるがどれかを主役にして大きく持って行くことが肝要だと思う。比率としては今回はマツを10とするならばウメ6、タケ4ばかりにした。残念なのはマツがワカマツなので枝ぶりが無く、そして我が家の庭木は極めて短く刈り込んでもらったため松竹梅どれも見せ場と言うか面白味が無いことだ。しかし嫌味もなくなんとなく無難と言えるかもしれない。あまり頑張らずあるものを心こめて生けたということにもなる。
 しかしどんなに寒くても水が冷たくてもそういったことを相変わらずまったく感じない花生けだった。幸せだった。また今年もコツコツと習作を重ねて研鑽し続けていきたい。

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2019.12.29

今年もありがとうございました

Cimg0843_r2  毎年クリスマスには咲かない蕾を付ける我が家のクリスマスローズ、しかも極めて背丈は低い。地に這って葉陰にうずくまるようにして何輪かがあった。もうやがて新年の花になるし、これらを摘んできて赤いマグカップに挿した。
 
 本当に全国的に災害の多いこの年で次々とお気の毒な光景をテレビのニュース画面で見ては胸が痛んだものだ。避難所で年越しを余儀なくされる方々もおられることと思う。来る年はこういった災害や人災(車が関係する)、そして凄惨な事件など出来るだけ起こらないようにと願ってやまない。令和はすべての人が明るく希望が持てる時代であれと思う。なかなかそうはいかないのであるが、目指してすべての人がそれに向けて自分が出来ることを尽くしていきたいものだ。
 
 それにしてもお越しくださったお方々へ心から感謝申し上げます。今年もありがとうございました。この拙いブログ記事にわずかでも何かヒントでもあれば嬉しいのですが、反省しきりで毎年過ぎます。来る年もどうぞよろしくお願いします。私は柔らかな心(あっ、体もそうなければいけないのだった!)でお粗末ながらも自分の記録として続けて参ります。
 
 どうぞよい年お迎えください。
次は明けてからまた始まります。相変わらず年末押し迫ってからバタバタと頑張る主婦しています。苦笑い、苦笑い!

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2019.12.18

カエデの紅葉

Cimg0842_r2  我が家にごく低木のカエデが2本ありどちらかというとあまり観賞用ではない。どう庭師さんに手を入れてもらっても元々がカジュアルなのだと思うが今ひとつパッとしない。それでもこうして年が押し迫って来ると燃えるような紅葉になりそしてほぼ一気に散る。その葉を掃いていてきれいだなと思ったので両手で一杯の分を持って家に入った。そして写真撮影。きれいに見えてなかったのは枝の振り等がパッとしないのではないかとも思った。ましてや一部のアップだと欲目も手伝ってパチパチパチの拍手ものだ。
 
 歳末点描としてはイチョウの葉の方がイメージが大きい。カエデの紅葉は晩秋であって歳末の趣とはいかない。イチョウの葉は色こそさしたる変化はやや濃い薄い黄色としかほぼ無いのだがパッと見での歳末感は圧倒的だ。落ち葉ながめて歩くのも楽しいが、しかし乗ると滑りやすいので慎重に歩いてゆく。歳末感はやや薄れるとはいえ、真っ赤に燃えて風にザーッと散るカエデは独特の味わいがある。まして水分蒸散しっ放しとなってのカラカラで散ってゆくのはさらに人の身にも置き換えられそうで見入ってしまう。炎が消える前にほうーっと大きくなることと同じで命の燃え上がりを感じる。
 
 私はぐうたらで家の草木には水やりくらいしかせずに勝手なことばかり言っているが、手入れもろくにしないなりにしっかり愛している。植物は人の足音も話しかけも好きだ。呼応して頑張ってくれる。なんのかんのとグタグタ言うオバサンにも長年のことで慣れてくれているのだと思う。今年の私はとにかく家の周りの草取りと一部に除草シート敷くことに息巻いていた。来る年からは少し時間割いてしっかり手を入れてゆきたい。

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2019.12.09

スエットをリメイク

Cimg0840_r2  そんなに長く着てはいなかったスエットだけどシニア向きではなかったね、身幅はいいけど着丈が短くて腰が冷えるし落ち付かないので思い切ってリメイクしてみた。丸い輪っかの持ち手が手元にあったのでそれを活用。基本的に素材は出来るだけ買わないことにしている。断・捨・離の一環だ。スエットはラグラン袖であったため、それを生かしていい具合に出来た。袖は袖山あたり部分をカットしてゴム通しを作りゴムを通した。もう今年は済んでしまったが年賀ハガキの表書きやのし書き時のアームカバーにした。のし書きは年間通して案外機会がある。袋物の方は裁った本体をそのままで裾のニット部分だけカットして底部を縫った。ラグラン袖であったため開き口がドッと広がっていて大きすぎるし中のものも心配になる。そこで途中にこれまた手持ちの黒いちりめん紐を縫い付けて結んでリボン状にした。
 昨日、初めてスーパーに買い物に行く時に使った。木製の持ち手は直径が30cm近くあるのでショルダーバッグにして肩に掛けて歩いた。手持ちしていると年末、やはり物騒だ。案外いい感じだった。
 誰かに着てもらってもよかったのだが(市のリサイクルに出しても)生かして使うのならば無駄ではない。少し傷んできても家の中で物入れにしてまだまだ使うと思う。クリスマスにはうんと負けるがちょっとだけ楽しくなった。

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2019.12.05

クリスマス、クリスマス!

Cimg0838_r2  その後の私はクリスマスで浮かれている。手持ちの生地でクリスマスクッションを作ったり毛糸でモチーフを編んで繋いでクリスマスクッション作ったりした。これらは並んで置いていないけれど、せっかくなので並べて記念写真を撮った。もうこれからは今年はクリスマスグッズを作ることはない。また来年の秋口まで途中までのものも沢山あるけど仕舞い込んでおこう。
 
 クリスマスケーキのパンフレット眺めて、クリスマスカード書いて、何やら遊ぶことばかり楽しく想像して日は過ぎて行っている。もはや「まっ、いいか」というところで。頭の中はルンルンのクリスマスソングが鳴りっ放しだ。それもいいかも。この年になってようやくそういう心境に至った。元々がぐうたらさんなので本性が出現してきただけなんだけど、本人はなかなか痛快に感じている。今年は庭のことをしっかりやってきたのだから上等だよと一人大きくうなずいている。
 それでも急がなくてはという賀状書きは心にある。毎日数枚ずつ進めることにした。
 
 北海道、東北は結構な雪になっているとのニュース。明後日あたりは関東も雪模様とか。九州は雪ではないけど、さすがに冬らしい冷え込みとなった。洗濯物も乾き切らずストーブで完全乾燥している。これは我が家のいいつもの冬の光景。またこの季節になったとしきりに思いながら洗濯物をあっち向けこっち向けさせて乾燥の手助けしている。クリスマス、クリスマス!家の中と心と体はあったかーくして楽しみにしている。さあ、ケーキも決めなくてはね。

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2019.12.02

12月のニチニチソウ

Cimg0833_r2  長い間、玄関先の小さな門扉に掛けていたハンギング鉢を取り払った。そしてニチンチソウを昨年地植えして元気に今年も咲いたニチニチソウの隣ともう一ヶ所に地植えした。根詰まりしていないのだが地植えした方が花は強く大きくなる気がする。これから元気に根付いてほしい。
 そもそもこの鉢は義母が元気な頃に据え付けたもので、まだ車の運転していたから10年以上前のことだ。私が半期毎にニチニチソウ(時にはポーチュラカ)、パンジーを植え込んで水やりなどもしてきた。しかしここにきて存在が邪魔となってきたので寂しいが取り払ったのだ。義母がデイケアに週4日通っているが早くその先の手摺りを握ろうと手で払い除けていることしばしば、少なくとも最近はそういう花にも目が行かなくなっていた。加えてその義母の片手を取って後ろ向きに歩いて先導してくてれいるデイケアスタッフの方の背中がバンと当たってしまっている光景も度々だった。もうさよならなのだと私は思った。
 
 12月のニチンチソウは越冬してまた春に芽吹き花咲かせてくれることを楽しみにしている。それはなるべくしてなったこと。何一つ残念なことではない。新たな出発だ。
 令和の時代になって私はすっかり元気を取り戻した。いつも言うように概ね元気と言える状態になった。(ということは、元気だということ)ニチニチソウと同じで私自身のことも楽しみにしている。よい年越ししたい。

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2019.11.25

クリスマスの飾り付けをした

Cimg0835_r2  今日は実にささやかな応接セット前にクリスマスの飾り付けをした。毎年このステージに抜擢されるグッズもあるが新米さんもいる。大きなポインセチアのリースは手持ちの土台にフエルトで手作りしたポインセチアの花を取り付けた。赤4輪、白2輪というのは偶然にも手持ちの赤白のフエルトで出来るだけの数だった。結果として比率はよかったように思う。マツカサと布で作った小さなクリスマスツリーは他人様に差し上げられない不出来の作で、でも我が子のように可愛いから採用している。ちまちましたものではあるが私の心はクリスマスに向けて嬉しいものとなった。
 
 長いこと、ネットで売っていたクリスマスの手作り商品。大地震後、それらを一気に止めた。そして作っては人にプレゼントしていたが今年からはやっと気づいたのであるが我が家を楽しくクリスマス気分にしようということだ。しかも手持ちの素材を使い切ることを基本にして出来るだけ素材などは買わないようにして、あるもので。完成度は低いが人間には知恵があるし、何より心、魂が入っていればなんとかなる。少なくとも私の心はポカポカに温かくなる。
 キラキラのクリスマス。小さい頃、社宅の小さな家で、それでもクリスマス人だった母が出来るだけのクリスマス楽しい感を盛り上げていた。小さなクリスマスツリーに綿を薄く引いて雪に見立てて、キラキラのボールやサンタ人形、星形など母子で楽しんで付けていた。あの頃は生クリームなどなくてバタークリームのあまり美味しくないクリスマスケーキも家族で笑って食べたらなんとも楽しかった。あの一様に物の無い時代には小さな喜びは大きな喜びだった。家族の笑顔を今でも思い出す。
 
 あらら、もうすぐ12月。大掃除とか賀状書きとか、まあ急がなくてはね。クリスマスソング歌いながら少しづつ頑張ろうー!

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