2019.07.12

気に入った息子の絵

Cimg0785_r2  自分の断・捨・離ついでにいつ家庭を持つかわからないが管理していた一人息子のアルバムや書いたもの、描いたもの、母子健康手帳などいつかは引き渡すものの整理をした。するとなんとも気に入った母の肖像画を発見。ずーっと以前に幼稚園で母の日用に描いて先生が紙で額縁を作ってくれた母の肖像画があった。悪くはないがなんとも寂しい表情で私自身は不満だった。しかし家族が「似てるよ」と言うのでまあいいかと今でも掛けて飾っている。その時思ったのは陰で寂しい表情していた母をいつも見ていたのではないかという気の毒さだった。それさえも忘れていた。今回見つけたのは息子が4歳、幼稚園の年中さんの時に家で裏紙に描いたものだ。上の方はあえてカットしている。息子の名前と日付を私がしっかりメモしているからだ。
 
 音楽は知らないが、どうも息子は幼い頃から現在に至るまで絵を描くということや美術系統の事柄に興味が無い。それでも親孝行と思っていたらしく親と子の写生大会や粘土細工大会には一緒に行った。要らぬ世話で「ここをしっかりと」とか少し言ったのが益々悪く、ちょこちょこっとして終了ー!という具合で親が真剣に取り組んでいた。親の方だけが入賞しても「わー、よかったねー」とまた親サービスで喜んだ。たぶん早く帰りたかったのだと思う。
 その息子が30年以上前に家で自発的に描いてくれた私の絵をどうして喜ばれずにいられようか。また、私好みのルンルンに明るい印象だ。息子は3歳で入園する時にはワープロを打ち、数字(一桁)や文字(平仮名)も既に読み書き出来た。「おかあさん」の文字も嬉しい。
 以前「スイートマザー」として書いて載せたあの絵もそのままだしいいけど、これは気に入った。ペラペラの裏紙に描いているのでこれはクリアファイルに入れていろいろ大事なものを立てている中に入れた。私の元気玉だ。さて、頑張って出雲大社でしかとお願いしたしどうかそろそろご縁の出会いがないかな。いつかこの絵も見せたい。
 

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2019.07.03

整形外科にて

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 昨日、整形外科へ行った。担当は若いイケメン医師。以下、私が受診の内容を話した後のやりとり。
 
医師「整形に来られる方々の二番目に多い受診です。」 私「はぁ。。。?」
医師「これはリウマチでもなければ病気でもありません。」私「はぁ~!?」
医師「ヘバーデン結節という加齢で誰にでも起こる症状です。放っていてかまいません。40代以降の女性に多く見られ原因は不明ですが大丈夫です」私「あのー・・・治療とか手術なんかは・・・?」
医師「治療も手術も無いです。どうしても見た目が困るという女優さんたちくらいはあるでしょうけど、普通無いです。」
私「そーですかー・・・ 美しくない~」(自分の手指を見つめて)
医師(微笑みながら)「同窓会あったら皆さんの手指見てください。皆、同じですよ。」私「・・・わかりました~」

 数年前から自分の手指の第一関節が固くなり腫れた感じで好きだった指輪もそこで引っ掛かって出来ない事態にはなっていた。やがて二本の指節の先が変形してしまってショックを受けた。まあ、そうだったのかと帰りながら安心するやら寂しいやら。ずい分手先の作業をやってきて、自分自身の歴史でもある。感謝して、労わって付き合っていこうと思い直した。ちょっと苦笑い。でも、笑顔!
 
 大雨は相変わらず九州に降り続いている。しかし元の場所に植え戻したネジバナはしっかりと立って咲き続けている。時には滝のように降られているのに。勝手口出た通路もブロック塀も同じ年を重ねてきた我が家の仲間。見苦しいようなこと言って申し訳なかった。一緒にあの大地震を越えてきた仲間だ。そこにネジバナが1本咲いた。全てに感謝。全て、笑顔で。

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2019.06.24

ネジバナ

Cimg0769_r2  ごく稀にしかないことだが、我が家の敷地内の何処かにネジバナが突如出現する。いつもただ1本、すっと伸びて咲いている。写真撮るにも周囲が雑草だらけとか石ころだらけといったことばかり。今回は勝手口出たところだったが何十年もののブロック塀の際であってどうにも気が乗らなかった。しかし結局、私は家に連れて入って写真を撮った。細くて淡いピンクのネジネジ状態の花が咲いている。実はこのか細い草花を摘んできたのではなく、すうっと根ごと抜いてきた。お猪口のように小さな花器の中はわりと太い根が踏ん張っている。撮影後には元の場所にまた戻してしっかり水やりもした。ありがとうね。花自体をしかとアップしないと遠目では分かりづらいかもしれない。せめてアップした写真をクリックして拡大してご覧いただきたい。撮り方の拙さ、申し訳ないですが。。。
 
 天気予報では明後日から雨、ずっと雨の日が続くとのこと。九州北部も梅雨入りらしい。観測史上最も遅い梅雨入りとのこと。ネジバナの出現した勝手口ではないが二軒の隣家との間の草取りを急いでやってしまい、防草シートを敷いて留め具等で固定した。いつも梅雨明けにはジャングル状態になるのでせめてお隣さんにはうっとうしくならないようにと頑張った。
 もう一度土に戻したか細いネジバナだけど雨の中いつまで咲いているだろうか。毎日様子を見ていきたい。

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2019.06.21

皆、仲良し

Cimg0767_r2  調べてみるとニチニチソウは元々一年草ではないそうだ。ただ越冬がネックらしい。だから昨年の暖冬を越えて今年もしっかりと地植えしたニチニチソウは咲き続けている。根の張りとか考えるとやはり地植えがよいのかもしれない。それでも白い一株以外はなんとなく弱っていたのでさようならをした。つまりは個々の丈夫さがあるのかもしれない。
 今年購入した花苗を入れると5色のニチニチソウだ。少しずつを手折ってグラスに挿してみた。なんとも明るく楽しい。皆、仲良し、そういった感じがする。
 
 一年草と思っていたニチニチソウが地植えしてバンバン元気に咲き続けていることに励まされたのは本当だけど、そういったことを調べてわかったところでエーーッ!とは思わない。嬉々として日々にこやかに咲き続けているニチニチソウはずっと友だちだ。
 私は誕生日を過ぎたが数字を見るとあら!というこの年までやってきた。でもこうなったらまだまだイジイジとあと一花を咲かせたい。(先ず、一花咲いたのかな?)経年の劣化に伴い、体は次々と不具合を呈してきている。しかし、それがどうした!まだまだですよー。しっかり手を入れ補修しながら笑顔でやってゆこう。
 
 九州北部はどうしたことか梅雨入りしていない。梅雨明けのような暑い日があり勘違いしそうになるが数日後には梅雨入りのようである。晴耕雨読ではないけれど晴れた日には晴れた日にしかできないことをせっせと頑張ってきた。思うほどはできないけど、まっいいかと納得している。雨の日には力を温存させてゆっくりと断・捨・離を再開したいと思っている。

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2019.06.10

ハンゲショウ一枝を

  Cimg0763_r2_2 我が家のハンゲショウが咲いた。わりと沢山だが一枝を生けようとしてじっと見て回ったがなかなか思うような一枝が見つからなかった。そして遂に子どものように「どれにしようか。。。神様の言う通り」とか指さして一枝を決めて手折った。花の先生なのだからそうそう素材を選ばないでいいのよとか思いながら。しかし後でそれは偉そうなことで失敗だったわーと後悔もした。出来るだけ恰好つきそうなものを見つければよかったとかも思った。しかし、ダメダメ、修行しなくては。それでも心こめて生けたのだから一応アップした。
 ハンゲショウは漢字では半夏生となるがよく半化粧とも書かれている。上葉が塗ったように白い部分があるからだと思う。半夏生だといかにも季節的なイメージだが半化粧とはやや色っぽい感じが漂う。しかもなんとなくしなーっとした女性的な姿だ。つまり雰囲気を持つ個性的な花だ。暑くなってゆく初夏によく似合っている。
 
 相変わらずテレビで観るニュースのほとんどは暗い。高齢者を多く含む逆走、暴走で起きた悲惨な事故とか包丁で家族も含めて刺し殺しだとかの事件が続く。陛下ご夫妻の素敵なニュース、そしてお笑い芸人の幸せな結婚記者会見とかになんとかほっとした次第。あとスポーツはほぼ明るい。暗いニュースも観るには観るがなんともやるせなくなる。あと消費税のこと思うと焦る。こんな典型的なオバサンをなんとなくハンゲショウはくすくすと笑っているかもしれない。今度、聞いてみよう。何も言わないでしょうけど。

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2019.05.29

「花のある生活を・・・」

Cimg0759_r2    シニア女性が何やら鼻息荒く生け花についての思いを書いて、さて今日あたり自分で見て恥ずかしいもピークに達した。いやいやそういうものではない。花一輪、それが路傍の草花であっても空き瓶に挿す行為だけでもよい。私が枝ものが無いと生け花の限界があり先が難しいと感じたのは確かで、私は枝ものと花を取り合わせて生けることが好きだったからだ。枝ものがなくても、そしてどんなに小さくても立派に作品となる。ただ大きく生けることが難しい。時代に伴ってすべては移ろうし時代に合ったものが盛んになる。生け花は、私がやってきた好きな生け花は先々思い出の中にばかりとなってゆく。しかし寂しいのではなく、次の段階へ行かなければと思う。そう、時代に合わせてとも思う。私はまだまだ最初からやり直しの途中だ。出来ることなら長生きして昔くらいの力に戻してから先に進みたい。花鋏持てる限り。あっ、頭の中もごく普通であることも大切だ。
 
 生け花には多くの流派がありそれぞれの特長もある。県の生け花団体などが定期的に開催する花展を観て自分に合った生け花を見つけてから教室とかを探せばよい。文化教室は手っ取り早く、個人の先生宅に入門するより例えばお稽古を休み易くやめ易い。その流派にも多くの個性の先生方があり指導法もさまざまだ。やめるのを促進しないが無理して続けることはない。探していたものはこれだったのよと思えるものを求めていってよい。私がこのブログを始めてしばらくは生け花のススメを猛然とプッシュしていた。そうしてだんだんとそういう気も薄れていった。時代の波はいろいろと私に考えさせた。
 
 「花のある生活を・・・」とこのフレーズだけはこれからもプッシュし続けていく。そして私がやってきた大切な生け花、流派は私だけのことで、限りない恩をずっと大切にしている。ここにお越しくださった方々にはこのフレーズをご自分の解釈で受け止めていただきたいと切に思う。自由に、風のように。愛でも、夢でも、そういった広いものから実際に花を活けて飾ることでも。
 
 先日一つだけだった二年目のニチニチソウの花はどんどん咲き続けている。まだまだ蕾も沢山持っている。まっ、とりあえず私は「まだまだよー!これから、これから!」と元気もらって笑顔の日々でいる。

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2019.05.28

ビヨウヤナギとアジサイを一枝ずつ

Cimg0756_r2  我が家のビヨウヤナギとアジサイがささやかに咲き始めた。それぞれ一枝ずつを小さく生けた。というのも、とにかくこれだけしか咲いていなかった。普通ならばそういう状態のものを摘んで生けたりしないが、何となく花鋏を取りに家に入ったのだった。
 ビヨウヤナギ(未央柳)は楊貴妃の宮殿、未央宮にちなんだと言われているらしいが華麗で優雅な花だ。葉はそれこそ柳の葉に似ている。アジサイは、西洋アジサイはいくつも咲いているがこの青いガクアジサイが個人的には好みだ。ビヨウヤナギの葉を生かすためにアジサイの大きな葉は取り払った。わずかに小さな葉二枚だけ残した。
 
 どうしたことかわからないが私はこの花を生けながら私が生け花から引くことになった決定打を思い出していた。そしてそれは「枝ものを扱う花屋さんがなくなって」「自宅か野山で調達しなければ枝ものを生けることが難しくなってきていた」ことが最も大きな決定打であったということを思い出した。花展であれお教室であれ例えば花屋さんに取り寄せということになる。そして私は母を亡くして失意の中、昭和のあの生け花隆盛の時代に自ら生け花に入門して懸命に頑張ってきたことも思い出した。その点では良い時代だった。生け花とそれに関わる先生方からは技術面だけでなく人生で大切なあらゆる事柄を教わってきた。もちろん枝ものや花たちからもいろいろなことを教わった。そして無駄にはできない、生けられた木や花が結果として喜んでくれるようにと心砕き常に魂こめて生けてきた。これらその一つ一つが宝ものだ。
 
 そして今も少しでもその心根を繋いで行こうと粗末ながらも生涯学習にしている。休業中でありたぶんこれからも生け花愛好家として研鑽してゆくとこだろう。恥ずかしながらの作品をアップするのは勇気が要るが全て学習の内と思い込んでのことだ。
 五月の晴れた空に響いていくような花鋏の音は実に心地よい。本当にSMILEが溢れる。

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2019.05.16

またまたニチニチソウに

Cimg0752_r2   Cimg0753_r2  玄関先の花はまたまたニチニチソウにした。まったくワンパターンなのだが、いくらかの時期の長短はあっても基本的に春夏はニチニチソウ、秋冬はパンジーだ。令和となった今年もニチニチソウは毎日明るくにこやかに咲き続けてほしい。
 
 ところで昨秋にパンジーに植え替えた時にしっかりとしていたニチニチソウの株を地植えしたところ越冬してまず一つだが花を付けた。昨年は暖冬ではあったが確かその前年も同じだったように思う。まさか宿根とはならずその年の内に少しずつ弱っていって去った。しかしなかなか楽しませてくれていた。
 考えようによっては、自由な身となるとあと一花咲かせられるのかもしれない。そんな都合のよいことがポッと頭に浮かんだのだが、それはそれで深いかもしれないし何やら元気が出る。ニチニチソウのようにまた笑顔で暮らしていきたい。

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2019.05.10

スイートマザー

Cimg0749_r2   我が家の庭のスプレー咲きのミニバラ、もう何回もこのブログに登場させた、品種名「スイートマザー」。いつも気が付くと虫被害に遭っていることが多いが、今年は寸前でなんとかなった。葉は虫食いが多かったがそれは下の方の葉が酷く、徐々に上へと移動していっているようだった。そこで上の方の花を出来るだけ沢山摘んだ。葉はあまりなく、やや虫食いもあった。しかしこうなったら豪勢に花瓶にボンと挿した。と言っても組んでからボンと挿したのではなくやはり1本1本生けた。花器の口いっぱいに挿すことは抵抗があったが今回は「祝令和」もあり花火打ち上げのようにしっかり挿した。これは生け花ではない。生け花でもこうやって塊のように花を集合させて生ける手法はある。(マッスと言う)しかし、これは生け花ではない。花瓶への挿花だ。細かいことを言うとそれなりに気配りしながら挿している。これはこれでいいかと思う。
 
 なんとか薬害の悲劇から抜け出しそうなほどほどに良い状態となってきた。大連休中は出来るだけ横になっていてその合間に家事をした。それでも主婦業のような煩雑な仕事は終わりがなく、ぐうたらを決め込んで過ごしていても連休明けにはどっぷりと疲れが出た。日々、加齢ポイントを蓄積していってるのだから疲労ばかりではない。
 母の日がやって来る。何も無い母の日に慣れきっているが、自分で労わってあげようと思う。スイートマザーを1本1本生けながら「あんたはよくやった。お疲れ様。ゆっくりして、また笑顔になってね。」と自分自身に話しかけた。ちょっと楽しかった。明日は主婦休みして(働き方改革!?)一人でフラッと街に出る。

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2019.04.26

忘れていたラッキー

Cimg0747_r2_1   前回記事の時には既にそういう大ごとになっていたのだが、なんとか落ち着いてきた。そんなことが起こらなければたいしたことではない事態だったのに、新規で出された薬が合わず発熱、発疹、肝機能障害による気だるさなどの症状にここしばらくヨロヨロして暮らしていた。しかしなんとか日にち薬もあり少しずつよくなってきている。新時代、令和を嬉々として迎えられると思う。
 
 プリンターの前に積んでいる本とかの下に押し葉していたのを昨日思い出した。それは四つ葉のクローバーだ。先日のクラス会後に湖畔を散策していて小高い所に数人がしゃがんでいた。聞くと四つ葉のクローバーを探しているという。「なかなか見つからないものよねー探していると」と言いながら私が腰を下ろした直ぐ左手に大きな四つ葉のクローバーの葉があった。「いやん、あったわー」となんとも不思議なコメントしながら私はその葉を摘んで紙に挟んで我が家に持ち帰った。そしてパソの横のプリンター前の本の下に置いていたのだった。「そういえば・・・」と、急に思い出したのだが、きれいに押しが成されていた。すぐさま額に入れて記念写真。そして棚に置いている。
 
 友人からありがたくもいただいた(友人が摘んだ)四つ葉のクローバーは何個かあり大切にしている。しかし自分で見つけたのはこの年で初めてのことだった。それもひしと探して見つけたわけでもなく、あまりにもラッキーな出会いだった。こんなこともあるんだと感激したものだ。なのに忘れていて、ようやくその「ラッキーさん」を思い出してよかった。平成という時代は私にとっては三分の二は病気と怪我で苦しんだ時期だった。そんな中でも沢山の楽しいことももちろんあった。そうしてこの平成最後辺りに来てこんなラッキーなことがあるなんて、やはり拾ってくださる神様がおられるに違いない。だから大丈夫。たぶん、大切なのは SMILE !

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2019.04.11

ハナミズキが少し咲いた

 Cimg0743_r2 我が家のハナミズキが少しだけ咲いた。これからバン!と咲き誇ってほしい。何分、植えてから長い年月、葉だけで花が付くこともなく過ぎ昨年初めて咲いて、また沢山咲いて一人で大騒ぎした経緯がある。あれは夢ではなかったと思いたい。とにかく5、6輪であっても咲いているのだから期待しよう。一番いけなかったのは下手くそな私の歌を毎日浴びせてきたことだった。それに違いない。毎日通るたびに「うーすべに色のーかわいい君のねー」とハナミズキの歌を歌いかけていたのにげんなりして「・・・無理!」となっていたのだ。もうしかと反省しているし通常の挨拶(おはよーとか)だけにしている。ずっと春には沢山咲いてほしい。
 
 知力も体力も元々無いのにこのお年頃になって著しい減退を呈してきた。たとえ家事であってもなんとか労せずして合理的にはかどるように、あとちょっとは目をつむって、私も働き方改革しなければと思った。ああいう占いを信じるものではないが言われている「血液型A型人間」が私は実にあてはまることが多い。そこで私自身に関してはなんとなく信じる。そこで、そういう性質なのだからと思わないで切り替えよう。私は、意欲さえあれば人は死ぬまで自分を変革させ得るものだと確信する。これからの穏やかな老後のためにも走り回ってバタバタしない、いいさ風まかせでも大丈夫。
 そして、やっぱり、「SMILE 」!!

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2019.04.01

トキワマンサク

Cimg0740_r2   四月となった。お代替わりまでの一ヶ月となり今日の昼に新元号が発表された。
 
 サクラはその後一気に満開へと咲き進み見頃となっている。我が家の庭の樹木は大きなアンズが台風で倒れ、また好きだったカイドウは先の大地震で倒木してしまった。倒れてしまってはいないがその他の木も隣の木に倒れ掛かってなんとか命をつないでいるものがある。その一つが1本だけあるトキワマンサクだ。品種はベニバナトキワマンサクと言い、花はもちろん葉まで赤い(極めて濃いピンク)。そして今、沢山の花を咲かせている。濃いピンクの群れはかなりインパクトがある。
 ほんのわずかな枝先を手折ってきて小さく生けた。花器にしたのは本来は爪楊枝入れだ。ちょうど投げ入れ花に都合がよかった。花弁はピラピラしていて揺するとパラパラと落ちそうに見えるがそうではなくしっかりと付いている。
 
 やや不安に思われる事態も案外大丈夫なことがある。先ず明るいことを信じよう。そしてそれが確かなこととなるために自分が出来ることを努力しよう。これはエイプリルフールではなく大真面目に思ったこと。
 
 トキワマンサクは小さな花火のようにも見える。新元号発表に際しておめでたくもある。新元号「令和」はきっと清々しく明るい時代であると信じたい。

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2019.03.29

サクラ三月散歩道

Cimg0738_r2  昨日はクラス会だった。イタリアンレストランでランチ、焼き立てピザ等でお腹いっぱいになったところで散策しようかということになった。湖畔の遊歩道を昔乙女のオバサンたちは嬉々としておしゃべりしながら歩き歩き歩いた。今年のサクラは遅く、ソメイヨシノは五分咲きほどだった。しかし井上陽水の歌ではないが「サクラ(あれは漢字だったと思う)三月散歩道」は期待した以上に楽しいものだった。大学ボート部の練習や水辺の水鳥もそしてそこ通っていく風も明るく清々しく感じられた。
 皆の話題に上がったがソメイヨシノは害虫や病気に弱く、強い品種との掛け合わせのサクラが多く植えられるようになったという。それらはピンク色が濃いものが多く(寒緋桜のように)ソメイヨシノのように薄桃色の「サクラ色」は先では濃いピンクとなるかもねとか話し合った。心がパーッと広がる素敵なひと時だった。
 
 写真はサクラ公園だ。まだ五分咲き風情。実は話し合っていた通り、我が家の近くでも多くの公園のサクラが虫被害のため切り株となった。それはある日突然に決行されていた。そんな中、ソメイヨシノで公園をすっぽりと囲っているこのサクラ公園のサクラは1本も欠けることなく今年も美しく咲き続けている。もう少し咲いたら昼も夜もブルーシートで場所取りして花見が賑やかに行われる。まだ少し早いからか人気もなく静かだった。
 三月も去って行こうとしている。数日したら新時代の元号が発表される。私は、平成は何かと騒がしい時代であったと感じている。新しい時代が心地よく穏やかであってほしい。

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2019.03.24

スミレの花

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 一気にあれこれの花が咲いていよいよ百花繚乱の春となってきた。サクラも近くの高校正門を通って、スーパーの大荷物積んだまま自転車を停めてはあーっとばかりに見上げて時間を忘れてしまう。
 好天の洗濯日和で張り切って洗濯、わんさ抱えて庭の洗濯物干し台へと行き自分なりの系統立てて洗濯物を干している時、ふと足元にスミレの花を見つけた。小さな小さなスミレの花、うっかりすると踏んづけてしまいそうな位置にあり、気を付けて動作した。そうしてしゃがみこんでスミレの花を見つめ、デジカメを持ってきた。この小さな花のこの大きな存在感は何なのだろうと思いながら写真を撮った。


 スミレは漢字で書くと「菫」なのだが私にはピンと来ない。ひらがなでもいいしカタカナでもいいけど漢字でない方がしっくり来る。「スミレの花咲く頃~♪」の宝塚のようにロマンに溢れた小さな花。いいなあ、私の名前も親がつけてくれた素敵な名前なのだけどスミレって名前だったらもっと素敵だったなあと思った。私の母は宝塚のファンであったしそういう選択肢はなかったのかしらとまで思った。しかし姉の名前も私の名前も私の父親が決めたらしいのでなかったのだろう。母は思っても譲って同意する精神の持ち主だったから。うんと年とっても「スミレおばあちゃん」なんてまあ素敵だ。もはや無理だけどね。

 そんなこんなこと思いながら写真撮った後も小さなスミレの花をじっと見つめていた。よく晴れた日だが花冷えの日でもあった。

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2019.03.13

並んで春へ

Cimg0731_r2 玄関先のミニ丈の黄水仙が咲いた。しかも最初は不思議なくらい整列して、どんどん春へ向かっている感じだった。この後は周囲にもワッと咲き、私はダーッとほとんどを摘んだ。そして今はお仏壇に明るく賑やかに鎮座している。数日前には写真に撮った一列だったのにその後はなんとも勢いよく軍団となって咲いた。
 
 北日本などは寒波度々のニュースもあったが少なくとも西日本は暖冬だった。全国的にもそこそこの暖冬であったらしい。それで今年の桜開花は十日は早くなるということだった。今年も桜花を見ることが出来るというのは幸せだ。当たり前のことが約束はされていない。その時々の出会い、刹那をも季節ごとに喜び味わいたい。
 もうすぐ、新時代に入る。だからといってどうということはないのだけど、心機一転、新しい自分でいこうかなと思ってみたりしている。私が明治をそう思ってきたように昭和はどんどんはるかな過去へとなっていく。しかし、昭和のあの時代をここまで生きてきて本当によかった。昔がよかったとは言わない。今の時代にも対応していくけれども、昭和という激動の時代は個人的にも宝物だ。次の元号は何になるかはもうすぐわかる。清々しく、温かい、希望が持てそうな元号であれば嬉しい。


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2019.03.06

バラが咲いた

Cimg0730_r2 バレンタインデーの折りに買ったバラの花苗を庭植えしたが、花が咲いた。他にまだ蕾も見当たらず大切な一輪だ。ずっと昔のフォークソング「バラが咲いた」の通り「バラが咲いたバラが咲いた真っ赤なバラが」「寂しかった僕の庭にバラが咲いた」「たった一つ咲いたバラ小さなバラ」である。隣にあるピンクのスイートマザーというミニバラもまだ蕾も無い。本当に気持ちまでポッとなった。

 そう言えば少し前にネットニュースで来年の東京オリンピックのメダルに使用するために集めていた不要携帯電話から取り出した金などの金属が目標に達するメドがついたという記事を読んだ。私はちょうど上京する予定もあったので手元にあった以前の携帯電話を持って都庁に行った。今でもその日の写真を飾っている。まったく小さなボランティアだったが私の気持ちとしてはとても嬉しかった。今日、ミニバラを見ていてふとその記事を思い出した。
 東京オリンピックの成功を心から願っている国民の一人なのだが、とにかく安全無事に開催し閉会することを一番に思う。もはや日本中どこにいても大きな災害を免れることは難しく、まして東京を含む東海、都市圏の大地震も大きな確率である。本当にそう願わずにはいられない。

 いくらかの事件とかが起きたとしても、スポーツは明るい話題を振りまいてくれる。暗いニュースの連続でも小さなスポーツのニュースでホッとしたりする。私のようにスポーツと全く縁がなかった者でも熱心な観衆となれる。一年先などもう少しだ。オリンピックで世界が少しでも明るい方向へと向かってほしい。そのためにも終始安全無事であってほしい。


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2019.02.27

庭のサンシュユの木

Cimg0727_r2 オトメツバキに近寄らず、塗り薬ですっかり右手はよくなった。手入れできていない我が家の庭にはそういうことと関係なく春の訪れが続々と感じられる。スプリングスターフラワーも咲き始め、心が揺れている。
 
 民謡、ひえつき節ではないが我が家の「庭のサンシュユの木」にも黄金色の小さな花が枝にびっしりと一気に咲き始めた。今日は何本かの枝を切った。
 少しのお花をいただいたのはいいが、最初から水は下がっていて鮮度が悪かった。水切りをして深水で養生させること三日。本当はそのままさよならしようかとも思ったがいくらかは水も揚がり、一度は花生けしようと思った。通年ある花で季節感というのが無いため取り合わせる枝をと思ってサンシュユにした。サンシュユももう少ししたらすごい虫の溜まり場となる。見たところ今はなんとかセーフだった。
 
 なかなかの苦肉の策の感じだが、これでも心こめて生けた。一昨年の先輩、同期の花展を思うと実に恥ずかしい。もう少し近ければ花鋏持ってそれぞれに修行に行かせていただきたいほどだ。その気持ちは大いにある。あまりに遠いので今は過去の自分程度には戻れるようにとにかく生けていくことにしているが。
 
 明後日から三月。あれこれの花便りも花見も楽しみだ。そして花生けもしよう。その前に花生け道具の手入れをしなくては。庭をしてなくてもね。


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2019.02.16

ツバキに近寄れない・・・

Cimg0722_r2 今月の連休中のある夜、かゆいと思って右手を見ると赤いブツブツが数個できていた。とにかく放って翌日になると腕の方へとそのブツブツが広がっていっているではないか。そしていくらかかゆい。実はそういうのを見るとただでさえかゆくなる。なんとかやり過ごして連休明けとなって皮膚科へ朝一番で向かった。
 結局のところツバキに付いていた虫にまけたらしい。チャドクガ等いつも付く虫を見たらもう近寄ってはいないのだが。医師「ツバキの花、咲いていませんか。近寄っていませんか。」私「咲き始めました。短く剪定してもらったので短い花枝を手折りました。」医師「それですね。」私「でもこれまで多くのツバキの花生けてきました。なんともなかったです。」医師「花屋さんの枝ものはしっかり虫駆除してます。」私「我が家のツバキでも大きく枝を切って畳半畳四方の中作生けたこともありますが。」医師「・・・最近ではないでしょう。年重ねてきて皮膚も弱ってきたのですよ・・・。」私「はあ・・・」
 飲む抗生剤と患部への塗り薬をいただいて帰宅した。右手だけというのは覚えがあった。細くて短い花枝ばかりを右手一本で手折ったのだ。医師の言葉をさらに思い出す。医師「極力、ツバキに近寄らないでくださいね。」
 
 そして私はその摘んで養生、水揚げしていたツバキをきれいなまますっかり新聞紙に包んで破棄した。ただ、最後の(?)記念に一輪だけ写真にした。
 あー、ツバキに近寄れないのねーと思うと少し寂しい。仕方ないけど。つまりこのブログの表紙にあるオトメツバキにも近寄れないのか。寂しいな。


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2019.02.11

バレンタインデーにバラを

Cimg0721_r2 花屋の店頭にバラの花鉢を見つけた。濃くて可愛い赤いバラ、小さい花だけどスプレー咲きではない花だった。価格も高くない。デンマークのローズフォーエバー社により開発された鑑賞期間の長い中大輪バラだと言う。花は二輪咲いていた。大きさは5cmほど。これからもう少し大きく開いていくのかなと思ったが、とにかく買った。店の人に地植えできますかと聞いたら出来ますよ、一年草でないので毎年楽しみとお客様はよく言われますよ、とのこと。家族が買ってきてずっと以前に植えたピンクのミニバラが1本だけで、バラがもう1本あってもいいなと思っていたところだった。ミニバラの方はスイートマザーという品種名だがこの赤いバラには特に品種名などが書いてなかった。鉢に挿してある栽培管理方のカードだけがあった。
 
 花二輪は一輪挿しに挿した。丈が低く、茎はいっぱいいっぱいのところで切ったが極めて短い。しかし小さな一輪挿しなので大丈夫だった。
 バレンタインデーがやって来る。最近では商魂逞しく、バレンタインデーには友チョコとか同性に贈るのもあれば自分自身へのものもあるらしい。まあ自分にご褒美というのは普通になっているしイベントとして楽しめればよいのですべて良いのではあるが。家族にはチョコレートは毎年先渡ししている。いつ食べてくれてもいいから。そして当日にチョコレートケーキとか買う。
 チョコレートも楽しいけどバレンタインデーにバラの花、赤いバラはもっと気分を上げてくれる。そう、シニアこそ赤いバラを!


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2019.02.04

立春大吉

Cimg0719_r2 昨日の節分は雨が一日中降ったが今日の立春は陽気良すぎるくらいの好天となった。なんとなく素敵に感じられる立春だ。たとえ暦の上だけであっても春が来るという喜びは日に日に増していく。草木はその目覚め時を待ち虎視眈々としているかのようだ。
 家中の窓を開けている。それから家中のタオルを全て新しいものにした。
 
 お菓子のキャラメルコーンの新作らしいがカフェオレ味というのが出ていたのでそれを買った。菓子袋の表に写真付きで「ハート形のがあったらラッキー!」と書いてあった。ふうんと思いながら食べているとパカパカとこのハート形があるではないか。一袋に四個あった。可愛いハート形だ。四つ葉のクローバーのように並べた。春一番に幸先良い。なんとなく楽しくなった。写真撮った後はまた元の袋に戻してシャッフルした。あとはそれほど形見ることなくハート形もパクパク食べる。
 
 朝方、夢を見た。私は緑色のセーターを着ていて、フォークダンスのオクラホマミキサーをしていた。だからもっと周囲は人がいたのだろうけどまったく覚えていない。確かに私は中学生あたりからフォークダンスが好きだった。でもなんなのでしょうね、これは。ただ、とても楽しそうだった。他は何も覚えていない。立春に踊るのはまあ楽しいことだから良い夢だと思っておこう。


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2019.02.01

真冬のニチニチソウ

Cimg0717_r2 二月になった。昨年のように全国的に極寒列島となる寒波はない通常の冬の寒さだ。東日本では大雪での雪害のニュースも多く生活が大変であろうと思う。南国なので雪が積もると珍しく心躍るのだが雪害に遭われている方々には申し訳ないことだ。
 
 さて株分けしたクリスマスローズは無事に友人のもとに渡った。花や蕾がしっかり付いている状態で、しっかりした株を選んだ。そのクリスマスローズの花の横にニチニチソウがある。ハンギング鉢の花をパンジーに植え替えて絶えていきそうなニチンチソウではあったが地植えしたところこの一本はなんと年末まで小さくなりながらも花を付けていた。さすがにもう花は無いが、越冬してまた春には育ち花咲かせそうな強さだ。こんなこともあるのねーと驚いている。周囲にはこれまた大好きなスプリングスターフラワーの葉がバンバン出てきている。春の予感だ。
 
 二月は四週間だけだし、一月が行き二月は逃げて行く。そしてほかほかとした陽気とともに三月は訪れて百花繚乱に目を奪われている内に去って行く。一、二、三月の駆け足早いことだ。こうして考えてみると本当に寒いという時期は多くはない。人生の中でもそう言えるかもしれない。
 私には心からの笑顔が返って来た。毎日毎日笑顔で咲き続けるニチニチソウに声掛けして暮らし、元気付けられてきた。暦の上ではもうすぐ冬と春の分かれ目となる。ニチニチソウ、ありがとう。もう一度花咲かせてほしい。


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2019.01.20

クリスマスローズを

Cimg0715_r2 初生けはスイセンと大体決めてきたのだが、驚いたことにスイセンが我が家にまだ咲いていない。それどころか何処そこに何か所もスイセンが毎年出ては咲いていたのがわずかな場所にしかも葉が出ているだけだ。毎年正月の花に足すほどに年末までには咲いていた。蕾すら出ていないとは事件だ。しかし現実は仕方ない。買えば済むのであるが束で買うよりは花付きや葉の状態を見ながら選べる我が家の庭に咲き乱れているスイセンをと思っていた。咲き乱れるどころではない事態だ。遅れてもいいからもっと出て咲いてほしい。

 クリスマスローズが年明けから玄関先に咲き出した。数本摘んで小さく生けた。どれもうつむき加減に咲くのだが生ける時は少しずつ表情は変えるようにしている。白くて美しい。清廉なる花だ。先日、私が大好きなマツカサを友人が沢山持ってきてプレゼントしてくれた。とても嬉しくて、とりあえずこのクリスマスローズ数本を摘んで水切りして空き瓶に入れてお持たせした。それをとても気に入ってくれて二、三度メールで「本当にきれい!株分けして!」と言ってきた。こうなるとお世辞でもないので嬉しく思い、近い内に渡すことになった。子沢山の我が家から養女に出すようなことで、よく知った友人であるし本当に嬉しい。しべがパラパラと落ちるので私はそれはあまり好きではないが彼女は「それもいいね!」と言っていた。私よりも大切に育ててくれることだろう。ありがたく幸せなクリスマスローズだ。私はスイセンの残念もしばらく忘れていられることだろう。


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2019.01.11

タンポポが咲いていた

Cimg0713_r2 松も明け、いろいろなものを片付けたりして正月気分もさすがに去った。つい調子に乗って益々食べてしまっていたお正月。これから引き締めて(生活)行こう。
 
 我が家の古くささやかな駐車場の片隅にタンポポが咲いていた。それにはびっくりした。この家に住んで三十年以上経つ。庭があるのでこぼれ種や鳥さんが運んでくるお蔭でどこから来たのという植物にも度々出会ったし、またそれもいつか自然消滅したりもした。人との出会いと同じにそういう縁もあるのだと思っていた。一番多いのは雑草という名称で言うと申し訳ないけど自然自然した草たちだ。しかし、ここまで住んできてタンポポが敷地内に咲いていたことはなかった。我が家には綿毛も浮遊して来ないのだろうなあと思っていた。それが、たった一輪ではあるが咲いている姿を発見した時には感動ものだった。
 
 通年有って、丈高くしっかりした西洋タンポポではなく、なんと在来種のタンポポだった。丈低く、ガクも反り返っていない。ちんまりと黄色い灯りのような花を咲かせていた。これをきっかけに我が家に根付いてくれたらいいなあと心から思っている。写真撮る時に愛らしい姿に心ときめいた。
 
 タンポポの花ことばを先ほど調べたら案外良くて、「幸福」に尽きる感じだった。これは新春から縁起が良いかもしれない。どなたのお計らいだろうか。とにかくおめでたく良い風に捉えて今年を進んで行こう。


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2019.01.01

あけましておめでとうございます

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あけましておめでとうございます。平成最後の・・・という言葉が昨年後半から何かにつけて言われてきたけど、本当に平成最後の大晦日を経て時代が替わる歴史的な年明けを迎えた。昨年の恐ろしいまでの寒さではないが、それなりに冬らしい寒さだ。暖冬と言われ続けてきたが短い極寒の時期も大切。身の引き締まる年明けの冷え込みだった。
 
 一夜飾りにならないようにすべての正月飾りを三十日に済ませた。しめ縄も掛け、昨日の内に付いていた稲穂は雀と思うがついばまれて籾殻が玄関先に散っていた。
 新春の花は今年初めてスーパーマーケットの花売り場で和洋折衷で取り合わせて一抱えで売られているセットものを買って生けた。半分くらいは使えるもので、あとは墓参時に持って行く花に一緒に出来る。いつも花屋さんでしか買っていなかったので、選ぶことは出来ず福袋状態ではあるけどこんなに安く正月花が揃うとはびっくりした。ワカマツは1本では足りなかったので単品であと2本買い足した。タケとウメは我が家の庭のものを切った。しかし極めて短く剪定してもらったのでなかなか選ぶまでの候補すらなかった。一応の妥協、納得をして生けた。ささやかな松竹梅にユリ、センリョウ、シンビジウム、キンギョソウの七種が花材だ。ただシンビジウムとキンギョソウは鮮度に問題がありささやかに添えた。またセンリョウは丈が無かったのでマッス(集合)に生けた。ユリはあと少しで手前の輪が大きく開くところで現時点では知らんふり状態にも見えるのがやや残念ではある。
 
 専門店である花屋さんでしか考えられなかった正月花の花材も使いようでは十分に家庭の玄関に新春の迎花となることができる。大体、家にある枝ものや草花を主に生けている生活だから工夫しスーパー内の売り場でも活用して生けていこうと思った。秋田、仙台の流派の先輩、同期の立派な作品には大いに感動したのだが、私には私にできる「花のある生活を・・・」をと思う。
 
 拙い作品ばかりですがお越しくださって観ていただきありがとうございます。本年もどうぞよろしくお願い致します。


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2018.12.26

そして年を越す

Cimg0703_r2 クリスマスは変わりなくガンガン主婦やっておしまい。しかし夜は家族でテレビ観て楽しんだ。そして相変わらずクリスマスグッズを作り続けている。ずーっと以前に街中に年中クリスマス用品販売している店があったので楽しかったがやはり数年で閉じた。残念だったが無理ないとも思った。先日クリスマスカードが姉から届いた。「あの、物もなく国民全体が暮らすも大変だった時代からずーっとクリスマスは楽しめたね。毎年クリスマスツリー飾って色紙でいろいろ部屋も飾って、あの時代生クリームなかったからバタークリームだったけどちゃんとホールのクリスマスケーキも買ってもらって家族でクリスマス楽しんだね。」と書いてあって懐かしく思い出した。母方がクリスチャンなので母がクリスマス人であったからかもしれないし女の子どもが二人の家庭だったかもしれないが、電飾などない時代、クリスマスツリーにカラフルな金属ボールを吊るすだけでもキラキラ感が溢れて心震えた。家族中の笑顔は忘れられない。クリスマスケーキの廃棄がものすごい量であるとネットで読んだ。クリスマスケーキを残すなんて!小さい頃から現在のシニアに至るまでそんなこと考えられない。作りすぎているんでしょうけどブタさんの食べるものに回されるのも多いようだ。まだ残っている(残している)クリスマスケーキ、今夜も夫と食べる。
 
 今年を象徴する一文字は「災」と決まった。天災をはじめとする災いが実に多い年だった。来る年は世界中、日本中、そして我が家も私自身も災いに縁がない年でありたい。難を転じるとして重宝されるナンテンを撮った。手に取ると赤い実がポロポロと落ち、正月までは持たないようなのでその姿だけ。さて新年の花、どうしよう。まああと数日あるか。早い、早い。なんだかんだで今年も去って行く。


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2018.12.12

クリスマスはどうして過ごそうか

Cimg0702_r2 やっとの思いで一つだけでも手作りのクリスマスグッズが出来たので置き合わせた。小さな布製で点々と金色のビーズを縫い付けた。キラキラよりもチラチラと光る感じだ。トップスターは忘れずに既製品を付けた。この右側には前回アップしたサンタさんやスノーマンなどの置き合わせがある。
 このサンタさんは大きな本を開いてメリークリスマス!となっているしトナカイさんは読書中。私の夫は本の虫であって常に読書している。(夫の「読んだ屋」をリンクしてますのでご覧いただければ幸いです)私は学生時代まで盛んに読書した。言うならほとんど古典文学の類だ。もうそこまでで読書生活が完結したかのようになっている。専門書とかは読むが、特に小説というものを読まない。夫の勧めによりいくらかだけ最近の本も読み感動したものもある。何やら臨界期過ぎてしまったようで、小説についてはさらに心が動かない。
 
 さて、クリスマスはどう過ごしたものか。こう言っていても結局は主婦の仕事ばかりに追われるのが常。まして加齢して行くに従って同じことをするのに時間がかかる。私が思うに三倍かかる。それを見越して早めに取り掛からなければならない。いつも同じなのだけど、常日頃「今日は何して暮らそうかしら」とか仰っている方々がうらやましいのか、この時期「さてさてクリスマスシーズンをどう過ごしたものかな」と思ってみるのが楽しみになっている。遂には笑ってしまうが、これはこれでいいのかも。バタついていても楽しい日々には違いないクリスマス。今年は思い切って本読んだりしてね!?


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2018.12.07

いよいよの冬

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 全国的に奇妙なくらいの陽気が長々と続いていたが、いよいよの冬が到来するようだ。これまでが異常だったにしろ前日までと気温が7度も8度も低いだけでびっくりするが寒気団も控えているらしい。
 
 しかし、クリスマスもやって来る。キラキラ明るく温かい希望に満ちたクリスマスシーズン。悲しみに沈んだクリスマスもここまで生きてきた内には何度かあったが、それでもキラキラの輝きを寂しくもボーッと眺めていたように思う。私の今年はほどほどの年。概ね良好。全て概ね良好であれば最高であるという風に思う。良いことがあった人はもっと素晴らしい年に、辛いことがあった人は来る年はきっと良い年にとそこまで来ている新しい年に期待する。そういうキッカケとなるのがクリスマス。
 
 今、盛んにクリスマスリース等のクリスマスグッズを作っている。これは断・捨・離の一環であって、手作りショップに大々的に置いていた時期が長くあったためその手持ち素材がまだまだ沢山あり、形にしておこうと思ったのだ。玄関には出てきた二十年くらい前のクリスマスリースがあり棚の上には作品らしいものが今は無いけれど何やら賑やかに温かい家庭の感じがある。寒さに負けないあったかい心と体で元気に年越ししたい。

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2018.11.27

冬の顔して

Cimg0696_r2 ここに来てまたまた懸念される健康状態があり、やれ検査だ結果待ちだと落ち着かない日が続きなかなか記事書こうにも気分が乗らなかった。幸い、ひとまず安心できる結果を得てようやく書いている。
 
 そんな中でも一昨日に花苗を買ってきて植えた。玄関先のハンギングにはまだ日中の陽気がよくてニチニチソウがわずかではあるが咲いていた。それを地植えして、ハンギング鉢にパンジーを植えた。実はなかなかパンジーも例年より高くてそれにしては値段と見合わないためずっと見送っていたところ、ようやくいつも通りの値段で少なかったが店頭に並んだのを見て、即買いした。厚かましい言い方だがいつももっと大きな花で株もしっかりしているのに、さて今年は何の影響だろうか。大雨、台風の塩害かなとも思うが長く暖冬とまで言われ陽気よい日がここまで続いているので一体何が何やらわからない。まあいいかと思い直してパンジーを眺めやるとわずかな風に小さくうなずいているかのように見えた。
 我が家ではパンジーは冬の顔だ。霜が降り凍れるようになっても頑張って明るく咲き続けて冬を越してくれている。木枯らしなどの日には花びらが旗のように震えて揺れ可哀そうに思ってしまうが、「なんの!」とばかりに耐えていてくれる。まあ感心する。負けられないわねえとかも思う。
 
 まだ冬らしい気候にはなっていないが、パンジーはしかと冬の顔して嬉々として咲いている。平成最後の冬、一緒に元気に過ごそうね。


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2018.11.11

コギクが少々咲いていた


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 庭師さんが年末の手入れに来てくれたら、その後庭もきちんと掃除して新年迎えの準備しなくてはと思っている。しかしこの夏の異常な暑さで毎日「命の危険がある暑さ」とまで言っていたのでまったく見て見ぬふりしてきた。あっと思い出してその場所に行った時には先に書いた通り酷暑、台風、大雨などにより哀れな姿となっていた。こまめに手入れしていたら少しはよかったのにと後悔したが遅かった。体調不良にかこつけていたが案外ぐうたら志向なのかも。まあ恥ずかしい。そんなこんな思いながら庭に出てよくよく見ると絶え果てたと思っていたコギクが少しばかりではあるが咲いていた。周囲に伸びたネコジャラシに隠れていたようだ。麗らかな秋日和にコギクだから小さな花たちだが明るく映えていた。それをちょっとだけ手摘みして家に入った。
 
 小さな塗りのマスに剣山を入れてコギクをそうっと挿した。菊の節句にも文化の日にもキクをバンと生けてみたかったが止めた。今日ささやかに一枝二枝挿しただけで気分は上がり、嬉しかった。昨年東北でしかと観てきた花展の花たちの写真も見返した。そうだった、生け込んで生け込んでいこうと決心していた。ここも私の情けないところだ。
 
 少し落ち込む私の心をパッと明るくして励ましてくれる花たち。どうもありがとう。ここのところずっと続いていた小春日和。いよいよ終わりのようだ。明日から緩やかに気温も下がり雨の日もあるらしい。そしていよいよ秋深くなって初冬へと向かう。玄関先にはまだニチニチソウも花数が少なくなったが咲き続けている。まだまだ毎日、本当にありがとう。

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2018.11.08

金紋ツワブキが咲いたけど

Cimg0693_r2 我が家の庭にある金紋ツワブキが今年も11月になって咲いた。しかし、どうしたことか花茎は1本だけだ。いつも数本は出ているのにその様子さえ感じられないし見当たらない。こんなに小春日和が続いているのにと不思議に思う。咲いた1本はいたって普通に咲いている。
 
 ツワブキは今の時期、どこそこで見られる。先日訪れた出雲大社の敷地内でも多く見かけた。なんとも素朴で里の秋といった風情がある。金紋ツワブキはそれとは少し違っていて、どちらかと言うと洋風、モダンな感じがする。葉の斑が水玉模様のようにも見えたりするからかもしれないが、普通のツワブキも金紋ツワブキもそれぞれに好きだ。摘んできて生けるよりも秋深い自然の中で見ていたい花だと思う。
 
 今年の夏の過酷だったこと、それは日本中でそうであった。大雨、台風も多く日本列島を襲った。平成最後の年はなんとも大変だった。いろんな異常事象も起こって何もおかしくないことだった。
 穏やかな年の瀬へとすべてが向かってほしいし、来る年はいろいろな面で落ち着いていてほしい。金紋ツワブキの件は天候ばかりのせいではないとも思う。しかし張り切って育てかけていたスイートバジルやコギク、ソリダスターは多くの雨毎にぐしゃぐしゃとなって儚く短い夢と消えた。私の手入れもよくなかったのだろうとは思う。ほんと、ごめんね。そんな中、宿根の花は強い。これからでもいいから金紋ツワブキ、もっと咲いてほしい。ダメならば、来年は。まあ気落ちすることなく希望を持って行こう。


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