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2021.03.31

ハナミズキ

Cimg1024_r2  我が家のハナミズキの花が咲き出した。ハナミズキは待ってたかのようにサクラの盛りを過ぎた頃から咲き始める。まだ蕾が多くポツンポツン咲きではあるがとても嬉しい。数年前からやっと花が咲くようになった我が家のシンボルツリーだ。沢山咲いてくれたら一度花生けしてみたい。この木は私たちの銀婚記念樹として市からいただいた。そうそう、記念樹だ。
 
 先日テレビの音楽番組を観ていたら一青窈さんの「ハナミズキ」の歌のことが出た。そしてあの歌詞は反戦歌だと言っていた。アメリカの9.11テロ災害きっかけに愛と平和を願いつつ創られたらしい。ただなんとなくラブソングと思っていただけに初めて知って驚いた。そして元々フォークソングがすごく好きな私としてはさらに心惹かれた。
 
 夫や私がこの世からさよならして去って行ってもこの花が残り、縁ある人たちが春になったねと咲き誇るハナミズキを見上げていてほしい。そしてもちろん恐ろしい事柄が世界中から減り、なくなってほしい。
 風が吹き枝ごと揺れているハナミズキを今年も見上げながら思っている

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2021.03.24

オトメツバキの木

Cimg1020_r2  一輪生けしたオトメツバキの木を撮った。考えてみたら我が家にある白とピンクのツバキの木は撮ってアップしたのにこれだけ外すとは気の毒。私が葉の色が濃くなくて残念とか思っているからただでさえ嫌な思いしているに違いないのに。まあ撮り方もあるけど「わあ素敵」というものではない。しかし可愛くてしかたないのは事実。
 パッと見には確かに素敵とも思えないのだがじーっと観察して回ったらキラリとする原石らしきものに出会う。スター誕生みたいなことでスカウトされることになる。生け花はただでさえ最初に目取りをしていく。その素材の良さを引き出すにはどうしたらよいかとぐるぐる見回したりして枝取り、花取り、葉取りをする。切り落としたものはくっつけることは出来ない。だから先の先まで考えながら落としてゆく。省略してゆくことでその生命力であったり個性であったり表現であったりを最大限に生かしてゆく。私は先生からその行動を美的否定と教わった。その時、「ごめんなさいね」と言わないまでも思いながら行っている作業の大切さを知った。
 
 昨年の今頃は既に新型コロナウィルスが蔓延してきており百花繚乱の春であっても気持ちが落ち着かなかった。今年はそれを思うと少しは落ち着いている。医学、医療のご努力を信頼し期待していることもある。自分に出来ることはもう少し、もう少し頑張ろうとも思う。自転車走行しながら日々近くの公園のサクラを横目で見ている花見だ。そうだなあ、来年は笑顔でおしゃべりしながら花見したいな。

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2021.03.19

オトメツバキ

Cimg1014_r2  我が家に一本あるオトメツバキの花が今たくさんの花を咲かせている。一輪手折ってゴブレットに挿した。このブログの表紙の顔と似た感じだがゴブレットである分が洋風な感じがする。オトメツバキの葉の色が深い緑色でなく好みではないのが残念だがこの花には合っているかもしれない。
 しかしそれにしても数多あるツバキの中でこのツバキをオトメツバキと名付けたのはどういうことだろうか。もっと一重でうんと可憐に見えるツバキも多くあるというのに。時々思っているがネットで調べたらきっとわかるかもしれないのに「まっ、いいか」でいつもそのままだ。
 
 大体オトメ(乙女)という言葉すらこの頃ではほとんど聞かなくなった。なんとなく情緒があっていいと思うのだが、ジェンダーが叫ばれている昨今、不要な部類に入っているのではないかとも思う。とにかく時代には合ってないとしてもロマンが感じられる言葉だ。私は自分やら同窓の友人たちを「むかし乙女」と言っていることがあるがその今がどうであれ昔は楚々としてシャイだった女学生だと言いたいことだ。それがいいとか悪いとかいうことではない。言うならば大人の女性になったよねくらいの気持ちだ。
 
 別にこれまでの写真と今回の写真を替えるということはしないが、新たな気持ちでまた進んで行きたい。人は大きく変わっていなくても変化はしていく。いろんなことに流されることなく頑固にならず柔軟に今日を明日を生きていこう。オトメツバキながめながら思ったことだ。

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2021.03.14

スプリングスターフラワー

Cimg1011_r2  そして我が家の玄関先にも春の使者。スプリングスターフラワーがびっしりと咲いた。黄昏時に見ると青白く光って見えて実に昼とは違う幻想的な趣を見せる。少し前にスーパーで見かけたバーベナを一株買って植えていた。そのバーベナの花の赤はまた可愛い色だ。パーッと白い花の中に挿し色になっている。まさに紅一点。スプリングスターフラワーとともにまだ白のクリスマスローズも咲いていてパーッと白い花たちの一員となっている。ここの先にある家は築五十年の古屋だが住んでいる私たちシニア夫婦はもっと古い。しかし少なくとも写真ではそう古く見えない。住んでいる私たちは、ちょっとまずいかも。でも明るく玄関に出る。この季節のこの感じが二人とも大好きだ。
 
 新型コロナウィルスの収束はややメドが見えてきたワクチン接種なのだが最近では変種が現れて広がりつつある。なかなかしっかり春を謳歌できない。今年も例年のような花見など厳しいようだ。まあ残念。でもいつかこのトンネルを抜けて「本当にあれは大変だったね」と話し合える。大きく生活様式の変化が言われて人々はそろそろ疲れているけど、もうちょっと、頑張っていこう。変わり映えしない連面とした日々の中にもハッとしたり心震える事柄はある。それぞれの人が自分の心にあったビタミン剤をうまく使って明るく元気にやってゆきたいものだと私は思っている。あと少し、あと少し、笑顔で頑張っていこう。

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2021.03.12

アートフラワー、さくらのコサージュ

Cimg1013_r2  アートフラワーでさくら(植物はカタカナで書いているが今回はタイトルがカタカナばかりになってしまうので柔らかい平仮名にした)のコサージュを作った。アートフラワーは布花で、造花だ。私の造花はリアルを追求するものではなく、その特長を生かしながら自らの受け止めを表現したいと思っている。このさくらの花弁は素材は薄絹で透明感がある。それを強めのコテ当てをして風に揺れるひらひら感を強調している。
 
 私がアートフラワーを習っていた昔はティーンからおばあちゃままでが普段にコサージュを身に付けていた。私もそうだ。コート、ジャケット、セーター、ワンピース、スーツそしてバッグや帽子にも。実際、帽子作りを習いに行っていてアートフラワーをも教わっていた。今頃はたぶんセレモニーでの使用がほとんどなのかもしれない。のほほんとしていた昭和という時代の女性の楽しみではなかっただろうか。コサージュを楽しんでいた祖母、母、叔母など思い出すと懐かしい。
 
 今日、広島市のサクラが開花宣言。これからどんどんサクラの花だよりが届くことだろう。外はサクラの季節となっていく。多少の不出来であっても我が子同様に可愛いこのコサージュを眺めて今日の私はささやかな内花見というところ。

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2021.03.07

スノードロップ

Cimg1004_r2  陽気もよくなってきたが早春のこと、まさに三寒四温で気温のアップダウンも激しい。コロナのこともあるしとにかく用心して過ごしているので風邪気味もないがクリニックに通常のお薬いただきに行っても風邪気味と思われる会話の人は少なくない。なかなか体調管理が難しく、また季節の変わり目はただでさえ体調崩しがち。ゆっくりゆっくり過ごしていきたい。最近思い立ってアートフラワーの道具や材料を出して作り始めた。久しぶりだが断・捨・離兼ねて手持ちの素材を形にしようと思った。
 
 何十年も前に帽子作りとアートフラワーを習っていたしそれで収入も得ていたこともある。ブランクがあっても昔取った杵柄とはよく言ったもので工程やコツはなんとなく身に付いていてなんとかなる。上手では無いにしろ楽しく作業が出来る。
 数年前にその先生が亡くなられて辛かった。美しく魅惑的な先生で、生徒を褒めて育てることがとてもお上手だった。私のようなお調子者はまさにおだてられるとどんどん木にも登って行くのであった。そして下手だとしても個性的だと褒めてくださっていた。「先生、うまく出来ないわー」と思いながらも先生のことを思い出しながら生け花同様、心こめて作っている。たぶん先生のご供養にはならないけどこれは私の気持ちの問題。
 
 庭の隅に少しだけあるスノードロップが咲いた。鈴蘭水仙と和名があるようにスズランのようで可愛い。振ると小さく愛らしい鈴音さえ聞こえてきそうだ。少しだけ摘んで空き瓶に挿した。

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