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2019.05.29

「花のある生活を・・・」

Cimg0759_r2    シニア女性が何やら鼻息荒く生け花についての思いを書いて、さて今日あたり自分で見て恥ずかしいもピークに達した。いやいやそういうものではない。花一輪、それが路傍の草花であっても空き瓶に挿す行為だけでもよい。私が枝ものが無いと生け花の限界があり先が難しいと感じたのは確かで、私は枝ものと花を取り合わせて生けることが好きだったからだ。枝ものがなくても、そしてどんなに小さくても立派に作品となる。ただ大きく生けることが難しい。時代に伴ってすべては移ろうし時代に合ったものが盛んになる。生け花は、私がやってきた好きな生け花は先々思い出の中にばかりとなってゆく。しかし寂しいのではなく、次の段階へ行かなければと思う。そう、時代に合わせてとも思う。私はまだまだ最初からやり直しの途中だ。出来ることなら長生きして昔くらいの力に戻してから先に進みたい。花鋏持てる限り。あっ、頭の中もごく普通であることも大切だ。
 
 生け花には多くの流派がありそれぞれの特長もある。県の生け花団体などが定期的に開催する花展を観て自分に合った生け花を見つけてから教室とかを探せばよい。文化教室は手っ取り早く、個人の先生宅に入門するより例えばお稽古を休み易くやめ易い。その流派にも多くの個性の先生方があり指導法もさまざまだ。やめるのを促進しないが無理して続けることはない。探していたものはこれだったのよと思えるものを求めていってよい。私がこのブログを始めてしばらくは生け花のススメを猛然とプッシュしていた。そうしてだんだんとそういう気も薄れていった。時代の波はいろいろと私に考えさせた。
 
 「花のある生活を・・・」とこのフレーズだけはこれからもプッシュし続けていく。そして私がやってきた大切な生け花、流派は私だけのことで、限りない恩をずっと大切にしている。ここにお越しくださった方々にはこのフレーズをご自分の解釈で受け止めていただきたいと切に思う。自由に、風のように。愛でも、夢でも、そういった広いものから実際に花を活けて飾ることでも。
 
 先日一つだけだった二年目のニチニチソウの花はどんどん咲き続けている。まだまだ蕾も沢山持っている。まっ、とりあえず私は「まだまだよー!これから、これから!」と元気もらって笑顔の日々でいる。

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2019.05.28

ビヨウヤナギとアジサイを一枝ずつ

Cimg0756_r2  我が家のビヨウヤナギとアジサイがささやかに咲き始めた。それぞれ一枝ずつを小さく生けた。というのも、とにかくこれだけしか咲いていなかった。普通ならばそういう状態のものを摘んで生けたりしないが、何となく花鋏を取りに家に入ったのだった。
 ビヨウヤナギ(未央柳)は楊貴妃の宮殿、未央宮にちなんだと言われているらしいが華麗で優雅な花だ。葉はそれこそ柳の葉に似ている。アジサイは、西洋アジサイはいくつも咲いているがこの青いガクアジサイが個人的には好みだ。ビヨウヤナギの葉を生かすためにアジサイの大きな葉は取り払った。わずかに小さな葉二枚だけ残した。
 
 どうしたことかわからないが私はこの花を生けながら私が生け花から引くことになった決定打を思い出していた。そしてそれは「枝ものを扱う花屋さんがなくなって」「自宅か野山で調達しなければ枝ものを生けることが難しくなってきていた」ことが最も大きな決定打であったということを思い出した。花展であれお教室であれ例えば花屋さんに取り寄せということになる。そして私は母を亡くして失意の中、昭和のあの生け花隆盛の時代に自ら生け花に入門して懸命に頑張ってきたことも思い出した。その点では良い時代だった。生け花とそれに関わる先生方からは技術面だけでなく人生で大切なあらゆる事柄を教わってきた。もちろん枝ものや花たちからもいろいろなことを教わった。そして無駄にはできない、生けられた木や花が結果として喜んでくれるようにと心砕き常に魂こめて生けてきた。これらその一つ一つが宝ものだ。
 
 そして今も少しでもその心根を繋いで行こうと粗末ながらも生涯学習にしている。休業中でありたぶんこれからも生け花愛好家として研鑽してゆくとこだろう。恥ずかしながらの作品をアップするのは勇気が要るが全て学習の内と思い込んでのことだ。
 五月の晴れた空に響いていくような花鋏の音は実に心地よい。本当にSMILEが溢れる。

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2019.05.16

またまたニチニチソウに

Cimg0752_r2   Cimg0753_r2  玄関先の花はまたまたニチニチソウにした。まったくワンパターンなのだが、いくらかの時期の長短はあっても基本的に春夏はニチニチソウ、秋冬はパンジーだ。令和となった今年もニチニチソウは毎日明るくにこやかに咲き続けてほしい。
 
 ところで昨秋にパンジーに植え替えた時にしっかりとしていたニチニチソウの株を地植えしたところ越冬してまず一つだが花を付けた。昨年は暖冬ではあったが確かその前年も同じだったように思う。まさか宿根とはならずその年の内に少しずつ弱っていって去った。しかしなかなか楽しませてくれていた。
 考えようによっては、自由な身となるとあと一花咲かせられるのかもしれない。そんな都合のよいことがポッと頭に浮かんだのだが、それはそれで深いかもしれないし何やら元気が出る。ニチニチソウのようにまた笑顔で暮らしていきたい。

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2019.05.10

スイートマザー

Cimg0749_r2   我が家の庭のスプレー咲きのミニバラ、もう何回もこのブログに登場させた、品種名「スイートマザー」。いつも気が付くと虫被害に遭っていることが多いが、今年は寸前でなんとかなった。葉は虫食いが多かったがそれは下の方の葉が酷く、徐々に上へと移動していっているようだった。そこで上の方の花を出来るだけ沢山摘んだ。葉はあまりなく、やや虫食いもあった。しかしこうなったら豪勢に花瓶にボンと挿した。と言っても組んでからボンと挿したのではなくやはり1本1本生けた。花器の口いっぱいに挿すことは抵抗があったが今回は「祝令和」もあり花火打ち上げのようにしっかり挿した。これは生け花ではない。生け花でもこうやって塊のように花を集合させて生ける手法はある。(マッスと言う)しかし、これは生け花ではない。花瓶への挿花だ。細かいことを言うとそれなりに気配りしながら挿している。これはこれでいいかと思う。
 
 なんとか薬害の悲劇から抜け出しそうなほどほどに良い状態となってきた。大連休中は出来るだけ横になっていてその合間に家事をした。それでも主婦業のような煩雑な仕事は終わりがなく、ぐうたらを決め込んで過ごしていても連休明けにはどっぷりと疲れが出た。日々、加齢ポイントを蓄積していってるのだから疲労ばかりではない。
 母の日がやって来る。何も無い母の日に慣れきっているが、自分で労わってあげようと思う。スイートマザーを1本1本生けながら「あんたはよくやった。お疲れ様。ゆっくりして、また笑顔になってね。」と自分自身に話しかけた。ちょっと楽しかった。明日は主婦休みして(働き方改革!?)一人でフラッと街に出る。

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