« 2019年2月 | トップページ | 2019年4月 »

2019.03.29

サクラ三月散歩道

Cimg0738_r2  昨日はクラス会だった。イタリアンレストランでランチ、焼き立てピザ等でお腹いっぱいになったところで散策しようかということになった。湖畔の遊歩道を昔乙女のオバサンたちは嬉々としておしゃべりしながら歩き歩き歩いた。今年のサクラは遅く、ソメイヨシノは五分咲きほどだった。しかし井上陽水の歌ではないが「サクラ(あれは漢字だったと思う)三月散歩道」は期待した以上に楽しいものだった。大学ボート部の練習や水辺の水鳥もそしてそこ通っていく風も明るく清々しく感じられた。
 皆の話題に上がったがソメイヨシノは害虫や病気に弱く、強い品種との掛け合わせのサクラが多く植えられるようになったという。それらはピンク色が濃いものが多く(寒緋桜のように)ソメイヨシノのように薄桃色の「サクラ色」は先では濃いピンクとなるかもねとか話し合った。心がパーッと広がる素敵なひと時だった。
 
 写真はサクラ公園だ。まだ五分咲き風情。実は話し合っていた通り、我が家の近くでも多くの公園のサクラが虫被害のため切り株となった。それはある日突然に決行されていた。そんな中、ソメイヨシノで公園をすっぽりと囲っているこのサクラ公園のサクラは1本も欠けることなく今年も美しく咲き続けている。もう少し咲いたら昼も夜もブルーシートで場所取りして花見が賑やかに行われる。まだ少し早いからか人気もなく静かだった。
 三月も去って行こうとしている。数日したら新時代の元号が発表される。私は、平成は何かと騒がしい時代であったと感じている。新しい時代が心地よく穏やかであってほしい。

| | コメント (0)

2019.03.24

スミレの花

Cimg0734_r2
 一気にあれこれの花が咲いていよいよ百花繚乱の春となってきた。サクラも近くの高校正門を通って、スーパーの大荷物積んだまま自転車を停めてはあーっとばかりに見上げて時間を忘れてしまう。
 好天の洗濯日和で張り切って洗濯、わんさ抱えて庭の洗濯物干し台へと行き自分なりの系統立てて洗濯物を干している時、ふと足元にスミレの花を見つけた。小さな小さなスミレの花、うっかりすると踏んづけてしまいそうな位置にあり、気を付けて動作した。そうしてしゃがみこんでスミレの花を見つめ、デジカメを持ってきた。この小さな花のこの大きな存在感は何なのだろうと思いながら写真を撮った。


 スミレは漢字で書くと「菫」なのだが私にはピンと来ない。ひらがなでもいいしカタカナでもいいけど漢字でない方がしっくり来る。「スミレの花咲く頃~♪」の宝塚のようにロマンに溢れた小さな花。いいなあ、私の名前も親がつけてくれた素敵な名前なのだけどスミレって名前だったらもっと素敵だったなあと思った。私の母は宝塚のファンであったしそういう選択肢はなかったのかしらとまで思った。しかし姉の名前も私の名前も私の父親が決めたらしいのでなかったのだろう。母は思っても譲って同意する精神の持ち主だったから。うんと年とっても「スミレおばあちゃん」なんてまあ素敵だ。もはや無理だけどね。

 そんなこんなこと思いながら写真撮った後も小さなスミレの花をじっと見つめていた。よく晴れた日だが花冷えの日でもあった。

| | コメント (0)

2019.03.13

並んで春へ

Cimg0731_r2 玄関先のミニ丈の黄水仙が咲いた。しかも最初は不思議なくらい整列して、どんどん春へ向かっている感じだった。この後は周囲にもワッと咲き、私はダーッとほとんどを摘んだ。そして今はお仏壇に明るく賑やかに鎮座している。数日前には写真に撮った一列だったのにその後はなんとも勢いよく軍団となって咲いた。
 
 北日本などは寒波度々のニュースもあったが少なくとも西日本は暖冬だった。全国的にもそこそこの暖冬であったらしい。それで今年の桜開花は十日は早くなるということだった。今年も桜花を見ることが出来るというのは幸せだ。当たり前のことが約束はされていない。その時々の出会い、刹那をも季節ごとに喜び味わいたい。
 もうすぐ、新時代に入る。だからといってどうということはないのだけど、心機一転、新しい自分でいこうかなと思ってみたりしている。私が明治をそう思ってきたように昭和はどんどんはるかな過去へとなっていく。しかし、昭和のあの時代をここまで生きてきて本当によかった。昔がよかったとは言わない。今の時代にも対応していくけれども、昭和という激動の時代は個人的にも宝物だ。次の元号は何になるかはもうすぐわかる。清々しく、温かい、希望が持てそうな元号であれば嬉しい。


| | コメント (2)

2019.03.06

バラが咲いた

Cimg0730_r2 バレンタインデーの折りに買ったバラの花苗を庭植えしたが、花が咲いた。他にまだ蕾も見当たらず大切な一輪だ。ずっと昔のフォークソング「バラが咲いた」の通り「バラが咲いたバラが咲いた真っ赤なバラが」「寂しかった僕の庭にバラが咲いた」「たった一つ咲いたバラ小さなバラ」である。隣にあるピンクのスイートマザーというミニバラもまだ蕾も無い。本当に気持ちまでポッとなった。

 そう言えば少し前にネットニュースで来年の東京オリンピックのメダルに使用するために集めていた不要携帯電話から取り出した金などの金属が目標に達するメドがついたという記事を読んだ。私はちょうど上京する予定もあったので手元にあった以前の携帯電話を持って都庁に行った。今でもその日の写真を飾っている。まったく小さなボランティアだったが私の気持ちとしてはとても嬉しかった。今日、ミニバラを見ていてふとその記事を思い出した。
 東京オリンピックの成功を心から願っている国民の一人なのだが、とにかく安全無事に開催し閉会することを一番に思う。もはや日本中どこにいても大きな災害を免れることは難しく、まして東京を含む東海、都市圏の大地震も大きな確率である。本当にそう願わずにはいられない。

 いくらかの事件とかが起きたとしても、スポーツは明るい話題を振りまいてくれる。暗いニュースの連続でも小さなスポーツのニュースでホッとしたりする。私のようにスポーツと全く縁がなかった者でも熱心な観衆となれる。一年先などもう少しだ。オリンピックで世界が少しでも明るい方向へと向かってほしい。そのためにも終始安全無事であってほしい。


| | コメント (2)

« 2019年2月 | トップページ | 2019年4月 »