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2018.10.26

そして我が家のクリスマスリースに

Cimg0686_r2_2Cimg0687_r2_2Cimg0689_r2_2 そして修復成ったクリスマスリースだ。私はフラワーアレンジメントで使うグルーガン等使わないので一般的な水溶性ボンドを使うため経年の劣化に加えて剥げ落ちてしまったパーツは写真には撮らなかったが多かった。
 裏側にクリスマスベルを取り付けた。これだけが新しく付けたものだ。正面から見ると少し奥に見える。このリースの土台は藤蔓だ。ずい分以前には我が家に藤棚まで有った。しかし毛虫にも悩まされたこともあり後々撤去した。その残党と言っては申し訳ないのだがわずかに1本残っていて毎年秋口に地を這う藤蔓を切る。それをクルクルして土台が出来る。裏側から見るとわりとワイルドだし面白み、趣がある。細いものもほとんど使うため横から見ると結構な厚みとなっている。
 
 取り付けたものの内、サンキライとハンノキの実は生け花で生けたものを使った。マツカサはその時代に我が家に1本だけあったマツのもの。我が家の庭のツバキの実、賞味期限切れのハーブ、月桂樹の葉はモスグリーン、サンキライの実と唐辛子は赤色だった。地味ながらもほどよく落ち着いたクリスマスカラーを呈していた。それがよもやここまでセピアになるとは思っていなかった。保存していたことさえ忘れていたのだから。同じハーブの八角(スターエニス)とクローブは元々が茶色なのでまるで変化なく驚いたほどだ。しかし発掘した訳ではないが復元して、我が家のクリスマスリースが出来た。今年はこれ!もしかしたら毎年これになるかも。それならそれで構わない。家も人も古く、リースも古いけれどそれぞれに温かいよと思い込んで楽しみたい。


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2018.10.24

20年ばかり前のクリスマスリース

Cimg0685_r2 断・捨・離兼ねてまたまた秋日和の今日、片付けしていたら、いろいろなクリスマスリースが出てきた。昔は作っては販売していてほとんど手元には無く、途中まで作ったものや手つかずの素材が多数の中、しっかり梱包してまるでミイラのようにして出てきた。それはなんとも懐かしいクリスマスリースだった。小さなクリスマスリースのコンテストで受賞したもので、素材のほとんどが我が家の庭の植物、手持ちで消費期限が切れてしまっていたハーブ等だ。シンプルでナチュラルとは言え、デパートの作品展示会場に行って見た時は華やかなそれらの中に実に地味に佇んでいた。しかしやはり我が子のように手塩にかけた作品なので嬉しかった。賞状や記念品もたぶん家の何処かに有る。
 
 とにかく経年の劣化もいくらかあり、私が土台だけにして新たに新素材で作り直そうと思うと家族に言うと「このアンティーク状態がいいと思う」と言われた。そうねえとその時は今一つリメイクから気が抜けていなかったが、少し後に「・・そうねえ!」と思った。そこで朽ち果てて取れていたパーツ等を取り付けて復元作業に入ることに決めた。素材も沢山だしこの際出来るだけ形にしておきたいとも思う。今年は作るだけ。どれだけ出来るかもわからないけど。少しばかり楽しみになってきた。


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2018.10.23

森永チョコフレーク

Cimg0683_r2 これは出雲の続きでもある。森永チョコフレークは新発売当時から即気に入って本当に長い間友だちだった。今は改良だかされていてチョコが溶けてベトついたりフレーク同士がくっつきあって塊になることはないが、しばらくはそういう状態だった。紙箱入りだったチョコフレークをよく映画館に持って行って現在で言うポップコーン状態で画面観ながらパクパクしていた。映画が終わって場内が明るくなると手はチョコだらけ、時には衣服にもチョコがついていて友人とよく大笑いした。この長~い間の友だちがなくなるということを息子が電話で知らせてくれた。聞いたままにパソコンで調べると間違いなかった。「そんな~!」と、私は翌日からスーパーやコンビニに向かったが何処にも無い。店の人もたぶん入ることはないと言う。さらに別の日、量を少なくしてローソンセレクトで森永チョコフレークが有ったことを思い出した。実際、時々買っていた。鼻息荒く私はローソンへと向かった。しかし、無い。ここでバイト店員さんが「ほとんど見つけられないでしょうね。生産打ち切りと発表されて直ぐからどこでも直ぐになくなっていますよ。知りませんか?ネットオークションで開始値1個500円で出ていて飛ぶように買い手がついて終了していますよ。」と言った。私は自分にそういうことは考えられず、思いもよらぬ現実にしょんぼりとなった。今一度、名残りの森永チョコフレークをしみじみと食べたかった。
 
 ところが、である。先日の旅先、出雲のローソンで遂に再会できたのだ。あの古代出雲歴史博物館からホテルに帰る途中に。もうこれは「ご縁」を神様から頂戴したに違いなかった。私はホテルで開けることなく、自宅に送った。私は旅行鞄を持たずに手ブラで行き帰るので帰りの鞄の中に大切に仕舞い込んだのだった。
 そうして家族と一緒に楽しく食べた。しかし私がそういう経緯を話すし私が好きならばとたぶん家族は遠慮してくれていた。今回はありがたくその厚意にしかと甘えた。二袋買ったが存分に味わった。さようなら、森永チョコフレーク。会えてよかった。最後にも会えてよかった。神様、ありがとうございました!


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2018.10.21

古代出雲歴史博物館

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 田中屋さんで美味しく蕎麦を食べた私は島根県立古代出雲歴史博物館へと向かった。割引券を観光案内所でいただいていた。「出雲大社と隣接していますから直ぐですよ」と言われていた。まあ確かに隣接ではあったがずい分歩いてたどり着いた。ここのチケット売り場で「フラッシュさえ無ければ館内は撮影できます」と言われて驚いた。そして入り口入って直ぐのところに平成12年に出雲大社境内遺跡から出土した本殿の本物の巨大柱が展示されていた。あの、丸3個が記録として描かれていたそのものだった。これは圧巻で古代の巨大神殿出雲大社が想像できた。高さは50メートル近くあったらしい。
 だいたい、博物館へ行って古代の出土品である銅鐸、銅剣、銅矛は見ることはできるがこの博物館の展示数はそれら国宝419点が一堂に展示されている。それはもう目を見張る光景でありかなり興奮してじっくりと見て回った。この博物館はまったく知らなかったし、またそんなに期待して向かったのではなかったがしかと心満たされた。
 
 携帯電話の歩数計によると9000歩以上歩いたことになっていたこの日だった。家族のための出雲大社行きだったが、これは私へのプレゼントのような気がした。天気もよく、すべてを神様に感謝感謝でしかなかった。

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2018.10.19

出雲大社へ

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Cimg0663_r 出雲大社へ行ってきた。幸い好天に恵まれた。家族のことの神頼みが主目的だった。福岡まで行き福岡から出雲を飛行機往復したが一日は行くだけで翌日は終日出雲大社そしてその翌日は帰るだけという二泊三日のゆったり一人旅だった。久しぶりにずーっと以前に乗った記憶がある可愛い機体に乗った。出雲縁結び空港とは何ともおめでたい有難い名称だ。空港で手を合わせたい気になった。
 
 当日は出雲大社ご参拝定時ガイド、初級コースの案内を90分500円で参加した。実にきめ細かに楽しく案内していただいた。私以外はご夫婦だった。義母のことがありとにかく私が代表して息子の良縁願いに行ったので、もし先で叶った折にはいつか夫とお礼に伺いたいと思う。一の鳥居を遠くに見渡す二の鳥居前、ここから出雲マラソンが出発と言われ、眺めやるとその光景が浮かんだ。大昔の出雲大社はもっと巨大であったらしい。直径1メートルの杉の柱3本を束ねた柱数か所がある。丸3個はその印だ。大しめ縄は今年張替えられて大変きれいな状態だった。ご本殿でしかと私は役目である祈願をし、絵馬も奉納してきた。テレビの「ブラタモリ」やガイドブック「るるぶ」で見たりしてきたことがずい分役に立った。
 
 出雲大社前にある出雲そばの名店田中屋さんで昼食を摂った。カウンターの窓越しにテレビロケの一行が通った。蕎麦湯まで飲んでゆったりとした時間だった。少し早く行ってよかった。私は2、3人待ちだったが店を出た時には長蛇の列を成していた。
 旧暦の10月が神在月なので来月がそれなのだが、しかし観光客は多い。とにかく秋晴れの出雲でよかった。


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2018.10.11

ホトトギスが咲いたので

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 裏口にささやかにあるホトトギスの花が咲いた。急に秋深くなっていくような冷え込みを感じたらようやく咲いた。早ければ秋草たくさんの中に一緒できたのだが長く葉ばかり育っていてやがて小さな蕾を少しずつ付けるようにはなった。
 
 友人が生け花作品展のチケットをくれたので行ってきた。秋は紅葉や実のものもあるので生け花作品の幅も広がり見ごたえがある。友人の作品は格調高くシンプルでしっかりした作品だった。どの作品にも敬意を払って拝見して回った。ところが思いがけずに同じ流派の人と出会ってしまった。立ち話を40分ほどした。生け花のこと、本部のこと、支部のこと、知っている皆さんのことなどだ。しかし、ここでまた花生けの勧めが大変だった。教授者活動を停止していて休業中だから不可能だと言うと諸流展の花でなく華道協会の常設展示の花でいいと言われた。流派が持ち回りでやっている。慌てて私はなんだかんだと言ってとにかくその場から逃れて帰ってきた。
 
 裏口に少しだけ咲き出したホトトギスを見てなんとなく小品を生けたいと思ったので摘んで家に入った。花生けすることはこの先までもずっと数こなして精進していきたいとは思う。昔盛んにやっていた頃の感覚になったらもっと上を目指したいとも思う。今でもちょっとは観られる花は生けられるとも思っている。花鋏持ってから半世紀に近くなっているのだから、失敗の方が圧倒的に多いかもしれないけど無心に魂入れ込めて生けている。
 しかし展示花を生けに行く気にはなれない。少なくとも今は。たぶんこれから先も。
 深いジレンマかもしれない。しかしホトトギスの何本かと対話しながら生けた花は拙いものであっても愛おしく感じられる。何がさびしいのかわからないけど何か感じて帰宅してそのさびしさから解放された。心の中は秋陽。しかも澄んだ空気が漂っている。

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