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2018.09.29

曼珠沙華

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 台風が接近している。今夜から明日昼頃までが暴風雨とか。家の周りの飛びそうなものを片付けたりして、そうだと思い我が家に咲いているささやかな花たちを切って家に入った。ヒガンバナとニチニチソウだけだ。そして花生けした。
 
 マンジュシャゲとはヒガンバナの別名だが漢字にするといかにも仏教のイメージがある。「曼珠沙華 一むら燃えて 秋陽つよし そこ過ぎてゐる しづかなる径」 という短歌が高校の教科書にあった。作者は木下利玄。この作者のこれ以外の作品をまったく知らず、また作者に関しても知らない。ただ強烈な印象を持ってこの短歌は心に残っている。根茎に毒を持つ花がワッと燃え立つように咲いている秋の初め頃、まだ日差し自体は力がある。そこ過ぎてすーっと伸びる径(道のように幅広い大きなものでない小径)は絵画のようにいろいろな想像を掻き立てる。そこ吹く風はスーッとした秋の風だ。間違いなく毎年彼岸頃目指して咲くヒガンバナ。彼岸も過ぎたし何やら秋深まってゆく華やかなイメージすらあるマンジュシャゲ(やはり曼珠沙華と書いた方がもっといいかも)に怪しいイメージを拭ってあげたい。
 
 陶製花器に並べるように生けてあるが左側に満開とそれに近いものをほぼ等間隔に生け(剣山の足元は縦一直線になっている)右側に蕾とわずかに開いているものをリズミカルに遊ばせた。(剣山の足元は横一直線になっている)配材として白いニチニチソウを根元に挿した。マンジュシャゲに葉が無いので多めに葉を見せた。
 台風に遭って倒れたり折れたりっしては可哀そうということでに俄かに生けることになったが、それだけできっと花たちは喜んでくれたと思う。花以外でも大きな被害に遭わないように祈る。


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2018.09.22

秋草を少しだけ

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 お彼岸にお花をと買いに行きそれらしいセットになっているものを購入した。開いてみると秋草数種類。丈は低いし少しずつではあったがワレモコウ、オミナエシ、リンドウ、コギクだった。我が家の庭に出て赤いヒガンバナとタカノハススキをこれまた2、3本と少しずつ切ってきた。それらをとりあえず竹籠花器に生けた。花の種類的には偶数なのだがコギクが品種違いで二種だったので奇数となった。そしてそれらを自然に投げ入れした。セットになっているそのものみたいにも見えるが一応考えて1本1本挿している。リンドウが青色に写ってしまうのが(私が写し下手なのだが)残念。これこそチャチャッと投げ入れして「おままごと」のようなもので人に観ていただくものではないのだけど秋のささやかな感じだけをと自分を甘やかして恥ずかしくもなくアップしてみた。いつかワッとある花材から沢山を選んで観ていただくに足る作品を生けてみたいと思う。もう花展に参加は無いと思うので、運よくそういうチャンスがあればいいなあと思っている。
 
 昨年東北の同期生の花展を訪ねたことを思い出している。ほぼ一年になる。人の指導をしていっているし日々の研鑽も積んでいる彼女たちの作品はそれぞれの個性を輝かせながらもその深さが伝わってきた。花生け愛好家となっているのでまあいいかではなく、少しでも昔の生け込み、生け込みを繰り返す努力、それから生まれてくる喜びをやはりごく稀にでもいいから得たいと思う。
 
 この写真だけ撮ってからそれらを入れ直してお仏壇に差し上げた。ぶ然とされるかなとも思い、我が家であんこを炊いて作った白玉だんごを一緒にお出しした。
 私は秋草の軽やかですっとした秋の空気を感じさせてくれるところが好きだ。心は直ぐに花野へと飛んでゆく。

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2018.09.14

秋の訪れ

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  またまた体調不良などに悩まされ、ブログ更新もままならなかった。気が付けばもう九月半ば。そしてすっかり風は秋の風。草むらでは虫の声。日中、真夏日となって残暑があってももはや日差しの強さは違う。そこで瞬く間に乾いていた洗濯物も日中いっぱい干していてなんとかという具合になった。あの酷い暑さからようやく逃れられたと思った。菊の節句に菊三昧で花生けもしたかったのだけど今年は見送った。
 
 写真は笑い転げるネコちゃんで、キャサリンハムネットTシャツのリメイクバッグに住み家を定めたところからキャサリンと名前を付けたのだけど、何分笑い袋なものでどうしても子猫やギャル猫の大笑いでなく親父風。でもこうして直ぐにでも笑いに行きますよとバッグから顔見せているところを見ると、あら可愛いわねーと思う。実際、心身ともに具合がよくない時にも大笑い姿を見るだけで涙出そうになるくらいこちらも笑った。訪れる人の嗜好に関係なく大笑いを披露したりもした。まだまだこれからもキャサリンの大笑いに助けられることが多いと思う。
 
 初夏に墓参などがあり上京したりしたが、旅の予定はなかなか元気をくれる。先の楽しみそのものだから。来月、またちょっと出て来る予定。もう既に全ての手配済み。私が旅、というとそのほとんどが一人旅。大勢でも仲間でも家族でもよいのだが、一人旅は大きな時間とそのゆとりを与えてくれる。いつかまた家族で旅にも行きたいけれども。秋はとにかく落ち着いた生活をしたい。そしてやはり花鋏を持ちたい。

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