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2017.06.24

三本のバラを生けた

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 結局、生け花用のバケツに残った八重のトルコキキョウは一部を一輪差しに入れて、後はお仏壇のお花となった。まあ豪勢で、お線香も浴びている。そして3本のバラには参った。同じ品種の同じ色で、ほぼ同じくらいの大きさ、開き具合だ。しかし花生け長くやってきている経験もありなんとかしようと思った。
 
 極めて同じように見えても微妙には違っているはずなのだ。私は1本1本を時間かけて観察した。生け花は目で見て構成がヒットするまでが長く時間がかかる。それが整えば(おおまかなプランが決まれば)後はとりあえず進む。鋏を入れる前までが一番の勝負だと思う。極くわずかな違いを見極め、とにかく同じ器に生けようと決めた。そして花自体はさして個性が強いわけでもなく似たバラ三姉妹なのだ。言うならば器の方に目を引きたいとも思い染付の器にした。絵柄の個性に着目してほしいくらいの思いだった。
 
 三本それぞれが長さ高さ角度を違えてその器に生けた。葉は大ぶりの葉ばかりであって、しかも折れたりの負傷葉もあった。最小限の葉を残した。そして付いた葉によって立ち位置を決めた。すべてが苦肉の策ではあった。ハッとするものでもない作品なのだが、似たケースに当たった方のわずかなヒントにでもなればと思い恥ずかしながらアップすることにした。
 庭に行けばいくらでも素材があり、あるいは買い足しに行けばいくらでも思い描く素敵な作品は出来るかもしれない。しかし縁あって手元に来た素材、それだけをなんとか生かすことを懸命に悩み考えて自分の力の可能な限りを尽くすことは生け花にとっても大事ではないかと思う。
 私は現在はいろいろあって開店休業中の身であるため自画自賛か自虐的かそういうあり方に行きがちだ。研究会、学習会で仲間の作品、仕事を見て、話し合い学んでいった頃が懐かしく、もう一度そういう場に参加してみたいと思う。


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