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2017.05.27

ヤマボウシ

 Cimg0247_Cimg0249_ 通院している病院の駐車場にヤマボウシの木があって今とてもきれいにその花が咲き誇っている。私はもはや運転しなくなって久しいので車を停めたといううわけではなく建物正面にある駐車場の際の道からバス停車場へと向かう途中で見たものだ。これまで人の家の中にあるヤマボウシを見たことはある。しかしそれも遠目であった。今回、この駐車場には四方に点々と何本もヤマボウシの木があることを知った。しかもその際を通るとその1本の木、枝の下を通る。こんなに木に咲いているヤマボウシを近くで見られるなんてと、とても嬉しかった。何らかの趣味があって山行きしていると見られるのだろうけど。
 
 ヤマボウシは生け花で何度か生けたことがある。花屋さんの店頭にあることはなく、たぶん取り寄せとなる。最近では枝物は花束かアレンジメントに使うものでいくらかの枝物が置いてあるが季節のものか無難で取り合わせがよいものだ。生け花材料としての枝物を扱う花屋さんはどんどん姿を消した。
 私の生け花の先生はヤマボウシを見事に生けておられた。ああ、こんなに生かせばよいのだと目からウロコだったりした。天才であられて、それで更に努力なさるのだからその作品は生まれるのだと感じた。
 
 ハナミズキと似ていると言われるが私にはそうも思えない。ヤマボウシは大きな星の花のようだ。キラキラを手描きする時に先を尖らせるが、その通りの感じの花弁で白い。
 どうしようかと思いながらもデジカメ持参して帰り際に写真を撮った。風に大きく揺れていた。
 
 ヤマボウシの花言葉は友情、ということだ。これは今回調べて初めて知った。このところ友情には感謝することがとても多く、後でこじつけているようだが何かのお導きのような気もした。初夏の爽やかな風にゆらりゆらりと星の形の花々は何か語りかけるように揺れていた。

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2017.05.15

ニチニチソウが一つだけ花をつけた

 Cimg0242_ 玄関先に根が残っていて芽吹いたニチニチソウの花が一輪花咲かせた。白くて愛らしい花だ。ハンギングのパンジーがまだ元気でいてくれているから先のことを考えていないがニチニチソウに植え替えしようかなとも思い花苗を見て廻っているがまだ出会うことがない。たった一つの花が咲いただけで、花も私もお互いに励まされている感じがする。明日あたり液肥をあげなくてはね。バンバンしっかりしなくてもいいけど元気に育って仲間も増やしたいから。
 
 なかなか言いながらもSMILEが、私のSMILEは寂しい感じだ。それでもちゃんと口角さえ上がっていたら脳がダマされてくれているのかなあ。そう信じたい。こんなに日差しが明るい初夏になっていっている時なのに気は沈みがち。きっと五月病なのだからもうすぐ抜けるはず、と言い聞かせている。
 
 今夏は自転車より歩くことが多いから、ネット上で日傘を買った。UVカット100%というもの。ここのところ猛暑の夏続きなのでバーバリーのチェックが好きとかなんとか言っていられない。それは止めてとにかく日陰になれる日傘をと探した。藤色だが内側は暗幕のようにまっ黒。そう言えばこの手の日傘の人をよく見ていた。私もそれデビューする。紫外線、出来るだけ当たらないようにと医師に言われたことだし日傘生活を楽しもう。
 
 奇跡的に今年初めて咲いたハナミズキはたったの4輪だったが元気に育っている。根が残っていたニチニチソウもたったの1輪咲いただけだが、私の心の中には巨大な希望の花となって残った。次第に元のSMILEは戻って来る。そう信じられる。元の気に戻れる。


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2017.05.08

五月のミニバラを生けた

Cimg0241_ 庭に1本だけあるバラはミニバラで淡いピンク色だ。品種名、スイートマザー。今日近くで見ると、なんとここのところの陽気でかもしれないが虫がモソモソといっぱいいた!1、2cmくらいの茎の色に同化する小さな青虫たちだった。ミニバラであってもトゲは沢山あり、よくもこんなにと思う程葉と言う葉を食べつくす勢いだった。花は無事なものの葉がスカスカでは大変。直ぐに家に入って花鋏を取ってきた。虫を無視せずに、しかと取り払った。「はい、さよなら。さよなら!」と言いながら。そして出来るだけ葉が無事な枝を切った。虫食いに遭った葉は切り落とした。花はスプレー咲きで案外きれいに咲いていた。
 
 これらのミニバラを丈の高い花器に生けた。花器の中に上げ底になるように筒が入っている。その上に剣山を置いているが生け花ではごく一般的な手法だ。なお剣山はぐらつかないように枝を渡して留めている。それで安心して生けられるということになる。長さもほどほどの花材であっても大丈夫だ。
 何分、あるものをあっただけで一種生けしたので素晴らしいとは言えないが、後ろの壁との具合で、何やら絵画的な印象となり私としてはほどほどに気に入った。
 
 「五月のバラ」という歌があったが、あれはハッピーな歌ではなかったように覚えている。別れた恋人への恋慕のような歌ではなかったかな。そこで「五月のミニバラ」はちょこっとハッピーだと感じながら生けた。明日は雨になるという天気予報だったから思い切ったが眺め見慣れた花も生けると新鮮にも見えたりする。

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2017.05.05

菖蒲湯

 Cimg0236_
 菖蒲の束を何組も買ってきてた。家の表と裏の屋根の軒に放り上げていた一束はそれぞれ今朝には哀れな状態でばらけて地面に落ちていた。このところ何故か風が強く、吹き落されたのだ。しかし息災の願いは伝わったものとして片付けた。こんなに早く落ちたことも初めてだった。
 
 毎年子どもの日には必ず菖蒲湯をして皆で入るのだけど、今年は家族の都合で一日早く、昨日した。まあ、遅れるよりはいいか。
 菖蒲湯はいつも清々しく、わずかに爽やかな香りがする。もっとびっしりと使いたいとも思うけど、まあほどほどでいいかとこれもまた妥協。青青しいのも香り立つのもいいけど、わずかに漂うことが私には合っているかもしれない。人は節目節目に家内安全、無病息災を報われなくても、やはり祈る。自分のことでなく家族皆のことを。それが命を繋いで行く我が子ならばなおさらのこと。

 花菖蒲を生けたいとふと思って花屋さんを少し回ってみたが無かった。葉菖蒲ばかりだった。スイセンほどではないが嫌というほどやった葉組みをまた何故かやってみようと思ったのだけど。またこれからの初夏の間に見かけたらその内に。
 
 今日は好天だったのであれこれ大洗濯大会をしてくたびれた。お魚屋さんのお寿司を買ってきた。夕飯はこれメインで楽勝。連休は何も関係ない平日だ、今年も。しかしせめて連休商戦に乗っかって少しゆっくりしよう。


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