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2017.01.25

おでん

Cimg0178_ このところ全国的に今季一番の寒波到来で寒い、寒い。小刻みに震えながら暮らしている。暖かくしている部屋はいいが一歩出たら真冬の寒気でゾクッとする。昔ながらの日本家屋に住んでいるしマンション住まいしたことないのだけど温かいと聞く。でもやはり馴染み深くこの生活が好きだなあ。
 おでんを作った。わあ、早く食べたいと思いながらとにかく写真撮影。私が作るおでんは焼きアゴだしで極めて薄味、減塩。そして白菜と里芋が入る。里芋は同じだしで別鍋で炊いてから合流させる。ゆでたまごは半分切りして一番上に鎮座させる。コンニャクも厚揚げも大体一口大に切る。いろいろな種類をあれこれ一杯乗せたい。左上は油抜きした薄揚げに餅を入れている。おでんの日は他にはお菜は無く、シンプルなことだ。なんだかとても楽しい気分になる。
 
 ふわーっと湯気がいっぱい上がっていたのに、テレビや雑誌のお料理のようにふわーっとなっているのが撮れたらいいのになあと思うけど、まっいいか。さあバンバン食べましょう!


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2017.01.18

未来への希望

Cimg0176__2 未来への希望としたスイセンの小さな小さな生葉、そのハカマ姿を撮った。何やら小葱を水栽培している風だが、しかとスイセンの子だ。
 スイセンの葉には大きくうねるものがある。我が家のように小さな庭でそれが群れとなっているのを見ると、まだ行ったことはないが何かで見た海岸縁に群れて咲くスイセンに思いが飛ぶ。いつか行って見てみたいなあと旅心誘われる。
 
 秋の花野を目にした時は心はもうマックスに震えて止まらない。生きていてよかったとさえ感じられる。だから人は生きるのかと言うくらいの感動だった。自然から学ぶことが多い。感じさせられることも実に多い。花は野にあるようにとつくづく思う。ただその感動を生活の中で再現したい、共生したいとも思う。だからと言って自然そのまま切り取って来てもだめだ。なぜなら場との調和での美しさなのだから。そしてそれを最も生かすと思える花器との調和も大事だ。そしてそういうエゴをするからには命を大切に扱わなければならない。
 スイセンの子を摘んできて生けたことは必要な表現だったからに間違いないが、少し心痛まないわけでもなかった。しかしそうやって同居するからには愛して最後まで大切に扱うことをする。生け花では花展、特に大きな花展などでは結果として花材は道具のようにバタバタと扱うことになってしまうことが多くある。あまりに会期中も忙しく作品大事でそれ以外に気持ちの余裕がなくなる。十数年前に花展で生けた時に諸流展の花は最後にしようと決心した。そして休業に入った。今、生活の中で自宅花を生けていることが幸せだ。長い間、実に多くの事柄を生け花に教わった。そしてそれは知識よりも心根のあり方や人間の生き方の方が大きい。
 
 「花のある生活を・・・」というタイトルはもちろん生活の中にちょっとしたものでも花や緑をということもあるが、私が考えるそして感じる「花」というものを指している。それぞれの人にそれぞれに花がある。それぞれの人が感じる花もある。私なりの花を人生のまとめとしても表しておきたいと思う。できれば硬くならずにフワッと。


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2017.01.13

スイセンで初生け「明るい年に」

 Cimg0173_ スイセンを生けた。本来、青竹に少ない本数で初生けをしてきたのだが今年はことのほか明るい年になれという願いが大きかったのでやや多い本数になった。しかも一般家庭の庭にろくに手入れもしないで好き放題に育ったスイセンだ。奔放なことしきり。ティッシュを取ってもバラーンと広がったり葉先が黄ばんでいたりのワイルドだろー状態。まあこんなものさと思いながら冷え込む玄関で花生けした。今日から全国的に一番の寒気到来らしい。水切りしながら息を指先に吐きかけて、剣山に挿してはまた揉み手したりだった。明るい黄色の花器は奥行きが少なく、出来る限りの奥行き感を葉を倒して出してみた。
 スイセンの葉は花茎を中心に前後2枚ずつあり時計方向に回っている。大袈裟に言うとねじれている。そこでそのねじれ通りに花茎に添わせてティッシュで軽く結んでいた。開くとそのままの形ですーっとなっているのが多い花屋さん出身に比べてなんとも陽気だ。しかしその良さが「明るい年に」という副題に合うのでかえってよかったかもしれない。予備の花葉も同じようなお子たちばかりだった。微笑ましい自然だ。そもそも私はあまり小細工するのが好きではない。流派自体もそうであったしそれが気に入っていた。よくよく近寄って観ると上手く出来ているのはホッチキスで留めていたり両面テープで合わせていたりが発覚すると私は興ざめした。
 
 花の右端に小さな一株が挿してある。これは生葉のままだ。生まれ出て直ぐの葉で、葉組みしていないがちゃんとハカマを付けている。それは歌舞伎でチビちゃんがお披露目するような感じだ。実に愛らしい。一人前にハカマ姿で「スイセン。。。でござりまするー」といった風に見える。そしてこの若株こそが未来への希望の象徴だ。本当に明るい年に、と願わずにはいられない人の思いの象徴であるかもしれない。


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2017.01.11

初生け準備

 Cimg0167_
 冷え込む朝、掃き掃除していて急に豆電球がパッと付いた感じで「そうだ、初生けしよう」と思った。私の生け花の流派では初生けは大体スイセン一種生けだ。毎年、華やかな新春迎えの花の後にあたかも七草粥のようなスイセンを生けた。このところあまり思わないようにしていたが今年はふっとその気になった。幸い、たいしたものではないがスイセンが我が家にいくらか咲いている。私は朝にスイセンを摘んだ。
 通院があり、午後になった。水切りしていたスイセンの葉組みにかかった。以前葉組みについては記事にして書いたことがあるが、スイセンはそのままの姿で生けることもあるが(生葉、「うぶは」のままで)葉組みすることが多い。なんでこんなことして、と思うような作業をする。葉と花茎が入っている根元の筒、一般的に「ハカマ」と呼ぶのだが一度これから外して組み直してまた元のサヤ、ではなくハカマに入れる。もちろんハカマが破れないように。これまで何千は大袈裟だが何百くらいはやってきた。作品展で大きな作品でのスイセン群を生ける時など、泣きたいくらいの数の葉組みをして使うのは全部ではない。写真家が限りなく多く撮って選ぶように予備を含めてとにかく多く用意するのだから。しばらくはスイセンを見たくないと思うこともあった。
 
 しかし、家庭のちょこっとした生け花用なので、まして我が家にある花材で済ませようとするのだから気楽なものだ。とは言え、集中して葉組みすること1時間。葉組みしたスイセンは落ち着くようにティッシュで軽く結んでいる。新聞紙に包んでいるのは控え用。これだけで結構疲れた。西日射す場所での作業だった。そして慌てて夕飯の支度に向かった。これらはこのまま深い水で養っておく。明日はまた用で出かけるし、はて、いつ生けるのかしらね。でも近い内に。

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2017.01.03

穏やかな年明け

Cimg0156__2 2017年の年明けは全国的によく晴れて穏やかな日和となった。元日が日曜日でなんとなくことさらにめでたい。元日には久しぶりに近くの神社に初詣に出かけた。おみくじを引いたら末吉だった。まあまあのことが書かれていたのでまず安堵。願い事は「積極的に出て吉。用心はせよ」だった。嬉しかったのは健康で「よくなる。信神。」ということ。まあ気をつけて、礼は尽くしましょう。どうでもいいけど恋愛を見ると一言「あきらめなさい」とあった。これには声出して笑ってしまった。この笑いが初笑いとなった。
 
 玄関には新春の花を生けたがお仏壇やらの残りでもって応接スペースの棚に小さな花を生けたので、こちらをアップ。我が家のナンテンは相変わらず実がしっかりと付いていてきれいで助かった。スイセンは少ししか咲かなかったが家分の数は足りた。昨年の地震災害の難からはっきりと抜けたものと確信できるようなナンテンの実、葉の美しさだった。
 
 いくらかは当然ながら不幸なことは世界や日本のどこかで起こっただろうけど概ね穏やかな年明けは喜ばしい。私はおみくじの思し召しではないが、本当に今年は日頃思っていたことを積極的に行動に移して行こうと決心していた。それは地震から日々片付けや掃除しながら一人で決めていたこと。用心しながら、は肝に銘じてこの酉年、勢いよく過ごそうと思う。
 たいした記事があるわけでもないこのブログだけど、更新が遅いのだけは努力したいと思っている。
 
 
 最後になりましたが、今年もどうぞよろしくお願い致します。お越しくださったお方々に幸あれと念じます。

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