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2016.07.24

ノカンゾウ

 Cimg0058_ これまでやってきて我が家の庭に咲く花で紹介していないものもある。その一つ、ノカンゾウ。今を盛りに咲いている。いつも盛夏にオレンジ色でワッと咲くので何やら暑苦しい感じがしてあまり心が動かなかった。
 義母が人から花株をいただいてきて「ユウスゲ」と言うので楽しみにしていたこともあった。似ていて異なる花だ。婉曲に違うのでは・・と言ったがしかと思い込んでいるためそのままだ。ユウスゲのように夕方になって黄色いユリのような花がすーっと伸びて風になびいているのを見るとハッとするのだが、真昼オレンジ色の花は少し気が乗らない。ごめんなさいね、決して嫌っているわけではないよ。
 
 ノカンゾウはユウスゲ、キスゲ同様ワスレグサ属だ。カンゾウの根エキスは漢方の一種で、さまざまな疾患に処方されている。また主成分がメラニンの生成を抑制することから美白ということで化粧品にも用いられている。
 もうはるか昔になったが生け花の本部新年会に行った時、その時が初めての参加だった。しかし数カ月前に義父の急逝があったので何か新年祝いの気分に浸れなかった。そして会議の後の新年会でお膳が出され雑煮もあった。その時、師が皆の前で大きく言われた。「○○さん(私の姓)、大変でしたね。雑煮にカンゾウが入ってます、食べて忘れましょう。かなしいことはワスレグサが力になってくれますよ。」私は苦いカンゾウの根、ユリ根などが入った甘めの白味噌仕立ての雑煮をただ感謝込めて御馳走になった。
 あの日から何十年も経つ。ワスレグサを教えてくださった大切な先生のことは、たとえ今ワスレグサを食しようとも忘れることは出来ない。

 それにしても猛暑は続く。長年慣れているとは言え、お年頃なので少しくたびれる。涼しい室内で昼寝しなければ午後は動けない。そのサッシの向うにノカンゾウの花群が勢いよく咲いている。元気が出ると言えば、元気が出る・・かなぁ。


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2016.07.22

塗り絵

 Cimg0055_ そして私はそうっとホームページを見て自分の作品が掲載されているのを見た。それから自分の作品なんだからいいかと思いコピーした。はっきりとこの塗り絵をやっていた自分の心境などが思い出された。お城まで観月に皆で行ってワイワイと楽しかったことなど。今度は夜景がきれいに撮れるというコンパクトデジカメにしたのだから名月が楽しみだなあとワクワクもした。学生時代から好きなお城が見える光景だ。
 
 さて、塗り絵。これは本当に老後の楽しみの一つになると思う。一部に水彩色鉛筆でも、普通の色鉛筆がほとんどになるだろう。そうなればやはり水彩色鉛筆なのだから水彩画っぽいものになるかな。昔、少しだけ俳画を習ったが色紙に直接筆で描くのに苦戦した。下描きを鉛筆で薄くもできないのもね、と家に帰って色紙大の練習帳に運筆やぼかしの練習をしたものだ。しかし先生のお手本にはどんなに頑張ってもはるかに追い付かない、それどころか下手な自分に心も折れて、結婚きっかけにやめてしまった。先生は今では重鎮とされているお方。はるか昔の落ちこぼれ生徒などチラとも覚えておられないと思う。
 
 年重ねてくる度に「ご縁と円を大切に」と思うようになってきた。無駄なことしないけど、しかし思し召しとは大袈裟にしても縁あってやってきたものには何か必然性があると思いたい。これが正直なところ。なかなか大変な人生の復路においてオアシスとなりそうなことを探しながらトコトコと歩んでいる私だ。梅雨開けしてまた過酷な猛暑続き。元気にいきましょ。


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2016.07.16

水彩色鉛筆

 Cimg0054_ 先月末、思いもかけないことに水彩色鉛筆のセットが送られてきた。24色の立派なセットだ。それはずい分以前に色鉛筆で塗り絵をして応募したものが優秀賞に入ったということで賞品として送られてきたのだった。間に大地震があって、そういうこともすっかり忘れていた。大体、応募だけして忘れていることってよくある。タイプとしてレジで支払ったらさっさと去ろうとして「あっ、お客様、商品!」と言われる方だ。ミョウガとか関係なく。「あら、私ったら・・!よくあるんですよ。。。」と苦笑いでスコスコ去っていくことなど多々ある。
 
 くまもと街ぬり絵ということで熊本市のダウンタウンの塗り絵だった。もう古くなった色鉛筆を出してなぜか私は張り切って塗り絵を仕上げた。力入れて塗り込んだ時に用紙が破れて、裏から和紙を当てて処置しながら塗った。それは好きな風景だった。熊本市中央部、路面電車が通り正面には熊本城が仰げる。心こめて塗った。なぜ応募までしたのか覚えていないが、たぶんものは試しということを思ったのだと今では推測する。
 
 絵を描くのは上手くない。しかしこれは思し召しかもしれない。老後の楽しみにしようかな、塗り絵。高齢者向けに塗り絵もいくらか流行しているようだ。書店では多く見たし100円ショップにまである。本当は自分ですべてやりたいけど塗り絵という分野の良さはそれなりにある。しかも手にしたこともない水彩色鉛筆が舞い込んできたのだ。これは運命。たまーに我流ででも楽しんでいこうと今は思っている。そう、復興を願って。あの塗り絵を楽しくやっていた時には当然ながらあの大惨事がその後起こるなど想像もできなかった。早く元の姿に戻ってほしい。


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2016.07.07

ミョウガの子

 Cimg0047_Cimg0046_Cimg0048_ 我が家の庭土は砂地が多く、ましてホクホクの黒土など無い。大体「花の土」というものを購入してきて混ぜている。それでもたくましく育ってくれるものが多い。しかしミョウガはなかなか育ってくれず、毎年ささやかに少しのミョウガの子を残すだけ。まあ街中なのだからそんなものだと思っていた。ところが、大雨が去ってよく見るとなんともバシバシ育って丈高くなっている。しかも根元にはミョウガの子が次々と。驚きながら摘んだ。すると毎日次々とミョウガの子が出来て大きくなる。
 大体、素麺などの薬味くらいだったがこうなると気前よくなって、先日は豚肉と野菜の炒め物に加えた。実にさっぱりとした美味しさになった。調子に乗ってあまりにパカパカ食べていると物忘れが心配になるし、日々少しずついただくことにした。
 
 ずい分以前にカボチャの花のことを書いたことがあった。カボチャの花が成らず長くなると生産者が根元付近を刃物で少し切るという話。すると種を残そうとする本能だかが働いて直ぐに花をつけるというものだった。その話は衝撃的だったが生命あるものに備わった最後の役目と言える働きなのかもしれない。
 私は脅しの言葉だってかけたことないのに何故・・・と考えたその時、あの大地震を思い出した。もしかしたらただの気まぐれかその他の理由はあるのかもしれないが、あれほどの大揺れだったのだから大慌てで生き急いだのかもしれない。しかしびっくりしたのは事実のように思う。毎年ろくに手入れもしないのに総勢5本、急激に大きく育ったのだから。
 
 そのミョウガさんのお心尽くしと思い切って、日々少しずつ味わうことにしている。また雨模様の天気予報。まだ青いものも摘んだ。スーパーで買っても安いものだけど、見知ったミョウガのものだと思うと味わいが増す。


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2016.07.04

ご無事で何より

 Cimg0023_ 昨日は夕方から小さなクラス会。とにかくこの大震災を乗り越えて再会できることが嬉しかった。集まった皆がそれぞれの震災体験を順番に語った。中には大震災が初めてではない人もいた。まあ、人生何があるかわからないけど、とにかく今住む所があって無事でいたということを喜び合った。
 大揺れに遭っている間、私は耳と目を研ぎ澄まして現実の把握に集中した。生きるも運なら死ぬも運かと一瞬よぎったが、「生きる方だ!」と直感してからはその後の段取りを急いで考えた。今考えると実にさめた感じだが、ただ感嘆符のマックス(!!!!!)だった。でもあれこれあっても、無事だった。
 集まった中では私だけ誕生日が来ていた。そうそう、ちょっとだけおねーさん。そんなのも忘れてた。
 
 そして写真撮ったのも忘れてた。今年もmokoさんが私たち夫婦の誕生日プレゼント届けてくれた。洋菓子店の包装箱を開けると、言うならフルーツバスケット!生クリームとナタデココが少し入っているだけであとはまったくの果物という素敵なギフト。私たちは相変わらず夜にお茶してこのプレゼントを御馳走になった。美味しかったよ。誕生日っていいもんだなーと、大人になっても思う。私は「楽しいねー!」と言いながら食べた。本当に、ありがとう。
 
 どこまでが天命なのかわからない。しかし、わからないからこそ残された大切な時を無駄にしたくない。心に叶わないことは避けて、出来れば社会に少しでもお役に立つこともしたい。なかなか生活必死であと少し余裕はないけど、その姿勢ではいる。
 
 この地域でここしばらく語り合われた「ご無事でしたか!?」「ご無事で何より」という言葉は短く、そして心中すべてだった。震災後にいろいろな電話が入ったが被災された経験がある方からの電話「頑張ってとは言いません、とにかくご無事で!」という短い言葉は特に染み入った。


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2016.07.01

再始動

 Cimg0045_ 大地震から二ヶ月半。そろそろ玄関の主、シーサー一対を起こした。また我が家を守ってくださいね。なかなかいいお顔だ。義父が沖縄土産で購入してきたものらしいが、なかなか気に入っている。私は毎朝、玄関に行くと「おはよう、シーサー!」と言っている。
 
 屋根工事はまだなのだが見積もりが出来てきて、あまりの額面にげんなりして「お願いだから少しでもまけてくださいー!」と持ち帰ってもらった。あまり変わらないだろうけど。そして同じ会社の震災判断の専門の方が別な日に無料点検で来てくれた。家の内外をLEDライトで天井から床下まで一時間以上かけてしっかりと見てくれたのだけど、それから驚きの結果が出た。もちろんこのように築年数が経っている家にしてはしっかりしているけど、何分今回のような大きな地震がダブルでやってきたのだからあちこちに大小の傷みがあるという。写真も見ながら、自分で補修できるところは把握した。しかし思ったよりも多かった。あまりに屋根瓦ガラガラの印象が強く、そこまでしっかり見もしていなかった。プロでなければいけない補修工事の見積もりは後日に、となったが「一部損壊でなく半壊判定になるかもしれませんから今からでも二次申請してみた方が・・」とのこと。行政からの補助が少しでも出るならば、では・・となった。
 つい最近、実家を含むお墓の補修工事が済んだ。はぁ・・・屋根瓦だけでなく家もねぇ。その専門の方は我が家からわりと近くのマンションにお住まいだそうで、「この辺は揺れが酷かったですからねぇ」と言われた。酷かったんだ・・初めて知った。目も当てられない市外の地域を思うとここなんてとばかり思っていた。そうか、酷かったんだ・・。私は何度も心の中で繰り返した。
 
 しかし、それでもシーサーも再始動した。酷かったわりにはそこそこ運がよかったのだと思ってしまおう。とにかく今住むところを補修しなければ。先で住むところはきちんと成ったことだし。ねえ、シーサー!(イメージの中ではシーサーたちは大きくうなずいている!)


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