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2016.06.23

災難は続くけど

 Cimg0026_ 本当にやれやれと思っていたら、今度は梅雨前線ではあるけれど記録的な大雨が続いた。県内で6人の方が亡くなられている。降り方が凄かった。そして雷も度々鳴り響いた。
 今日はようやくひとまず止んで曇りになった。水が引いた道路は何処からやって来たかわからない木々の枝や葉、生活用品などが散乱していた。掃き掃除にも時間がかかった。
 順番待ちしている瓦葺きなので未だシート掛けている状態。雨風激しく毎日心配したがなんとか雨漏りしていない。我が家は家も人も古いけどなかなかしぶとく、運も良い方だと思っている。
 
 数日前からこの辺りの道路に業者さんらしい人が白いペンキのスプレーを掛けているのを見ていた。地震の折りに出来たひび割れの上にその通りに線を引いているようだった。大体、道幅いっぱい近く真っ直ぐにひびが入っていた。自転車であちこち行っていてそれを見ていた。しかし、我が家の前は何か不思議な様相だった。真っ直ぐでなく大きなウロコのような感じで。雨が降っていない時に面白いから写真を撮った。これらの線、ひびはすべてその内に行政が補修してくれるのだと思う。
 
 ようやく皆で明るく復興に向けて「がんばろーかねー!」としているのにまたもやの天災。災難は続くけど、めげずにがんばろう。深刻な被害受けられた地域の方々を思えば胸痛むけど、自分に出来ることから一歩一歩。雨にバンバン打たれ続けたニチニチソウも「なんの!」と咲いている。


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2016.06.15

ありがとう、ありがとう

 Cimg0014_ 大分県まで被害が及んだ今回の大地震はそれでも「平成28年熊本地震」という名称で残ることになったようだ。熊本市内はなんとか元の生活が戻ってきた。一時は市民の一割が避難所生活だったし、つい最近までナーバスになった人たちは車中泊が多かった。それ程余震も酷く、続いた。私が住む町内でも多くの方が近くの学校や公民館に避難されていた。我が家とて次に大きな地震がやって来たらもう耐えられないかもしれないと思う。しかし一歩一歩復興の日々を人々は過ごしている。しばらくは「ご無事でしたか!?」が会った時の挨拶だったがようやく普通に戻った。あらゆる道路に山盛りに出されていた災害ゴミもほとんど回収された。ゴミ出しもほとんど以前の通りに戻ってきた。
 
 全国各地の地名が書いてある災害支援の車や人たち(上着に大きく明記されてあった)は拍手ものだった。自衛隊の方々、全国の自治体の方々、さらに各種ボランティアの方々に心から感謝する。もちろんお互い様であるのだが本当に有り難かった。そして個人的にも友人知人の心からの物理的、メンタル的な支援にも心から感謝している。果ては守ってくださったご先祖さまにも感謝。
 早めに義母を主人の弟の所に疎開させたのは正解だった。落ち着いて暮らしておられる様子で何より。義母に代わり、毎日私がお仏壇にご挨拶し感謝とさらなるご加護を祈願している。
 
 本震以後はニュースの通りで記すことはない。
私は震災前日に買っていたニチニチソウの花苗をハンギングに植え込んだ。ひっくり返ることもなく無事でいてくれた。余震が少なくなってきての植え込みだった。毎日、終わった花がらを摘んでいる。そして毎日花は咲く。ニコニコして。
 災難は災難だった。しかし前向いて人も地域も進む。多くの方々に「ありがとう、ありがとう」と笑顔で。
 
 火山はあるし台風も多い。私は日頃から備えはある程度してきた。しかしこれ程までに想定外の事態は考えられなかった。今回、日本は何処にあってもこういった災難に遭う可能性があると発表された。それと驚いたことに我が県で127年前に同じような連続の大地震が起こったという記録までも発表された。今後、ピリピリすることはないが有事に備えて本気で公私が生活の中にいろいろと取り入れていかなくてはいけない。


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2016.06.14

熊本地震(2)

 Cimg0020_ やれやれで過ぎた二日後の夜中。またしても地震。しかも前回よりも激しい。直ぐに目が覚めた。午前1時25分。前回も25分だったなと(午後9時25分だった)パッと思った。寝室は二階が無い。そして前回同様、幸い天井が崩れ落ちる気配が無い。布団の中でじっとして治まるのを待つ。屋根瓦が音を立てて崩れ落ちる。
 ようやく治まると二階で寝ていた息子が降りてきた。市内のマンションで別に暮らしていたが「家族は集まれ、しばらく一緒にいよう」と声をかけて昨日やって来た。息子が住むマンションは新しく大丈夫なものだが前の地震で誤作動を起こして「火事による避難」になったという。10階から歩いて降り、朝方まで近くの駐車場に集合していたとか。そういうこともあって息子は直ぐに来た。
 義母もじっとしていて、とにかく無事。それだけで先ずは安心した。電気は早くに復旧したが、この時はライフラインがすべて断たれた。懐中電灯のすべてを出し、携帯ラジオを点けて、そうっと外を眺めたりした。これでもかという激しさだったので暗い中がさらに恐ろしい。
 
 しかしご近所さんによる情報がドアトントンで訪れた。「そこの市民センターの駐車場に給水車が来ている。早く行かないと。」おう、そうか!昨晩の風呂の湯がそのままなのでトイレは流せるが生活用水はいくらでも要る。夫も私もパジャマを着替えて直ぐに出かけた。その話では容器はとりあえずいい、市が用意した簡易パックがあるからということだった。
 およそ1時間並んで配給していただいた。まだ星が見える午前4時頃だった。写真はその簡易パックだ。
 
 明るくなった。表に裏に、我が家の瓦は無残に崩れ落ちていた。裏は親戚の者が道路を塞がないように端に寄せてくれていた。電気は早くに復旧し、ただ転倒したテレビは液晶画面がアウトでラジオ同然だった。結局この日からラジオを一日中点けている生活になった。一昨日の地震が前震であって今回の地震が本震なのだということを知った。
 私は熊本市民であり熊本市も熊本城の惨状のように酷いものだった。未曾有の事態なのだから。しかし、熊本市に隣接する益城町は未だに胸裂けるような思いになる特別に凄惨な有様のままで遅々として進まない様子。早く平安な日々をと祈るしかない。
                                            
 震災直後に他県に住む従姉妹が電話してきて手伝うからと言う。「有り難いが幸いダメージは少なく、大丈夫。それに交通も不通ばかりで無理だよ」と言うと「なんとかして行くから。あのね、若いならなんとかなるけどこの年頃で被災したら辛いよ。若いならどなたかのために手助けに行きたいけど身内しか出来ない。もうこちらも体力的に。若い方々にボランティアお任せする。でも身内のためなら頑張れるよ」と言う。つくづく身に染み入る言葉であり、またそれはそうだとしみじみ思った。
 
 


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2016.06.13

熊本地震(1)

Cimg0018_
 いつものようにテレビで「うわさのケンミンショー」という番組を夫と観ていた。果物やお菓子と焙じ茶を並べて。画面ではきつねうどんがテーマになっていた。京都のきつねうどんは上品だし大阪のきつねうどんは母の味というような感じでどちらもいいね、きつねうどんも食べたくなったねと私が言ったところで事態は起きた。
 
 尋常ではない事態だということは即座に感じられた。大きな書物などがボンボン落ちてきた。それは進撃の巨人が我が家の屋根を握りしめて激しく揺さぶっているのではという地震で、ガシガシガガガ!!と何かわからない音が響いた。
 私は声も出なかったが様子を見つめていた。天井が崩れ落ちる気配がないため、私たちはじっと固まってひとまず治まるのを待った。幸い大きな書物が夫にも当たることはなかった。昔観た映画「俺たちに明日はない」のラストで大銃撃に移る瞬間にヒロインが固まって何かを察知したあの感じが続いた。どのくらいかわからない。とにかく二人して一人で寝ている義母の部屋へ急いだ。義母の部屋も荒れていたが幸い義母も怪我ひとつなく安心した。そして台所を通り、ケーキ皿が2枚食器棚から飛び出して割れているのを発見。危ないので直ぐに片付け、すべての扉にガムテープで留めをした。この行為は後々ためになった。
 身内を中心に携帯で連絡。直ぐの内なのでほとんど繋がった。そうしている時にニュースで大地震であることを知った。納得した。

 写真は玄関下駄箱の上にいつもあるシーサー一対だ。倒れて無事だったが、まだ寝せている。二ヶ月経った今でも気象庁が警戒を呼びかけている。この二日後にさらなる地震が起こったからだ。未曾有の事態のため収束不能と相変わらず言われている。現在では余震は本当に少なくなったが、余震が絶えない少し前まではほとんどの人が絶えず揺らされている感覚の地震酔いであるということだった。

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2016.06.12

こんにちは、またよろしく!

Imgp3860_ 久しぶりにブログ復活。実は三ヶ月という長い休みになるとは思ってもいなかった。そしてその間に「もういいや・・・」と思うことしばしばであった。単に三代目デジカメの選出までの軽い休みのはずだった。近くの家電量販店でカタログをたくさんいただいてきて、お見合い写真と履歴書よろしく横着な一次予選、二次予選などしていた。そしてそういうこともどうでもよいと思うこともあり伸び伸びになっていた。

 何から書いて何を書いたらよいのかわからない。
ただ、わずかな人数ではあるがブログ復活を楽しみにしていますと言ってくださる方があって、心が奮い立った。お上手であったと思ってもそれがビタミン剤であったことは間違いない。

 シニアの日々は勢いよく時が流れ、一日も季節もアッと言う間。自分の生活や心の記録記事がどなたかの何かのお役に立てるとも思わないけど、やはり戻ってきた。
 三代目デジカメは私が手にするのだから一般的なバカチョンカメラではあるけど、なかなか最新式。さすが三代目、ランニングマンっぽいカッコよさ。まだ撮ってパソに取り込むことしか出来ないし、少しずつ広げてゆこうとは思っている。
 
 梅雨になった。今日などは一日雨降りだ。しかし蒸すことなくサラッとした雨降りで心地よい。書きながらサザンの昔のヒット曲をずっと聴いている。雨音と一緒に。次から少しだけこの三ヶ月の休みについて書いていこう。


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