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2016.02.21

竹熊手を買った

 Imgp4207_ 竹熊手を買った。熊手の丈の短いものは我が家にも竹製、金属製とあるのだがやはり丈の高いものがほしかった。しかし最近では荒物屋さんなどが無く、ホームセンターはすべて遠く、ネットでショッピングしようとすると400円弱くらいの価格だけど送料が2~3倍かかる。まあいいかとずっと諦めていた。夫も私も体の事情によりドクターストップで車の運転を止められ二人とも免許をそのまま流している。夫婦揃ってそうなったケースはあまり多くないだろう。街中に住んでいるので自家用車が無いと困ることはあまり無い。お墓参りだけが残念なところだ。今回もなんとかなりそうに思っていた。
 自転車に乗っていいよと言われての自転車生活で2年半。たいていのものは自転車に積んで運べた。家電量販店からファンヒーターも自転車に積んで帰った。しかし竹熊手には会えなかった。そうしたある日、ディスカウントショップの隅に竹熊手を見つけた。どうしようかと思い、もういいか・・と行っても見ないことにしていた。そんな私が今朝目が覚めて「そうだ、竹熊手買いに行こう!」と思いたった。そして開店目指して9時前に向かった。
 
 いろんなロープ、紐を持参して行った私だった。しかし竹熊手を買ったはいいけど二か所結んでしっかりさせると私が乗れなかったり、ペダルこげなかったり、ハンドル持てなかったりのありさま。イメージ通りにはいかなかった。最終的に、私は片手に持っての片手走行で帰ってきた。いくらかゆっくり慎重にしたが怪しいばかりにパトカーを気にしてキョロキョロした。なのに気分は関羽のような武将になっていた。本当は竹熊手持ったオバサンだと十分わかっていたけど。
 今日は市内で大きなマラソン大会が開催されているのもあったかどうか、とにかくパトカーと遭遇することなく、そして無事に帰宅した。
 明日からバンバン落ち葉かきできる。とにかくウメの木に立てかけて記念撮影。よし、遂に買ったわ、竹熊手!


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2016.02.18

青空

Imgp4203_ 今日はよく晴れた。朝に干した洗濯物が昼過ぎにはきれいに乾いて取り込んだ。冬場はカラッと乾くことがほとんど無いのでタオルの縁など二重になっているところや衣服の袖下などを取り込んだ後でファンヒーターの熱で乾かしてばかりだ。今日は珍しい。こんな日もあるんだなあ。明日はまた天気は下り坂という予報だ。
 
 よく晴れたのでまだそんなに見事に咲き揃っていないが再度白梅を撮った。青空に映えて生き生きとしている。とにかくウメの古木が大丈夫そうなので安心した。こんな日にまたメジロがたくさんやって来ないかなと思う。
 
 雨の日が嫌いではない。曇りの日はあまり好きではないが、やはり晴れの日は好きだ。心が軽くなる。空の青さを仰ぎながら、雲の様子を楽しみながらウキウキとなる。「私の青空」という歌は私にとってはそういった感じだ。つまらないこと、悲しいことがあっても、なんとか治まる。
 自転車走行していても停まっては空を見る。時々、何も無い青空を飛行機が行く。その時は旅心誘われる。
 
 自転車で驚いたニュースが先ほどテレビで流れていた。年明けから車に当たり屋が多く、その手口が手にしていた携帯電話が壊れた、弁償してほしいと迫るものだ。今日の話では目撃者なる共犯も現れて迫るらしい。それが自転車の人にも起こっているらしい。この犯罪は全国的だという。まあー気をつけなければ。私はどんな小さな角でも直ぐに停まれる状態で行くけど、そんなの悪い人には関係なくぶつかって来るんだよね。毅然とした態度で、直ぐに警察に電話しよっ!
 青空の下でもリスクは常にいつでもどこにでもある。しかし青空は天。すべて見られているんだよ。


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2016.02.16

ウメの花が咲き続ける

Imgp4195_ そうこうしている間に白梅はどんどん咲き続けている。よかった、先の台風で幹に大きな被害を受けたもののしっかりと生きている。相変わらず陽気よくなったかと思えば真冬の気候となり数日くらいで行ったり来たりの感じだ。今日は空も暗く、曇っている。寒い。空が青いと受ける感じが大きく変わるけど、今日の見た目は幽玄。しかしこういうのも絵画や和服の中に多々ある。
 
 少し前に俳優の高良健吾さんが夢に現れた。街角で「じゃあね」と言って別れて私は真っ直ぐに歩いていたけど何回か振り返った。そして、そのたびに彼は私に笑顔で手を振っていた。恥ずかしいから早く曲がり角来ないかなあ、とにかく曲がるけどとか思っているのに、やはりまた振り返る。そしたら、変わらずに彼はそこにいてにこやかに手を振っている。わー恥ずかしいと思う一方で「なんか、嬉しいな」とも思う気持ちがある。だからそのたびに私も大きく手を振る。その前後は不明。起きたらそこだけ覚えていた。「夢か・・」高良健吾さんを特に私は好みやタイプではないけれど、夢の中では案外嬉しかったし、もしかしたら恋していたかもしれない。それも不明。先日、思い出して夫に話したら息子のことが潜在的にあるからだろうと言った。はー・・・そういえば我が息子はずーっと手を振って見送るなあ。そうかもしれない。そして夢の中ではあった恋心もフワーッと消えてしまった。
 第一、息子よりも若い俳優さん。後々、可笑しくなって一人苦笑い。
 
 ウメの古木仰ぎながら、「そーよねー、こういったシニアなんだからねー」と納得。しかし、古木に咲くウメの花は昔も今も変わらずに清らかだ。そうそう、大事なのはこれよねーとなんとか自分を励まし、氷のように冷たい風に追われながらスコスコと家の中に入った。


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2016.02.11

ウメの花が一輪

Imgp4190__2 寒気が訪れたり去ったりで冬らしい日やすっかり春の陽気だったりの日中が交互に続いている。なかなか体調を整えるのが大変なようで風邪引いている人が多いらしいしインフルエンザも蔓延しているという。幸い家族も私も風邪ひとつ引かずに元気でいる。困ったことにパクパクが止まらない。昨日もお昼にお餅のグラタンを簡易に作ったところ美味しくて、なのに夕飯は寄せ鍋してご飯入れてバンバン雑炊でパクパク。一番止まらないのが夜にDVDや録画したテレビ観る時。ヨーグルト、果物、飲み物、チョコレートやクラッカー、その他のお菓子もズラーッと並べてパクパク。春が来て薄着となっていくのが怖いーなどと思いながらもどうにも止まらない日々の習慣。あな恐ろしやー。
 DVDは遂に「THE KILLING」のシーズン3まで観てしまって、次は未だ出来ていない!そこで夫といろいろ探し、アクションやサスペンスではないけれど面白そうなシリーズものを見つけて観始めた。ほどほどに面白い。話がポンポンッと歯切れよく進むことはないけど、不思議なことにその方がパクパクが激しくなくいくらか抑えられそうだ。バイオレンスであれ、話がポンポンッと進むのはその勢いでパパッと手が伸びるのかしらね。
 
 ウメの花は白梅だ。本当に一輪、楽しく咲いている。古木の先端でずい分高い所なのでズーム最大にして撮ってこの写真だった。昨年の台風被害で半分は死んだような幹なのにちゃんと生きていると思った。その他の蕾もしっかりとふくらんできている。隣にある紅梅もそうだ。
 まだまだ冬戻りしながら少しずつ本格的な春へと向かって行く。ウメの木の下で小さな一輪のウメの花を見上げながら「それでも春が来ている」と感じた。風は冷たかったが、遠い一輪の花は確実に微笑んでいた。


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2016.02.08

クリスマスローズがたくさん

 Imgp4189_ 玄関先のクリスマスローズが日々たくさん咲いている。あの雪の日にもそしてうんと冷え込む霜の日にも咲いていた。雪の日にはまったくすべてが覆われていてそうっと雪を退けたら数輪ではあるがしっかり咲いていた。どの花も咲き切った後の花がらを摘むし、葉も枯れたり傷んだりすると摘むからずっと同じようにして咲いていたように感じられる。雪、霜害は可哀想な痛々しさがあった。ここ数日は朝は冷え込むものの日中は日差しも暖かく感じられる。それでも日中の最高気温は10℃以下だ。風は冷たい。しかし最も辛い時期は過ぎたように思う。浅い春の良さは幸せの予感のようだ。
 クリスマスローズはその性質からうつむいて咲く。地に這うようにしてのぞき込まなければどういう顔、表情をしているのかわからない。花の少ない冬場に我が家の玄関先を彩ってくれていて嬉しくなる。葉や茎がしっかりしているから、うつむいて咲いていてもそんなに見るも辛い思いをしたことはなかった。でもそういう性質の花とは言え「あなたは辛抱強いね。」と手入れしながら声かけせずにはいられない。先に書いた記事のオトメツバキは雪に耐えていたがそれ過ぎてある日、凍え死ぬように色あせしてワサッと地に落ちた。それを見た時はショックだった。それぞれにそういう性質の花なのだからそう受け止めているはずなのに心痛んだ。傷んだ葉などをその都度摘んできたクリスマスローズは葉茎もその性質もたくましく、そういうショックを受けることが無い。
 
 クリスマスローズがたくさん咲いている。ただの一株、一尺四方だからたくさんと言っても見事な光景とはいかないが玄関先に白い花の勢いがあるのは楽しい。次々に咲くので見えた方が希望されたら摘んでお持たせしたいと思っている。押しつけは気がひけるから、「あらいいですねえ」とかお上手言ってくださったらすかさず「摘んでお包みしましょうか」と言って。


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2016.02.03

恵方巻

 Imgp4187_ あらら、気付けば一月が行き、もう二月。朝からチャリで恵方巻を買いに行った。なんとなく知ってはいたがシカトしていた恵方巻に目覚めたのは4年前。それもやはりなんとなく近くのコンビニで予約して買い食べてみたのが最初。案外美味しかった。それから毎年予約して同じものを買っている。今年もこの恵方巻。太巻きと言っても小さく短く、食べやすい。3本入りなので、義母と夫、私の三人でちょうど良い夕飯。あとはサラダくらいだから私も楽な節分ご飯。ヤッター!
 恵方巻のおかげで幸運がやってきているかどうか判らないが不幸はなさそうなので、それが幸運かも。世の中、ニュースはスポーツ以外は辛くわびしく、先に希望も持ちにくい事件等で溢れている。いくらか不具合ある体にせよなんとか低め安定でやっているし、平凡に暮らせていることのありがたさに感謝する。
 恵方巻はずい分以前に大阪の方の伝統のように聞いたが丸かぶり寿司という名前であったように覚えている。ニュースでも見ていた。まあ八百万の神様を良しとする心広い日本人と商魂たくましい戦略に乗ったものだけど、縁起ものならば乗っていいかとフラッと思った。本当になんとなくが習慣になった。巻き寿司を自分で作ると大きな出費になりまた時間がかかる。よかったと思っている。
 
 今日は節分なのだ。節分は季節の分かれ目でありそれぞれの季節の間にあるのだけど立春が新年の始まりにも当たり他の節分より大事にされ、その内に節分と言うと立春の前日を指すようになった。今日と言う日に嫌なものを閉め出してめでたく春に入って行くのだ。酷い事態もあるし人の心の中の鬼もいる。人は何らかの節目に整理をして新しい季節へと踏み出すのだ。人生が思うようにいかないことを人はよく知っている。しかしそれだからこそ祈らずにはいられない庶民であり、また新しい日々に希望を持って向かいたいのだ。
 私はおめでたくも商戦に乗っかり、今年は南南東を向いてパクパクと食べる。自分や家族が元気で仲良くありますようにと願いながら。もし心に鬼がいるのであれば出て行けとも思いながら。そしてそれは世の中すべてに向けてでもある。


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