« 2014年4月 | トップページ | 2014年6月 »

2014.05.24

主婦休み

 Imgp3347__2 一昨日ポストに入っていたリビング新聞だ。主婦休みをしようという特集。なるほどね。主婦のような総合職は自分で休みを宣言しなければ区切りがあってないようなものだからね。でも今どきの若い方は上手だと思うけどなかなか昔若かった私などは言いづらい。先日、あまりにもストレスが溜まって、一人で街に出ることにした。大体の昼食を家族に置いて「私は街をブラッとして何か食べて帰るから。神様が安息日にしなさいと言われたから。」とわけもわからないことを言い捨てて出かけた。宗教など関係ないのだけどこういう時には神様が出てくる。
 心ゆくまでウインドーショッピングをして、喫茶店でランチを食べて、本屋さんを眺めて、お菓子を買って帰ってきた。帰ったらまた同じ日々の現実が待っていたがサバサバとできた。息抜きが下手な昔乙女なんだわーと思いながら夕方をバタついた。
 
 大義が無ければバツ悪いのはそうではないよと少しずつ言い聞かせようと思う。不器用な主婦は体力がある内はいいけれどだんだん加齢にしたがって体だけでなく心まで追いつめていくから。でも、よくわからないなあ。やはり自分としては画期的な「神様のお告げ」でしばらくは行こう。それでいいか。
 
 なんでもできるなあ、主婦休みの日だって。5月25日。明日だ。ああ、残念。明日はずっと続けている単発の派遣仕事の日。くーっ!まっ、神様のお告げはそういう日でなくてもいいのだから、きまぐれ風まかせよ。シュフ、笑顔でやってゆくためにも賢くアメ使いましょ。神様、よろしくお願いしますー!


| | コメント (3)

2014.05.21

車窓から

Imgp3332_


 幼なじみに会うために大分へ行ってきた。大分駅に近くなると、列車からもバスからも必ず見える風景がある。大分川を渡る時に右手に見える舞鶴橋だ。やや遠目だがはっきりと見える。昔から今に至るまで本当に好きな眺めだ。「ああ、大分に来たよ!」という感じがこみ上げてくる。
 父の仕事で大分に住んだのは私が小学校5年生から中学校1年生までのわずか3年間であったが、本人的には自我を十分に出せた元気で楽しい日々だった。私は調子乗りだし生意気だったが担任の先生も周囲の友人たちも面白がってくれた。避けられることはなかった。大分の人たちは強い個性があるわけではなく、さらっとした見かけとメンタルであったように思う。土地の気候風土がそこに住む人たちの気性をつくる。大分はさらっとしていてほのぼのしているように思う。南こうせつさんがやはり代表かも。会いに行った友人も情が深く、私に振り回されることもあったのに少しも変わらずに接してくれている。感謝感謝。
 
 好きだった担任の先生が記憶というものから迷子になり、おめでたい世界におられるということは残念だ。決してそんな日はあの先生にはやって来るとは思えなかった。もうお判りにならないというし、ご家族の心境思えばお訪ねするのはできない。
 
 特急バスの車窓から見た、懐かしい舞鶴橋。大分川の土手。よく遊び、散歩もしたあの土手は周囲の変化はあるものの昔のままに手招きしているような感じがした。今回、写真に残せてよかった。本当によかった。あれは私の心が出発した風景だ。何処へ?大人に向かって。心の風景そのものだ。この写真見るたびに原点に返った気がすることだろう。凡人だからすぐに忘れる。また直ぐに横着になる。しかし生意気ながらも「こんな大人になるんだー」と思って土手の風に吹かれていた私がここに見える。ハッとする。土手をゆく風の中にあの頃の母の姿も浮かぶ。皆、笑っている。土手の風の中で。思い出の中で。

| | コメント (2)

2014.05.17

バーベナ

 Imgp3331_ Imgp3330_Imgp3329_
 少し前にバーベナの花苗を自転車飛ばして買いに行った。とても安くて丈夫で可愛いバーベナが好きだ。宿根なのでできればカーペット状態にしたいくらいだ。特にバーベナの赤には心ときめく。あの、赤がいい。そして、少しずつ咲いたところでまたヤツにやられた。そう、ナメクジさんたち。しかもその現場を私は偶然見てしまった。開いたばかりの花をイジイジと食べているのだ。すごい団体さんたちが。私は珍しく頭にきてしまい、たぶん頭からは湯気出ていたのではないだろうか。すぐさま家に入ると以前ワタやアサガオの双葉が噛み切られた時にそうなって買いに行き報復したナメクジ駆除剤を持ってきてバラバラと多めにまいた。
 翌日、小さなナメクジ集団の亡骸を見たのは気持ちよいものではなかったが「・・・ごめん!」と言った。そしてようやく情報が回ったのか姿を見なくなって、ちらほらとバーベナが咲き始めた。白が一番勢いよく、赤白が続き、赤はまだまだこれからだ。
 
 花言葉を見ると家族愛とかそういう類のものだった。玄関先になかなか好適な感じだ。毎朝玄関から出て様子を見るのが楽しみになった。有名な花、格式ある花、そういうものではないカジュアルな庶民的な花。ニチニチソウのように毎日咲いてにこやかにしているような感じがする。そして見る人を微笑ませる力がある。少なくとも、私にはそうだ。

| | コメント (0)

2014.05.09

亀の子たわし

Imgp3328_


 急に夏日近くになった。日差しも強く、まな板やたわしも陽の下に干せるのは素晴らしいことだ。何分、まだ花粉や大気汚染の心配もあるから取り込んでからはしっかりと水洗いする。
 
 亀の子たわしを最近ではあまり使わなくなっているとか聞いた。台所に一つあると便利なのにと思う。物干し台にピンチで留められている亀の子たわしは可愛い。本当に亀の子のようだ。昨日ネットで読んだが亀の子たわしは日本三大発明の一つだという。ナショナルの二股ソケット、ブリジストンのゴム足袋、そして西尾商店の亀の子たわしがその三つだという。しかし時代の流れで亀の子たわし以外は現在あまり使われていないそうだ。確かに、見ない。なのに亀の子たわしはすごい。きっと若い世代は見た目も美しいブラシを使っているんだろう。しかし私のように昔の人(!?)や調理場などではプロも土野菜やザル、鍋などをゴシゴシ洗いするのにかかせない。ちゃんと除菌洗剤で洗って、こうして陽干しできる時にはしているから清潔だ。
 
 元々、創始者は針金にシュロを巻きつけた靴の泥よけマットを考案、発売した。ところがあまり売れずに、奥様が返品されてきたその製品を切り取って巻き、掃除に使っておられたことにヒントを得たらしい。名前の由来は、まず形も似ていたこと。それから亀も水に縁があること。さらには「亀は万年」といい縁起がいいこと。それらで亀が決定、可愛くするのに「亀の子」としたそうだ。なーるほど。百年にわたり生き延び、日本の台所仕事の大事な働きを続けている。いよいよくたびれてきたら場所を変えて磨き仕事をそれこそ身が擦り切れるまで頑張ってくれる。本当に感心する。ありがとう、亀の子たわし。シンプルでナチュラルな永遠の日本の働き者

| | コメント (2)

2014.05.03

雪うさぎ

Imgp3326_Imgp3327__2

 博多土産に「雪うさぎ」をリクエストしたら、ちゃんと家族が買ってきてくれた。量は少ないけれど以前の箱より時代に合ったメルヘンチックなものになっている。ありがとう、ありがとう。そしてそれはあっと言う間になくなってしまうよ。でもそれで幸せ。
  実は、私は独身時代にこの雪うさぎの箱(中身は入っている。買ってきてもらった時に)を持って歓喜の歌を歌って踊っていた。「あーりがとー、ありがとう♪ わったしは好きよー雪うさぎー♪」とここまでは覚えている。大体そのくらいの歌だった。もちろん商品のコマーシャルに使われているようなものでもなく、ただのしょーもないオリジナル即興ソングだ。本当に嬉しくて「待っていたよー!」と受け取ってすぐに舞っていた。
  夫が驚いたのは、何回もその話をしたことはあったが私が子どもの時だと思っていたというのだ。違う、違う、結婚する前の7、8年だからねと言うとザーッと引いていた。(・・・何か・・・!?)
  
  私の母が過酷な自宅での闘病の末に天国に召され、残された父はその家にいることができずに福岡の会社の引き合いに乗って単身赴任していた。父は週末に帰宅する時、いろいろなお菓子をその度に二人の娘のために買って帰ってきた。そして私があまりに喜ぶため必ず私には雪うさぎを、ということになっていた。横で姉がやはりザーッと引きながら笑っていても、「でも、そんなの関係ねぇ~」とばかりに私は毎回大喜び、歓喜の舞だった。あまりの他愛なさに父の気持ちはもしかしたらいくらか和んだかもしれない。
  
  よくあると言えばよくあるマシュマロのお菓子であり、特別に珍しいものでもない。私自身がなぜあれ程に狂喜乱舞してたのかと、今となっては少し笑える。ただ、いいお年頃のお嬢さんが無邪気になれる楽しいお菓子だったのかもしれない。ネーミングが気に入っていたのかもしれない。自分のことなのに今ではよく分からない。しかし食べると懐かしかった。もう箱を抱えて踊ったりしないけど、その自分がそこに見えるような気がした。いろいろあっても、昔も今も幸せなんだと思う。口の中で溶けるマシュマロのように「ああ、消えないで。今、この時。」と思える瞬間こそ人は幸せなのだと、私は胸熱くなった。


| | コメント (2)

« 2014年4月 | トップページ | 2014年6月 »