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2013.03.31

落ち着いて暮らしたい

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 一月は行く、二月は逃げる、三月は去る。アッと言う間に年が明けてからその年の四分の一が過ぎる。普段は早い、早いともそう思わないがこの時期が一番思う。いつもここで慌ててしまっていたが、いえいえ今年からはもっと落ち着いて暮らしたい。なかなか生活が落ち着いていないのだけど、それでも心落ち着けて暮らしていきたい。

 我が家は今時はいつも庭のほとんどにスプリングスターフラワーが咲き誇っている。どんどん増え続け、庭の地面のほとんどに及んできた。ドーッとミルキーウェイといった感じだ。白い花だが中に青味がかったものがある。夕暮れ時に見ると本当に幻想的でファンタジー。見惚れてしまう。
 今日は掃き掃除していてふとじーっと近寄って見た。写真のように星のような花がバーンと迫ってきて圧巻だ。そして不思議に落ち着く。何か、「大丈夫、大丈夫」と言って励ましてくれているようだ。「まあ、ありがとう」と言いたくなる。

 明日から四月。本当に落ち着いて暮らしたい。調子乗りだからホイホイしているけど、そのわりには神経質だったりして不安なニュースばかりにめげたりしていて、双子座だからかもねぇ。でも「大丈夫、大丈夫!」

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2013.03.23

満開のサクラ

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 朝、家族にはうどんの簡単な昼食を準備してから家を出て近くの公園に行った。ここは名前が「サクラ公園」でサクラの木に四方を囲まれた小さな公園だ。ここでの一人花見を始めて久しい。ラッキーなことに昨夜が雨だった。何がラッキーって、写真撮ろうと決めて出たからだ。花が見ごろになると昼も夜も近所の方々、職場の方々の花見で賑う。それは見ていても楽しいものだ。ママ友が小さな子ども連れで楽しかったり、昼からしっかりお酒で陽気になっているリタイヤ組と思われるおじさんたち、制服の人もいる職場の団体など。ただ、前夜や早朝からのブルーシートでの場所取りがあるので写真を朝から撮ろうと思って行くと仰いだアングルしか撮ることができない。だから前夜が雨だったことはラッキーだった。

 写真で見るとたいしたことないサクラの木がある小さな公園だが、なんとなく落ち着くので私は好きだ。今年は全国的にサクラ前線が早く駆け上がって行って、例年より一週間から十日早いサクラらしい。ここでもそうだ。しかし、楽しいことが早くやってきたのは嬉しい。毎年同じようなことだが、私はクルクル回って、「サウンド オブ ミュージック」状態。見上げているサクラがクルクル回り、空や太陽が混じり、すっかりご機嫌になる。まっ、後で首は痛むしクラクラするのでしゃがむことになってしまうのだけど。今年は最初から最後までたぶん誰にも目撃されなかったと思う。ますますラッキー!やった!今年は幸運だね。年々、傍目にはタラーッとされること分かっているから。

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2013.03.20

アンズの幹の鍋敷き

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 先日記事にしたアンズの木。台風で二股に分かれていた片側がバリバリとそぎ落とされたのを私が加工して鍋敷きをたくさん作ったが、我が家に残るその一個が写真のものだ。ひび割れは最初からある程度あったが日が経つ内に大きくなった。底にはビール瓶の王冠をセメダインで貼った。足を付けなければ両面使える鍋敷きだとも思えるが片手で持てることやいくらか汚れが軽減というくらいの利点がある。その時は足を付けようと思ってやったことだ。ずい分使ったので油分などの汚れもあって取れにくい部分もある。まだまだ現役だが、鍋敷きとして作られた商品を縁あっていただくことがあり、日ごろは棚上で休んでもらっている。何個も鍋敷きが必要となると「お仕事でーす」と言って誘いに行く。

 この鍋敷きを見る度にあの「りんご台風」とも言われて日本を縦断して荒らし回り、青森では収穫前のりんごのほとんどを落として回った台風19号を思い出す。食器洗い機の中にいるような信じられない風雨、人様の家のいろんなものが空を飛んで行っている光景。その果ての朝にわが子と一緒に我が家の郵便受けを探して回り、隣の町内の隅で発見した。庭もさんざんだったが、このアンズの木の惨事には唖然となった。しかしすぐに立ち直り友人から電動工具セットを借りた。その一連の流れを映画のように今でも思い出す。
 私は忘れないために、惨事を忘れないために、備えなければいけないことを忘れないために、アンズの魂を残そうとした。

 あの酷かった台風よりも胸裂けそうな惨事となったはずの東日本震災、津波、原発被害。象徴である一本松を残そうとするニュース性の大きな事柄も多々あると思うが、私のように何か栞のように心に挟んでいる方々、何かを残しておこうと決めた方々は多いと思う。記録という以上に、何かの魂が生き残るように私には思われる。

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2013.03.15

手作りマスク

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 出来た。手作りマスクが出来た。ピンク地に小花模様のダブルガーゼ生地に普通のガーゼ地を挟んで6枚ガーゼという厚みだ。写真、上の方のプリーツ状のものは昨年からまる一年使用してきたもので何度も洗濯したので少々くたびれているが柔らかくて気に入っていた。ただ、鼻が苦しくなるのが欠点だった。今回、これを改良してできたのが下に並べている方のマスクだ。これは市販のマスクから型紙起こして作った。鼻も口も楽々で隙間もほとんどできず「やった!」と思っている。肺に疾患があり、花粉もさらにはPM2.5もあってマスク無しでは特に外には出られない。でもやはり白いのはつまらなかった。

 ルンルンと有頂天のマスク握りしめた私を、傍で夫はタラつきながら眺めていた。そして私の気持ちはエスカレートしてゆき、ついには電球がパッと点いたかのように口走った。「用意しようとは思っていたけど防災頭巾も私は花柄がいいな。売ってないなら自分で作ろ。逃げてても私、分かりやすいよ。それに逃げてて、人が花柄かぶっていたら絶対に振り返ってでも私は見ちゃうもんね。」この言葉には夫ははっきりと引いた。そしてその場から立ち去った。あら、何か・・・いけなかったかしら?

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2013.03.12

アンズ満開

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 表を掃いているとよく声をかけられる。「お宅のサクラ、きれいですねえ。」この頃はこの言葉が多い。「ありがとうございます。これ、アンズなんですよ。」「へえ、アンズですか、似てますね。」「遠目には本当によく似てます。同じバラ科の花ですからね。でも木肌がサクラとは違うし花もよくよく見るとウメとサクラの中間といった感じの花なんですよね。」「へえー・・・」とこういった会話になる。

 私もこの家にやって来るまではアンズの木を知らなかった。花生けでもアンズと出会ったこともなかったし自分や人の家でアンズの木は無かった。かろうじて花の旅とかの雑誌などで信州のアンズの木を見た覚えはある。だからこの木との出会いは新鮮で嬉しかった。平成3年に日本列島を荒らし回った台風19号の時にアンズの木の大きく二股に分かれていた片側がそぎ落とされた。我が家の庭側に大きく出ていた方だった。私は心に大きなショックを受けながらも友人から電動工具セットを借りてきた。直径25cmばかりの幹を4、5cmくらい長さでカットできるだけ全部カットした。それを細かい目の紙ヤスリで磨いてからニスを塗り、鍋敷きを作った。もらってくれる人に分けてから、もちろん我が家でも使った。まだ我が家にはある。そんなこんなで残った我が家の外側へ出っ張った生き残りの片側が元気に過ごしてくれている。あの台風のあと数年してウメと一緒にシロアリ被害が見つかって駆除してもらった。それから強い駆除剤のためアンズの実は食べられなくなった。そしてすっかり鑑賞用となった。外は道路なので落ちる実は早めに拾って捨てている。

 私はホウキ持ったまま、時々ずっとアンズの木を見上げている。あとで首が痛くなっていることもある。剪定の時にうんと短く刈り込んでもらっているので、いつか書いたがパンチパーマのオバサンみたいになって見えるが、それだけに元気そうだ。

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2013.03.07

サンシュユ満開

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 街に出てドラッグストアへ行きマスクを買おうとしたらほとんどが売り切れ。2、3店舗回って同じだった。このところのPM2.5報道で日ごろマスクをしない子どもたちや若者がマスク使用となり買いだめもあって品切ればかりだとか。残っている商品はなにかパッとしないので昨年からの手作りマスクの方がいいかと思い買うのを断念した。N95マスクという極めて本格的、高価なマスクでさえも飛ぶように売れているという。いえいえ、しばらくは自作品で我慢。しかしプリーツマスクは埃よけ程度かもしれないのでもう少し密着性あるマスクを作ろうと思う。しかもそれは急務。

 どこの国から何が飛来してきて迷惑とか言っている場合ではない。どこの島がうちのものだと言い争っている場合でもない。地球の存続かけて地球人すべてが民族の垣根を超えて知恵を出し力集めてこれからを乗り越えていかなければ。その小さな一歩からがんばろう。水や空気を汚さない。ゴミもダイエット、塵は拾う。家の内外、掃き掃除。

 我が家の庭のサンシュユの木は黄色でポコポコした花がびっしりと満開だ。民謡ひえつき節に唄われているサンシュユはこういった街中よりもおっとりした山間部に咲いた方が美しく見えるかもしれないとふと思った。それにしても元気づけてくれる黄色い花だ。どこにどうあっても自然は逞しく美しい。人目など関係なく。

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