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2013.01.26

スイセンを二本(2)

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 スイセン二本を藁つとを花器にして生けた。藁つとの巻き紐はゆらりと外れた感じで下げている。結んでいてもよいのだが、わずかでも奥行きとゆったり感が欲しくて開けた。さらにつとに入れているオトシは透明ガラスの試験管だが開いた部分から光って舞台裏が見えるリスクがある。外した紐はそれを自然に隠し、またその線の動きがアクセントにもなっている。

 花部分に寄ってみると、花茎に沿って回る細い葉はあたかも手袋をした貴婦人のようだ。花、蕾にもっと表情を出したかったが私の力不足だった。

 藁つとは素朴な日常雑貨であり、スイセンも土の香りがする花だ。民芸的なイメージで、古民家の壁などにあったら雰囲気があるがただ古いだけの我が家では生かせそうなステージが見つからなかった。なんとか土壁に掛けた。普通の掛け花は下げるのだが、今回は藁つとの内部から押しピンで留めている。全体的に軽いからできることだ。

 さらに我が家の玄関先の白壁辺りに同様にして留めてみた。写真は花自体が小さくなってしまったが、白黒コントラストに和風が在って和風モダンな料理屋さんの入り口のようにも思われる。決して民芸的にと決めてしまうことはない。失敗しながらもあらゆるステージとの調和を試みてみるのは大切だと思う。

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2013.01.25

スイセンを二本(1)

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 寒い朝が続いているが、そんな中スイセンはしっかりと咲き出した。生けるには2、3本だと思いよくよく眺めて3本摘んだ。少し咲いた分とまったくの蕾の分の2本でよいのだが残った1本は一輪挿しにでもというところだ。ニホンスイセンであるから二本というわけではなく、一輪挿しでは花器とのバランスもあるし蕾を持ってくることで時間的な厚みもできる。
 スイセンの葉は花茎を中心に時計回りに回っている。そしてその根元は一重か二重のハカマを付けている。袴をはいている具合だ。今回はこの生態のまま生ける。産葉(うぶは)のままという言い方をする。
 庭に咲くスイセンを見る度に何十年も前の生け花教室で教わったことを思い出す。年明けるとスイセンの葉が伸びて花より高くなるというものだ。一種生けばかりではないので他の花との関係で丈を詰めることも多く、ハカマを破らないようにそうっと抜いて丈を詰めてからまたハカマはかせる根気が要る作業をよくした。

 外国種のスイセンは花が大きく、香りもしっかりしているものもある。ナルシスはこういうスイセンになったのだねと思ったりした。日本古来のスイセンは実に楚々としている。辛かろう時期にすっと咲いている。風に揺れて房咲きの小花が愛らしい。

 藁つとの中にはオトシが要る。水が入ればコップでも竹筒でも何でも構わないのだがいかにもゴボッとふくらんでも格好悪い。二本分の生け口があればまずよいわけで、私は丈の短い試験管を入れた。これは既製品花器の一部だ。ちょうど二本生けて少し余裕あるくらいの生け口になった。太い花材が入るので水は半分以下しか入れられない。水差しでそうっと水を入れた。そしてスイセンを手にした。生け上がりは(2)にアップする。

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2013.01.21

納豆が入っていた藁つと

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 藁(わら)つとに入った納豆をいただいた。もちろんその方が作った藁つと納豆だ。稲藁を束ねて、中に煮た大豆を包み藁納豆菌で発酵させた納豆は、大豆の味が濃くしっかりしている。家族で1回分ほどではあったが、それだけに美味しくいただいた。
 私が中身以上に関心を持ったのは入れ物である藁つとだった。ざっとしたものならば藁に包んで二つ折りしてくくっているのだが、この藁つとは相当きれいな仕上がりだった。稲藁はそのままで折られてなく、写真では巻いていた藁紐があって分からないが真ん中辺りに模様編み込みのようになっている。これは一度は使いたいと思った。タワシで石鹸をつけてゴシゴシ洗って陽に干して乾かしている。何日もしたらようやくカラッと乾き、しみ込んでいた納豆のにおいもほとんど無くなった。

 あとは今蕾になろうとしている我が家のスイセンが咲いてくれるのを待っている。この藁つとを花器にしてスイセンを生けたいと思っているのだ。生けるといってもほんの一輪二輪挿すだけだけのこと。頭の中ではうまく生けてあるのだが、イメージ通りにはいかないだろうね。でも心こめて生けよう。

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2013.01.16

喫茶店

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 喫茶店が再び人気だそうだ。スタバやマックのコーヒーも美味しいし落ち着ける店舗も見つけている(店の立地条件などで同じチェーンでも大きく違う)けど、これはすごく嬉しいニュースだ。モーニングサービスをしている店もまた出てきているらしい。つまり、ゆっくりできる喫茶店がまた出てきているらしいのだ。スタバやマックも好きだけど「ウォーリーを探せ」状態で直ぐ見つかるシニアなので、特に一人の時はなかなかゆっくりはできなかった。ほどほどで席を発ったものだ。

 団塊の世代の企業戦士がリタイアして、ゆっくりできる喫茶店を求め出してきたのが大きなキッカケのようだ。なるほど、なるほど。軽食もあるしパフェなんかもあるし、喫茶店は待ち合わせだけでなくゆっくりできる場だった。コーヒーが飲めるようになったことに大人のような感じがあって嬉しく、珈琲専門店にも行ったけどちょっとお高くて結局カジュアルな喫茶店に居場所が決まったこともあった。

 自分がシニアの年齢になって、一人であるいは人とお茶飲みに、待ち合わせに使える喫茶店のなかなか無いことは悩みであった。時代で仕方ないことだと言い聞かせてスタバとかに行っていた。時折りは昔からある喫茶店にも行ったりした。ここが消えたら寂しいなあと思ったものだ。それがこれから新しく落ち着ける喫茶店がどんどん出現するとは嬉しい驚きだ。中には先のリタイアした世代の方が始めるお店もあるらしい。
 
 「純喫茶」という言葉はお酒を置かない純粋な喫茶店という意味合いだけらしい。最近調べるまで知らなかった。なんとなく薄暗いムードの喫茶店にその名称が付いていたことが多かったように思っていたからそういう意味だとは思わなかった。その名称はすたれて何やら死語となっているようだが昔から今まで変らずに純喫茶と銘打っている喫茶店を見かける。強い気持ちでやってきたのだろうなあと感心する。

 白銀のように新鮮だったり黄金のように宝物っぽかったり、これから新しい喫茶店の時代になってゆきそうで楽しみだ。
 

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2013.01.12

「19歳の私」

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 アップした写真は何か怖い感じが漂うかもしれないが、なんのことはない、パソコン画面を撮ったものだ。これは私が数年前にお絵描きソフトでサッと描いたもの。タイトルは「19歳の私」。何故かわからないが、昨年のある日、パソコンを消す時に突然現れた。「えっ!?」と思ったがすぐ消えた。そしてそれから毎回消す段階で現れてはすぐ消える。気味悪かったのはしばらくで、自分で描いたのに間違いないのでやがて親しみさえ湧いてきた。今となっては何も思わなくなった。

 もう少し顔はふっくらしていたように思うが、自画自賛とはこのことかな、似ていて懐かしい。親元を離れて東京に住み大学にも慣れ都会にも慣れ、怖いものなしの19歳の希望に満ちている。お金も無く服も無く、ジーンズにTシャツでいつも笑っていた。失恋して泣き、立ち直っては生活のためのバイトに励み、また笑って暮らしていた。夜遅くに帰って、洗面器の中の石鹸箱カタカタ言わせて銭湯に走ったり、一緒に暮らしていた姉と夜中の喫茶店にも行った。深夜のラジオ番組に笑い転げて眠れない日もあった。すべて懐かしい若さだ。
 
 若さが懐かしいと言っても今が寂しいというのではない。あの季節があって少し大人の季節になり、そして新しい季節を迎えてその眺めをも楽しんでいる。時の流れ、すべてが愛おしい。もちろんできないが戻りたいと思っていない。失敗も多いがすべてが自分である。そういう失敗や間違いを基に人間として成長していこうと思う。まだまだ、先はあるよ。大切な時間がたくさん。もっと先で婆さまになった私がほくそ笑む絵を描こうかな。

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2013.01.07

冬に咲くガーベラ

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 このところ寒さが厳しいが、今朝はなんと霜柱がバリバリだった。霜が降りることはよくあるが、この辺りで霜柱とは滅多にないことだ。洗濯物干して、息白くしながら踏んで回って遊んだ。ふと見ると植物は可哀想な状況だった。凍りつくような気温の中、じっとして耐えているのだから。頑張って!と思いながら私は家に入った。
 一日中寒いというわけではなく、特にここ数日は日中はそこそこの気温にはなる。そこの空気は氷水のようであっても陽は暖かい。冬場に強いパンジーの花は朝によろよろしていても後ではシャンとなって咲いている。しかし、寒さに弱いはずのガーベラも哀れに萎れた状態であったが日中には陽を浴びて嬉しそうに咲いていた。葉は霜焼けだが花は復活している。私は気を利かせてダンボール箱でも被せていたらよかったのになあと申しわけなく思ったが、ガーベラは微笑んでいるように感じられた。
 しかし胸痛み、私はダンボール箱を探した。小さめではあるがネット買いしたりんごの箱があった。それを陽が落ちる迄には被せておこう。ほんの気持ちばかりのことだけど少しは気が済む。

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2013.01.01

巳年の新春

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 「あけましておめでとうございます」シンプルで清々しく美しい日本語だ。この平仮名が好きだ。巳年の新春は曇りと言われていたがきれいに晴れ、寒い。しかし今日はひたすら家でのんびり。明日から動く。一年の計を今日するということではないが、明日からは計画的に物事をこなしてゆこうと思う。それも、ゆっくりと。つまり、以前の計画には追い付いていけないからだ。短期決戦には気力はあっても体力が伴わなくなった。一年かけて大掃除でも片付けその他でもやってゆこうと思う。昨年やり残したことの多いこと。でも、一昨年よりはましになったと思うことにした。そして、長期、しかも度々訂正しつつゆっくりとやってゆこうと決めた。ストレスになるのはよくない。

 巳年である。少し蛇は苦手で、年賀状にリアル蛇の絵柄があるとちょっと横向いてしまう。しかし、長くしぶとく、金運だって恵まれたい。だからあんまり苦手だと口に出さないでいよう。ヘビくん、ラッキーを我が家にもよろしく。。。日本もどうなってゆくのかわからないが明るい未来を信じたい。
 
 ささやかな、更新も頻繁ではないシニア主婦のブログにお付き合いくださって感謝、感謝です。また本年も時々のぞいてみてください。あまり得るものはないけど少し笑えるものがあるかも、です。いつもありがとうございます。あっ、最初の言葉っ!
 あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いします。

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