« 2012年9月 | トップページ | 2012年11月 »

2012.10.24

紙幣の話

Imgp2318_


 最近、テレビで興味深いことを知った。その番組ではこれまで108年もの間誰にも知られてなかった日本銀行の地下金庫に潜入、90cm厚さの重厚な金庫扉の向こうの向こうに限りない新品の一万円札の束の山がしっかりと積まれていた。浅ましいオバサンである私はその番組を「へーえ」とばかり言いながらじとーっと観た。諭吉さんに手招きしたいくらいだったが、日ごろ通気口の沢山の穴は、万一の時には放水口となるらしい。つまり盗まれそうならばすべてを水没させてしまうということだ。諭吉さんたちも、盗人も諸共に。そこまで観ると「へーえ」は「ほえーっ!」になっていた。
 それから、ひどく傷んだ紙幣は同行で新しいものと交換して出てゆくという。そしてシュレッダーで裁断。来行の人のお土産にされるとか。この時には「そう」というくらいのもので、私は新聞を読んだりしていた。

 でも、今日だってスーパーのお釣りでもらった千円札はヨレヨレだったし、銀行ATMで出てくるお札は折れ線からちぎれそうなものが多い。だからそういうのを早く他に回したくて使ってしまう。千円、五千円札は1~2年、一万円札は4~5年で新しいものに変っているらしいが、時折り出会うお疲れ様札って多いと思う。私がそういう出会いと縁があるのかな。
 
 写真は最近庭に咲いた赤い一重のガーベラだ。撮り下手で、花首だけ浮いていて合成写真のようになったがアップで撮っただけだ。春にも咲いたが秋にも咲いた。秋らしさはないが、日本銀行地下金庫を観ての「へーーえ!」みたいな気もして載せた。

| | コメント (1)

2012.10.21

秋晴れの日に

Imgp2298_


 秋晴れの行楽日和の日に、洗濯、掃除などして冬支度を始めた。どこか行きたいと思えばそうだが今すべきことを思えば行楽は選ばない。汗かきながらバタバタしていたら、来客。mokoさんだった。

 「使わないから」と言って、先ず私にくれたのは剣山起こしだった。それは最近の商品だろう、きれいなパールの飾りが付いていて剣山起こしの反対側にあるクズ取りは安全ピンのように尖っていた。(以前のものは尖ってない。そして鳴る音が実用も兼ねて、鈴が付いていた。)さらには未使用の剣山と生け花用の針金多数。びっくりしたが有難くいただいた。

 実は数日前からほんの少しずつではあるが亡き師の生け花の本、亡くなられてその生け花生涯をまとめられた分厚い本だがそれを開いていた。亡くなられて6年を過ぎ、ようやくその気になった。懐かしい写真が多く、多くの作品も覚えがあるものだった。そして実際に見たことある作品についてはリアルに目の前に現れてきた。先生のお顔も声も一緒に。
 そんなこの頃だったので驚いたのだが、ためらうことなく「えっ、本当に要らないのなら・・」と口をついて出た。

 体力が年々どころか日々衰退していっているのを感じているが、自分なりに花と向き合うことをしてゆきたい。小さなことでいい。心にかなった花のある生活を続けてゆきたい。そう思いながら、剣山や針金を狭い自分の道具置き場に持っていった。
 本当は複雑な心の中ではある。しかし自分の思いに素直になろうと決めた。空の雲は形を変えつつ動いている。風はスーッとした秋の風だ。私はとりあえず日常の生活に戻り衣替えにかかった。

| | コメント (1)

2012.10.13

あかね雲

Imgp2306_


 たぶん長く飲んでいる肺の薬のせいであろう肝機能数値の上昇を省けば、今年もなんとか何もなく特定健診も無事にパスした。やれやれである。私の体の整備点検は春になってから秋まで多々あるため日にちがかかる。それでももうほとんど済んだ。気がつけば夕暮れのような感じだ。と言っても何やってんのかしらなど思ったことはない。お金がないのに大変だけど、と思いながらもトコトコ向かっている。それは予防医学に徹して元気でいなさいよ、と言いながら闘病の果てに50で亡くなった母の思いに背を押されている。母の分まで長生きして、社会のご迷惑にならず、できれば少しでも何かのお役に立てたらいいな。

 最近、女優の大竹しのぶさんが携帯電話のテレビコマーシャルをしていた。いろいろ機能があって操作が難しそうでしょ、「でもね!」意外と簡単なのよ、という明るいものだった。画面にも大きく「でもね!」と文字が出ていた。あら、好きだわとパッと思った。思うようになりにくい人生、あーだこーだと煩雑なこともいっぱい。そんな時「でもね!」なんて言って笑顔でいられたらすごく嬉しい。それは母親の仕事なのかなと思う。山口百恵さんの歌「秋桜」にもある「苦労はしてもいつか笑い話に時が変えるよ、心配いらない」と母親が笑って嫁ぐ娘に言う姿にも似ている。(「でもね!」)心配いらないからね、という言葉を笑顔で言えるのは母親だと私は強く感じたものだ。

 いろいろあるさ、いろいろあっても、「でもね!」と笑顔でいよう。自分ですべて選んできたことだから。見上げたあかね雲がきれいだった。

| | コメント (0)

2012.10.08

ピーナツ煎餅

Imgp2304_


 親戚からクール便、冷蔵で落花生が沢山送られてきた。自家栽培の落花生、沢山採れたのでということだったがご丁寧に茹でてあった。しかしどちらかと言うと生のままを冷蔵で送っていただけた方が茹でた直ぐをいただくことができた。なにやら、湿気ていて感触も味覚もよくない。家族が殻から出してフライパンで炒ってみたが中は湿気ている。昨日は仕方なくすり鉢ですってピーナツ和えにしようとしたがパッとせず、常備しているバターピーナツまでジョイントしてなんとかなった。
 明けて今日、そうだピーナツ煎餅しようと思い立った。昔はそこそこお菓子も作ったのでこちらはなんとかなった。黒砂糖の粉末が無かったのでそれだけ買い足してピーナツ煎餅は出来た。直径3cmくらいの煎餅たねを平たく押してフライパンに並べて弱火で根気よくフライパン返しで押しながら焼く。ラジオからは懐かしい昭和の歌が流れてきていて、まったく昔々の母、という感じだった。割烹着に手ぬぐいを頭に巻いてとかしておけばよかったかなとか思いながら、流れてくる昭和歌謡に乗ってパンパンとフライパン返しで押して押して焼いた。直径6cmほどの大きさになった。もちろん市販のそれとは大きく違うがそれらしい形や味にはなった。そして食べると美味しい。えーい!とばかりに入れた、異常にピーナツがいっぱい入っているのも楽しい。しかし、食べ過ぎたー。また今晩も食べるけどね、きっと。

| | コメント (1)

2012.10.01

月夜のそぞろ歩き

Imgp2284_


 観月クラス会は楽しかった。皆、明るく賢く、またそれぞれの情報はとても助かる。日ごろ食べることのない御膳での夕食を済ませて、私たちはお城へ向かった。十五夜の観月イベントなどもあり午後9時まで開いていたのだ。私たちは何人かずつに分かれて話しながら歩いた。私たちの高校はこの城の傍にあるので、私たちは放課後よくドッと城へと行った。無邪気に「はないちもんめ」したりバドミントンしたり歌ったり、時には英語の暗唱なんかもした。笑って、笑って、本当によく笑った。そんな懐かしい日々のことを話しながら歩いた。見上げると、きれいな名月。皆一様に感激した。そして今年のこの名月を本当にきれいだねと言い合いながら眺められる幸せを感じていた。それは春の桜でもそうだろう。元気に集うことができ美しい眺めを共有できた有難さは何かに感謝せずにはいられない気になる。時々それぞれは無言で歩いた。その歩みは胸熱い一歩一歩を表していた。

 私のデジカメは花を撮ることにポイントを絞って決めて購入したので夜景のショットは不得意のようだ。夜景マークにして撮影しようとしたら「三脚で固定して撮影のこと」と出る。なんとか撮ったがせっかくの満月の形が流れてしまったものばかり。この一枚しかなんとか見られるものはなかった。昨日の月は心にはまだそのまま残っているのに、くやしい。鏡のような大きな満月だった。しかしいつかはきれいなまま撮れるだろう。先に希望を持って、それまで、まあるく、まあるく暮らしていきたい。

| | コメント (1)

« 2012年9月 | トップページ | 2012年11月 »