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2012.09.30

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 昨朝、起きる寸前まで夢を見ていた。それ以前のことは覚えていないが、最後に見た光景は一枚の絵(イラスト)だった。すっかり緑一面の明るい(暗くなくて怖いイメージがまったく無い)森の中を、黒いシルエットの女の子が大きな真っ白な豚を引いて行っているものだ。あまりに鮮烈な印象で、忘れられない。私は起きてから朝食後、机に座って色鉛筆を出してパパッと忘れない内に描いた。2、3分で描いたので普通以上にお粗末ではあるが、大体こういった感じだった。描いて、ようやく安心した。一体何なのかは分からないし、たぶん何の意味もないのだろうとは思う。しかし私は記録してとにかく安心したのだ。
 机を並べていて、隣では夫が仕事をしている。鼻息荒く家族が色鉛筆で奮闘しているので「何?」と言う。仕方なく話すると「豚は俺だろう・・」と言う。いやいや、そうじゃないと思う。もっと抽象的、精神的な象徴なのでは。すると夫がまた言う。「夢のお告げなんか信じるんだー。」私、「まぁ。そうかも・・。・・・わからん。でも気になる。」

 夢はわけがわからないものがほとんどだ。時々、現実と変わらないものもある。そして全部を覚えてはいない。夢で覚えているのは、たいてい起きる寸前のシーンだ。モノクロは無く、カラーだ。しかしこういう「絵」というのはたぶん初めてだ。大きくて真っ白な豚は本当に夫だろうか。はたまた、その女の子自体も私だろうか。わからない。何も意味するものではないとしたら、ふくらませてショートストーリーを書いてごらんとでもいうのだろうか。何もわからないが、とにかく、記録。いつかハッとしたりして!?

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2012.09.25

秋がやってきた

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 我が家の庭の彼岸花は彼岸も過ぎようとしている今頃伸びてきている。花は間に合わない。昨年は赤と白があるのに白い花しか咲かなかった。今年はそれどころか間に合わないなんて。いつも奇妙なくらい律儀に彼岸に合わせて地表に現れて数日で開花していた。それは我が家に限ったことではないのだが。もしかして、寝坊したのかな。でもなんとなくミステリアスな印象が強い花なので、そのくらいあった方がいいかも。ただ、御仏壇の花に加えようとしていたのが駄目になった。

 空を見上げると、うろこ雲が空いっぱいに広がっていた。見ようによっては流氷に見えたりするが、渡る風がスーッとした秋の風であるからやはり秋らしいうろこ雲だ。今年もこれといったこともせずに過ごしてきたが、まあその分ご迷惑をどちらにもかけることはほとんどなく過ごせたかもしれない。秋は実りの季節だ。多くのものに、人に感謝しながらそのお裾わけをいただきたい。そんなこんな言いながら食べてばかりかな。でも飽くまで食べる「秋」。これもまた生命力。

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2012.09.15

シャープペンシル

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 私はシャープペンシルが苦手だ。万年筆やボールペンではそういったことはないが、どうもしっかり力入れて書くからではないかと思うのだがすぐに芯が折れる。たまに、ではなくいつもだ。たいていの場合、鉛筆にする。しかし派遣仕事ではシャープペンシルが普通だ。今は毎年している作文の一次審査をやっているが、やはりシャープペンシルだ。以前、「何本も替えを持ってきますから」と申し出たがシャープペンシルだと濃さも線の太さも一定なので読みやすいからだと言われた。「持ってないなら貸します」とまで。「持ってます、わかりました」と引っ込んだ。確かに納得することではあった。

 点数を書く、備考欄にいろいろ書く、あっ、ここで折れた。プチッ!
 めげずにシュクシュクと芯を出して書く。少ししてまた、だ。プチッ!
 私はすました顔しているが、ここらへんで心の中はグラグラしてきている。
 まっ、と深呼吸してまた芯を出す。内心、「いーかげんにしろよー!」と思っている。
 しばらくすると、やはりプチッ!あーもーっ!

 とにかくシャープペンシルのストレスが疲れる。カッコつけなものだから顔に出さない分ドッと疲れる。急ぐ必要はない仕事ではあるが、このプチッ!と折れる瞬間が毎回ショックだ。年間ではたいした日にちではないデスク仕事だからいいけど、頭がクラクラする。そして、すまして仕事終えて帰る。帰りながら、あることを思い出した。息子が同じだった。彼も結局、鉛筆派だ。同じことを学生の頃に言っていた。不器用な親子だこと。

 勝手口から帰宅。勝手口には一つだけ花苗が植えてある。そのシロバナホトトギスがたった一輪ではあるが咲いていた。お疲れさまと言ってくれているようで嬉しかった。数日後もまた行く。状況に負けませんわ!

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2012.09.05

秋の気配

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 秋は少し先の角にいる。少しだけ姿見せるように、時々夏の終わりをそうっとのぞいている。なんとなくそんな気がする。今年は例年よりも涼やかな、秋を感じさせる空気が訪れるのが早かった。ふと見ると庭のタカノハススキはもう綿毛だ。今年の夏はこのススキの葉の傷みがひどく、葉の縁が赤茶けてしまっているものが多かった。大きな一株の半分以上の葉を鋏で切り取った。いつもは群れなびくススキの穂がそういうわけで今年は数本、ひらひらと揺れている。

 夏の終わりは、燃え上がった恋の終わりとよく重ねて表現される。ギラギラの太陽の下では普通でない高揚した気分にもなる。昔、恋の予感を思ったこともあったが、私には夏は恋の出会いも終わりもなかった。それでも、そういう歌はわりと好きだ。わずかな夏の思い出がないこともないので、なんとかそれらを美しく思い直そうとしたこともあった。すべて、若いということが燃え上がりであった。時間がたっぷりとあって、「何かいいことなーいかなー」などと言ったりしていた。
 今、人生の黄昏とは言わないが秋の気配を少しずつ感じている。だからといって寂しい、侘しいということはない。実に落ち着いた大切な時をかみしめている。時間はたっぷりあるとは言えないが、シニアらしく有効に使う知恵と判断力がついてきた。

 数日前、友人が「お月見しましょ」と言ってきた。いいねえ、お月見クラス会ってのも。仲秋の名月に向けて心は動く。

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