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2012.05.30

ガクアジサイに

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 そして梅雨も近いよといった風の花と言えば、やはりアジサイ。普通のアジサイは我が家ではピンク色でバンバン咲き続けている。それに続いて咲くのが青いガクアジサイ。朝、水まきすると俄然生き生きと見える花だ。朝日を受けて葉も輝いて見える。年が明けて、まだ寒い、そろそろ春だ、なんだかんだと言っている内に一年の半分ばかりが過ぎているなんて驚く。しかし、毎年そういった感じだ。その時々に別な思いがあったり、それなりの忙しさもあったりはする。しかし、頭がはっきりして(私は春はだいたい頭がボーッとしていて眠くなっている)体が十分動けるようになって気づくとその年の半分が過ぎているのだ。そういう時に私の誕生日がやってきて、さらにドッと疲れる。通院していてカルテやらに年が載る。17歳6ヶ月とか31歳2ヶ月とかだったらなんと初々しいことだろうと最近はうらめしく見つめる。とはいえ、その年齢を過ごしてきたし何も間違いはない。しばらくして納得して落ち着く。そして若さに嫉妬しているわけではないことに安心する。ただ、時の流れの速さに驚くのだ。

 これから咲くガクアジサイは花後にいつも切り詰めるので株が大きくならない。もしかしたら元々が花も小ぶりのものであるかもしれない。ゆっくり咲いてほしい。長く咲いていてほしい。しかしある時、ふと思った。「私がここへ来た時にはもうあったわよね、あなたって、何歳何ヶ月なの?」

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2012.05.21

小さなドクダミの花たち

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 昼咲月見草がそろそろ勢いが弱くなったと思ったら、我が家の周囲には驚くほどのドクダミが咲き誇っている。雨の度にこちらも増え続けたようだ。根茎が芋づる式に伸びて増え続けるのでそれはそれはすごい。しかし、だからこそ抜くとなったら芋づる式にダダダダーッと連なって抜ける。しかし何とも体力が年々衰退の一途であり、根気よくできない。今日こそ大量にと意気込んで庭に出たところ、その手前に、なんとも愛らしい小さなドクダミの花々を見つけた。私はそれを根ごと摘み、家の中へと入った。そして生けた。
 さつま揚げが入ってギフトでやってきた小さな蓋もの籠を器にして、中にオトシを入れた。オトシには適当なものがなく、日ごろ冷奴の器で使っているガラス小鉢をオトシにして剣山を置いた。ドクダミはそれこそ刺すのでなく針の間に挿すだけで留まった。

 蓋はオトシの横姿を隠すように自然な感じで掛けている。台所のテーブルの上で生けて斜め上からの視線で撮った。それから今はほぼ目の高さにも近い本棚の中棚に置いている。幼い花々であるからか、葉もそうであるからか、ドクダミ独特の強い匂いが漂わない。梅雨も近いよといった風なドクダミの花だが、大きいものでも花の直径は2cm強。ハートの形をした葉も愛らしい。蕾を一番前に出して、流れるように生けた。

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2012.05.10

白いアマリリスが

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 白いアマリリスが咲いた。ずい分もう片方より遅くなったがオランダのアマリリスが咲いた。まるで白百合のような清らかな白い花だ。なぜか葉が出てこなかった。背の高い、先に咲いたアマリリスは四方の花が弱ってからてっぺんにあった蕾が開いたがこれは極めて白に近い花色だった。赤という方なのだが、白に赤がグラデーションで入っている絞りの色合いだった。いただいてみないと出会うこともないアマリリスの品種だ。ひょっとしてお嬢様かもしれないが、良く言って大変カジュアルな、あれこれ混在している収拾がつかない我が家の庭に移り住めるだろうか。でも、行っていただきますからね。大丈夫、大丈夫。外は虫さんもいっぱいいるけど風が通る素敵なところ。陽を浴びて、土に根を張って、来年はまた美しい姿を見せてほしい。ユリに似ているから「アマリリスのユリちゃん」と呼ぶよ。強烈なオレンジ色のあのアマリリスは「アマリリスさん」、これでアマリリスさんは納得してくれると思う。
 

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2012.05.05

昼咲月見草に

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 屋根上に 菖蒲放れば 風が行く

 今年もまた菖蒲の葉の一株を表と裏の屋根の上に放り投げて、子どもの日は過ぎた。吹く風は五月の薫風だ。きれいに晴れ渡り汗ばむ陽気となったのはいつものゴールデンウィークと同じだ。変わらない仕事、変わらない日々というものも実にありがたい。元気でいればこその日常。

 庭には昼咲月見草がワッと咲いた。毎日元気に咲き続けている。集団で陽を仰ぎ、風が吹いても実ににこやかに集団でゆらゆらと揺れている。四方八方、上からと、私は感心して眺めている。洗濯物を干しに行く時と取り込んでからなので両腕に沢山の洗濯物がある状況で、私は下手な探偵のようにして低く高くなりながら見ている。たぶんそのオバサンの様子はたまらなく滑稽なものに違いない。
 集団で笑っているように見える昼咲月見草は子どもや小さな動物たちのように、ただ楽しいのだ。おひさまに今日も会えたこと、皆と今日も一緒にいることなど。そう思える。そう思うととても嬉しく、一瞬私はこの花になってこの集団の中に混じっていたい気になる。

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