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2012.01.30

携帯電話

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 昨年、我が子とのホットラインとして携帯電話を持たねばと思い立ったその日に街へ出てショップで購入した。決して不親切な店員ではなかったが面倒そうな対応が伺われて、最小限の質問しかせずに帰った。と言っても取り扱い説明書が有料というので「ネットで見るから不要です」と言ってきたのでネットでそれを取り出して取り組んだ。しかしこういう類のものはまったくの若葉マークさんには解りにくい。そこで電話で質問することにした。こちらは相手がシニアと判るとびっくりするほど懇切丁寧だった。よくわかった。しかし、一度の電話での質問もいいところ2、3点だ。結局、携帯電話はパソコンみたいに扱って、混乱して、動揺して、冷や汗流しながらなんとか自分で使う分は道を見つけた。メールは手っ取り早いだろうが、手打ちして文章にする方が好みだ。オートマ車よりクラッチがある車を好んだように。携帯電話は合理的で、しかも楽しいということはある。絵文字などはジュニアだったらさんざん使ったことだろう。
 我が子が故郷を離れて10年。我が家のパソコンはほとんど点けっ放しなのにメールが来たのは2回だった。電話は多々あったが。それが、携帯電話にしてからは「タダ友」となり、来る来る。これは正解だった。
 長かった「マトリックス」時代。しかし外から自宅に電話する時などはやはり公衆電話だ。いただきもののカードがあることもあるが、公衆電話をかける行為の馴染みが好きだ。それにしても私は「マトリックス」のように、ある時、公衆電話をかけるとザイオンに導かれるのではないかと妄想したりもした。

 写真は我が家に置いている携帯電話スタンド。この豆太郎くんがしかと携帯電話を抱えていてくれる。そして私が出かける時と眠る時はオフになりゆっくりしている。毎日「お仕事、お仕事」と朗らかな表情で頑張っている彼は実に微笑ましい。

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2012.01.26

サッカーゴジラ

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 私はストラップにアクセというかお守りのように付けているものがある。サッカーをしているゴジラだ。小さなものだが、ちゃんと歯や手足(?!)の爪も細かく描いてあり、迫力がある。オヤジさんゴジラ風だが「ヌオーッ!!」とシュートを決める瞬間だと思う。心が燃えているからちゃんと背びれも色が変わっていて、なんともよく出来ている。
 
 先日クラスメイトの集まりで「遂にあなたも携帯デビューしたのねぇ。どんな携帯?」と友人に言われたが「一番一般的なのものよ。」とだけ言った。携帯電話は仕方なくだが自発的に昨年春から持っている。ショップに行って、一番お安いのくださいと言ったら「これですね」と言われて出された商品だ。メール契約も不要、アクセもすべて不要と言い切った。それ以前は派遣の仕事で必要だったのでとりあえずプリペイド携帯を持っていたので、充電器は買わずに済んだ。やれフォトスタンドやら、パケット云々とショップ店員がせめて少しは色添えろよとばかりに売り込んで来たが徹底して「要りません」と断った。
 そういうキリの携帯が恥ずかしいなんてことまったく無い。ただ、表に出せなかった。他の皆さんの女性らしいストラップが優雅に揺れるテーブルの上で、「ホレ、これですよ」と、なんとなく出せなかった。私が笑われるということよりも、ちょっとシラーッと場が冷めそうで。

 でも、後悔してるよ。ごめんね。私はサッカーゴジラ、あなたが大好き。ずっと見ていても飽きないよ。私にピッタリな大切なお守りだよ。

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2012.01.21

元気な心で

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私は小さい頃は病気ばかりしていた。赤ん坊の時は風呂に入れていて息していないのに気付き、父母が大慌てで病院に運んだことが一度ではなかったとも聞いた。真ん前が病院だったから助かったということだった。父が小学校に上がるまで生きられるかと思ったと言っていたものだ。学校を休んだり、学校から病院に通ったこともわりと多かった。ところが小学校中学年からは普通の体調になった。いや、バリバリ元気だった。そしてずっと後に結婚、出産しても十数年それは続いた。なのにここ十数年のひどいこと。ある日、そういう幼少時代であったことを思い出した。

 数日前、テレビで「左手の人差し指の渦巻きが巻いていたら病気しない体に生まれてきたこと」と、バラエティ番組ではあったがその道の専門家が言っていた。指紋は赤ちゃんの時から生涯変わらない。「左手の人差し指」の限定の意味については説明がなかったが興味深かった。事実、その番組内のゲストで見て、実にタフなタレントがそうだった。多くの人は渦巻きがしっかりしていなかったり流れているらしい。
 昨日、私はトゲ抜きになっているルーペでそうっと自分の左手の人差し指を見てみた。すると驚いたことにそこにはしっかりと渦巻く指紋があった。もはや会えない父母に「ありがとう!」と叫びたかった。

 占いと同じだ。良いことは信じたい。考えたら、幼い時もそうだが交通事故で死にかけても死ぬことなかった。いろいろな病気だって普通の手術で済んだし、それ以外も通院していてなんとか普通でいられる。とにかく運は強そうだ。大事にしてゆこうと思う。「最後の一葉」のように、このことは私の心を突然元気にした。私は元気と言うか、単純に生まれたのは確かだ。
 
 写真は、引き続きクリスマスローズ。うつむいて咲く花だが弱くはない。しっかりとしている。白い貴婦人は元気な花だ。

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2012.01.11

新春のクリスマスローズ

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 寒い朝、玄関傍に今年もクリスマスローズが咲き始めた。いつも1月半ばからどんどん咲いてくれる。まだ短く小さい花茎だが1本の茎に2つ、3つと花が付いているので、本来うつむいて咲くのに上向きに花が付いていて咲いているのもあった。私はそれを少し摘んできた。
 花器は柑橘類の八朔(ハッサク)の果肉を取り出した皮部分だ。果肉はくりぬきながら私がスプーンで食した。酸っぱく、爽やかな味でグレープフルーツの白と見た目も食味も似ている。挿し口付近は指先で白い裏側を取り出して薄く仕上げた。無造作に挿してあるが、摘んだ時に在った状態をできるだけ再現している。大きな葉がこういった花の上に幾重にも覆いかぶさっていた。その葉越しにこれらの小さな花が見えた。

 白い貴婦人とかも言われるが、有毒ということで花言葉は決してよいものばかりではないようだ。悪評、スキャンダルなど気の毒なものも。しかし、冬を耐えて春までうつむきながらしっかりと咲き続ける健気さには打たれるし、希望の花に思える。やさしい友人が聞き役になってくれているような感じの花だ。「うん、うん。そうね、そうだね」という風に。人のストレスをも抱えて、その人を肯定してあげて少しこうしたら・・・というアドバイスまでさりげなく言っているようにも感じられる。ひょっとしたら自分のことは秘密な花かな。だから毒持っているのかな。そこまでミステリアスではないかもね。まあ、あまりうるさい人って好きじゃないわよねーなどと独り言言いながらパッパと生けた。クリスマスローズは最初から最後までじっとして黙っていた。

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2012.01.02

こんにちは、2012年!

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 新しい年になった。年の始まりには、ささやかでも夢も希望も抱く。信じられない大きな事から、ごく些細な事まで。天候は曇りで朝日は拝めなかったが、例年にない年賀状の到着だった。いつもは昼前に届くのだが今年は朝刊を取りに出たら一緒に入っていた。間違いなく午前7時半迄には配達されていた。ひょっとしたらラッキー!とか思った。そういう私はおめでたいが、元日というものはおめでたいし、ありがたいものだ。家のこともすっかりお休みできて、年賀状をしかと眺めたり、テレビ三昧だったりでコタツからあまり出ない日だ。この日は楽しきかな、ぐうたらの極みだ。訪問客も無く食事の時に家族が揃う以外はコタツでゴロニャンの自由な一日だ。

 翌日である今日、書初めはしないが通常通りの日に戻った。そして一日の始まりには、やはりささやかでも夢も希望も抱く。少し明るい陽射しを見ると楽しいことを考えてフフンと笑っている。十年日記なるものを書いて二冊。今年から三冊目になった。こうなったらさらに十年後にも元気で新しい十年日記を手にしていたいと思う。

 こんにちは、2012年。年の始まりに際して抱く夢はキラキラ。「坂の上の雲」とは次元が大幅に違うけど、気分的には坂の上のキラキラ。今年もそれのみを見つめて行くことだろう。掴み取れないキラキラでも、キラキラは希望の象徴。笑顔で、過ごそう、この一年も。

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