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2011.11.28

サクラの紅葉葉

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 家の表に落ち葉で混じって来なかったサクラの紅葉葉(こうようば)を求めて近くの公園へ。幼い子どもがやはり拾っていた。いやん!負けられないとばかりにパッパッと拾っていく。ライバルがいると子どもも燃えて目の前に立ち塞がって落ち葉拾い。大人気ない対戦はわずかな時間で決着がつき、子どもは残り私は去った。要るものだけ目ざとく見つけた私だから「こんなものね」と切り上げたのだが、あの子は自分の領域から邪魔者を追い出した感じで意気揚々と居た。拾った葉は両手にいっぱいだった。私は扇子風に片手に持って帰還。我が家で記念写真。もう少しグラデーションになるように沢山ほしかったけど、などとも少し思った。しかし傷みは多いがサクラの紅葉はやはり好みだ。柿の葉は破れ、斑点や虫食いがどれだけあっても味わい深いものとなって飽きないと最近書いたが、それは多くの人がそう思うことだ。しかし、サクラの紅葉を同じように思う人はいないのではないだろうか。柿の葉はそれ自体がしっかりしていて重厚で大きな葉だ。サクラは柔らかく薄めの葉であり紅葉葉が傷みさえなければどれだけ美しいかと思う。ほとんど傷んでいないサクラの紅葉を見つけた時には歓声をあげるくらいだ。痛々しいとまでは言わないが、私には傷みをじっと辛抱しているように感じられる。だから拾うたびに汚れを払い、手のひらに乗せてやさしく撫でる。今日は子どもと競争だったのでその余裕はなかったから持ち帰ってからになった。さて、あの子はあれから沢山のサクラの紅葉葉をどうしたかな。

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2011.11.21

柿落葉

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雨風強い日が過ぎて、表に出てやれやれと掃き掃除。この頃は表通りのケヤキ並木の落葉が多く、たまに違う葉が混じっている。好きなサクラの紅葉葉がないかと掃きつつ見ていると、大きな柿落葉が数枚。よく歩くので少し行った先に柿の木があるのは知っている。しかし、違う所の私が気付いていない柿の木から落ちてきたものかもしれない。私はその柿の葉を三枚拾った。

 イチョウにしてもまったく同じものはなく、形や大きさ色づき具合はまったく一枚一枚個性的だ。ただ、カエデなどとても似通っていて一枚一枚個性的とは言い難い紅葉もある。しかしそれにしても柿の葉は圧巻だ。そして柿の葉ほど虫食いが個性的になれる紅葉は無いと思う。鮮やかで美しいだけは私は飽きる。柿の葉は実に飽きない。一つ一つ、すごいなーと思いながらずっと眺めていられる。「そうだ。この虫食い葉の紅葉のように、体の欠陥を個性にしてパワフルに生きよう。よかったー、まだ間に合ったね。」と心で思いながら残りの掃き掃除はさっさと切り上げた。このように単純な人間に拾われた柿の紅葉した葉三枚は水洗いして泥を落とすとさらに鮮やかになった。

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2011.11.14

線路を渡る

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 我が家の近くの踏み切りから見える線路だ。単線で、遮断機が上がったら急いで渡らなければ直ぐにまた下がることが多い。向こうに見える駅は少し前まで小さな無人駅だったがエレベーターも備わったすばらしくモダンな駅になった。そしてこの踏み切り近辺の土手も整備された。駅近辺は土手は削られて駐車場、駐輪場になった。この辺りの土手は少しだけ駐車場になっている。以前にこの土手でよく見かけたキツネノボタンを撮影して記事にしたのだが、もうそういった草花が呑気に咲く線路ではなくなった。時代に合わせて便利になっていくのはよいことだ。体にハンディある人が助かることも多い。よく歩く道筋で季節ごとに楽しみにしていた光景も見られなくなったが、時とともに慣れてゆくだろう。

 先日、遮断機が下がっていて電車が通り車内から無邪気に子どもが手を振っていた。そうなるとついこっちも手を振ってしまう。その子がずっと手を振っていると、私も見えている限り振っている。見知らぬ子どもなのだが変わらずにある微笑ましいものはあるなーと思う。マッチ箱のように小さくなっていく電車を横目に「いけないいけない早く渡らなければまた遮断機が下がる」と急いで渡る。時は流れ、どんどん変化するものが多い。そしてそれと関係なく私たちは目の前の現実の生活の流れに合わせていかなければならない。しかしどこかに小さな発見があって少し楽しくなる。
 

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2011.11.07

金紋ツワブキのファンタジー

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賀状を印刷に出しているのでまだピンときていない秋の深まり。ごくわずかな掃除、片付けを続けているが、はたして年内にきちんとなるのだろうか。まっ、いいか。小春日和はうららか、うららか。最後のホカホカに浸っておこう。この時期に咲く金紋ツワブキは、全体を遠景で見ると葉に斑が入っている以外は普通のツワブキと変わりない。しかし、真上から見るとまったくのファンタジー。吸い込まれて不思議なユートピアに入って行きそうだ。それが楽しくてならない。そして、それを摘んで生け花にするなどまったく考えられない。珍しいことだけど。

 今年は東日本大震災という未曾有の出来事も起こったが、個人的にも残念なこと、辛いことも多かった。それでも心の底から大笑いした日も少なくなかった。私は、たぶん7:3くらいで人生は嫌なことの方が良いことより多いのではないかと思う。それでもその3は大きく、気分的には5:5である気になる。そこで、「まっ、いいか」となる。冬に入るという日なのに、この陽気はそんな一つのお授かり。小さな発見に幸せを感じていると得かも。不満ばかり言っていたらキリがないし、損。救われないし、お顔が暗くなっているし。笑顔でいると、もはや若くないのだけどこのファンタジーの画面に入って行っても「まっ、いいか」で赦されそう。そう思うとまた楽しい気分。

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