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2010.05.29

レタスの芯

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 写真はレタスの芯である。何をわざわざ、なのだがテーブルの上に置いて撮影も気がひけたので皿の上にに乗せた。

 レタスは買ってきて、まず外側数枚の緑色が濃くごわごわしている葉を剥(はが)し、それから芯を取る。葉は洗ったらなんとかなる葉だし、小学生がうさぎさん用に持って行ってくれると嬉しいのにとか思いつつ捨てる。そして芯を取る。昔、友人が「レタスの芯ってこうやって取るんだよ。」と言ってレタスの芯部分を電気コタツの上板の角に叩きつけて取っていた。衝撃で弱った芯を抜く方法だったが、見ていてびっくりした。当時、私は飲食店でバイトしていた。キャベツと異なりレタスはしっかり巻いていない、平たくフカフカのものを選ぶと言われていたので「そこまでするのー?」と思った。つまり、ぐっと押せばそれでよいのだ。それから芯を持って回すようにして抜く。そうして取った芯が皿の上にあるレタスの芯だ。

 押して、引く。なんとなく、この法則は人生に応用が効くように思う。恋愛、商売、試験、もっと他にもそういう場面はあるかもしれないが。今パッと思いつかないが、きっとそういう場に行き当たって「ああ!」と思うに違いない。

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2010.05.26

ミルク飲み人形

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 昨日、テレビのバラエティ番組を観ていたらミルク飲み人形の話が出ていた。半世紀前に発売されていたが当時は皆が持つものではなかったと言っていた。大袈裟だろうが「当時持っていた人はお嬢様よ。」とかの声もあった。私はびっくりした。間違いなく姉も私もとても愛らしいミルク飲み人形を持っていた。家は長屋のような小さな社宅だったし、時代柄どこも質素な暮らしであった。子供心に母が大変そうな暮らしを頑張っているのは感じられた。たぶん、大変な家計の中から娘二人には喜んでもらいたいという親心で頑張って買ってくれたのだと思う。二人でお人形さんごっこ(小さな劇!?)を飽きずに毎晩やっていた。夜眠る時も一緒だった。私より皮膚は硬いのに寝ている間にネズミにかじられたのはお人形さんの方だった。姉はメリー、私はミッチーと名付けていた。まだ髪の毛も塩ビだと思うが本体と一緒の素材だった。その後二代目からはフサフサの金髪で瞼も開閉する青い目のお嬢さん人形になった。しかし、あの初代のミルク飲み人形が懐かしい。もはや思い出の中、それも半世紀も前のことになるが。

 親の思いは、先々で親となってしみじみとわかるものだ。黄昏時のお年頃となってきても、「お母さーーん!」といつも心で叫んでいる。
今年も庭の片隅にハハコグサが咲いている。ほのかに明るい黄色の野草は、いつもエプロンして笑顔でいる母親の面影がある。

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2010.05.20

ワタの種

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 異常気象の春で、準備することも忘れていたワタ。昨年の成果のコットンボールは土台から外してもとても愛らしい。その土台でさえ星のような形で魅力的だ。

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 ワタの種は純白の真綿に包まれている。それを取り出そうとすると可哀想な気さえする。しっかりと張り付いている真綿を根気よく引き剥がすが、うっすらと最後には残る。

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 全部は使わず、リースのディスプレー素材にしたいとも思うので、今回はこれだけ。一晩水に浸しておいて土に住まわせる。でも今日も雨。天気予報欄には梅雨前線とあり、梅雨の走りとも書いてあった。近い内には決行したいが、晴れた日がいいな。そうそう、土も掘り返してホクホクさせなければいけないし。

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2010.05.13

ムラサキカタバミ

 私は恒例になっている春の一斉点検整備中だ。歯だけでなく、具合悪いところを含め何回もエコーや内視鏡、MRIで様子を見てもらっている。あと少しにはなってきた。幸い、前年とあまり変化なく悪くはなっていない。一応は努力もしてはいるし、まずまずといったところのようだ。

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 ムラサキカタバミは路傍のどこそこに咲くので多くの人が名を知らずとも姿は見知っていると思う。大きな三つ葉の葉を持ち、薄い赤紫色の花が春から秋の初め頃まで咲く。日当たりのよいところに茎も長く育つのが普通だ。しかし我が家の西側、日当たりのよくない勝手口の傍にわずかに咲いているムラサキカタバミがある。明るさはあるが陽は当たらない。夕方にわずかに射すかどうかといったくらいだ。葉も大きくならず茎も長くないが、そのわりには花は普通の大きさで精一杯咲いていて可愛い。

 朝などはまだ花びらは閉じているが帰宅する頃にはしっかりと咲いている。バッグから鍵を取り出しているとふっと目に入る。「・・・・・・。」という感じで見つめている気がして「ただいまー。何もなくて元気だったよー。」と告げる。すると風に震えているのだが「よかったですねー・・・」とうなずいてくれているように思われる。なんともいじらしくなる。「ありがとうね。君も元気でね。」と言いたくなる。保冷バッグに氷が入れてあったら必ずここで少し置いて行く。そして、「また、明日ね!」と去る。

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2010.05.05

自転車、再び

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 先日の脳外科通院で、簡単な検査などがあって自転車なら乗ってもいいよということに。事故以来、車も自転車もストップだった。それで車の免許も更新せずに流したが、私は四半世紀乗って十分の思いがあったし車に乗らないことは嬉しかった。しかし、自転車は寂しかった。お陰で本当によく歩くのだが、ショッピングカート引く腕痛めて整形外科通いもあった。先の記事のように「あっ、あれは私の自転車・・・」と似たチャリ目指してスーッと近寄るし、今思えば笑えると言うより空恐ろしい時も多々あった。それに、生まれて初めて自転車泥棒の誘惑さえも何回理性でもって断ち切ったことか。はぁ。

 今月で、あの事故に遭ってから十年経った。十年かかった。「何か気をつけることは・・・?」と主治医に尋ねると「もう二度と頭を打たないことだけです。」と言われた。
 いつの日か、また自転車に乗っても、もうおとなしくしていよう。元々慎重な性格なのだが、人のいない所で曲乗りとかやって遊んでいた。それで転倒して笑っていたこともある。いけない、いけない。まして、十年でいろいろと物理的な状態も変化しているのだから。などなど、あれこれと自分に言い聞かせている。

 玄関先にシロバナシランが1本だけあり、咲いた。字違いではあるが本当にシラン顔といった感じだ。あーだこーだ、一人で言いながら傍を行くこの家の奥さんには呆れているかもね。

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2010.05.04

自転車の思い出(3)

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 自転車には一回だけ心底辛い思い出がある。事故に遭った。信号機の無い横断歩道を自転車を降りて引いて渡ろうとしていた。両側、遠くの信号機は赤だったが、停まっている車の陰からそっと覗いた瞬間、真っ暗になった。私は見切り発車した車に撥(は)ねられたのだった。気が付いた時は大きな病院のICUに寝ていた。そして家族が白衣を着て私を覗き込んでいた。固定されている血圧計を見るとものすごい数値だった。ナースが繰り返し名前と生年月日などを尋ねてくる。そしていろいろあったが、不幸中の幸い、元の生活に戻れた。

 自転車は私の身代わりとなって再起不能の状態だった。後日訪ねてきた警察署の方の写真でわかった。「直せるものなら直して使いたい」と言った時に見せられた。しかし自転車から降りて引いていなかったら体はポーンと飛んでいて即死だっただろうということだった。
 それにしても、何年経っても似た自転車があるとじっと見てしまう。あれは私のではないかと思ったことも多い。死んだ子の年を数えるようになっていた。神経自体もショックでマヒしたのだと思う。
 ようやくここ一年で二ヶ月に一度になったが、それまで毎月脳外科に通っていた。今も年に一回、MRIを受けている。脳挫傷の跡はすごい。しかし、それもようやく見慣れた。心身ともに元に戻ったようだ。

 アジサイの花が咲く気配。何やら妙に面白いので写真を撮った。初夏の陽射しがまぶしい。

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2010.05.03

自転車の思い出(2)

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 もうずい分前になったが、早朝に待ち合わせしてやってきた友人は自転車だった。少しモヤがかかっている中から笑顔で手を振りながら彼女の自転車は近づいて来た。それがなんともカッコよかった。自転車もママチャリではないしっかりしたスポーツ車。その後、彼女はその自転車を解体して飛行機に積んでご主人様と海外ツーリングにも出かけたのだから本格的なものだったのだ。とにかく「わー、カッコイイ!」と瞬間に思った。彼女はほとんどお化粧もせず、自然で健康的な笑顔は今も変わっていない。

 「あら、何だったかな」と広げていた風呂敷を外したらダンボールいっぱいに入っているマツカサ。これは一ヶ月くらい前に彼女が届けてくれたもの。風呂敷でホコリ避け兼ねて目隠ししていて忘れていた。私が大好きなマツカサを散歩の時に少しずつ拾って溜めていてくれたということだった。本当に嬉しい。しかも大きなマツカサが満載!大切に何か作りたいと思っている。これはさすがに大荷物なので車で運んでくれたのだが、彼女を思って頭の中に浮かぶのはいつもあの日の自転車で現れた姿ばかり。

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2010.05.02

自転車の思い出(1)

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 自転車に乗れるようになったのは小学何年生の時だったか覚えていないが、極めて幼い頃だったように思う。補助輪が取れて、乗った自転車を親に押してもらっていて手を離され、「あっ、あっ!」とか言って乗れるようになるのは昔も今も変わらないことではないだろうか。私は自転車が好きだった。そして今も好きだ。

 結婚して少ししてから自転車を買った。我が子の幼稚園送迎は歩いた。遠くでもなく、話しながらとにかく歩いた。送迎が無くなった小学校以降はPTA関係などで学校行きも多く、バンバン自転車で通った。その他の用事も結構遠くでも、すごく重い物を運ぶ以外は自転車だった。俗に言うママチャリで、変速機能など付いていない自転車だから少しの坂は立ちこぎしていた。ママチャリは形が好きだ。本当に「おかあさん」という感じに溢れている。

 さて、五月になった。異常気象と言われていたが、ようやく初夏らしい気候になった。そして、薫風が吹いている。青葉若葉の季節、自転車だとさらに楽しい。
 アップした写真は自転車とは直接には関係ないが、庭のアヤメが咲いた。

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