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2009.04.26

シャリンバイ

Syarinbai
 前回の記事に記した低木、シャリンバイ。我が子が園児の頃と同じくらいの背丈だと同じようなこと思った日が数年前にあって、日記に書いていたその場所に行ってみるとシャリンバイがあった。しかも早々と花を咲かせていた。白く愛らしく、梅の花に似ている。葉はこの写真ではわかりにくいのだが、手のひらを広げたような形で車輪のようにも感じられる。

 これまで稀にしか見たことがないシャリンバイなのだが、いずれも街路樹か道路際の植え込みであった。キョウチクトウもそうであるが車道に沿って植えられている植物は大気汚染など公害にも強いとされている植物だ。シャリンバイもたぶんその仲間だと思う。それにしても白くて愛らしく清らかな花だ。この街路樹くらい逞しくなければ。そうして「あら、そうですか」というくらい平気に見えるようにしていなければ。ぼやき、溜め息は美容にも健康にもよくない。多くの煩わしいこともパッパッと平手で振り払い、シャンとして前向いて歌いながら歩いて行こう。
 そうしてシャリンバイから離れようとした時、その葉は小さな手のひらに見えた。大きさ、やはり園児の頃の我が子くらいだ。懐かしいな。そして、私はそこを離れた。写真が出てきて、ずーっと眺めていては日が暮れる。宝箱にしまい込んで、今日を生きよう。シャリンバイ、バイバイ。心の中で手を振った。

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2009.04.19

育つ

Sodatuhanamizuki
 我が家のシンボルツリーにしようと決めた記念樹のハナミズキは元気に育っている。と言っても背丈は変わったようでもない。我が子が幼稚園の年少、年中さんの頃あたりの背丈と思われる。毎日手を繋いで送り迎えしていた時に通園路の街路樹の低木とほぼ同じだった。その丈と同じくらいだと思うから。今はケヤキの並木だけでその下に並んでいた低木の方は無い。その低木の名はシャリンバイ。

 ついこの間のように思われる我が子の幼い日。そう、眠たい目をこすりながら夜中に入学グッズを手作りしたり名前書きしたりした。細かい計算捧の1本1本、おはじきの1個1個に学年、クラス、名前と油性ペンで書いたのは昨日のことのように覚えている。
 時は経つ。生命あるものは育つ。その大きな流れの中でその時その時を楽しんではいたけど、こなしていくだけで精一杯のことも多かった。最近、○○育、という言い方が多い。その初めは食育という言葉ではなかったかと思うが、○○力という言葉がそうであったようにダーッと応用言葉が氾濫して一つの文化となって過ぎてゆくのかもしれない。

 それにしても自分はあまり大人になってなくて、なのに老人に限りなく近づいていっている。何が育ったのかな。ありがたい周囲のお蔭で心はちょっと育ったかな。体は普通に育ったな。あっ、大丈夫、大丈夫、育っているさ。はっはっはっ!と、水やりしながら思いの果てに笑ってしまうとハナミズキは苦笑しているよ。「・・・この人の記念樹なんだーー」ってね、たぶん。はいっ!そーだよっ!元気に育て、ハナミズキ!

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2009.04.11

キツネノボタン

Kitunenobotan
 相変わらず決めきれないデジカメのこと。「あちこちのサイトを山ほど見て調べて、あーでもない、こーでもない。定額給付金など私のものではない。どれでもいいというものでもない。でもメカに弱い。一応、予算とかもある。故障という商品は下取りしてもらえない。まだ叱咤激励して使えているのだからいいか・・・。」この堂々巡りで、あまり迷わない私がグジグジと悩み続けている。
 しかし陽春となった。汗ばむ陽気である。日傘を差してデジカメを持ち、近くに出た。我が家の近くの線路際にナノハナがまだ咲いているのでそれを目当てで行ったのだったが、遠目には一面のナノハナであっても近寄ったら少し可哀想な状態だった。
 そのまま少し線路の土手下を歩いて行くとキツネノボタンが咲いていた。久しぶりに見た。葉は本当にボタンの葉に似ている。キンポウゲ科のその花はいかにもキンポウゲという感じで、好きだ。名の由来には諸説あるが「キツネがいる場所に育つボタンに似た葉の花」という由来に私は一票入れたい。すーっと風が吹き、この花が大きく揺れて、分身のようにひゅっと飛び出すキツネを見てみたい気がする。
 あまり大きくない花弁だがロウを塗ったようにテリテリとした光沢があり、わかっていても見ると驚く。身を乗り出して拡大して撮影。3倍、4倍だともっとしっかり撮れるかなーと思いながら。キツネのボタンは「そうかーもねー」と笑いながら揺れている感じだった。

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2009.04.04

そーかー・・・

Kaidou2
 「そーかー・・・」受話器を置くと私は溜め息とともにつぶやいた。デジカメをバシッと平手打ちしながら撮影してゆく気になれず、メーカーのサービス窓口に電話して相談。細かく状態を話すと、やはり修理が必要であるらしい。しかし、8年使っていたら、もう寿命と思って新しいデジカメ購入に向けて考えられてはと言われた。寿命・・・そーかー・・・。いよいよ言われたかー・・・。それらしい兆候はいくらかあったけど、諦めがつくくらいまで行ってみようと思っていた。
 
 「そーかー・・・」チェンジなんだ。ブログのスタイルだって変えている。「変えてみるか・・!」なんとなくそう思っている。私はデジカメを大切に扱ってきた。落としたこともないし水がチラともかかったこともない。専用のケースに入っているものをクッションのよい袋に入れてからトートバッグに入れていた。修理には1万円とちょっとかかるらしい。それも長くもつとも言えないだろうとは確かにそうであろうと思われる。

 「そーかー・・・」そう言いながら何日も経つ。毎日庭の花を見て回りながら、昨日は花も散りかけているカイドウを撮った。やはり「ごめん!」と言いバシッ!と打って液晶画面を出して。今日は雨である。物憂い雨の日に、またも出るのは「そーかー・・・」
 カイドウの花のアップは良いショットではないが、今見ると「そーだよー、さあ悩め悩め、そして決めろー」と言っているようだ。

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