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2009.02.24

ピンクのカーペット

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 映画、アカデミー賞の発表は日本のものであれアメリカのものであっても関心があった。テレビのライブで放送された日本アカデミー賞授賞式は特に目を凝らして見入った。レッドカーペットを歩む選ばれたスター、スタッフ方は誇らしく、さらなる希望に燃えていた。そんな昨日今日だった。
 ただ雨が止んだので玄関から外に出て掃き掃除をしようとした。しかし、玄関から郵便受けの場所に至る小路はうっすらとピンクのカーペットになっていた。真上には紅梅があり、まだはらはらと花びらが舞い落ちてきている。今日はもう掃き掃除はしまいと決心した。先日春一番が吹き荒れた時にずい分散ったものだった。どこからかゴミまで吹き飛んできていたし、その時はガンガン掃いた。今日玄関の扉を開けて、静かに散り行く姿、そして積もったピンクの花びらたちを見てハッとした。たまたま先に書いたようにレッドカーペットを観ていたからかもしれない。それでも、偶然見た光景に一瞬「とどめておきたい」と感じたことが大事だった。明日は掃くけれど。

 そんな折り、友人から花展の案内。ご無沙汰している花展というものではあるが、友人が生けるならばぜひ行ってみようかと思う。

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2009.02.18

蘭蘭、蘭!

Sinbijiumu
 先のクラス会の夜にテレビ番組でパンダが特集されているものがあった。なんと家族が録画していてくれた。その後バレンタインギフトも入り遅れたが、その録画を昨日観た。

 私は一般的に可愛いと言われるものに対して特に気は無いのだが、パンダは別である。もうメロメロになる。あんなに愛らしい生き物がこの世にあろうとはなんて素晴らしい世界。WWF、世界自然保護基金がそのマークにパンダを採用するはずだ。絶対に守らなくては、と思うから。
 1972年、日中国交正常記念で中国から日本に贈られたパンダ二頭。カンカンとランラン。この時初めてニュースなどで動くパンダを見て、その愛らしさに度胆を抜かれた。とうとうカンカン、ランランを含めて直接見たことはないパンダなのだが、いつかはぜひ、と思う。私が上野に行く時はたいてい美術館行きであり、並ぶことばかりで時間がかかった。長い間、いつかついでにと思っていたらもう上野にパンダはいなくなってしまった。オリンピックを東京に、よりパンダを上野に、と強く思う。和歌山などのパンダも見聞きしてはいるが、私は東京へはよく行くからだ。そう、勝手な願いなのであるが。
 カンカンとランランに子はできなかった。しかし、ランラン死亡時の解剖で胎児が認められたと報道され日本中の涙を誘った。カンカン(康康)とランラン(蘭蘭)のことは忘れられない出来事だ。
パンダが好きだが置物、ぬいぐるみなど何も無い。写真は、昨日家族が買ってきた花で、直接パンダとは関係はない。ただこじつけるならばランラン(蘭蘭)の蘭であるということだろう。種類はシンビジウムであるが、白くてぷっくりとしたおおらかな明るさは通じるものがある。

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2009.02.10

バレンタインチョコ

Chocolate_gift
 夫にプレゼントするバレンタインチョコは、通年販売しているお酒が入ったチョコ。それが2箱。14日でなくて、もう今日の内に渡しておく。とてもシンプルな包装である。手元にあった包装紙で私が包装してリボンをかけた。キャラメル包みでなく本包み(完全包装)している。

 ここ5年、私は夏と冬にギフトのアルバイトに行っている。年間の四分の一はギフト仕事になる。のし書きと包装の仕事で、簡単でも試験があった。学生時代から接客の仕事をアルバイトでやっていたし包装もかなりこなしていた。年齢関係なく呼んでくださること嬉しく、いつまで行くのかしらと思いながらも毎回張り切って行っている。そしてその内にバレンタインデーチョコの包装係となって単発で一週間ばかり呼ばれるようになった。今年も明日から出かける。で、夫には先渡し。明日からは人のチョコをせっせと包装している。好きにしていいように言われているので造花やリボンなど資材もいろいろ使って楽しんでいる。夏、冬ギフトと一緒で、お金を扱わなくてよいのは助かる。接客はする。たくさん頼んでいて別の日に受け取りに来る方もあり、小さな子供がお父さんにあげるという100円の板チョコ(義理でなく懸命なプレゼント)もある。向き向きに合わせて包装紙を選んでトッピングというかリボンとかシール、その他でデコレーションしている。

 簡易包装が叫ばれている昨今、確かに時代には合わないと思う。でもラッピングには夢がある。開いた後にゴミにするかどうかは人それぞれである。私は自分で使いそうな資材は取り置きしていて、リサイクルできる紙類は資源ゴミに出す。確かにリサイクルできない、ただゴミの要素である添え物もある。それでもちょっとくらいの夢は社会にごめん!と言って私は楽しみたい。

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2009.02.08

紅茶飲む午後

Siraume
Koutya
 その紅茶、イングリッシュブレックファスト№14を入れて日曜日の午後、ひとり窓辺でお菓子もなくただ一杯の紅茶をゆっくりと飲んだ。数日の陽気の良さで白梅も勢いよく咲いた。窓の外の梅を眺めながら(アネモネやセキチクなどは遠い所になる)静かな時の流れを楽しんだ。(梅、ウメーッ!紅茶!)夫は同じ部屋の少し離れた場所で日曜日であろうと仕事に追われていた。仕事が忙しいこともあるが夫は私がボーッとしている時間を決して邪魔しない。私は「仕事中に悪いけどね」と前置きしつつ長々とどうでもいいことを話したりするけど、夫は大人だ。私が特に「ボーッとしている時間」を大切にしているということも知っているからとは思うが配慮は感心、感謝に尽きる。

 本当は美しいことを思い出したり考えたりしたいけど、明日以降の段取りやら手順やらばかりがよぎってしまう。それに美しい格好でもなく、「ウメーッ!」と思うのではいけない。美しいものを着てきれいにお化粧もしてて、梅でもいいけど眺めてはアンニュイな溜め息をふっと一つ。一口紅茶を含んで「・・・美味しい。」だわねーと頭の中の私は突然ハリウッド映画の女優みたいになる。
 そんな戯れの時は過ぎ、私は目が覚めた。起きて気付いた。いつの間にか眠っていたことに。コーヒーや紅茶、お茶、まったく関係ない。私はよくコーヒー飲んで眠くなって寝るし、飲みながらでもパタッと寝てしまうことがある。紅茶はコーヒーよりもカフェインが多いと聞いたことがあるが全く関係ない。温室のような温かさに紅茶飲んだリラックス感でスーッと眠りに入って行ったようだ。夢も見ていなかった。1時間もなかったと思う。それからはまた現実。「布団、とりこまなきゃ!」ダッと起きてカップを持って場を去った。あー、楽しかったー。
 

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2009.02.06

ハロッズの紅茶

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 コーヒーも紅茶も好きだが通ではない。銘柄に好みはあるが、飲んでみての相性が大きい。生まれて育った家庭がそうであった。また、実母の親戚もそうであり、「お茶の時間」を楽しんでいる。法事で親戚の家にいても、「お茶にしようか」となったら話が早い。パッと皆で動く。車でケーキ屋さんに買いに行くこともある。コーヒーも紅茶も入れる。楽しく大騒ぎする。最近、コーヒーは多いが紅茶専門の喫茶店が少なくなって淋しい。買うことはできる専門店はわりとあるのだが、喫茶の方でゆっくりとした時間を友人と話して過ごしたいのに。まあ、そう粘られても・・・かな。

 ハロッズの紅茶ではイングリッシュブレックファスト№14というのが好みだ。以前、人にいただいて感激した。その茶葉が入っていた箱をまだ保管している。正面にはハロッズ・ベアが可愛い顔して座っている。それよりも、側面に描かれているお調子乗りベア。これを飲むとこういう気分になるんだよということでもないだろうけど、楽しい。実は、そういう気分に私はなるのだ。

 当地のデパ地下ハロッズショップには進物を買いによく行った。紅茶も、ビニール・トートバッグも、ハロッズ・ベアも人によくプレゼントした。ところが最近訪ねて行くと無い。店員さんに聞くと「ハロッズは最近、撤退しました」という。「撤退!?軍隊!?デパ地下って戦地だろうけど・・・」と思った。そして次の瞬間がくっとした。残念。すると、その話をしてもいないのに数日後にハロッズの紅茶をいただいた。ティー・バッグではあるが、イングリッシュ・ブレックファスト№14だ!なんという嬉しい偶然。ハロッズの建物が描かれている。建物は見る価値あるものだった。

 ハロッズのロゴもカッコイイが、モスグリーンの色が基盤なのが素敵。私は以前にいただいた時に付いていたリボンは加工して愛用している。少々アートフラワーをしたことがあるので布花をよく作る。ややルーズな感じに作った花に添わせてハロッズのリボンを貼り付けた。このブローチはコートに付けてずい分使ってよれてしまったが気に入っている。

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2009.02.04

万年筆

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 私は書くことが好きだ。そして描くことも好きだ。それでも現実ではたいていの場合、恥をかくか冷や汗かくか、孫の手でもって背中をかくことの方が多い。書くことも描くことも好きなだけで上手ではない。ただ小さい頃から好きだった。
 今、私が使っている万年筆は赤色のノック式で、2cmばかりあるプッシュ部を押すとわずかにペン先が顔を出す。ポケットなどに挿し込んで留めるフック部を人差し指と親指とで挟んで持って書く状態であるため最初は違和感が続いた。長く使っている内に慣れてきて今ではなんとも感じない。

 私が初めて万年筆を持ったのは中学生になった時だった。姉が使っているのを見て憧れていた。親からもらった丸ペンやお粗末な自作の竹ペンなどをインク瓶に浸けて遊んでいたが、漫画を見ては羽根ペンが欲しいとも思ったりしていた。そして万年筆は大人の香りがするドキドキものの商品だった。ところが、いざ持って使っていると文房具、筆記具であって大人がどうのというものではなかった。子供ではない今でもステイタスだとは思わない。自分との相性がいいか悪いかだけである。

 この万年筆購入の決め手は好みの可愛い赤の色味であることと、プッシュ式ということだった。私はキャップを本体に挿して書くとうまく書けないように感じていたので、いつも必ず本体から外していた。そこ、である。実によく失くした。わずかなスペースなのに何故かわからないが、キャップが行方不明になる。無い!無い!で大騒動は数えきれなかった。そこで、そういう形態の万年筆を恐る恐る様子見に行った時に、即、購入した。実はそれまで使っていた万年筆のペン先が割れてしまい修復不可能状態になっていたため、新しい万年筆が必要になっていたのだ。「・・・まっ、いいか」でやってきた万年筆であり、先に書いたように持つ手に違和感はあったが、慣れていくにつれ見事に私にヒットした。

 立春、大吉。春のような陽気な日。メールもいいけど、だれかに手紙書いてみようかなとふと思う。便箋、封筒を探そう。

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2009.02.02

花のある生活を・・・「梅の咲く」クラスメイトへ

 Siraume
一昨日のクラス会の開催店は目抜き通りから脇道に入って行った所にあった。その場所は私には覚えがあった。独身時代に茶道を九年ばかり習った。最初に四年習った先生が高齢化で他県のご長男様と同居されるため転居となった。多くの弟子を近くに住む妹先生に託された。私もその中の一人であった。相性が合わないというのか新しい先生にあまり馴染めずにダラダラと五年お世話になり辞めた。結婚して子供ができても連れて行っていたが右手の腱鞘炎悪化のために手術。術後に体調理由で後退りしつつ一応円満退出できた。茶道、お茶の世界はなかなか難しい世界だった。しかしダラダラであっても続けていたことはよかったかもしれない。わずかなことで感謝することが多い。元は黒塀であったが道路に面する表から入って玄関入り口まで歩数は同じくらい。元のままを利用かとも思われる石畳を歩いて行く。およそ三十年ぶりくらいの何歩かの間、和風モダンのその店はジャズを流していた。行きと帰りのその何歩かの歩みの時だけ昔のこと思い出していた。ああ、そうだ、ここに梅の古木があったなあとも。もちろん大きな古木の梅はそこにはなかった。

 さて、我が家の庭の古木の白梅は、はちきれそうな蕾がびっしり。メジロが何羽か遊びに来て、今日はなんとも春のような日。一年の内で本当にひどく寒い日は数えるほど。春浅く、まだまだこれから雪もちらつく日もあるかもしれない。でも梅が咲くと春は来るよという希望が心あたためてくれる気がする。親愛なるクラスメイトよ、風の中、たくさんの笑顔で過ごしていこう。ほら春の足音が。

 一句「 梅の咲く ただそれだけの ことなれど 」

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2009.02.01

花のある生活を・・・「クラス会!」

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高校クラス会は不定期に開催される。二十年前から始まった高校二年のクラスの仲間の集まりで、あまりに楽しく、やみつきになった。来る人は皆そうなんじゃないかと思う。ただ明るい楽しいというだけでなく、私はいつもそれぞれの人にそれぞれ感心してしまう。ずい分年も重ねてきたので言いたい放題もかなりすごいものもあるが、その人の人間としての深みがはっきりと感じられる。心打たれるのは特に、皆、まだまだ社会のための人でもありたいと願って行動している姿だ。こういう時代であるからこそ「それでも」そうあることは難しい。さあ、私はそういう皆にちょこちょことくっついて行こう!

 今回はやや暗めの照明の料理屋さんだった。私がホットペッパーをポンと送って「ごめん、この中でなんかよろしくでーす!」と頼んだ友人がすべてお膳立てしてくれた。しかも店と交渉、かなり安くしてもらっていた。ここでも私はポンと投げて、ピタッと留まるものを利用していて乗っかるだけで恐縮の極み。折から自費出版して話題を捲(ま)いている一人の祝賀を兼ねての集まりとなった。やや暗めの店では皆普通以上にきれいに見える。なるほどムードってそういうことかと何十年前に知っていたらと思うことを今になって気付いた。

 近況報告とかいろいろの内に還暦修学旅行の案が持ち上がった。関西圏で開催、全国から来られる人だけで一日一緒に寺社巡りなど。そしてこの料理屋を手配、お世話してくれた元社会科教師の友人をガイドにと、私のまたまた「ポン!」「ピタッ!」の厚かましさ。少し先ではあるが、つもり貯金しておかねば。わっ、目の前にニンジンが下がった。元気出して行きましょ。その元気を皆にいただいて、いつもホクホクの帰宅。花のある生活を・・・そして花は朽ちても実を結ぶ。皆と会うとそういうことだと確信できる。あー、今回もご馳走さまーっ!

 写真は私が身に付けて行ったイヤリングとネックレス。母の形見で有田焼のアンティーク。なかなか使う機会がなかった。

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