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2008.04.29

ガーベラ

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庭に一株のガーベラがあります。あまり沢山咲かないのでこれまで切り花にできなかったのですが、今年はどんどん咲いていて小さな蕾も多く見られ、安心して初めて生け花にしました。と言っても一輪挿しです。花屋さんで見る色とりどりに楽しいガーベラは多重の花弁ですが、これは一重の赤い花弁です。幼い頃はこのガーベラばかり見ていたし品種改良とか知らなかったので「ガーベラはこれ!」としっかりインプットされてきました。今はなんとか我が家や人の家の庭先に時々見られるのですが懐かしい昭和の面影があります。中原淳一のお嬢さん絵で出てくる感じです。中原淳一、宝塚、ベルサイユの薔薇、私の母が大好きでした。母は洋花が好きでしたがきっとこのガーベラも好きだったことでしょう。母のレースのショールを敷いてみるとまさに昭和のメモリアルです。今の私はほとんど和服を着ることがなく、母のショール類は洋服に合わせて使っています。最近ではこうして花生けの小道具として登場も多くなりました。タンスの肥やしよりはいいかな。

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今の多重の花弁のガーベラは花だけで、その葉は花屋さんで見ることはありません。よほど注文でもしないと無理でしょう。タマシダとかの葉をよく合わせます。その点、しっかりと同じ株の葉を添えられることはとても嬉しいことです。色も姿もキュートで楽しい多重の花弁と違い、実にシュッとした赤くて細い花弁は鮮烈な印象。クールビューティです。下から育ってきている小さな葉は手前に挿しましょう。花一輪だけで葉を添えてももちろんよいのですが蕾があると小さな葉同様に発展性が暗示され、さらに生き生きと感じられます。花器は陶製にしましたが古いレースに土が持つ温かさがマッチしたように思います。母の日が近く、意図せずに生けたのですが母に捧げる花になりました。

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2008.04.19

ワタを見つめて

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Menka2貼りつくような綿花から種を取り出しました。その内、半分に近い数が黒くなっていました。綿花はきれいですがどう素人目に見ても芽が出てくれる種には見えません。その亡き骸は、丁寧にティッシュに包んで、神棚から御下がりした塩を一緒にしてビニール袋に入れてさよならしました。
 綿花は沢山でした。これまで分をストックしていますが、なんとそれ以上あります。写真の右側がこれまでの溜めた分です。3、4年分だと思いますが経年でやや黄ばんで見えます。直射日光に当たらないようにしていましたが自然のなりゆきです。そして左側が今回分です。上から見てもやはり多いです。多く見えるようにふわっとしたのでもなく、同じボールに両方とも普通に入れただけです。

 さて、と私はそのワタを見つめて、ただ見つめていました。そもそも最初に種を分けてくれた友人がその時に入れてくれていた手紙をどこかにしまい込んでいるはずです。明日、それを見つけ出そう、今年の種を蒔き育てながら糸を紡いでおこうと決心しました。どーにかなるさ、できるできる、楽観的な部分の私がささやいています。事故に遭った後、「これを育てて楽しんで・・・」とワタの種を送ってくれた友人にはびっくりしました。ワタ!?と。でも、その後の付き合いを思うと楽しみでした。過保護と思いつつもプチプチを巻いて昨年の厳冬を越すことをしましたが、本当は年内に収穫すべきだったのでしょう。今年はまた新たな気持ちで種蒔きします。私はワタを見つめながら事故からまる8年(オリンピック2回!)の出来事をふわりふわりと思い出していました。

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2008.04.15

カラスノエンドウ

Karasunoendou1_2我が家の庭で紹介したい花は無くなったと思っていましたが、あったのです。本当はナズナをと思いましたが、すべて去り際状態でした。不精な家族が草取りしないでいると一雨毎に草が伸びます。私は、花が咲いてしまうとどうしても草取りの対象にしなくなるのでそれ以前に草取りしなければなりません。そういうことで幸運なことにワッサワッサとカラスノエンドウが庭の隅一帯をカバーしています。
 カラスノエンドウは、見た目がいかにも豆の花。この小さめのものにスズメノエンドウというのがあります。私は昔、年に1、2回の野草観察会に参加していました。先生2名がたくさんの参加者にわかりやすく説明してくれる、ハイキングのような楽しい会でした。その会の一番最初に教わったのがカラスノエンドウでした。今もあまり山野草は詳しくないのですが、カラスノエンドウを見るたびに懐かしく思い出します。「それじゃあスイートピーはタカノエンドウって言うんじゃないの、ワシノエンドウではジジくさいし」とか大真面目に思ったことでした。

 酒器に数本生けてみました。あまり日持ちしないでしょうけど、明日は雨というので。実際、路傍や山地でもからまりあって伸びています。こんなに細い蔓(つる)でも、巧みに引っ掛けて倒れずに伸びていっています。太い枝の蔓でなくても蔓植物には必死に生きてゆくたくましさがあります。何かに頼って生きていくのでなく、必死なだけ。「ちょっと、ごめん。」でお互いさま。必死の末のその花は何も知らなかったような可憐さ。奮闘する親の姿は植物も動物も同じなんだと、また感じます。

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2008.04.08

サイネリア

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中高生の時、街中の洋菓子店の包装紙で好きなものがあり、同じ趣味だった姉と奪い合うような感じでした。その包装紙は白地にエンジと白ぼかしのサイネリアの花が全面に大きく描かれていて、つるつるのコーティング、厚手の紙でした。私は紙箱に貼ったり、ブックカバーにしたりしてお気に入りを身近に置いていました。その時にはサイネリアはあまり販売されていない花で、名前も知りませんでした。最近は色もとりどりに鉢花としてレギュラーの地位を確保しているように思います。この花は半球状になっているので、そのままマッス(かたまり)として枝ものの根元に生けられます。根を洗って生けて、また土に返すこともできます。「鉢ものを味方にして」という内容の記事の時に書いたと思います。
 その思い出があって、近くの八百屋さんの店先にサイネリアの少し傷んだものが並んでいるのでさえ信号待ちしながらじーっと見つめていると、店主が出てきて、「150円でいいよ。」と。半端だなーと思いながらも口をついて出た言葉は「税込みで、ですか。」の私。店主は勘で、すぐにポリ袋に入れています。私は思し召しと思ってそれから財布に手を。我が家に連れて帰りました。

 さて来客もあり花でも生けて、と眺めると傷みはわりと大きく、その部分を取り除くととてもマッスにそのままなどできません。無事なところを切り分けて小さなマッスを作ることにしました。傷みのある花もいくらか使っていますが顔を見れば「これがサイネリア」とすぐにわかっていただけるので美しいとも言えませんがアップも載せました。マッスを上から見ています。半球なのでやはり丸い形になっています。枝ものは、庭の芽出しアジサイです。これから葉を増やし勢いよく伸びてゆくアジサイです。黄色の花器にピンクの花、黄緑の葉とは言葉で聞くとギョッとしますがすべてのバランスもあり、実際に見ると「陽気な春」というイメージです。ぐんぐんと自由に伸びてゆくこういう枝ものの根元にはドンと構えて静のマッスは調和します。枝は細くても線が揃う感じのもの複数本が太い1本よりも表情が深くなります。機会がありましたら花遊び感覚で、お試しください。

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2008.04.03

ワタの種を取り出す


Wata2Wata3

先月いよいよ諦めて実を摘んだワタ。ホクホクした綿花を取り出すとすーっと伸びる雲のような白い真綿。この綿花の中に種が何個かずつ入っています。これからテレビ観ながらでも、のんびり何日もかけてこの種を取り出す作業をします。中には大きくなれなかった小さくて細いものもあり、「ごめん!」と言って破棄するのですが辛い思いがあります。でも、それよりも元気そうな種とのちょっとした闘いに夢中です。なかなか引き剥がすことができないのです。しっかりしがみついているという感じで、ワタの繊維をつまんでは剥ぎ、の繰り返しになります。これは可哀想とは思わず、闘いです。「こらっ!」とか言いながら。

 昨年はあの寒波到来の冬に、本当に瓦礫の跡の場所に頑張って育ってくれました。今年はもっと陽が当たるよい土のところに植えますね。どうかたくさん育ってくださいね。地球上のワタ畑で1年間に18億トンの二酸化炭素を吸収し、13億トンのきれいな酸素を生み出しているそうです。(日本綿業振興会のリーフレットによる)まったくそういうことに加担するようなものではないけれど、このコットンボールは幸せの象徴。ふわふわの心でありたいものです。清らかな花咲かせて。


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