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2007.05.30

ビヨウヤナギを生けて

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 今年もまた庭の隅の小さな木、ビヨウヤナギが花を咲かせています。昨年の今時分に「オトシを入れて花器に」という記事でニワナナカマドと一緒に生けました。それは床の間でしたので、普通のリビングに軽く今年は生けてみました。花器は既製品で半円形、でも奥行き(挿し口で最大)は4cmという薄さです。数本の枝を選ぶのに四方をぐるぐる回って決めました。枝ぶりで見ているので頭の中で構想はできています。小さな木だし余分に切っては可哀想、これとこれと・・と思い浮かべながら決めるのですが、もちろん思い違いなどあります。そうなると考え方を挿し替えてその枝を生かす生け方に変更します。今回は当然わさわさとたくさんついている葉を省略して落とすのことはあるのですが、花器の関係で極めて軽くすることが求められました。線の生き生きとしたビヨウヤナギ、根元には庭のバーベナの赤を二輪。これは挿し色にしました。

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昨年の記事に書いていますがヤナギの類ではなく(枝がしなるどころではなく、ポキッと折れます)オトギリソウ科の花です。似た花にキンシバイがあり、近所の道路沿いの植え込みに発見しましたので紹介します。キンシバイはもっと梅の花といった感じです。

 ビヨウヤナギはわずかな風にも大きく揺れて咲き続けます。初夏の陽射しそのものの明るさで。そして花弁ははらはらと散るのですが花芯は不思議な散り方です。ぱらぱらと次々でなく、十数個単位でまとまってパサッ、パサッとつけまつげみたいになって落ちます。少し笑いそうです。05300001_1_1
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・・と、今日は生けた翌日(31日)ですが、上に咲いていたの花弁と花芯が散りました。その一部が小枝にかかっていましたので、「つけまつげさん」をアップしました。笑いそうだけど、可愛いです。水を揚げて次々と花が咲いています。05310001_1

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2007.05.24

アザミを生けて

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 家族がアザミの花を知り合いからいただいて帰りましたが、長い車の中ですっかり水を下げてしまいぐったりと二つ折り状態でした。それを何回も水切りして養生させて蘇生、既製品の花器(いただきものですが)に生けました。とにかく葉のトゲが痛くて、ふうふう言いながら挿しました。アザミはキク科アザミ属の花ですがアザミというのは通称で、なんとかアザミといった風に何らかの名前が前に付きます。でも一般的にはアザミでよいのです。このアザミはよく庭で植えられているドイツアザミです。ドイツに由来するものでなくイメージでついた名前だそうです。初夏の庭や野山の風景を思い起こさせる花です。

 「夏が過ぎ 風あざみ 誰の憧れに さまよう  青空に 残された 私の心は 夏もよう」と、井上 陽水の歌を少し歌いながらポンポンと(あ痛っ!痛っ!とかも言いながら)アザミを生けました。置き合わせるものが浮かばず、いまいちかなと思いながらも、今年もまた登場の、友人からのプレゼント、地中海風景ミニ絵画です。ちょっと違うかもと思いつつのコラボですが少しだけ風、感じるようにも思います。

 アザミはグングン水を揚げて元気です。だんだんシャキッと直立感じになってきています。トゲは攻撃するためでなく防御するためのもの。まー、そんなあなたを切り花にして連れてきて悪かったわねーと話しかけたら、黙っているけど少し嬉しそうかな。あんまり友だちだよって言葉かけられないと思うから。ここでは、友だちだよ、話しよう。

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2007.05.18

ドクダミを生けて

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ドクダミの花をたくさん見られるようになりました。そこで今年もドクダミを生けてみました。縦方向の線状の感じに、真ん中あたりにはボリューム持たせています。花器にしたのは百円ショップで購入していた軸掛け。雑木の小枝をまとめて、両端は太い枝になっています。その片側をぐるぐる巻いて立て、もう片側で反対側からオトシを巻き込んでいます。オトシは金属製ですが小さく、色味がにているものです。反り返った小枝が組まれたあたりから正面につぼみを一本出しています。小さな水盤や鉢状の器に生けるのとでは違った雰囲気になります。和洋モダン風というべき感じに。

 昨日の記事のマケナイゾー精神は、人との競争では決してなく、自分におそいかかる現実に対してのことです。そして、あきらめない人生を、しぶとく自分を生かす人生を、と欲張りですが。ドクダミを風呂場の外の隅に摘みに行き、山ほどの中から数本。強い匂いの中で、陽を求めて這ってから、また伸びているドクダミに「・・・マケナイゾーだね」とまた思いました。力入っていることでなく、さらりと、したたかに生きている植物の姿にははっとします。

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2007.05.17

三度目のワタ育て

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 私は思い立って、通販でワタの種を購入。2袋。16粒90円。以前は東に向いた50cm四方の場所だったけど、大変な場所ながらも南向きの半畳ばかりある場所を我が家の庭に得ました。そこは我が家のリフォーム時に取り壊された物置跡で、そもそもはボイラー室だったらしく、とにかくゴロゴロのセメントと石ころばかりの地。私はすごくさびしい気持ちで断念したワタ育てに再々トライします。ずい分ほぐしたけど育つかなと思って、1個だけ鉢植えにしました。とにかく浅く種まきしたし、ネコよけに花苗が入っていたプラかごを伏せてガード。コンクリート破片とかで場所をマーク。もうこれで、水やりしながら気分はなぜかスカーレット・オハラ。そう、私は「マケナイゾー!」と思ってワタ育てを決心したのです。きっかけは、テレビでの懐かしいフォークソングの特集番組です。不安以上に恐れを知らない時代の生きてゆく姿としてフォークソングは大好きでしたが、やはり好きですねー。なぜか「マケナイゾー!」精神が復興しました。まあ気負わずもう一度子育て気分で楽しみます。いけばなと直接関わりはないのですが時々アップします。早く芽を出せ、ワタの種。。。

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2007.05.13

母の日の花

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母の日の花としてカーネーションが定着しています。小さな頃からなので、やはりミニであってもカーネーションをとは思ったのですが、時々見て、そして当日の今日見ても心動かすカーネーションとの出会いが無く、と言って街中探す気も起こらず・・・。庭に出て、実にわずかばかりの奔放に咲いている花を摘みました。花器は自然素材の編み籠ですが、昔の買い物籠に似ていて、エプロン姿の「お母さん」のイメージが連想されての採用です。持ち手の右側いっぱいに入る大きなガラス瓶を入れ、たっぷりの水です。サービス袋など考えられない、文明の利器もこれからという時代に、皆、買い物と言えば買い物籠下げて商店に買い物に行っていました。小さい子供であった私はただのくっつき虫でした。でも、ものを選ぶ母を観察していて、今の主婦業に役に立っています。買い物籠下げて立ち話のお母さん、「はよ、帰ろー」とスカート引っ張った覚えも多いです。そんな「お母さん」のイメージで、こぼれるような幸せ気分の一作です。ありあわせの花材ですが思いを込めました。昼咲き月見草だけが背が高く、あとは下草のような丈。でもセキチク、バーベナ、キンセンカ、パンジーの強い色味で籠から溢れる楽しさにしました。なんとかあった奥行きへの線はムラサキツユクサのシュッとした長い葉、正面には柔らかいアップルミントの一枝で、どうやら形にはなりました。カーネーションでなくてもいいです。自分らしい母の日の花、生けてみましょう。 ブラボー、お母さん!

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2007.05.06

「花のある・・・」

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 葉、その緑を生けましたが、バラが一輪舞い込みました。家族がコンサートに行き、いただいて帰ったものです。大輪で、外はピンクなのに開いた中は黄色という不思議なタイプ。黒い小さなボールに花器を替えて、小さな剣山を入れています。ハランは水切りしながら、少し丈を短くしました。そして花のボリュームに合う程度に葉の面を少し多く見せています。葉一枚、花一輪でもちょっとしたスペースにはなんとか格好がつきます。ハランとバラの葉の緑の色味が似ていたのだけは残念でしたけど。

 芽生えて、伸びて、花、実、枯れて、葉も落ちた裸木、それぞれのシーンはそれぞれに花であり得ると思います。すべてを通してあの時が一番、花だったなーと思うことがあっても。その時々の花を最も素晴らしいと思える表現で後押ししたいし、そのおかげで和みやパワーをもらっています。「花のある生活を・・・」との副題は、植物と同居することを勧めていながらも花のある人間をも目指しています。文化人、芸能人の花は当然、その道の深さを極め、また精進している自信からも輝いています。私のように普通の人は、生活者としての目を養う、心をもって見ることに尽きる気がします。自分や人、社会や自然を素直に丁寧に観察すること、そこからの発見を生活に生かすことです。そして経験から、いけばなは、きっと、より深みのある豊かな人生のお手伝いができると確信してお勧めしているのです。これからも、どうぞ気楽にお付き合いください。

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2007.05.02

続 緑を生ける(WINDY)

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 少し前に、本当に少し伸びた若い緑、アマドコロとカエデを生けました。生けるというより一枝挿すという感じですが、今回は葉の面が大きい緑を一枝生けました。日々、我が家の庭の隅にひっそりと茂っているハランを洗濯物干しながら見ていました。今日、何十枚かある葉で大きいものは避け、小さめの若い葉で動きのあるものを一枚探し出しました。高さは膝くらいの応接テーブルに置きました。花器にしているのは水滴です。最近は墨を磨ることもなくなりましたが長く持っている文具です。合金と思いますが小さくてもある程度の重みがあります。スペースの関係もありますが葉一枚をしっかり留められる、転倒しない長ささえ検討すれば、あとは水切りして挿すだけ。上から眺めればベタッと緑ですがそれぞれの位置から楽しめる葉一枚の魅力です。シュッとなっていて、さらに波打っていると確かに動きが感じとれます。WINDY・・・風のある、そう風のある風景、風を感じる時というのは最も私の好きなものです。そしてブログのタイトル。

「生きよ、生き生きと生きよ」風が植物に語りかけ、それが私に語りかけます。私は誰に?たぶん自分自身。
 葉は小さなものでもそうですが、表も裏もきれいに水拭きしてから水切りしましょう。ようやく春のボーッとした頭がなんとかなってきました。パワーいただいて、この陽春過ごします。ハランは、お料理を引き立てるように境目に、下敷きにと活躍する緑色のきれいな葉です。お寿司、お弁当に入っているビニール製のものはバランと言って、そっくりさんです。さて、名も知らぬ葉でも結構。緑を生けてみませんか。

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