« 2005年11月 | トップページ | 2006年1月 »

2005.12.27

正月の花(2)

 正月の花で松竹梅を使わなくはいけないこともなく自由でよいのですが、おめでたくもあり品格があるこれらの内ひとつでもドンと使うと重厚感もあり作品がまとまりやすいものです。置く場所によって構成が変わりますので縦長、横低、全体ボリューム、小品と分けて奇数種の花材を考えてみます。花器が決まっていたらラフスケッチ(こんな風に生けたいというおおまかな構成図)を描き、色鉛筆で色もつけてイメージをふくらませましょう。主になる花材(例えばマツ、タケ、ウメなど)を線的に扱うのか面的か量的かでさらに印象は変わります。生け花やフラワーアレンジメントなどの写真を見て好みであるものを取り入れると意欲も湧きます。一例とするならばマツ(立てますので、ワカマツと言って販売されている真っ直ぐなマツが扱いやすいです)、ウメ(枝に花つぼみなど無くてもよく横に伸ばすので棒のようでなく流線形のものが効果的です)スイセン(1本でよくすっとしていて姿がきれいなもの)、センリョウ(赤い実がたくさんついたセイヨウヒイラギの和風といった感じの枝もの。実が上向きにつくのでめでたいとされています)、コギク(マッスにして足元にまとめます。花器の色、置く場所にもよりますが、黄色のもの)の五種がいろいろな要素を満たします。
 
お正月には特に出てくるものですがゴロ合わせとか縁起かつぎの類には笑ってしまったりうんざりする事もあると思います。でもおせち料理の一つ一つに表れているように、家族の健康と幸せを願い、さらに代々にその幸あれと思う心が溢れています。正月花も、先のセンリョウの実の上向きということもありますが、とにかく新鮮な花材で生き生きとしていることが大切です。置き合わせとして正月らしいもの、干支の置物や凧、駒、羽子板などを効果的に持ってきましょう。ハレの日にはシャンとした新しい気持ちでいることが儀式的で厳粛と言うより近いと思います。

 マツは、マツヤニが出ますので使い捨てのビニール手袋をしていた方が扱いやすく手が汚れません。手につくと落とすのに苦労します。鋏も黒っぽくなります。年内に根気よく手入れしてきれいにしましょう。家族やお客様に見ていただくディスプレイでもありますが「年神さま、いらっしゃい」の花、小さくても自分らしいもの、我が家、その場所にふさわしいものが生けられますように。今年、私は一本のワカマツを立てて「幸運をマツ」ことにします。なお、マツももちろんですが小さな裁ち落としの枝や花も、お猪口に挿したり箸置きにしたりして新春の小道具で活躍させましょう。関連付けでおすそ分けといった感じですが、生命の限りを生かしてみましょう。捨てる部分は少ないものです。

| | コメント (0)

2005.12.26

正月の花(1)

 クリスマスを過ぎると同時に、急ぎ正月花の方にかかっていました。以前は、もう広報誌でもほとんど目にもしない正月の生け花講習会が頻繁に行われていました。私も普通の教室の他にPTAなどで一人で何十人もの一日講習をしました。フラワーアレンジメントが現在それにとって代わっているのはずっと以前にお話しました通りです。いくつかの要因はあっても、崩して持ち帰り自宅でまた再構築することの不安と面倒くささが大きいと思います。出来上がりを持ち帰り、場所に置けばよいのは無駄もなく苦労もないことです。なかなか進みませんが生け花のこの難点(生け花をしている人には面倒なことでなくても初心者には苦痛であるはず)をいつか改善、解決してみたいとハナ息荒い私です。

 正月の花はなぜか心踊りました。計画から準備の段階で極めて興奮状態でした。古来より日本人の生活にはハレとケがあり、ハレとは季節に応じたお祭りの日であってケとはハレとハレの間の普段の生活です。ハレは神に祈る時であって集団で祈り祝うものとして儀式的なもの。厳粛な中にも豪華さが求められるわけです。正月花の講習会に参加される方は「お正月くらい生け花をと思って・・・」と言われる方が多かったのですがたぶん気持ちもシャンとするイメージがあったのでしょう。花材は奇数種類にして、とにかく鮮度のよいきれいなものを使用します。年神さまに一本のマツを立てる、心こめて立てる、それだけでも十分なことです。門松はその表れです。中世以降にタケが入り、この頃ではおめでたくウメも入って、葉ボタンやその他の飾り物も加わり楽しく豪華になっていますが気持ちは一本のマツを立てるのと同じです。

 神を恐れつつも敬愛し、家内安全を願い一心に一本のマツを立てる行為は愛さずにはいられない庶民の清らかな姿です。信仰の神道と関係なく、来年の年神さまに願いも意気込みも見に降りてきていただきましょう。単なるディスプレイでなく入魂の一本、一作であること、心こめた正月の花が何よりと思います。


 

| | コメント (0)

2005.12.18

クリスマスの花(2)

 生け花教室ではいつも「クリスマスの花」というテーマを今頃に入れて、必ず創作でした。バラ二色にカスミソウ沢山の時もありヒイラギにバラ、アスパラガスにガーベラの時もありました。赤、緑、白のクリスマスカラーを入れていました。情熱、生命の赤。安らぎ、永久不変(常緑として見て)の緑。純潔、正義の白。大雑把にはこういうイメージに捉えてのことです。置き合わせるものはクリスマスらしいものですが、置く場所やその人の好みのものです。天使やサンタさんの人形、スノードーム、クリスマスベル、クリスマスカードなどでもいいです。花器や花との調和がとれるものにします。「ファミリークリスマス」とか「二人っきりのクリスマス」とか自分の中ではっきりとしたテーマを作っておくとまとめやすいと思います。可愛い感じ、荘厳な感じ、大人っぽいおしゃれな感じと同じ花材でも花器と置き合わせるものの変化で、生け方も違えば作品自体も場に置いた効果も異なります。金銀のモール、ご自分のオルゴール、宝石箱、アクセサリーなどキラキラきれい系はワクワク感が満載になります。

 クリスマスを宗教の違い、あるいは悲しい事実があって楽しいものと思えず生けたくない方もいらっしゃることでしょう。そういうこともあり、前回お話しました私の母のことばを前もって講義の折りに参考に出していました。手前味噌ですが子供の時に感心(へーえ!)したものです。早くに天国に逝ってしまいましたが偏らないおおらかな心を持つことを教わったと後々思いました。希望ある限り力は湧き、前進できます。希望の日と、私もわが子に伝えて育てました。

 もちろん、一輪の花でいいわけです。ガラスコップにバラ一輪でも。アルミホイルでコップを包んで、敷物をクリスマス雰囲気にして何もなければ手書きのカード「メリークリスマス」でも。「がんばれ、私」「がんばろう、私」そういう思いでもまったくいいわけで「よい明日が待っている」と思える一輪を生けてください。よくよく花一本を回して見てポイントを見つけましょう。ハッとするポイントが決め所です。そして、生けた大切な友だちと、メリークリスマス!
 

| | コメント (0)

2005.12.17

クリスマスの花(1)

「ジングルベル」や「恋人がサンタクロース」のメロディ流れる店内で三倍速の感じでギフト仕事をして夜の公園を通り家路につく時、「ああ、クリスマス」と思います。私の母はクリスチャンで、「年内には」という日本人的言い方でなく「クリスマスまでには」というクリスマス人でした。私も教会に通っていた頃もありますが全く宗教的な気持ちは無いお遊び感覚でした。母は宗教に関係なくクリスマスは希望の日であると言っていました。辛いことが多かった人は来る年は喜び多い年であるように、よい年であった人はもっとよい年が訪れるようにという、希望を持つことを期待し精進を誓う日であるように言っていたように思います。救世主の誕生日なのだけどロマンチックな日でありプレゼントに盛り上がる、歳末商戦のナンバー2(お歳暮がやはりトップに君臨では)でしょう。

 まるまる着込んだオバサンは公園を斜めに通過しながらホワイトクリスマスを歌います(雪、降れ!)。歌えるフレーズは短く、すぐにハミングになりそのまま帰宅している毎日です。家の傍の花屋さんは閉店していますがガラス越しに商品が見えます。やや暗い中にポインセチアの鉢がずらっと見えます。赤が多いのですが最近は白(オフホワイト)もよく見かけます。
 ポインセチアはいつか話の中で触れましたが緋紅色の花弁に見えるのは苞で花は退化していて髄(花芯)となっています。枝のためはきかず水揚げは悪い花です。元々が観賞用で温室栽培される花です。生け花する時は切り口から出る乳液を洗い流して水切り、切り口を焼いてアルコールに浸します。でも、クリスマス以降も楽しみたいならば根洗いして生け花にして、また鉢に(土に)戻してあげる方がよいかもしれません。また、鉢カバーに工夫をして温かい感じをアップ、さらに置き合わせなどで自分らしさをプラスすれば生け花でなくても、日頃も、来客時、パーティであっても大丈夫。店頭から移行しただけというのは訴える力は少ないものです。

| | コメント (0)

2005.12.12

歳寒三友は

 おめでたい象徴に松竹梅があることはよく知られています。中国では歳寒三友と言って最高のもののシンボルにしています。その最高のものが日本に渡って来ておめでたいものの象徴にもなりました。元は東洋画の画題の一つで、寒さに耐える代表とされます。三者を取り合わせた時、形や色、質感が異なりながらも見事に調和することからおめでたいともなったと思います。松は変わらない緑に不老を感じ、竹は真っ直ぐに伸びる幹に成長、節に節操を感じ、梅は風雪に耐えながら清らかな花を咲かせることに忍耐を感じとって、物理的にも心情的にも最高でありおめでたい象徴にしたものでしょう。一体どういうことから例えばお料理コースのランク付けで高い方から松、竹、梅となってしまったのでしょう。ウメちゃんは憮然としているに違いありません。

 同じように人生に三人の心強い友だちがあれば成功した人生でなくても宝物を得た人生であるとも言えると思います。松のように誠実で、竹のようにたくましく正しく、梅のように忍耐強いというタイプに振り分けなくても、あるいは欠点ばかりの人であってもよいのです。極寒の時(心身ともに極限の時)に「あの人がいたら」という友だち、あるいは実際にそういう時に救ってくれる友だち、三人いたら本当に「ありがたく、おめでたい」こと。本格的な寒さがやって来ました。温かいもの飲みながら「あの人かな、違うかな・・・」といろいろ自分の歳寒三友を思ってみるのもいいですね。

| | コメント (0)

2005.12.09

冬の花

 そしてサクラの落ち葉を踏みしめながら私はまたお歳暮商戦に通い半月が過ぎました。ボーナスも支給され恐ろしいばかりの戦場です。大晦日までをギフトののし書きと包装などに明け暮れます。白いの目立ってきた髪振り乱して、時には笑うしかないほどの忙しさ(なんなのだー!、、、と。)の中、奮闘しています。こうしてみると結構経済は回っているんだと思いますが、たぶん律義な日本人の表れでしょう。「お蔭様で」という、感謝の気持ちと「やっぱりしといた方がよかろう」という渋々お義理の気持ちの混在ですが、それでも年の締めのご挨拶は立派なものです。少しでも予算内でよいものを安く贈りたいと、ギフト選びの方々は実に真剣です。

 同居の義母が「冬の花は何やろね、パンジーしかなかろうね。」と言いました。この「花」は庭に植えて冬の色味の無いさびしさを補い温かな印象にする花です。私はいい加減な言い方「そうですね」を言い、義母により我が家はパンジーの館のようになりました。
 「あなたの好きな冬の花は何ですか」と聞かれるとエッと思うことでしょう。寒々とした季節に一番友だちでいたい花(年間通して花屋さんにある花でもちろんよいわけです)を心に浮かべてみましょう。蝶々のように北風にも負けずヒラヒラとしながらもしっかりしている色や姿が豊富なパンジーでも、インパクトの強い真紅のバラでも、粉雪のような真っ白なカスミソウでも。その花は心が冬の到来の時でも強い味方であり最も慰め励ましてくれる友だちかもしれません。ふっと考えてみて、浮かばない時は花屋さんのぞいてみても。冬の花、冬の友だち。慌しい歳末こそ、一輪の花を生けて同居してみませんか。

 

| | コメント (1)

« 2005年11月 | トップページ | 2006年1月 »