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2005.06.27

ジューンブライド

 六月はあっ言う間に過ぎようとしています。誕生月ですが、最近は天候異変が多く陽性の梅雨というか梅雨らしい時期と言い切れません。でも小さな頃は梅雨の真っ只中に誕生日で、「降りっ放しちゃん」とか言われたことあります。後になってみると私は「フラレッ放しちゃん」で、ふられて雨の中を泣きながら歩き回ったことなどあります。なのにまた恋してふられて。でも、ようやくその後にふられることなく主人と出会い、現在に至っています。少女の頃はジューンブライドという言葉の持つ魅力に惹かれたこともありました。六月の花嫁さん、外国だけでなく日本でも幸せになれるんだろうなー、とポーッと思っていた頃ですが、実際の生活は週末度に近くの友だちと貸し本屋さんから十冊マンガ本を借りて、泊りがけで一泊二日の本に夢中になっていたロマンスも何も無い子供でした。
 その後もジューンブライドという、おまじないにも似た言葉は何か素敵な世界へ誘ってくれました。さらには四つのものを身に着けたら幸せがさらに約束されるということも知りました。何か新しいもの、何か古いもの、何か借りたもの、何か青い色のもの。この内、「何か青い色のもの(サムシング ブルー)」に目が行きました。なぜ青、でも青なんだ・・・青、青・・・と。インターネットで調べたらすぐにわかることもやっていませんが、ずっと心に残っています。こじつけのように、「そういえばウエディングブーケに青い忘れな草がちらっと入っているの多いよね」などと思いながら。

 ジューンブライドさんはじめ世界中の花嫁さん、これからの花嫁さん、昔の花嫁さん、すべての人に幸せを。ほんのちょっとでも花のある生活を楽しんでいる人でいてくれたらいいな。サムシング ブルーではないけど、私は小さな青いアジサイを誕生日に一輪生けました。

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2005.06.21

「ロード オブ ザ リング」の花

 映画「ロード オブ ザ リング」の完全版が近くにできたシネコンで一作から三作までが一週間単位で続けて公開され、勢いこんで毎週出かけました。どれも四時間くらいのもので、画面は大きいし音響はすごいし、大満足でした。何回観ても飽きない、なんと壮大で深いんだろうと毎回心打たれます。
 映画には生け花は出ません。もしかしたらそれぞれの種族の家庭や宮殿に飾っていた花はあったかもしれませんが、映画では室内にディスプレイされた花は見当たりませんでした。でも花は生と死の象徴のように配されていました。死に関しては白い花でした。ロード オブ ザ リング、この映画を花にしてみると・・・となると、あらゆる事象をも花にしてきましたが、これは私にはできません。可能なことはホビットの庄に咲き乱れる野の花々かもしれません。生と死、愛と憎、この永遠のテーマの中で、大いなる愛こそが世の中を動かし得ると信じられる気がします。生けることよりも生きている花の姿が素晴らしいのです。だからこそ、生け花にしてその植物が喜んでくれるようなものでなくてはと思います。

 全体を花に表すことはできませんが、魅力的なそれぞれのキャラクターなどを生け花にしてみたいなあと思いました。種族別なり個人別なりに。そうした方々に家に来ていただきたくもあり、時々は同居して勝手なおしゃべりをさせてもらいたいとかも思います。
 久々の雨になりました。梅雨入り宣言してからは雨らしい雨が無く、ようやく降りました。こちらも勢い元気に見えるアジサイが移ろう色合いに冴えを見せています。「私はどなたが似合うでしょうね」とでも言っているように感じます。

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2005.06.18

病院で

 見舞いの病院のロビーで待ち合わせしました。半畳ばかりある花席に生け花している方があり、遠くからずっと見ていました。ご年配でかなりこなしてこられた様子です。大きな洗面器できっちり水切りされていました。手つきが堂々としておられ、すっすっ、さっさっ、ぐいっぐいっ、と見る見る生け上がりました。花鋏をガシャンガシャンと台(花席)に置かれる音以外は感心して拝見させていただきました。季節の花が正面玄関入ってすぐにバンと迎えてくれるのはいいものです。

 そう思って周囲を見渡すとびっくり。ロビーに置いてある観葉植物の大きな鉢の二本は普通でしたがあと五本は半分枯れた葉で、緑色している分も勢いがありません。目の前にある小さな鉢の五本も枯れてはないもののしおれた感じです。知らん振りして立って歩いてみるとどの鉢も受け皿に水が溜まり汚れています。ありゃ!という感じです。せめて枯れた葉は取り除いてはどうなのかと思わずにはいられません。命を助け、元気をくれる病院、しかも明るくて健康的なロビーの正面には季節の瑞々しい展示花。その傍に大きな弱った植物の鉢が複数個あるのは残念なことでした。

生け花されていた方がボランティアかどうかわかりません。でも流派や名前など出していないところが気に入りました。銀行や郵便局その他でも生け花があるとパッと目が行き足も向きます。ちゃんと手入れされている作品は小さなものでも気持ちよいものです。生けっ放しの感じしかない作品もあります。お教室や名前などの札があってもなくても、生気のある気持ちよい植物が元気をくれます。病院などは特にこちらの友だちの健康管理していてほしいなあと思いました。

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2005.06.15

ハンゲショウが咲きました

 遅れて梅雨に入ったというけれど日中は梅雨明けのような陽気です。空梅雨と思っているとダーッと降ってくるかもしれませんが。また庭のアジサイがしょんぼりで雨待ち花です。その隣にハンゲショウが咲きました。半夏(ハンゲ)、夏至から11日目、大体7月2日頃に花を咲かせていることから半夏生(ハンゲショウ)とも言われています。一方では、葉の半分がお化粧したみたいに白くなることから、半分化粧した半化粧(ハンゲショウ)とも。花にせよ名前の由来に関しては諸説あるものが多く、ほとんどのものを私は私なりに納得いくものを「私がとる説」としていますがこれは両方捨てがたいです。ダブルで受け止めています。

 ドクダミ科で、根茎で増えていきます。花弁もガクもなく、白い穂状の花序がありますがその反対側につく葉だけが半分白塗りの感じになります。葉一枚が半分マスクの謎めいた魅力でパッと見には大変地味な花ながら目を引きます。竹篭や素朴な陶製の花入れにすっと挿して静かで穏やかな一輪に暑い日中にかすかな風を感じるのも落ち着きます。小説が書けたらこの姿と名前のミステリアスなパワーを発揮したいものです。厚かましい妄想ではちょっとした賞に入選してテレビ化、主演女優は・・・となりますが、すべて残念!です。隣家の白猫が先ほどゆっくりと通り過ぎたあたり、イメージは膨らむのに。ハンゲショウの姿の実際をご存知ない方はごめんなさい。少しでも勝手に想像していただけましたら。梅雨の合い間の夏日の下のハンゲショウは「うふふ・・・」と軽く揺れています。

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2005.06.09

ミラーマジックで花を

 先日のハナショウブ祭りの時には、小川に沿ってずっと続くハナショウブが流れのおだやかな所では水面に映っていました。めがね橋も水面に映って円形状態でした。水面に映る姿で圧巻をさらに増していました。

 一輪挿しに生けた花、もっと大きくて普通の作品でも構いませんが水面に映る分だけでなく鏡で横や後ろ、下からのアングルを映してみるのも楽しい工夫です。鏡台や玄関などの鏡の前に花を置いて、あるいはガラスやクリスタルのグラスに生けたものの下に鏡を置いてみてください。また違った面が見えてなかなか素敵です。こぼれるようなアジサイが奥にもまた増えたり、一本のアジサイの一輪挿しも後ろや下からだと色味も姿、雰囲気も違ってきます。

 マジックミラーは、鏡の向こうから透けて見えるマジックですが、鏡によって違う効果を出せるミラーマジックはわずかの変化ですが楽しいものです。下に敷く鏡は平置きしてよいもの、また光を反射してキラつかない場所に置きましょう。鏡でなくても映る効果であればガラス、ステンレスなどのトレイとかでも淡い色影が映る楽しみが期待できます。器はガラス製ですとクリアですがそうでなくてももちろん大丈夫。アクセサリーやビー玉など置き合わせるものもミラー効果を考えて配置してもよいです。置き合わせるものはうるさくない程度でピリッと決めになるものを選びましょう

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2005.06.06

奥行かし

  ハナショウブ祭りというものに同級生と一緒に行きました。静かでゆったりとした小都市での開催で、毎年ニュースで目にはしていたものの機会がなく初めてでした。実は期待もしていなくて、失礼ながら俗っぽいのではと思っていたのです。違いました。六万六千本のハナショウブが満開で、小川の流れに沿って少しずつ景色を変えながら見事でした。尾形光琳の絵柄さながらに八橋を歩き、すぐに写真!写真!と、昔のお嬢さん方のはしゃぎ様は好天気にも恵まれ、これまた満開でした。光琳の八橋には紫色のカキツバタが締まってキリリですが、延々と続く流れに沿って何万本ものハナショウブとなると単色ではやや退屈です。白から紫色にいたるグラデーションが少し先、そしてめがね橋を過ぎてもっと先まで続いているハナショウブの群れは圧巻で、一つの言葉が浮かびました。 「奥行かし」です。「おくゆかしい」と言うと「深み、品位があって心ひかれる」という意味合いです。そこで、「おくゆかしい」は奥にひそむものに強く心がひかれ、さらによく知りたいという気持ちになる、奥へ奥へと誘われるようになるのです。好奇心以上に魅せられてしまうという具合です。めがね橋の向こうにさらに続くハナショウブ群を見た瞬間に、生け花で「奥行き」についての説明で「奥行かし」を話していた自分のことが思い出されました。一緒に野歩きして遊んでいたら黒板を背にして向かい合って話しているより楽しく分かりやすかったことだろうな、と今更ながらに感じたものです。

 一緒に楽しんだ友人たちとは、これからもお互いに「奥行かし」と思いながら付き合ってゆける仲でありたいと思います。そして、奥行きは深み。深みのある人にこれからなってゆきたいものです。生け花が奥行きを大切にするのはペラでないものを求めているとも考えられます。

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2005.06.02

雨に咲く花

 雨が降りました。すでに咲いていたアジサイがにわかに華やいで見えました。梅雨時の花というとアジサイが浮かぶのですが、雨の中で水を得た魚のように生き生きとして見えます。雨の中に咲いている花は多くあっても「雨に咲く花」というイメージは何と言ってもアジサイだけの感じがします。咲き始めから色味が変わる、また土壌の質によっても色が変わることからか花言葉は「浮気な恋心」とかいうものです。ガクアジサイのように中の部分は花でなくて周囲にぐるっと小花が咲く形態もありますが、色も白、青、紫そしてそれらの微妙な系統色と変化に富んでいます。大きいものは一輪で子供の顔くらいです。そのままマッスという感じですが大きさや色を取り混ぜてマッスにして生けるのも圧巻です。ただボリュームにあった花器が必要になります。

 六月は陰暦での呼び名では水無月(みなつき)です。諸説ありますが陰暦なので現在の七月にあたり暑さが増してきて枯渇は大げさにしても水が無いようになる感じという説が私には納得できるものです。農事には恵みの雨です。街中では雨に咲く花は色とりどりの傘ですが、じっとたたずんで嬉々としているアジサイさんを家に招き入れてみませんか。一輪挿しですと頭の重みで転倒しないような花瓶などに。背は低くして例えば浮き花のようにガラス小鉢のようなものにごく短く低く立てて低いテーブルなどに置いても映えます。葉の扱いが大事です。省略してどう生かすかを目でよく見て決定します。雨にちなんだ思い出のメロディなどハミングしつつ、アジサイを家の中のワンポイントとして生けて一緒に暮らしてみましょう。

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