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2005.05.30

再び、水切りのススメ

 夏日、真夏日もあって日中はハッハッものです。ご主人様は帽子にサングラス、日傘に手袋、靴下と完全に紫外線対策していてワンちゃんのお散歩されている方、よく見かけます。ワンちゃん、お洋服も暑いかもよ、靴履いていないんだから肉球熱いかもよー、と言いたいことがあります。いらぬお節介でした・・・。花は陽が昇る前か後の涼しくて活動の前後の時間が適しています。また、切ったものをすぐに生けるよりも水切りして養生させておいて生けましょう。十分に水が揚がった状態がベストです。切り花を購入してきたものも同じです。できるだけ深いところで切ります。浸透圧で水がポンプのように力強く揚がりやすくなります。

 また気温の上昇とともに水の温度も上がります。花茎や花器の内部にヌメリを見ることがあると思いますがバクテリアの繁殖によるものです。毎日は無理でも気をつけていて新鮮な水にしましょう。その時に器の中も花茎もヌメリを洗い流しておきます。切り口も水揚げにくい状態になっているはずですから、わずかでも水切りしてください。

 以前に「水切りのススメ」をお話した時に「その水が飲めますか」と書いたのは、実際に私が生け花で「自分で飲めないような水に命を入れるな」と先生から話されたものです。以来、心しています。そうまでなってということではなく、清潔が美しいというシンプルな心がけを同居している友だちにも忘れないでしましょうということです。見えている所がきれいならば中でドロンとよどんでいても知らぬふりしないで、自分が花だったら嫌ですよね。自分も家族も関わるすべても元気で清らかでいると、きっと運気もアップします。習慣になると面倒にならないようになります。よい友だち付き合いのためにも、水切りと水替えをこれからの時期、気を配っていきましょう。

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2005.05.27

衣替えを

 一日の内でまだひんやりしたりするので全部を夏物に替えられないこの頃です。日中は汗ばみ、女子高生がキャッキャッ言っている中に「もう夏服だよねー」という言葉をよく耳にします。衣替え。中間服という、制服の合いの季節ものがあったことなど思い出します。梅雨はそこまで来ています。そこを通って夏になるので、もう少しです。

 今の内に、生け花に使いたい夏の器や置き合わせの小物など、楽しく準備しておきましょう。ガラス器は最たるものですが白地に藍色の染付けの器もすきっと見せてくれます。捨て切れなかったきれいな空き瓶や空き箱(駅弁にも雰囲気あるものがあります)なども夏風情用にスタンバイさせて、軽い素材の民芸調の竹製品や籠類もいいですね。和菓子を巻いていた細い簀巻き(巻寿司を巻く)のようなものを敷物にしても涼感があります。置き合わせもビー玉や透明感ある小物など、購入しなくてもリサイクルできる素敵な小道具を楽屋に配置して。

 化粧品メーカーやデパート、あらゆる業界で夏のキャッチフレーズが発表されています。モード、色の流行はそういう協会もあってテーマが出されています。主流に乗っていかねばという気持ちもわかります。でもうまいところ取りして少し拝借しても絶対に自分らしいものは欲しいもの。人に発表するものでもないけど、自分の夏のテーマを決めてはいかがでしょう。「華やぐ夏」でも「エレガントサマー」でも、また流行色協会と関係なく自分の夏の流行色を決めても。ワクワクしながら、自分と、同居する花たち(友だち)の衣替えを進めていきましょう。

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2005.05.24

ニチニチソウでありたい

 歩いていて目に止まった花はニチニチソウでした。空き地のまだらなコンクリートの割れ目から一本伸びて咲いていました。多くの花はたくましく、都会のコンクリートのわずかな隙間からでも力強く太陽に誘われて伸び育っています。でもそういうニチニチソウを見たのは初めてでした。ニチニチソウは日日草あるいは日々草で、一日だけ咲くのではないのですが次々と毎日花を咲かせる可愛い花です。初夏から秋いっぱいくらいまで毎日楽しませてくれます。北アフリカが原産なので寒さには弱いのですが花が少ない夏の時期も爽やかな花を次々と咲かせてくれます。花壇でもいいし生け花にしても清々しい感じです。葉は対生で長楕円形、緑色とはっきりした葉脈(葉表面の筋状のもの)が魅力的です。花は3、4cmの花弁が五枚で白やピンク、赤などの色ですが中心だけが色が違うものが多くあります。

 生け花をしていて初めて知る花は多かったのですが、始めた頃の花材でニチニチソウに出会った時に「なんて可愛い花だろう」と思いました。まったく普段着という感じの花で、はっとさせる華やかさの可愛さでなく、名前もあって心打たれたというところです。「毎日毎日自然な笑顔でいられることはそれだけで人を幸せにするんだ、ニチニチソウでありたいなあ」と思いました。一年中そうして咲くといいかもしれないけどそれは季節が変わらない常夏などの地に咲く花々のことでしょう。一年の半分でも日々咲いて「おっはよっ」とか「元気出して」とか言ってくれていそうな花、さらっとしていて気持ちいい感じの花、ニチニチソウみたいにありたいものです。あと半分は冬眠していられないけど半ベソでも何とか笑顔でいたいと加えて思っています。花壇や切り花でなく思わぬところから出現した旧友は忘れかけていたことを思い出させてくれました。

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2005.05.20

バラ、「イングランドの印象」

 ミュージカル「オペラ座の怪人」に興奮したイギリス行きはちょうど八年前です。友人三人と四年間積み立て貯金して計画、実行しました。一週間の間にロンドンを中心にイギリス東部、南部の都市にも行きました。パック旅行ではなかったので、行ってすぐに写真を撮って交通機関一週間乗り放題のパスを購入、サマータイムのため早朝から夜まで半日以上の行動をしました。夜九時半過ぎないと暗くならないので、気持ちばかりはジュニアのオバサンたちは夢中になって満喫しました。ミュージカルは、三人は私と違うものを観に行きました。一緒に行動もして、時には単独で行動して決めた場所で待ち合わせしました。あんなにエキサイティングな旅行にはもうめぐり逢うことはないかもしれません。

 帰国して数日後、私はバラの花を買いに行きました。そして生け花したのが、タイトル「イングランドの印象」です。からし色の丸い水盤に赤とクリーム色のバラのマッスを大小にして生けました。枝ものはなく、バラ二色です。曇り空とにわか雨が多いロンドンで本当にきれいな赤の郵便ポストの色が印象的でした。赤いバラを七本、手毬のような球形のマッスにして、後ろに三本黄色、正確に言うとクリーム色のバラを小さなマッスにしてのぞかせました。それだけの作品ですが大きく水面を見せたのもポイントです。クリーム色のバラは皆で一緒に行ったキューガーデンで見たバラの印象です。最近、世界遺産にもなったイギリスが誇る大きな植物園です。とても一日では廻りきれません。でも素敵でした。

 イギリス、正確にはイングランドの国花であるバラ。そのバラに託した私の思い出です。いつかイギリス北部にも行ってみたいなあと思います。スコットランドの国花はアザミです。通り抜ける冷ややかな風を想像できます。旅心は風のように起きてきます。いつかきっと、と思います。
 旅の印象を自分なりの思い出にして生け花で表現するのも楽しいことです。自分の楽しみであって説明も要らず、気持ちを凝縮するだけのこと。機会があればトライしてみてはいかがでしょうか。

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2005.05.19

バラ、赤いバラ「オペラ座の怪人」(2)

 ミュージカル、不朽の名作「オペラ座の怪人」の内容にはあまり触れませんが、オペラ座の地下に住むファントムがコーラスガールのクリスティーヌに寄せる恋心が中心の物語です。場面を替え人を替えて波のように寄せてくる歌の嵐は観る人を釘付けにします。映画では主役格三人が吹き替えなしの見事な歌唱を披露、さらには総勢百人のフルオーケストラでの演奏、すべてがシャンデリアだけでなく圧倒するものばかりでした。映画には映画しかできない表現があり、舞台には舞台のそれがあります。比べられないのですが私としてはあまりにミュージカルの舞台が心を支配してしまっています。たった一人でチケットを握り締めて地下鉄で出かけたピカデリーサーカスのマジェスティスシアター。運良くとれた良い席で瞳の輝きや息づかいまで身近に感じられました。映画と違っていたのは地下の水路をボートで行く時の夢のように美しいシーンでした。とにかく劇に入り込んでしまって、休憩と舞台の終わりの時しか我に帰ることがありませんでした。

 スタンディング オヴェイションとはこれなんだと思いました。気づいた時には「ブラボー!!」と言って周囲の外国人さん方と一緒に立ち上げって大いなる拍手していました。それは周りを見ながら同乗したのでなく、とっさに出たもので自分でもびっくりでした。涙ぐんでいました。始まるまでは周囲の慣れている雰囲気の外国人の間にいてウォーリーを探せ状態で、ひたすらじっとしていたのに。カーテンコールの後は観客はすぐに後ろ向いて退場はじめました。私はかすかに流れる音楽を求めてそうっと前に歩き、オーケストラピットを覗き込みました。そこには年配の紳士たちが正装で優雅に演奏しておられました。東洋人のオバサンに気づいて、まことに上品に会釈され、やがて演奏が終わりました。小さく拍手して私も大急ぎで退場しました。どこかで劇場の人がにらんでいたかも。最後の最後まで演奏し続けていたタイタニック号の演奏の紳士方のようでした。

 作曲、構成のアンドリュー・ロイド・ウェバー氏に、演じた方々に、裏方さん方に、そしてやっぱり孤独で報われない恋に涙した音楽の天才ファントムに、「ブラボー!!」の大喝采とともに赤いバラをドドッと投げかけたい気持ちです。八年前のその時は思わなかったけれど、私お得意の勝手な解釈では赤いバラは大喝采の象徴と気づきました。そうだったんだー、と。いつかファントムさんへの賛歌として赤いバラを一輪生けてみましょう。百本をも思わせる一本を生けられたら成功です。

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2005.05.18

バラ、赤いバラ「オペラ座の怪人」(1)

 歩くスタイルも日傘になりました。目にご馳走の木々や花を堪能しながら歩くのですが、垣根にバラのお宅も多く、また四季咲きのバラも多いようで長い期間楽しませてもらっています。本や雑誌でよく見るオールドローズや野バラにはつい立ち止まってしまいます。写真なども含めるとバラの色も実に多いもので、黒と金色以外はあるのではないかと思うほどです。

 以前「バレンタインに一輪のバラを・・・」とブログに書いたのですが、その後ふと思うことがありました。バラというとパッと思い浮かべるのはどういう色なんだろうかと。赤、白、ピンク、黄、赤紫などさまざまでしょうが、赤いバラというのは印象が強いのではないかと思います。カルメンに代表されるように情熱的なイメージが定着していて、何よりインパクトの強さでは他を圧倒しています。それもしっかりした深い赤色。

 三月に映画「オペラ座の怪人」を観に行きました。この映画ではラストに至るまで赤いバラが象徴的に配されていました。昔の回想の場面がカラーで現在の場面がモノクロという斬新な手法もあって赤いバラは効果的でした。でも「オペラ座の怪人」に赤いバラは重要なのかしらと思いながら以前の舞台のパンフレットやグッズを見てみるとやはりバラが配されていました。私はシャンデリアとお猿さんのオルゴールと思っていたのです。映画では一億五千万円相当とかのスワロフスキーのクリスタルでのシャンデリアが圧巻でした。1870年代のパリの華麗さそのもので、映画の衣裳やアクセサリーにもスワロフスキーのクリスタルが輝いていました。
 アンドリュー・ロイド・ウェバーの作曲によるすべてのメロディは妙(たえ)なるもので私の心を捉えて放しません。その彼自身がプロデュースした完璧な映画化というので張り切って観に行ったのです。八年前にロンドンでこのミュージカルの舞台を観てからすっかり虜(とりこ)になっていました。まだCD生活でなかったので劇場でカセットを購入して帰国、何本もカセットを録音して増やしてずーっと聴いていて飽きません。あっ!ロンドンでの思い出を手繰っている内に「オペラ座の怪人」に赤いバラがリアルに結びつきました。

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2005.05.15

ドクダミも身近にあれば

 ドクダミも、もし身近にあれば生け花してみましょう。ドクダミはわりと知名度の高い植物ではないかと思います。ドクダミ科ドクダミ属で名前が気の毒(毒が溜まっているような)ですが確かに独特な臭気を持っています。生薬としては「十薬(ジュウヤク)」という名で薬局等でも販売されています。全部を知りませんが十の薬効があるという由来です。センブリ、ゲンノショウコと並んで三大民間薬と言われています。花が咲く前の全草を陰干しして煎じて飲みます。抗菌性が強く胃腸などにもよいようですが毛細血管が強くなるということで高血圧の方にもよいと聞きます。また、酒とグリセリン(薬局で販売していますが防腐剤になるそうです)に乾燥したドクダミを浸けて化粧水を作る方も多いようです。

 湿り気の多い地に地下茎が伸びて枝分かれして、いもづる式に増えていきます。葉は細長いハート型ですが茎と同じ赤茶色が葉の縁どりです。花は初夏に咲きます。白くて大きいのは花弁ではなく苞(ほう)葉というガクに当たり、花は花芯に見える黄色い花穂で小花の集まりです。集団で咲いているとにおいも強く生け花にする気は起きにくいのですが、好みの1本を切り花にして友だちにしてみましょう。白い星のような花とハート型の葉は個にすると実にチャーミングです。素朴な雑器(素焼きの小鉢や古い急須など)に生けるとさわやかで温かい印象です。霧吹きで水を吹き付けるとさらに新鮮です。お客様の場というよりは家族が通るところにステイしてもらってさりげなく安らぎをいただきましょう。一種生けで少量の方が効果的です。

 小さい頃にはトイレの外によく見たもので印象が名前と相乗してよくなかったのですが、生け花するようになってからよい友だちになりました。湿気が関係しているとも分からずに勝手に避けていて悪かったなーと思います。調子者なので今や「ジュウヤクさーん」と言っています。機会があれば、ぜひドクダミも友だちに。

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2005.05.14

八手が身近にあれば

 八手(ヤツデ)がもし身近にあれば生け花してみましょう。八手って見たことないという人もいるかもしれませんが天狗が団扇(うちわ)のように持っている葉です。あの大きな手のような形をした葉の常緑低木です。晩秋に白っぽい花が咲き、翌年の初夏に黒い実になります。花や実は鑑賞にはあまり向かないので、特徴ある葉が面を生かしてよく使われます。葉は手の指のように七つから九つに切れ込みがあります。八手なのにですが、必ずしも八つではないのです。八百万(やおよろず)の神さまというように沢山という意味で八という末広がりの(先での発展性があるということで)おめでたい漢数字に託しているのです。
 八手は年間を通して生け花には重宝します。観葉植物の肉厚の葉と同じ感じでモダンに生け花できます。葉を平たく正面にバンと見せると強烈な印象でコケティッシュな感じもしますが、斜めに見せたり角度や傾きを持たせて効果的に使うと違う効果が生まれます。合わせる花で和風にも洋風にもなります。脇芽が育ちかけた葉はミニチュアサイズの八手ちゃんで、お猪口(ちょこ)や化粧品の空き瓶などにミニミニサイズで可愛いものです。

 花屋さんの店頭というよりは家周りのどこかにある木という感じの八手です。植えた覚えもないのにどこからかやって来て根付き大きくなったものも多いはず。玄関あたりよりはあまり目立たない場所にあった、というのが私の印象です。でも天狗さんの霊感宿るアイテムかもと思えば急に丁寧に扱ってみたり、です。ゴムの葉、モンステラの葉と同じように捉えておき、いつかこれという時に生け花のステージに立っていただきましょう。

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2005.05.12

コットン気分で

 5年前から、友人が送ってくれた数個のワタの種を蒔いて育てています。庭の一角の50~60cm四方という実験栽培のような場所でです。去年は実が生(な)って袋がけをしていましたが大型台風が接近。梱包などしましたがすべて落下してしまいました。でも驚いたことに11月にまた花が咲きました。そして実が生ったのが年末でした。年越して厳しい寒さ、過保護にして覆っていたりしたものの半分ばかりは凍死しました。それでも約半数が残り、真冬に、はじけて白い綿花の姿が見えました。そしてパックリと大きく割れてポコポコの姿が見られたのは3月になってでした。季節外れで二度生(な)りしたワタ、半数の犠牲のもとに生き残ったワタの種を白い綿花を引き剥がしながら取り出しました。このポコポコ綿花状態を闘病していた友人に見せたかったと思いながら。台風後に咲いたワタの花の写真を賀状にしてその友人にも出しました。「だから大丈夫、がんばって」と言いたくて。「きれいなワタの花の賀状、ありがとうね」と彼女から賀状も届きましたが、2月に彼女は亡くなりました。

 綿花は数本からの収穫で5年分でもそう多くはありませんが、もう少ししたら糸を紡ぐことを考えてみようかと思っています。種を取った後の綿花は5年分まとめてあります。ミニクッションにもならない嵩(かさ)です。でもあきらめずに夢見ています。糸にして天然素材で染めてから手編みで何か作ろうと思っています。

 ワタの花は清らかで、実ははじけて白い綿花を見せて愛らしく、庭に出ては通る度に声かけずにはいられません。今年も最低気温が12度になるのを待ってから種蒔きして、数日で小さな芽が出ています。コットン気分で(昔、こういう歌がありました・・・)ワタを育てて夢も育てていきます。小風呂敷くらいの地なのに私の気分だけはアメリカ南部のワタ畑です。

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2005.05.09

花展に行きました

 ご案内を受けて花展に行きました。久しぶりに伺う花展でしたが友人が出品しているということで楽しみに出かけました。書の作品展とのジョイントでしたがご夫婦でそれぞれを指導されていての、お互いを讃えあう、しっとりとした催しでした。受付でいただいたパンフレットは出品者名簿ですが「ふと心に映ることがらを大切にして、書をかき、花をいけてみました。」というごくシンプルながらも何やら素晴らしい誘いのことばに思わずハッとしました。と、脇を見ると純白のカラー(カイウ)の花がやさしくおおらかに「さあどうぞ、ご覧になって・・・」と招き入れていました。そして、やはり鑑賞にやってきた友人と出会い、時間かけてゆっくりと拝見させていただきました。書はまったく心得もなく不案内ですし花とて流儀が違い同じこと。でもお得意の対話でもって勝手に楽しませていただきました。すっきりとしていて落ち着くのはなぜだろうかと思うと圧倒的に緑が多いことでした。生け花での緑は服飾や手芸での無彩色と同じで万能色です。季節的な試みと思いますが個人的に好みでした。奥でお茶の接待をしていただき緋毛氈(たぶん、これが差し色効果)の腰掛で一緒の友人と「ほっとするね」と言い合いました。私たちの友人の出品作は緑ではなく今時分の土のぬくもりと親しみを感じさせる力作でした。覗き込むと留めには苦労が伺えました。タイトルはなかったのですが「こんにちは!」って風かな。全部が緑緑ではあんまりなので、かえってコントラストとなってよい作品でした。大盛況で混みあっていたのに一服の心地よさは、新茶の香りばかりでなくさらりと魅せる力だったかもしれません。裏でのご苦労よくよくわかっていますが、お客さんして心遊ばせていただきました。ありがとうございました。

 私は水が無くても構わない生け花の作品を好みません。生きた植物をオブジェとして素材として扱い、作者の表現のためにあるような芸術は生け花とは別なジャンルであるように思っています。

 お別れの挨拶をして会場を出る時に振り返るとカラーの花が見送り花になっていました。露芝のようにゆらりゆらりと多くの本数が出迎え、見送ってくれました。空調でないわずかな風がそよいだ気がしました。全般的に初夏の花展はみずみずしく安らぎます。機会があればぜひフラッとお入りください。

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2005.05.07

母の日にカーネーションを

 母の日のカーネーションを生けるのでしたら一輪挿しでも花瓶でもいいのですが花は重量がありますので倒れないものを選んでください。葉は茎の節のところに対生し、長い線形ですが上部は細く先端はくるっと反り返っています。葉が水に浸かってしまう分は取っておきます。花の鮮度は、苞(ほう)というがくに当たる部分を押さえてみて弾力があるものが新鮮です。花屋さんのショーケースの中にあるものは1本1本の苞に細い透明テープが巻かれていることが多いようです。大体は五、六月が季節の花ですが改良もされ通年見かけます。暑さには強くありません。花はショボショボになりがちです。でも水切りして水替えしていると花持ちはぐんと違います。すらりとして細いカーブを描く茎にふんわりとした花を咲かすカーネーションですが細い茎でもなくしっかりとした骨太でカッコいいカーネーションさんもあります。あまりに一直線だと語りかけてもくれない感じもします。節と節の間の茎を付き合わせた親指で竹ヒゴを撓めるようにゆっくりと少しずつためて、わずかでも曲線を作ってみましょう。ポキッといくと本当にショックですが、その時は気持ちを切り替えてきれいな小皿に水を入れて浮き花にでも。ずっと以前にピンクのカーネーションかと思うような花びら集めたようなケーキがありお仏壇に上げていました。イチゴの味でした。「あっ、味もお母さんだ」と思ったものです。そんな感じに小さなマッスにしても楽しいでしょう。

 今年の私はコカコーラの空き瓶に赤いカーネーションを一輪、長く挿しています。台所の出窓に置くとパッと明るくなりました。炊事しながら話相手してもらっています。もし剣山に生けるカーネーションで、長く、線の要素ですと添え茎を付けておきましょう。倒れることがありません。二、三本斜め横にぐっと傾けて生けて足元にマッスで色味をまとめるのもスペースがあれば華やかです。マッスはカスミソウでも夢のようで素敵です。添え茎した所が隠れるようにします。敷物や置き合わせるものを工夫して自分らしい母の日の花ステージを演出しましょう。

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2005.05.06

母の思い出は

 私は母が亡くなった年を過ぎて生きていて、母がなんと早くに天に召されたものかと思います。私の、母の思い出は花と共にあったようです。青空の下の一面のレンゲソウ、ナノハナに遊んだ記憶。小学校入学の時に校庭のサクラの木の下に立つ紋付絵羽織のきもの姿の母。そしてエプロン姿で楽しそうに玄関に花生けしていた母。それらは夢現(ゆめうつつ)のようでありながらも間違いない思い出のアルバム。時代はセピア色でも幼心に色彩として鮮明に残っています。
 子供を持って育てていて、気づけば母と同じことして母と同じ言い方しています。反抗期の時の私は「ばっかじゃないの!?」と悪態をついていました。自分がうっかりばかりして、忘れっぽくなって、どうしてあんな言い方したんだろう、なのに母は黙っていたんだろうと思います。私は幸い自分の反抗期のような言い方をされたことはないのですが、母には心から謝りたい気持ちです。きっと「あらら、何とんがってんの」くらいでいてくれたのでしょう。母親という存在の豊かさをしみじみ感じます。

 カーネーションは、母の日の花として定着しています。やさしく明るく親しみやすい花です。この頃では普通のもの以外に、スプレー咲き(1本の茎からスプレーと言うか噴水状に細い茎が何本も出て花が咲く)のカーネーションも多くなりました。またミニカーネーションの鉢植えなども。色は赤が一般的で祝い事の感じはしますがピンク、白、クリーム色など好みで選んで、多色を花束にしても素敵です。小学生などが1本のカーネーションをプレゼントするのも手書きのメッセージカードがあれば何よりのプレゼントです。大人であっても、オリジナルな気持ちを伝えられると1本のカーネーションは100本のそれをも圧倒します。プレゼントに添えることでも、1本のラッピングを凝ってみることでも、あるいはカーネーションが無くてもカード書いたり言葉かけたりと、自分らしいオリジナルで「お母さん、ありがとう」を伝えられると最高の母の日となることでしょう。

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2005.05.03

端午の節句は

 いよいよ迫った子供の日。近くのスーパーにショウブを買いに行きました。今晩、表と裏の軒上に放り上げます。あとはショウブ湯がとても楽しみです。当日は柏餅も買いに行きましょう。柏餅も粽(ちまき)も付き物ですが、柏の葉や笹の葉が食物の清浄を保ち健康に良いという昔の人の知恵です。端午の節句と言いますが、「端」とは「初」で、端午とは元は月の初めの午の日を言っていました。でも旧暦五月は物忌み月ということから厄除けなどの意味合いで軒上にショウブを乗せたりショウブ湯に入るなどしました。物忌み月は、蒸し暑くなってきて虫が発生、病気なども多く生じていたことと思われます。それから段々と奇数重なる五月五日が端午の節句となり今では子供の日として国民の祝日になっています。未来を担う子供たちの人格を重んじ、その幸せを願って過ごす祝日です。ゴールデンウイークの中の祝日としてあまり気にかけない方もいらっしゃるかもしれませんが、お子様がいらしたら楽しく過ごされる日になりますように。スーパーから帰る途中で、いつものところに今年もツバメが巣を作っていました。少し待っているとすーっと親ツバメがやって来て餌をあげてまたすーっと出て行きました。まだ小さいためクチバシも頭の上も見えませんが、どうやらチビちゃんたちはいるようです。自分が子供の頃、思春期の頃、親になって、そして子供がしっかり大きく育って、同じ光景を目にしても感じることが少しずつ変化していることに気づきます。

 連綿として続く親の思いは、国も時代もそして生きているものとして何ら変わることはないと思います。そしてその子供の日が過ぎると子供を世に送り出した母を思う母の日がやってきます。母はまたその母親を思う日です。

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2005.05.01

五月の空に

 五月になりました。皐月(さつき)です。道路沿いにも多く植えられ、盆栽としても愛されている植物のサツキはツツジ科で姿もツツジとよく似ています。ツツジは今頃に全国各地でツツジ祭りとか開催されているように四月から五月半ばにかけて咲きますが、それと入れ替わりに六月まで咲くのがサツキと大雑把ですが覚えておくとわかりやすいと思います。旧暦の皐月(五月)に咲くことから皐月ツツジと言われ、略してサツキと名付けられました。本来、五月晴れとは梅雨の合い間の晴れのことを言います。五月雨(さみだれ)は、長雨(梅雨)にあたります。すべて旧暦ですので現在の暦では六月頃です。雨が続いて田植えになるので早苗(さなえ)の月、から皐月(さつき)になったという説が有力です。農耕民族であった日本人は農事が生活のサイクルを回していました。

 うやうやしいのですが、皐月と書くより五月と書いた方が今時分の空気や日差しをすぐに思い浮かべることができるように感じます。風薫る五月晴れの空に吹流しや鯉のぼりがなびいて、花鋏の音も冴えて聞こえます。四月に新生活のスタートをした人たちは最初は期待や好奇心で胸いっぱいだったけど、良くも悪くもストレスが噴出して五月病という人も出ます。一部の人には思考抑制、不安感などから来る不眠や疲労感、脱力感が襲ってくる季節でもあります。ストレスを溜めないように自分に合ったストレス解消法で重荷を下ろしましょう。音楽を聴いたり、読書したり、友だちと会ったりも良い一例です。そして、花と親しむこともきっとお役に立つと思います。

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