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2005.04.30

昼咲月見草が咲いていました

 一雨毎に草が伸びてしまってこれは大変と、充電。体力が衰えてきて一気奮発して購入した電動草刈機をさてと張り切って使ってみました。軽いし面白いのですが、地面の際から刈るわけではないので何分刈りかの散髪状態になります。それでも長年あくせくとしてどんなに根こそぎ草取りしても鳥は運ぶしこぼれ種は防ぎようもなく、文明の利器に頼ってみました。ところが思わぬことがあり結局全体の半分くらいで止めました。昨日まで咲いていなかった昼咲月見草が一斉に咲いていたのです。アメリカ原産の帰化植物で昼に咲くピンクの花でマツヨイグサの仲間です。丈夫で、よくアスファルトの隙間からも伸びて咲いていますが空き地や道端にも群生しています。つぼみがたくさんの時にわかってはいたのです。この花のつぼみはタランと垂れ下がっているので気の毒な感じで、悪い言い方するとショボイのです。それが一気に咲いてくれて、群生しているところもあって他に点々と草と混在しています。名も知らぬ草でも花が咲いてしまったらどうしても抜き取ることもできなくなります。それがこのようにきれいにワッと出現されては。

 立ち尽くして、じっとながめました。ピンクの薄い4枚の花弁の基部は黄色で、わずかな風にも細い茎は揺れ、何を話しかけても「うんうん」「そうそう」とかうなずいてくれるような気がします。いかにも昼に(日中に)咲く月見草という感じで、陽が沈むと「・・・ではね。」と言ってと引っ込んで行く友だちです。ゆらゆら揺れる可憐な花はやさしくおおらかで、「あーもう、なんて忙しいのよ!」とひとりバタバタしている私に「世の中、そんなに事態は大変ではないかもよ。ゆっくり行きなさい。」と言ってくれている感じでした。そこでA型人間を振り切って「まっ、いいか」と作業を中止しました。振り返りながら家に入るのですが「じゃーねー」って風にまた揺れていました。ひどい庭模様だけど「まっ、いいか」も悪くはないでしょう。

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2005.04.29

真っ直ぐに立てるということ

 子供の日の花、ハナショウブを投入でなく剣山に挿して立てた方はうまくできたでしょうか。補足、遅れましたが真っ直ぐに立てるということについてお話します。茎は比較的まっすぐでしっかりしていて剣山に立てることに苦労はなかったと思いますが、茎の無い肉薄の葉は少し戸惑うこともあったかと思います。針が細くて本数の多い剣山が選べたらそうしてください。葉の根元を水切りする時、真っ直ぐに立てるのですから横に真っ直ぐ切ります。細くて一回で切れる分はいいのですが二、三回で切るとなかなか真っ直ぐになりません。横真っ直ぐでなければ時間とともに傾いていきます。よく見て真っ直ぐに切ります。また、使わない葉の根元部分を指先くらい長さに切って添え葉(正面から見て隠れる方に)するとしっかりおさまります。ただ二枚まとめて挿すだけです。根元の色味が違わないようにします。緑の下に白っぽい支えが見えると目立ちます。のぞきこまれても配慮が見えるように。ハナショウブの花が開いたら葉に届かなくても下がってくるので前の葉一組はごくごくわずかですが前傾させておきます。正面から見ると真っ直ぐですが横から見るとそれがわかります。

 真っ直ぐに立てるということは簡単であっても素材によってはなかなか難しいものもあります。ハナショウブだけでなくハランや観葉植物のサンスベリアやタニワタリなど機会があれば真っ直ぐに立てることにトライしてみてください。少し葉にクセがあれば反らせ気味にして正面から見ると真っ直ぐに立てます。人の手によって真っ直ぐに立てるということ、人の目で見て真っ直ぐに見えること、それでいて窮屈でも圧迫感もない作品はゆとりがあるものです。真っ直ぐであるということは厳粛で力強いのですが明るく素直という印象でもあります。ムキにならずにゆったりと心こめて立てましょう。見る人の心まですっきりと真っ直ぐになる一葉、一花は清涼剤です。

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2005.04.26

ボタンの花が咲きました

 我が家の庭に、家族が植えたボタンの花が咲きました。品種名はわかりませんがピンクと赤の軽い絞りの花弁で、運動会などでつくるお花紙でのふわふわ多重のボタンではなく、大きいのですがカジュアルな感じです。丹精して育てて咲かせたのではなく植えて放っていたくらいのものなのにと、少々驚きました。ボタン(牡丹)は本来、豪華な花です。あまり手に入ることはない花ですが花展や庭で見ることは多いと思います。一本の木に一つの花しかつけない花で、葉は花を取り囲むようにしていて女王様のようです。

 「立てばシャクヤク、座ればボタン、歩く姿はユリの花」という言葉は美しい人を花にたとえています。シャクヤクはすっと立ち美人、ボタンはボリュームがあり低い位置に花を咲かせる座り美人、ユリは「揺れる」から名前が来ているとまで言われるようにやさしく揺れる風情の歩き美人です。

 その座り美人さんが我が家に姿を現したもので、やれ水やり、写真だと接待も忙しいこの頃です。江戸時代中期の儒学者、貝原 益軒が著書「花譜」の中で、ボタン(牡丹)を鑑賞するのは巳の時(現在の午前9時~11時)がよいと言っています。大変単純なもので、とにかくそれは実行しています。まあ、その日の活動始めてあまり陽が昇っていない内が、ということでしょう。

 ボタン(牡丹)は日本の伝統的なデザインの中では、セットではないけれども蝶々がよく一緒に描かれています。花札だけでなく和服の絵柄などにも。蝶々が飛んで来ないかなとちょくちょく遠目にも見ていますが、残念ながら私が住む町ももはや蝶々自体が珍しいくらいになってしまっています。水やりして露を置いたような艶っぽい座り美人さんをじーっと見つめて、イメージ合成で大きなアゲハチョウを舞わせて楽しむことにしています。たった一つの花だから切ることなく通いつめて庭先同居しましょ、と決めました。

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2005.04.24

投入花について

 投入花についてお話します。「えっ、投入花?」と言われそうですが、生け口が狭くて背の高い花器を使って生ける花のことです。剣山を使わずにハナショウブを挿したのも投入(なげいれ)花です。花器は壺、花瓶、筒ですがそれらの中間にあるものや複合的なものもあります。だいたい大きくは三つに区分されます。花材の根元が花器の底か内壁に当たって、それが支えとなって安定します。投入と言ってもボールのように投げて入れるのではありません。生け花の様式の一つで、瓶花と言う流派もあります。室町時代後期に成立し茶の湯の花として受け継がれたあたりから江戸時代までを抛入、明治以降のものを投入とする説もあります。「抛げる」というのは、ものが斜めや横になった様子のことで、少しくだけた感じで斜めに傾いている花や枝を抛入花と言ったのです。とても感じが出ています。一般的には、投入花で通っています。形式にこだわらず枝や花を自然のままに生ける生け花を言います。中心になる枝を立てて生ける生け花(たて花、立花)に対して、しんになる枝を投げかけるように生けることから投入花と呼ばれるようになったようです。

 掛花、釣花の時にお話しましたがかろやかに生けることが大切です。さりげなく、自然に、瑞々しく。頭があまり思い花材は投入花には向きません。省略して、最小限で訴える力は大きいものです。傷んでいるものを取って、新鮮な素材で投入花を日頃から楽しみましょう。また路傍、土手などに咲くナズナ(ペンペングサ)、エノコログサ(ネコジャラシ)その他の草花はすてきな素材です。どれも名前を持っています。雑草でまとめないで、時には名前も調べてみましょう。とても身近で気さくな友だちと同居するのもいいものです。

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2005.04.23

子供の日の花を生けましょう(3)

 子供の日の花を生けましょう。ハナショウブには白、紫、赤紫、藤色、紫紺、絞りと色味もいろいろです。花の色味がわかるというだけで開いていない分を買いましょう。でも多くは花2,3本と葉を多く組んでありますのでとにかくワンセットをお求めください。他の「季節の花」に比べると価格は高くありません。花の茎についている葉は取って茎に花のみにします。花の後ろ側に花首を支えている背当てガクがある方が後ろです。低くなっている方が前で、花弁が開いたら下がってきます。この1本をやや高めに水切りして挿します。剣山でなく筒花入れなどに入れる場合は花器の底に届くようにします。上前の縁にもたれて構いません。葉は、突起状の筋目が複数本の方が表です。葉の先はカギ型のツメがあります。表にして右向きと左向きに、まず分けます。このツメを高さをわずかにずらせて向かい合わせて一組です。左右でどちらが上になっても構いませんが同じ組をつくります。それを花の前後にサンドイッチ状にして挿すのです。前は花は開くと花弁が下がって来ますので花の丈の6、7割高さにします。花の後ろはそれより高く、花の高さの8割くらいに。奥行きが出ます。ハナショウブの葉組は生け花ではもっといろいろあります。一番シンプルで飽きの来ない作品です。できれば葉は幅広く真っ直ぐな方がきれいです。後ろはともかく前に来る一組の葉は一番きれいなものを選んでください。ツメを向かい合わせて並べ、二枚ですが集面です。上から下の幅が一緒になるようにしてください。(真っ直ぐな葉だと実にうまくいきます)置き合わせるものなどとも場との調和はとれているか、離れて見て確認してください。たったこれだけの生け花でも時間はかかります。来年は剣山を使ってこれを生けよう、とかその逆だったりを思ったりすると年に一度の巡り合わせも楽しみです。

 すっきりとして力強く美しいハナショウブをささやかな一作であっても毎年生けて、自分の周囲の子供たちはもちろん、世界中の子供たちの未来が明るいことを願わずにはいられません。小さい頃に、戦争の弾丸が発射すると全部お花になればいいのにと思ったものです。ミサイルならば一面のお花畑です。戦争、飢え、病気に紛れることなく生きるすべての子供たちの幸せを祈る気持ちをもこめた思い溢れる花です。私は、ショウブは「尚武」でなく「生産」(ショウ、ウブ・・・ショウブ)もっと生産的な生の花と捉えています。

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2005.04.22

子供の日の花を生けましょう(2)

 江戸時代にアヤメの変わり咲きから品種改良されたというハナショウブですが、ハナショウブさんの名前と顔が一致しない方も多いかもしれません。またよく言うアヤメ、カキツバタとどこがどう違うのかとお思いの方もいらっしゃると思います。アヤメの仲間は世界中で200ばかりありますがこの日本での御三家とも言える三種について簡単にお話します。生活の場が、アヤメは乾地、カキツバタが湿地、ハナショウブは両方に可能です。姿で言いますと花弁の基部に網目状の模様があるのがアヤメ、白い目型模様がカキツバタ、黄色い目型模様がハナショウブです。また葉については、アヤメとカキツバタの葉は柔らかくて表と裏の区別がはっきりとしていません。ハナショウブは葉もしっかりしていて突起状の筋が通っていて奇数が表、偶数が裏となっています。

 これらアヤメの仲間が5月から6月に山や水辺に群れ咲く状態は赤ではないものの炎のように鮮やかでしょう。またそれは暦の無かった大昔には星周りとともに農耕の指標であったかもしれません。雨季を告げる花によって田植えの時期も分かったと思います。すっきりしていて美しい佇まいは色も含めて日本人の心を惹く花の一つではないでしょうか。

 花器は陶器の角鉢(食器)でも構いません。剣山のキズがつかないように剣山の下に見えないようにティッシュをたたんで敷いておけば大丈夫です。絵柄がある場合は植物柄は重複するので避けましょう。太い竹は慣れないと切るのが大変ですが(竹切り用の鋸も売っています)もし青竹が手に入ったら大変すてきです。よく写真などで見ることがあると思いますが、節のところで切ってシンプルな筒で使用します。花器で思ったものが無い場合は牛乳瓶をリメイクして手作り花器にトライしてみてはいかがでしょう。麻ひもなど素朴なロープを両面テープで瓶の周りをぐるっと、びっしり貼って出来上がりです。伝統模様の千代紙で着せ付けて紅白の水引で帯締めしてもよいでしょう。アイデア次第で場と好みに合ったオリジナル花器を工夫してみてください。紙で折った兜、鯉のぼりの絵、その他いろいろな置き合わせるものも楽しく準備しておきましょう。それからハナショウブを連れてきて晴れのステージに立ってもらいます。

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2005.04.21

子供の日の花を生けましょう(1)

 5月5日は子供の日です。子供の日の花を生けてみませんか。古くは端午の節句と言って男の子の日でしたが、すべての子供の成長と幸せを願う祝日になっています。薫風に泳ぐ鯉のぼりは心楽しい風景です。元々が男の子の節句ですので鎧甲や武者人形などが飾られることが多いのですが、ご自分の好みとスペースとの調和でそのお宅らしい飾り付けもよいものです。例えば男の子と女の子が仲良く腰掛けておにぎりを食べている絵でも人形でも、それが既製品でもオリジナルでも場に合っていて好みのものが一番です。今の内から置き合わせるものを決めておきましょう。花も重いものではないので、花器は青竹や筒状の花入れでも木箱や菓子箱でも。もちろん小さめの染付けや陶器の水盤、コンポートにでも。花は、ハナショウブの花1本と葉を複数枚という基本的にはごくごくシンプルなものです。

 ショウブは尚武に通じるとして重宝されましたが、実際に花として生けるのはほとんどがハナショウブです。本来のショウブはサトイモ科、花は穂状で大変地味です。薬用とされ、季節になるとショウブ湯用にヨモギと組んで販売されています。ハナショウブは観賞用として改良された品種で、アヤメ科です。しっかりとして見事な花と葉で人気があり各地でさらに土地柄での改良も進みました。我が家に同居の子供はもういませんがずっとショウブ湯を入れます。ショウブの葉を鉢巻にしてキャッキャッと言っていた昔が昨日のように思えます。また、同じショウブの葉を軒上に投げ上げて厄除けもします。これは子供の仕事でしたが私が継いでハッハッと言いながら投げ上げています。鯉のぼりで大活躍した大きな鯉たちはクリーニングしてしまい込んでいます。思い出だけが置き去りにされた我が家ですが思い出は宝石箱です。

 お子様がいらっしゃるお方は我が子の健やかな成長を願ってすっとしたハナショウブを生けましょう。お子様がいらっしゃらない方は大きな心で、世界中の未来を担う子供たちの健康と幸せを祈って生けてみませんか。学校にも行けず重労働に就いている子供や戦争に苦しむ子供たちは選択の余地もなくそういう生活に暮らしています。すべての子供たちが健康で、明るい明日がある希望に満ちた日々を送れる世界を祈念して、ご一緒にぜひ。

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2005.04.20

しなやかな心で暮らすために

 生け花は、戦後に言い方はよくないのですが押し付け教育的なイメージを払拭するために華道という言い方から「いけばな」と一般的に言われるようになりました。自然の花を華(華ある・・・という)に導く技術とともに精神を高めるという華道という名前でした。道の字がつく日本古来の伝統的なもの、茶道や柔道、剣道、書道など多くは以前にお話しました通り技だけでなく精神的な鍛錬も目指しています。人の道、その理想に向かって精神をも磨くことをその過程の中で示しています。武道を芸術(見ている者にとっては見事な技は芸術ですが)とは言わないのですが、生の充実した一瞬に芸術の至高な意義を示していると言えます。そして生け花は自然の生命を扱うという点に独特な世界があります。自然の持っている本質を捉えてどう生かすかということです。でもどんなに感性が鋭い、確かな目で、確かな感覚でそういう技術を持っていて発揮できても、作品として非の打ち所が無いものであってもそれがすべてではありません。

 美しい花はその素材の力で無造作にポンと挿しているだけでも効果は見られます。素材の力に頼るのは簡単です。あと少しの知識と技でもっと素晴らしくもできます。でも出会うすべての素材、苦手であっても好みでなくても、とにかく良さを発見して好みも含めて最大限に生かしてあげられることは難しいことです。教室で定期的に、与えられまた数も限られた素材と取り組むことは、独学よりもその点では経験から身につくことは多いです。それは社会生活している現実そのものです。でも現実がそうだから花で癒されたい人はわざわざその道を選んで苦痛になることはありません。生命を大切にして個性を生かしてあげるだけですから「いけばな、します」とか力入れなくていいのです。もし気が乗ったら単発の講習会などに参加してみることも手です。花、植物と同居する日々が面倒でなく、自然で幸せであるようにと思います。思いやる心、しなやかな心で暮らすこと、素直に「ありがとう」と言える人であることが華やかでなくても華、花ある人と私は感じています。

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2005.04.19

生け花の先生として

 先生のアシスタントに始まり、代稽古、やがて独立して生け花を教えて過ごしました。その四半世紀の中で二回の電話ほど嬉しかったことはありません。同じ生徒さんからの電話で、約七年習ってくれた人です。その七年の間にほぼ同じような電話が二回ありました。夕方の、主婦が台所に立っている時間でした。開口一番「ありがとうございます!」という電話でした。興奮していて長々となったのですが、とにかく子供さんの学校行事で夕方にやれやれとバタバタ帰宅して玄関に入ったというのです。そこの定位置に自分の生けた花があってあまりにきれいで素敵で嬉しかったということ。まあ、お稽古してバラして持って帰ってまた生け直したのだからそれだけでも感心と思っていたのに、ほぼ涙状態でしかも「ありがとうございます」と言われて、私は感動しました。その人の豊かな感受性に打たれ、その作品のお手伝いをした先生に「ありがとう」と言わずにいられなかったという心の動きに胸いっぱいになりました。

 多くの優秀な生徒さんを育てて、俗に言うお社中を大きくしてイベント(花展など)も盛んにする力ある先生は、技術もお人柄も皆がついてきて結果として素晴らしい先生なのですが、私はそういう欲もなく努力もしませんでした。街角のお花の先生、それでよかったのです。そんな自分が組織の中で役員としてやって行っていることに対しても、最後まで自分は自分でした。生めよ、増やせよとは思わなかったのです。そんな私でも組織にあっては迷惑な存在であることを感じて過ごしていました。でも、彼女の電話はそれを吹っ飛ばしてくれました。一人でもそういう生徒さんを持ったことの幸せを先生冥利に尽きると思い、ああ続けてきてよかったと思いました。

 その人の急逝は私の交通事故とほぼ一緒でした。私はこの世に残り、彼女は去ってゆきました。花鋏を置いて久しく自分の花の道を探り直して数年経ちますが、彼女の言葉は四半世紀に渡る流れの中での宝ものです。またその道に復帰しても変わらないと思います。私にパワーを、ほんとうに「ありがとうございます!」

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2005.04.18

それならば、なぜ生け花するの

 根があって水分や養分をぐんぐん吸収して地に育つのが自然ならば、なぜ生け花するのでしょう。気が遠くなるような歴史の流れの中で人ひとりの人生の長さは点でしかなく、個々の植物の生命はもっとはかないものです。すべてをそのままにしていることが幸せかもしれませんし生活に取り入れるのは人間のエゴでしょう。矛盾を内蔵しつつ生け花は生活の中で芸術であるわけです。人間にとっても自然にとっても存在の本質は変わりがないという大前提のもとにあり、生きている素材をもって最上に生かして第二の自然を創出します。抽象的な美的表現そのための技術よりも、自然そのものの生気を表現することに魂をこめるのです。気合でなく、魂が入ることが大切です。とくに日本人は四季に恵まれた豊かな風土の農耕民族として生きてきました。人間も自然の一部であるということは普通に受けとめられることです。自然の中に人間の在り方を見つめ、求めてきたと言ってもよいかと思います。

 一旦切られた生命を新しいステージでその植物の良さを最高に生かしてもう一度輝かせるのが生け花。その過程、前準備から目でだいたいの枝や花を取って、生けて、日々の手入れをして、ありがとうねとさよならするまでは子供やペットとも同じ苦労。でも楽しく嬉しい苦労。花は友だち。枝も自然も友だち。生命ある相手との出会いと別れもまた同じ。生命を慈しむ気持ちを分かち合いながら共生していく心を育むと私は信じています。固く考えることはないのです。その花が「ありがとう」と喜んでくれるようなステージにしてあげて同居することを楽しみたいのです。さよならの時も「ありがとう」で。芸術と言えない幼い技術であっても入魂の花は訴える力に溢れています。心やさしく、楽しみましょう。生活芸術はすべての人のもの。

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2005.04.17

鉢ものを味方にしましょう

 いただきものしたり素敵と思って購入した鉢ものを育てている方も多いと思います。マンションなどにお住まいで庭木や草花にご縁がなくても花は好き、生活の一部である方は特に鉢に育てていらっしゃることでしょう。観葉植物で育ちのよいものや大きなもの(ゴムの木など)ですと整理ついでに生け花に廻っていただくことは簡単で一挙両得ですが、丹精して育てた繊細な花を摘んで生け花になんて、という気持ちは当然です。でも鉢ものが臨機応変に生け花になってくれることもあります。小さめで花が多く咲いていて蕾もあるものはその有力候補です。そのままマッスになってもらいます。でもちゃんと元の鉢に戻れるのです。これらの花は地植えにも適している花で、切り花にすると茎はきわめて細く、水揚げはあまり期待できません。ましてきれいに鉢で育てていたものを一時的な装飾のために出動させて鉢に残骸があるのはさびしいもの。ていねいに根ごと掘り出して根洗いします。それを生け花に参加させます。パンジー、ポリアンサスなどはそのままマッス感じです。急な来客の時にも、家庭訪問など頑張っていない花が視野にあると和むと思われる時にも、鉢で飾っているのとはまた違う雰囲気です。テーブルや中をのぞき込んで見られる場所に置く時は根が水風呂に入っている状態が見えないように葉で覆い隠して。ガラスなど透ける素材でない深鉢、サラダボールやコンポート風の花器端の方にマッスで置いて生け口の半分は余白にしておきます。でもスペースの関係などでうんと小さなものでしたらマグカップに生けてサイドテーブル、本棚などにでも。

 そういうために鉢ものを準備しておく必要もないのですが、例えば鉢から派遣も可能だということも知っておくと役に立つこともあるかと思います。鉢ものも、即戦力になってくれる生け花の心強い味方です。

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2005.04.16

葉の魅力を生けてみましょう

 時に汗ばむ日もありますが、さらっとした風が吹く陽春です。散歩していて、毎年かけるビルの軒下に今年もつばめが巣をつくっていました。ヒュッと飛び出て来てはじめて知りました。花鋏の音も爽やかに感じられる季節です。みどりの日は昭和天皇がお亡くなりになって制定された祝日でようやく定着してきたように思っていましたが、また変更になるようです。昭和の日となり、みどりの日は国民の休日とかに制定されていた5月4日になるとか。まあ祝日はともかく青葉若葉まぶしい季節はすぐそこです。一足先にみどりを生けませんか。日頃は花を引き立てている葉、これが生き生きしていないと花をも引き立てるどころではありません。葉の一枚一枚の先の先まですっと水や養分が行き渡っていると一目で感じられなければ、色が緑であるというだけです。まず傷んだものは取って、葉は表も裏もきれいに汚れを拭きとってください。それから新しいステージへと向かってもらいます。

 買いに行かなくても手に入る葉を生けましょう。もちろん、この際いつも花屋さんのウインドウで見ていたあのグリーンを、ということもいい機会です。あなたの、毎年不定期であってもみどりの日を一日作ってみてはいかがでしょう。好きなみどりを住まいのどこかに同居させましょう。瑞々しい黄緑でも落ち着いた濃い緑でも、あるいは濃淡をつけても。観葉植物でも、なんとなく庭にあるツバキの枝でもハラン、アジサイでも。少量の材料で構いません。その葉の魅力を生けてみましょう。よくよく回して観察してどう省略してどこをどう生かすとよいか、またどのアングルが素敵かのポイントを見つけましょう。あとは手際よく水切りして生けます。色味で花を添えてもいいです。ただ、葉が主役なので効かせ色を差す程度にして。生き生きした緑さんは新しい友だち。霧吹きで度々上からも水分を補いながら瑞々しさを保ってあげて共生してください。

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2005.04.14

花や枝の節は

 以前に、花茎や葉、枝が出ているところを切ると話しましたが、その位置が節に当たります。節というとふっと竹を思い浮かべますが、あのようにはっきりしていなくても(竹も節目から枝葉が出ています)言うならば骨と骨をつなぐ関節です。力が凝集する地点で、節から新しい生命がさらに伸びて行きます。この節とそこから出る横枝の勢いの良さを見つけて屈線を取ったりするわけです。節は「人生の節目」とか言うように重要なポイントです。力が凝集するところでしっかりしていますが節の近辺は弱いものです。力を入れると節から折れます。花茎も枝も撓める(ためる)時には必ず節と節の間をためます。節を持たないで行います。ガーベラ、チューリップなど節の無い長茎の花もありますが、ほとんどの花や枝は節を持っています。

 カーネーションはミニやスプレー咲きのものも含めて節のところから折れやすい代表的な花です。あまりにツンとしているからわずかにカーブさせようとためていてポキッと折ってしまった時のシヨックは「あーっ!!」と声が出るくらいです。スーパーなどで人などに触れてか、鉢もののカーネーションも折れている花茎をよく見かけます。よく節で切ってきれいにしていますが。ためなくても少し節あたりを扱ったりしただけでも、比較的ポキッといきやすいカーネーションさんです。母の日も近く、カーネーションも色とりどりに揃って待っています。あまりにおどしてしまったのですが、「節々あたりを、お大事に」ということです。

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2005.04.12

花、枝の留め方について

 花や枝の花器への留め方について話しておきます。生け花流派それぞれに技法や留め具を指定してもいますが、剣山はしっかりと留めることに有効な留め具と言えます。針と針の間に挿す気持ちで留めます。それから、使用しない枝のバネを利用して一文字留めや叉木留め、代表的なこの二つ以外にも十文字や井の字に留めたりもします。叉木にはびっしりと隙間に詰めて形を維持します。一文字や十文字、井の字に枝を渡しているものは口いっぱいに足元が広がらないように分けることも目的ですが、これら渡してピタッとした枝にワイヤー(黄緑や緑、茶色など関わる花茎や枝の色に近い紙テープが巻いてあるもの)で留めつけます。ワイヤーが隠れるならば裸ワイヤーでも構いません。太いワイヤー(16番、18番など)は太いもの用、細いワイヤー(28番、30番)は細いもの用と、何種類かあると便利です。ワイヤーは金属なので30番のように柔らかいものでも必ずペンチやニッパーで切ります。大掛かりになると花器の中にやぐらを組んだり、仕掛けはさまざまですが手軽に感じる分だけ分かっているとよいでしょう。

 カスミソウ、ガーベラ、スイートピーなどの花、アスパラガス、観葉植物などの葉は花器の内壁に引っ掛けて留めて軽い感じにしてよいし、多少動いて形が変わっても直すのは簡単です。でもカスミソウの長い枝をすっと真っ直ぐに立てたいとなると、一文字留めの要領を応用します。カスミソウの花茎の一番下、使用しない部分を一文字留めをするようにカットして用意、片側に花鋏で割りを入れます。その間に細い枝をはさんで、それを一文字留めするのです。花器の底に枝の端が届く(密着する)ようにして留めます。またこれらのように軽い花や枝ものは、やや太めのワイヤーをクルクルグルグルと好きに丸めて引っ掛かりを多くできるようにして花器の中に入れます。好きに挿して留めることになります。ガラスなど透けるものより透けない方がよいかと思います。

 太い枝とかは深さがある花器に立てて玉石などを入れて固定、それに他を挿し加えることもします。室町、桃山期には束ねた藁(わら)を器に合わせ、それに挿して留めました。江戸期以降にいろいろな留め方が工夫されてきました。どれも留めたいと願う心から生まれたものです。きれいな花を愛する人に手折って髪に挿してあげたい、自分自身の髪に挿してみたいという願望、挿頭(かざし)という今日の簪(かんざし)こそ庶民の素直な願望です。また真っ直ぐに天に向かって一本の枝を立てることによって神さまが降りてきてくださると思い、一心に立てる庶民の願いは太古の昔から変わらないものを感じさせます。時代や生活様式が変わって行っても、花や枝がどんなにモダンなものであっても、その願いのために一心に取り組む姿勢はまさに祈りの範囲と言えます。

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2005.04.10

スイートピーはいかがですか

 サクラが舞い散り、どこそこで入学式のニュースが続くと春爛漫です。万物が生命の歌を高らかにという春です。花粉症などを考えないと新しいスタート、新しい出会いも多い、希望と勢いに満ちた季節です。
 蝶々のようにヒラヒラとした花びらを持つスイートピーは、いかがですか。住まいのどこかにハッとする明るさがやって来ます。スイートピーも、姿を見てすぐに名前がわかる花の一つではないでしょうか。マメ科で、ジャコウエンドウという別名もある香りがある花です。歌では「赤いスートピー」というのがありますが白、ピンク、紫など色数は豊富です。マメ科のスイートピーはつる性で基部にわずかに葉もありますが切り花としては花が密集して付いた茎からがほとんどです。価格もリーズナブルで一色や多色で束になっているものが多く、カスミソウなどと合わせているものもあります。軽くてしっかりした茎にヒラヒラとした花をたくさん付けたスイートピーは、数本でも束ででも陽気な妖精がやって来た感じがします。

 生け花するというよりさりげなく挿して軽やかさを出したり、マッスにしてパステルカラーの燃え上がりで陽気で愛らしい妖精たちをどこかに配置してみてはいかがでしょう。ガラス製であれば茎は透けて見えますから、うっとうしく見えないように。マグカップ、ティカップの陶製のものでしたら見えないので足元を輪ゴムで留めてマッスにしてポンでも。普通のガラスコップに入れて、コップをきれいなハンカチで包んでみても。

 春であっても冴えない日だってありますが、花に元気をいただきましょう。気に入った色の(混色でも)スイートピーとちょっと同居してみてはいかがですか。

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2005.04.08

再び、友だちの居場所は

 以前に友だち(花)の居場所を生活の中で見つけて・・・ということお話しました。同居する友だちのスペースは生活環境やそれに伴う住空間が関係します。少し補足しておきます。どんな所にも可能です。ただ、花器が安定して置くことができて、人の体に花や枝が触れて具合が悪くなることは避けねばなりません。玄関などでも奥行きが少ないスペースでしたら奥行きをあまり出さず、また花や枝があまり出ない構成にする必要があります。ミニサイズの生け花でもよいし、可能ならば掛け花や釣り花にするのもお勧めです。木製のものや伝統ある焼き物の掛け花器、釣り花器はもちろん場所に合わせてアイデア次第で手作りの花器も場に合うものを創出してみるのも楽しいことです。目の高さから上に花が来るということは重い感じのものは向きません。茶花の本などを暇な時にながめてみてください。すっと差し込んだもの、流れるように下に垂れるものなど、軽やかで風を感じるものがまず無難です。釣り花器には剣山も入れられます。剣山を一文字留めしていますとしっかりして大丈夫です。ポトスやユーカリにアネモネやラナンキュラスといった鉢花からの友だちも洋風な釣り花に向きます。

 気遣い必要な友だちにユリがいます。ユリの花粉は経験ある方も多いと思いますが、一度衣服についてしまったらなかなかとれません。人の衣服に触れそう、あるいは素敵なクロスを敷いているという時はユリさんには配慮しておきましょう。花束やアレンジメントをいただいたら最近はユリの花粉が花びらにつかないようにオシベを摘んであります。そういう時は次に咲くものはそのままですので一緒にしていると不自然です。次々と開くものも取るか、取ってあるものだけ一輪でいてもらうようにするかを決めた方がよいと思います。(取る時にはスーパーのサッカー台にある薄いポリ袋のようなものに手を入れてつまむか、割り箸で取ります)どちらが正解というものではありません。同居するあなたが決めるユリさんの在り方ということです。ただ取れかかった感じのよれたオシベさんは取ってあげましょう。手痛い思い出がある方も、ユリがいじわるして花粉をつけてしまったわけではないのですから、ユリがユリだからのこと。ちょっと気だけを配って、友だち付き合いしてください。

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2005.04.07

カスミソウを生けてみましょう(2)

  カスミソウにも品種があります。生け花には、細すぎてダランとなりがちな繊細なものよりも茎も花もしっかりしたものの方が柔軟な対応ができ、向いています。カスミソウは長く線で使う場合には茎を水切りして結構持ちますが落とした小枝はきわめて細くて水切りしても長い日持ちは期待できません。でも陰あたりに足し添えるには十分です。小枝をまとめてマッス状態にする時、隠れるようにすれば輪ゴムでも大丈夫です。手芸店などでフローラテープという粘着性あるテープが売られています。グリーン系と茶系の何色かを購入していると添え木をした時のワイワーの目隠しや花茎をまとめる時に重宝します。

 また例えば今時分(菜種梅雨)にナノハナと生けるという時に、陶製の深皿に剣山を入れて生けるとします。ナノハナを二、三本高低つけて花の開き加減がそれぞれのものを生けます。違うな、と思って挿し替えを繰り返していると花の切り口が割れてきます。いよいよ決定という時にはフローラテープを決定長さのところに巻いて、少し出している下部分を水切りして生けます。フローラテープは色味がほぼ同じものを。黄緑っぽい茎にはっきり緑色は小細工に目をやってくださいということになります。セロテープは透明ですが水には弱いものです。ナノハナだけでなく、太くて柔らかい茎を持つチューリップなども傾斜させて留めているのであればなおさら有効です。

 ワイン瓶や花瓶に、カスミソウの花の疎のところと密なところを作って素敵だけど白の世界に何となくもの足りないという時は、その後にガーベラを二、三本でも入れてみましょう。カスミソウ自体も小花に小花を引っ掛けて形になるものですから葉もないガーベラを水切りしてすっと正面と奥、横などに挿して効くポイントを見つけてみましょう。ガーベラの色は好みと置く場所のイメージで何でもよいのですが白も悪くありません。ガーベラの白はオフホワイトでカスミソウの白と違います。二種の花、二種の白での構成もシックです。

 合わせる花は、例えば手前に蕾が開いてきているものがあれば横奥に低くかなり開いたもの、さらに奥にぐっと引いて奥行きがわかる中開きのものがやや横向きになっているとか、変化付けてみましょう。どれかはベールのようにカスミソウの中に見え隠れの美女にしてみるのもいいです。ジャーンと正面に来ているオキャンな子、シャイでそっぽ向いて奥に見え隠れな子、自信家でマイペースな全開の子、など、適当に自分で配役を決めて春霞物語とか勝手に楽しみながら生け花してみてください。置き場所にセットしたら置き合わせるものも工夫してみて。何も無くてももちろんいいのですがスカーフやら自分のアクセサリー、置き時計など小物で引き立つ感じでしたら舞台設定も楽しいものです。

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2005.04.03

カスミソウを生けてみましょう(1)

 カスミソウを生けてみませんか。日頃は花束などでバラやガーベラなど他の花に添えられている感じですが、あのカスミソウだけを生けてみましょう。細い枝に白い小花をたくさん付けている可憐な花です。チュールのような可愛らしさと夢のような優しさを併せ持ったカスミソウの魅力を満喫してみてください。私は昨日さよならしましたが、いただいた花の中でカスミソウだけをコップに生けていました。台所の出窓のところに置いていましたが、寝ぼけて起きてきてそれを見るとあまりの美しさに目がぱちっと覚めていました。そして何もない日でも見るたびに幸せ気分でした。私からでなくカスミソウの方から先に声かけてくれている感じがいつもしていました。ある歌手が引退コンサートで一束のカスミソウを髪につけていました。それほどなくても花嫁さんもつけている姿よく見ます。チラチラと揺れて小雪のような純白のカスミソウは、はっとするものがあります。

 茎は細く葉はほとんど無いも同然の花ですので剣山でなく花瓶などに挿して生けましょう。花の色が白なので好みや置く場所に合わせてグラスやコップでもいいです。捨てないでしまっておいたワインの瓶などはきれいな緑や青などがありきっと素敵です。マッスに入れるにしても真ん丸でなくて春霞のようになびかせたり、勾玉のようにしたり多少動きあるマッスにしてみませんか。そして大事なことはただ固まりでなくベタッとしていないことです。小花の密度が小さい部分と大きい部分を必ず作って変化(動き)を持たせてください。それが生け花です。そして余裕があって置く場が大きく、合うようでしたら量のカスミソウからすっと出る線のカスミソウを1本出してみてください。あとは傷んでいる花、ショボンとしてしまっている花を取り除いてまとめます。壁際に置く花であっても最低三方(正面と両横)からはまた違う風景で楽しめるように。気持ちは四方花です。

 とにかく楽しんで生けてみてください。歌いながらでも。水切りは忘れないように。そして、清らに優しいあなたの友だちを創出して同居してください。色とりどりの花が咲き乱れる春こそ、そういった純白へのトライがよいかもしれません。

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