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2005.03.31

量について

 量については、先に話した面と同様のことが言えます。ボタンの花など一輪(単独)でしっかり量感があるものと、カスミソウやナノハナなど単独では量的要素を持たないものが集まって(複数や集合体で)量感を構成するものとに分けられます。マッスのように球体でなくても、量は線の伸び行く力の固まり、深まりと言えます。夜のニュースショーのバックに季節先取りの枝ものがそれこそ株ごとやって来たように豪快に生けられているのをよく見ます。株ごとではなく生けられているからこそ省略を重ねて、でも自然のままのようにそして華麗です。自然そのものの移行はもちろん自然ではあるけれども、その深さやパワーが最も効果的に在るわけではないので生け花はそのお手伝いをすることと言えると思います。どんなにたくさんの集まりであっても、その一本一本を生かすようにして、第二の自然の生命の歓喜のために心を尽くします。

 アジサイやヒマワリなどの花は茎を長く扱えば線的に扱ったことになり、それを大作で簾のように並べると面的、短く低くワイングラスに挿したり数本集めてマッスに生けると量的に、ということになります。花材の形態、その要素をどう扱うかで印象も作品の大きさも変化します。「線的扱い」「面的扱い」「量的扱い」ということを忘れずに。
 
 量感は単なる線の固まりや個数の固まりではなく、生命の盛り上がりでもあり深みでもあり、それはまた生け花する人の姿勢、深みでもあります。豊かなふくらみを抱くボリュームを。

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2005.03.30

面について

それでは面についても話しておきます。ゴムの葉、ハランの葉など単独で広い面的要素を持っているものと、例えばモモの花の横枝の直線をたくさん並べてベタッとした面でなく、すだれのようになる集まりで面的なものとに分けられます。線が生命の伸び行く力ならば、面はその生命の広がりと言えます。生命の伸び行く線の広がりでできた面であると捉えて、表面的な形の面白さだけを追ってしまわないように気をつけます。単なる造形作品を花枝を素材として表現しただけになります。色や形だけのものでしたら素材が花や枝でなくてもよいわけで、生命あるものをもっと輝かせるために造形要素としての捉え方と心したいものです。

 きれいな面を持った大きな葉(ハランなど)の魅力を生かすことを先ず考えることとします。葉は最初から、水切り前に拭き上げておきます。手に持ってぐるっと回して見てポイントを見つけると構成が頭の中に浮かびます。何枚もあるといろいろな表情(うねりがあり動きがあるものもあります)をもっと個性的に生かしたいと次には思います。心の中で、葉と話しながら楽しく進めてください。流派にはそれぞれの流儀、考えがありますので一概には言えませんし最終的には主観の問題ですが造形の美、面白さだけにこだわってガラス器の中に沈めて見せたりぐるっと回してホッチキスで留めたりは個人的にはしたくありません。素材が無機質のものでないから。私が逆の立場で花ならば嫌だから。

 大きくてきれいな葉の面の魅力、分身の術のように先端を目でつないで行くと線の並びでも南京玉簾のようになる面の魅力。生きて周囲に働きかける力を持った「面」を、生け花で楽しく見つけてみませんか。

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2005.03.29

線について

 以前「花材を線、面、量で捉えるということ」のタイトルで、一つの素材(花材)でも線的に扱ったり面的に扱ったり量的に扱ったりする変化についてお話しました。線についてもう少し細かなことを話します。小さな種を思い描いていただけるとわかりやすいのですが、生命が生まれ芽が出ます。やがて少しずつ伸びてゆきます。線は言わば生命の伸び行くパワーの象徴です。直線と曲線があります。そしてもう一つ、自然界ではそのものだけを見ることはあまりないのですが大切な線があります。屈線です。例えばウメなどの枝が伸びてブロック塀に当たった場合、そこからまた上に伸びてゆきます。直角ではないでしょうけど角型になっています。そういう力強さを屈線は持ちます。1本の大きな枝を回して見て、横枝から屈線を見つけて生け花ではよく使います。そのまま横枝を取った状態では、メインの中心枝を切って横枝を取ったので真っ直ぐに枝を持つとプツンと折れたような感じです。ところが剣山に立てて(傾けたい方向と逆になるように枝は斜め切りします)ぐっと傾けるとカギ型に力強く浮き上がる線になります。生け花の醍醐味と思います。

 横枝がカギ型に浮き上がるのは生き生きとしていますがぐっと倒したメインの枝(たぶん太い枝)があまりに真っ直ぐですと本当に直角の感じになりせっかくの屈線を生かす働きをしてくれません。少しでも撓めてみましょう。屈線の横枝の方が曲線で趣あるものでしたらメインの枝は太い直線のままであっても構いません。生け花の写真、実際の作品に屈線を見つけて、機会があった時にトライしてみてください。ミニ版の作品なら苦にならないでしょう。横枝屈線を斜め前方向にぐっと傾けて、あとはマッスの時のように枝の足元に色味のはっきりとした花をマッスでなくても2、3輪低くまとめてください。生きた線であるかないかを感じとることが大切なことです。

 直線、曲線、屈線と、それぞれの特長を花材に見て生かしてあげること、生きた線になっているか、また造形的なことばかりに囚われてその植物の本来の魅力を発揮できないのではないか、必ず遠目で見て確認しながら楽しみましょう。線一本にちょっと凝ってみる機会があれば、ぜひ。

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2005.03.27

水盤に花を生けてみましょう

 陽気もよくなって来ると水盤での生け花は大活躍です。もちろん通年使う花器なのですが、挿し口が大きく水面がたくさん見えるので寒い季節にはあまり多くを見せない方が選ばれます。挿し口を前方にして水面を後方にしたりもします。そして冬を過ぎると、勢い水面は目にご馳走になります。きれいな水面を保つようにしましょう。小さな葉のかけらや枝のかけらなどが落ちても取り除いて、清潔で豊かな水の面を保っていたいものです。

 水盤は明治時代に鉄鉢型の盆栽の器に生けた花が水盤生けの元と言われています。洋花を取り入れてからは水盤の出番はことに多くなりました。床の間だけでなく玄関や応接間の棚やテーブルにも、大から小まで卓上にも置ける作品として装飾的な効果も絶大で親しまれてきました。生け花各流派で独自の指定花器もあります。金物屋さん、花器専門店、デパートなどの陶磁器、竹や木製品の花器売り場に行く機会があれば見るだけでも楽しめます。花展に行くと販売する人もなくもっと楽しめます。実際に働きをしている花器ですから。

 また既製の花器でなくても深皿や大皿でも水盤になります。底が平たくない場合はティッシュをたたんで剣山の下に敷いて平たくしたり寒水石(白くて小さな石の粒ですが)を敷いて平らな面にしたりもします。小さな作品はスープ皿などでも十分です。場に合った素材、色味で水盤でのミニ生け花も楽しんでみませんか。水面をきれいにたっぷりと見せるためにも剣山は真ん中でなくどちらかの端に位置させて、水面をきれいに保ち余白を生かしましょう。余白が花材の働きを強めて生き生きとさせてくれます。

 

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2005.03.25

花日記のようなものを

 私は十年日記というものを購入して書いていて、今は二冊目です。読み返すことは何か確かめるなどの必要がなければしませんが同じ月日のものは上の段にあるので見ています。世の中の出来事も個人的な出来事も、それからぼやいたり不安だったり喜んでいたりとわずか一日五行の中にメモされています。何も書く気がない時、書けない時は書かない自分の記録です。花に関しては、生け花を定期的にしていた頃は必ず花材と花器、それに関するメモを書いていました。今は散歩して見る植物のことがほとんどです。あとは小さな庭の花のことなど。

 花を生けたら記録しておくことはよいことと思います。記録はきっと役に立ちます。どういう取り合わせでどの花器、今後への反省などメモしていて、日付があると助かります。外の様子よりもほんの一足はやい時期のものを生けることが多いので似た時期のメモはヒントになります。人に見せるものではないので思うように書けばよいわけで、私は習っていた頃は花材について人物批評のようなメモを書いていました。やはり何も無い時には書くこともなく、気が乗ったら花言葉について触れたりしていたと思います。しっかりした日記でなく、日記帳でもなくて、自分用で自分流の「花日記のようなもの」作ってみてはいかがでしょう。手書きでもパソコンに記録でも。スケッチや写真があるとさらにわかりやすいと思います。

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2005.03.23

一文字留めと、叉木留めについて

 筒状、柱状の花器に花配りをして口幅いっぱいに花材を挿し込まないですっきりまとめる方法を二つご紹介します。一つは一文字留め。簡単で何かと重宝します。使用しない枝を花器直径や幅よりも5mmばかり長く切り、両端を持って縦にします。それを花器に入れますが、まず花器の縁より少し下にどちらか端を下にして斜めに入れます。下になった方は花器の中壁に指でしっかりと固定、もう片方をぐっと力を入れて同じ高さまで落とします。先に入れた端と同じ地点まで下げることになります。ヤナギのようにしなやかな枝は多少大きくて湾曲してもピタッと留まります。でも硬い枝ものでしたら斜めのままで止まってしまい下がりません。外して、1mm単位で長さを調節してトライします。その左右どちらかに花や枝を入れて、挿し口の半分であるもう一方は余白にして足元をすっきりと見せるわけです。私は花瓶の口でもよくこの一文字留めをしています。そしてお墓のお供え花も一文字留めで固定しています。

 もう一つは叉木留め。私が時々お墓の花入れに仕掛けて留めているものがあると先に話した方法です。ツバキなどの枝が枝別れしている部分「Y」字になっている部分を一文字留めと同様にして花器の中に留めます。「Y」部分の上二本の部分は花器が丸かったら丸みに合わせて切り、平たかったらピタッと壁につくように水平に切ります。あとはその「Y」の二本の方を先に斜めに入れて、一文字留め同様にもう片方をぐっと落とします。斜めで止まったら1mm単位で切り詰め、やり直します。「Y」の二本で区切られた中に花材を挿して留めますが、動かずにしっかりしますので風や人に触れて飛んだり形を変えたりしてしまうお墓のお供え花に合うものと思います。それ以外でも普通の生け花でももちろん使用します。

 普通には一文字留めができると重宝します。この方法は幅がやや狭い花器に剣山を入れて、あるいはオトシに剣山を入れて剣山を固定する時に役に立ちます。大きな作品でも剣山が浮かずに仕上げられますから。ぐっと落としてそのまま剣山を押さえるわけです。機会があればこの痛快な感じを味わってみてください。

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2005.03.20

お供えする花は

 お彼岸の墓参りに行ってきました。お供え花も時とともに多様化しています。モダンな洋花もかなり多く見られます。わーきれいと思って近付くと造花ということも多いのですがお参りする人の事情もあるでしょう。なかなか来られない、あるいは造花であってもきれいな花を見ていてほしいなど、思いはいっぱいであるはずです。でも花と造花を一緒に入れているものを見ると少しヘンな感じがします。色味やその花を加えたかったのかもしれませんが、水を揚げるものと揚げないものが一緒に水の入った入れ物にあるということに違和感があるのです。それでも、すべて気持ちの問題ですから心こめてされたことを好みでないから「ダメ」とは決して思いません。気持ちはきっと届いているでしょう。

 掃除していてバケツの水換えなどで通り道のお供え花を見て楽しみました。庭の花、鉢の花であろうものもあります。クリスマスローズやムスカリ、はてはハーブのラベンダーなども。風が吹いて乱れないように、飛ばないようにとびっしり詰めているものが多く見られます。でも生け花をする人でしょうか、時々、叉木で花留めしているものもありました。叉木についてはまた別に話をさせていただきますが、しっかりと動かずまた足元もすっきりとして気持ちよい花留めです。

 生け花は仏前の花、香、燭の中から分かれて発展してきました。生け花でないのですが、それ以前の古代では一本の松などを立てて神前に捧げることもされていました。すべて素直な清く明るい願い、祈りの気持ちが根底にあります。墓前にも家庭のお仏壇にも、新鮮な水に入った気持ちあふれるお花をお供えしていたいものです。

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2005.03.19

花展、作品展に行ってみましょう

 春先になると華やかに花展(生け花展)や作品展(フラワーデザイン)が多く行われます。知っている人が出品してなくても、前を通って入りやすい感じ、気をひく感じのものには入ってみましょう。よく芳名帳に記帳を求められますが、まずは拝見してからと会釈くらいで通り過ぎて構いません。出品している人に知った人がいてわざわざ訪れたのであれば最初から書いた方がよいのですが、熱心に勧められても無理に記帳の必要はありません。今後同じような行事に案内状が届くとかいうことはありますが、勧誘などに使うことは普通はありません。その気になったら帰り際にでもすればよいのです。

 写真やポストカード、カレンダー等で、なんて素敵と思う作品が多いのですが、できるだけ実際の作品を多く見ることがよいのです。上手にプロの写真家が撮影していますが作品は立体です。はっきりと奥行きも見て横からも見て先輩方の見事さを肌で感じましょう。時にはごまかしをしている(応急措置のままの)作品もあったりですがそれも勉強です。なんてすっとした葉、と思い横から見ると両面テープで留めていたりもあります。もし仕掛けをするのであれば必ず楽屋裏は見えないようにします。それを痛感することは大切なことです。

 花や枝の名前を知りたければ近くにいる関係者の方に尋ねてみましょう。教えてくれます。「すみません。よく見ますがこの花の名前は何というのでしょうか?」「ありがとうございます。作品、本当に素敵ですね。目の保養になります。」というくらいの自分なりの素直な会話をしてください。もっと質問があればしてもいいです。
 
 生け花作品は軽く頭を下げて(礼をして)拝見しますが、それは「生け花する人の習慣」で身についたものですので普通に見て廻って構いません。気持ちだけは「こんにちは」と軽く礼をする感じでいたいものです。花と花器の調和や色彩の扱いなどよく観察して心にメモして帰り、いつか真似して生けてみることもよいことです。多くのことは模倣から始まるものです。

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2005.03.18

チューリップを生けてみましょう

 陽気がよくなってくると花屋さんに美女、美少女のような面々が競演します。チューリップは最近ではスーパーでも花束だけでなく鉢ものでも販売されています。品種も驚くほど多く出回っていてミニチューリップという可愛いサイズのものもあります。色も豊富です。花の名をほとんど知らない人でもバラ、ユリ、チュ-リップは知っているのではないでしょうか。まったく違ったタイプの花の御三家とも言えましょう。ことにチューリップはティーカップのような花に長い茎なのでゆらゆらと揺れ、大きな葉とともに愛らしく、幼い子には親しみ深いものです。アップリケや刺繍にも絵柄的に可愛いイメージを盛り上げます。最近では、大人のムードのすーっとした細長い感じで淡い色味のチューリップなども、あるいは花弁がふさふさのバラのようなチューリップ、花弁の縁がピリピリと尖っていて造花のようなもの、二色の縞模様のものもあります。それぞれに個性的です。好きなチューリップを見つけたら春を呼ぶ明るい心を生けてみませんか。 
 
 向日性。太陽の光の方に花が向く性質を持っていますので、真っ直ぐに生けていても太陽(光)の方へと花が向いて行きます。茎がしゅっとしている直線的な美を生き生きと出すとモダンです。その花茎を強く傾けて生けるには細身のものがよいでしょう。花がカップ状のものが頭の重さでダランとした感じになりがちです。時間性を考えてつぼみ、半開、九分開くらいのものなど数本あれば長さや傾きもリズムが出るようにしてみましょう。水切りしていれば長い間楽しませてくれます。剣山に生け花でなくても花瓶に挿すことでもちろんOK!最初は長めにしておき、水換えしては水切りして、短くしながら表情の変化を楽しんでください。のびのびとおおらかに、しゅっとスタイリッシュに、たくさんで愛らしくなど、チューリップで自分らしい春迎えしてみましょう。

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2005.03.16

花、枝をためることに失敗したら

 花や枝をためて求める曲線を創出できたら「やったー!」という感じですが、逆に力が入ってしまってポキッと折ってしまったらそのショックは大きいものです。私はウメやモモ、花ではカーネーションなどどのくらい折ってしまい泣きかぶったかわかりません。その瞬間、血がスーッと引き、やがてパニックになります。絶対これと決めていたのにという思いから、なんとかしよう、なんとかしなくては、なんとかならないものか、と焦りながら対応策に向かいます。

 でも不幸にも折ってしまったら、あきらめる思い切りが必要です。折れたもの、道管が破壊されたものは無理です。ごまかして当て木をしたりセロテープで巻いていても(花展でも見かけることがあります)所詮ごまかしはぎこちないもの、生きたように見せることはやめます。作品の形が変わっても「変身!」とばかりにイメージチェンジしましょう。

 うっかり折ってしまう度に「もうイヤ!」と思いますが事故は起こり得るもの。先生をしていても生徒さんの作品の手直しで折ってしまうこともあります。「アッ!」と思っても、深呼吸。潔く代わりのものがあればそれを使い、もし無ければさっぱりと別な作品にする決心をしましょう。

 折れの心配が少ない花材、しなやかなものばかり扱っているとそれは安心でしょう。でも時にはトライしてみてください。決められた花材で決められた数での作品の制作をする教室という場所は、そういう点では他の人の対応(先生や仲間)にヒントやアドバイスを得られる利点があります。ひとりで楽しむ生け花も「生命」を「生かすこと」を忘れずに、変身ソングでもハミングするくらいの気持ちで事故に遭っても視点を変えて再度トライしましょう。

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2005.03.13

花、枝のため方について

 花や枝をためるということには二通りあります。書くと「矯める」と「撓める」です。生け花では後者が多いのですが、まとめて「ためる」ということです。「矯める」とは字の通り矯正する感じで、曲がったものを真っ直ぐにするというものです。「撓める」は正しい読みは「たわめる」ですが「たわわに実る」と言う時の「撓み」です。真っ直ぐなものをしならせる、曲げるということです。

 例えば真っ直ぐでツンとしたバラの花茎をためることによって、やさしく語りかけるような曲線を生み出します。花茎を両手でジャンケンのグーのように握り、伸ばした親指の先をぴったりと合わせます。お腹あたりに付けてからゆっくりと押し撓めます。一気にするのではなく少しずつ両側あたりもためます。体から離して行うと力が入りすぎて折れることが多いので体に付けてためてください。
 枝も細いものは花茎と同じ要領です。ただ太いものや木質の硬いものは無理ですので切り込みを入れてから軽くためます。花鋏の先で表皮に切り込みを入れます。これを押し撓めるとピシッという音がしますが、大丈夫です。心の中で「ちょっと辛抱してね」と話しかけながら行ってください。枝直径の5倍以上離れた所に切り込みを入れて求める曲線をつくります。大作や古木などですと木でクサビを作って目立たないように差し込んで曲線を作ることもあります。

 ためをして水揚げが悪くなるのは避けねばなりません。水分流通は細い管が集まった道管の仕事です。この道管の半分以上が働いている状態が限度というところです。少しずつ場所を移動しながらゆっくりと行ってください。角度としては10度が限界です。一気に一ヶ所でするのでなく、じっくりと求める曲線をためてつくります。

 その植物が本来持つ生命力を生き生きと演出するために「ため」をします。ためることによって妙に目立ち違和感が生じたりわざとらしい嫌味が漂うと、野暮であってもしない方がよかったという失敗になります。ためられる花や枝の気持ちになって丁寧にゆっくりと行いましょう。自分自身の心を撓めるような思いになります。

 

 

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2005.03.12

枝ものの傾け方について

 枝ものの傾け方について補足をしておきます。傾くと言うと、家や会社が傾くように倒壊寸前の感じがありますが生け花での傾きは動きや方向性です。先にお話しました、菩薩像のようにやさしく語りかけるような動きの通りです。家の玄関に入って流れるような枝ものが生けられていると、見ても楽しく、歓迎され奥へと誘われている嬉しい感じを受けます。

 傾け方について、真っ直ぐに立てて傾けたい方向と角度に一気に傾けると言いましたが、それは花でも枝ものでも一緒です。ただ枝の場合には斜めに切るので少し違って来ます。太い枝でしたら斜めに切ったら割り(切り込み)を入れて、さらに先の尖っているところを横に(水平に)切り直します。先端のとんがりを無くすことです。これで剣山に挿すのですが、傾けたい方と逆の方に斜めになった切り口を持ってきます。それを力を入れて真っ直ぐにしっかりと立てます。木質が硬くて難しい場合はグルグルと回すようにして立てます。それから一気に傾けます。もし斜めになった切り口が傾ける側にあったらジワーッと傾いた方へ倒れて来ます。必ず傾けたい方向と逆の方に斜め切りをしておきます。なお角度が大きかったり花や葉で頭が重いようですと剣山が浮いて倒れそうになりますので仮に剣山で留めをしておくとよいと思います。他の枝や花を挿していく内に力のバランスがとれて来たら仮の重しを取ります。

 最近は花束にも多く枝ものが入っています。生け花用にわざわざ買わなくても、いただきものに枝ものがあればそのままを花瓶にもよいのですが、枝ぶりがよかったりでしたら流れるような線を生けてみましょう。手前に同じ花束の花でマッスを作ると線と量とで(あとは色彩などの調和もありますが)すっきりした生け花作品ができます。先ずは小さなものからトライしてみてください。枝が細く小さくても、添え木を付けていても傾け方の要領は同じです。

 

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2005.03.11

枝ものの切り方について

 テレビを見ていると、ニュースショーや首相官邸のバックには通年ある花でのデコレーションがあり、それも素敵なものから色集めのような感じのものまでで、でもプロのものなので好きか嫌いかという個人的なところです。昨日のニュース最終版のバックには花の株ごとやって来たかのような見事なレンギョウの大作がありました。躍動的な枝々にびっしりと黄色の花が春到来の息吹でした。

 枝ものの切り方について補足をしておきます。斜めに切るということ、割りを入れるということをお話していました。細い枝でも割り(切り込み)を入れて吸水面を広くして、また剣山の針に留めやすくします。枝ものは太い(およそ2cm直径、素材の硬さにもよりますが)ものは生け花用(携帯用)の鋸でゴシゴシと切るのですが大体1.5cmくらいまでの直径でしたら花鋏で切れます。細い枝、花茎は刃先で切りますが、太い枝ものは斜めに花鋏の奥に深くはさんで切ります。その時、片手で枝を持ち片手で花鋏を持っていますがどちらかを向こうに、どちらかを手前に回して切ります。ぐいっと一気に回し切りしますときれいに切ることができます。

 花咲く枝ものも、葉のきれいな枝ものも、これから花瓶にも生け花作品としても楽しみな季節を迎えます。我が家のウメは散り始め、アンズが咲こうとしています。もう少しするとサクラ前線のことも話題に上がるでしょう。花見もそれぞれのスタイルで楽しみたいものです。花も葉も無い時期と花や葉を付けた同じ樹木を見ることも日課の散歩でのエキサイティングな発見があります。動きのよい枝を見て頭の中で1本斜めに回し切りして手にした自分を想像するのも私には楽しみなことです。

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2005.03.04

花材を線、面、量で捉えるということ

 花材を線、面、量で捉えるということについてお話します。植物は形や色、質などそれぞれに個性を持っているので抽象化して捉えるということは適切ではないのですが、作品の構成上や表現の上で「線的」「面的」「量的」という風にします。バラの花が数本あります。「三本のバラで生け花を」で長く短く長く生けました。あの場合は「バラを線的に使った」ということです。「雛祭りの花を生けましょう」のモモの花のように垣根のように同じ丈でずらっと並べたデザイン的なものにすると「バラを面的に使った」ということです。またバラの花をマッスにしてボリュームある球体にした場合「バラを量的に使った」ということになります。一つの植物、一つの素材でも扱い方で雰囲気や効果がまったく違った風に表現できます。例えば小さな花が集まって構成されている一輪のアジサイ。大きければ一輪でマッスにもなります。これはどう見ても量でしょう、と思うのですが大きなアジサイの葉を一面に並べて壁のように使えば面的、これからの若い芽、少し色がついてきた中くらいの花を後ろ、前にと持って来ると線的な構成になります。大きなクロトンの葉ですと同じように並べて面的、リズムをつけて長短で線的、うねるように炎のようにマッスにすると量的です。モモの花の枝も雛祭りの花で玉簾のように並べて面的、枝ぶりを生かして水盤に大きな三本の役枝で長く短く長く生けると線的、残った(落とした)小枝を集めてポコポコ手毬のようにまとめると量的です。アジサイの花やクロトンの葉は単独で面的にもなります。集めても(並べて)なります。単量的、集量的と、量的が分かれるところです。

 素材の色形や質で線面量的な捉え方をして、置く場、花器、置き合わせる小物など、それらの要素の組み合わせを考えると数えきれない花の表現方法があります。花材を変え、花器を変え、場所や設定をも変化させていろいろな組み合わせでトライしてみてはいかがでしょう。水切り用ボール、花鋏と花鋏を置く(もちろん台や鋏を拭く用もします)タオル、蒸散を補う霧吹き(普通にご家庭で使用のもので)、もしかしたら添え木に必要なワイヤー、ワイヤーを切るペンチなどを用意したらあとは花材と花器を自由な発想で楽しんでみてください。音楽流しながらでも歌いながらでも、話かけしながらでも。絵を描く時と同じで時々遠目に離れて全体を見ながら生けてください。できた作品に心が入っていたら(それは感じられるものです)技術的な評価は関係なく、あなたは「いけばな人」です。

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2005.03.02

雛祭りの花を生けましょう

 雛祭りの花と言えばやはりモモの花です。災難に遭わず無事に育つようにとの親の願いがふっくりとしたモモの花に込められています。時期ものはなぜか沢山出回るのにお高くなります。スーパーや八百屋さんの店頭に短い枝を寄せ集めて束にして売られているモモの花で気軽に雛祭りの花を生けてみましょう。前回の大きな葉を1、2枚立ててその前にマッスにした花を生けた作品の応用になります。

 赤(ピンク)のモモの花を束であれば束、枝ものでしたら2、3本用意します。基本的には簡単に生けられる生け花ですので一色で構いません。小さくても可愛いさわやかな作品を生けます。マッスにする花はナノハナです。つぼみができるだけ多くついたものを3~5本用意してください。(花のつき具合で、3本でも構いません)花器は温かい感じがする明るいイメージのものがよいと思います。赤や黄色などの水盤、素敵な菓子箱や重箱にオトシを入れて(透明タッパーなどで)でも節句の雰囲気が盛り上がります。緋毛氈(に代用できるスカーフや布でも)を敷いてもいいですね。剣山を入れて針が隠れるくらいまで水を入れ、花器のどちらかに寄せて反対側に余白を作ります。

 前回、大きな葉を立てた時と同様に剣山の後ろにモモの枝を立てます。器直径(長辺)くらい長さにします。日を受けて花つきがよい赤めの木肌の色の方が表です。日を受けていない、花が裏側ばかり見える方は木肌が緑色です。こちらが木の裏側になります。正面に表が出るようにして奇数本(7~11本、花器や花の大きさにより加減してください)を隣とぶつからないようにして横一列に並べます。同じ高さでポコポコしたモモの花が縦縞のようにバーコード風に並びます。横簾の趣です。例えば左側に花器の縁があれば右側に水面を見せますので、剣山左奥より並べて挿して立てます。そして、前回と同様にその右前に花のマッス(今回はナノハナ)を生けます。中心の1本を基準にして中高になるように全体を仕上げます。ナノハナはぼんぼりの灯りのようにやさしく温かい感じです。下の方の葉は茎を付けて節目で切って剣山を自然に隠すようにしましょう。全体を離れて遠目に見て、バランスなどを確認しましょう。そしてOKだったら、水を花器いっぱいに入れます。水切りした花はぐんぐんと水を揚げますのでいっぱい入れてください。ナノハナはびっくりするくらいヒョロヒョロとあちこちに伸びますので、こまめに水切りして整えてあげてください。

 置き合わせる小物は雛人形のカップルなど。既製品もよいのですが折り紙で折ったものや手作りのものなどでも、置く場や花器などに合わせてセミフォーマルかカジュアルかを見極めてマッチするものを選びましょう。雛人形に限らず雛あられ、菱餅、白酒、ぼんぼりなどの小道具でもいいですね。「私流」「我が家流」のオリジナルに仕上げてください。 
 では、モモの花が魔よけしてくれて、益々の福があなたの元にやって来ますように!

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2005.03.01

花の行方は

 今日は高校の卒業式。花束を持った卒業生がにこやかに歩いていました。花を持つどころか山ほど抱えて顔も見えないくらいの人もいました。50本、100本くらいのバラの花束を抱えていたあの子は、先輩後輩からではないだろうなあ、などと要らぬ推測してしまいました。よく晴れて風がぐっと冷たい日で、笑顔の頬が赤くなっていました。「冴え返る」とは、張り詰めた冬の寒気がいったんゆるんだ後に再び戻ることを言います。「冴える」は、空気や光、音の透明感のほかに頭の回転や心の持ちようの鮮やかさを意味します。その「冴え返る」という言葉が浮かんだ日でした。

 花を持った彼等は真っ直ぐ帰ることはないでしょう。街へ繰り出してワイワイかもしれません。誇らしい花束はハレの日の勲章、アクセサリーのようなものかもしれません。青春の思い出でフィルムにたくさん残るでしょう。生け花やっているからといって、それらの花はどうなるんでしょう、とまでは思いません。きっと思い出そのままに部屋で同居しているでしょう。
 私はそれとは別に「花の行方」を心がけています。そして生徒さんには必ずその思いを話していました。


 生け花した後の花材、その残りの花クズ、傷んだ花や枝の行方です。どうやってサヨナラしているんでしょう。よく、燃えるゴミ出しで透明ポリ袋に花の姿を見ます。少しだったり沢山だったりです。ふっと、目をそらします。花クズも傷んだ花枝も、ゴミで出すのはわかっていますが一回何かに(広告チラシで結構です)包んでゴミ袋に入れたいものす。部屋に生けていた花の傷んだものも台所の三角コーナーに生ゴミと一緒にポイとしないで、何かに包んでゴミ箱に入れたいのです。行き先は同じで、ゴミはゴミです。でも「ご苦労さん」とか「ありがとうね」とか言って別に包んでサヨナラする優しさ、思いやりを持っていたいのです。私はせめて生け花する人はと思って、生徒さんだけには話してきました。生徒さんは嬉しいことに習慣づけてくれました。本当は、共感していただけるすべての人に、と願っています。自分が逆の立場(花)だったら嬉しいと思うのです。

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