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2005.01.31

男性も花生けしましょうよ

 世界は争いが絶えず、日常での犯罪もかなり複雑かつ過激になってきました。かなり危なっかしいものも平気な顔をして溢れています。平凡な日々を過ごしていることがこんなに有り難いとは、私は入退院の繰り返しの内に痛感したものです。そして「一輪の花を挿している光景」をイメージしていました。今普通に暮らししていて、日々歩き、やはりそのイメージトレーニングをしています。植物、とりわけ花はこの世にプレゼントされた慈悲そのもののような気がします。神さまの存在はわかりませんが、そう思います。

 小さな子供さんから高齢の方まで、一輪の花を生けることを通して生命の尊さを感じていただきたいと思います。
男の子でも、おじさんでも、おじいさんでも。男性の方も、もちろんです。キザにでなく自分流でよいので花や緑と触れ合ってほしいのです。

 生け花と私は書きます。生け花、活け花、いけばな、などいろいろ書き方ありどれが正解というものではありません。でも物理的に花を生かし、花がその場を、また見る人を生かすことが生け花の精神と思います。
 一輪の花を挿すと立派な生け花です。フラワーセラピーとかもあって最近は男性の生け花教室も盛んになってきたようです。フラワーデザインは華やかで素敵なイメージがあり男性もかなりされる方多いのでは。でも、生け花とフラワーデザイン、あるいはそれ以外の境界線作らなくてよいのです。精神の根本が一緒だったら。植物が水を揚げて生き生きしているのであればボーダーラインは無くても。さあ、男性も花生けしましょうよ。
 でも、私の夫、息子は苦笑いして後ずさりでしょうねえ。まっ、それもよし。花や木など機会ある度に目をやってくださいな。生けてあったら好みだ、とか何か感じてくれたらね。必死になってのお誘いではありませんから。

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2005.01.30

水切りのススメ

 前々回に「水切り」することをお話しました。いろいろな水揚法があることも。ほとんどの場合、水切りをすることでまず大丈夫です。お花によってはアルコールやら湯、塩やら、強制的にポンプで圧縮した水を送り込むこともされます。長い間、生け花をしてきましたのでそういうチャレンジをして水揚しにくいお花を生けてみたいという思いは起こるものでした。またそういうお稽古もカリキュラムに組みました。「お花の先生」である時にはすべての経験が大事に思われました。私は今、事故や病気に遭い現在自主休業(届けを出して)しています。そうして、歩く、とにかく歩く生活の中で30年にわたる生け花との関わりを見つめ直して来ました。

 水切りで水が揚がらない花は切り花に向かない、と思い切ることが自分に合っていると感じました。水切りしてきれいな水を常に揚げている環境が一番大事と思います。新鮮でおいしい水は植物も同じです。私は花に、植物になったら、という視点でいけばなを捉えることにしました。だって次に生まれ変わったら植物、花、かもしれないし。そうなると生け花はとても判りやすく自然なものとして生活にすんなりと入って来たのです。花を生かす、「いけばな」として。

 まず面倒がらずに声かけ(心の中ででも)しながら水切りして花のある生活、花と暮らす生活をしてみませんか。
「学問のススメ」なく、最初の一歩として私は「水切りのススメ」を推奨します。

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2005.01.29

新しい水をお花に

 一輪のお花は元気にしていますか。コップや花瓶に茎が底まで届いているとまず大丈夫ですが、短くて器の内側に茎の先端が架かっている場合は振動や接触ですり抜けて落ちることがありますので気をつけてください。セロテープで直径かそれ以下にテープを渡して留め、そこにできた挿し口に入れて同じように留めると元が大きな挿し口でも花がすり抜けて落ちることはありません。お試しください。その時は花や葉で舞台裏が隠れるようにしたいものです。盃やお猪口などに小さな花を挿す時にも便利です。盃や深い皿、鉢などに花が重たくなくてスレンダーな花を寝かせて挿すのも素敵です。テーブル、出窓、フロア、挿すことだけで花が変われば大小のバリエーションが楽しめます。

 さて、お花には新しい水をあげましょう。昨日の水から今日の水に替えてさっぱりさせてあげましょう。まだいける、きれいだものと思っても。だってそのお水をあなたは飲めますか?夏は懸命に水を新しくする人も冬は安心しますが、私がお花だったら嬉しいです。その時に傷んだ葉があれば取って、しぼんだ花(複数個ある花でしたら)も取って、茎にもしヌメリがあればきれいに洗ってあげましょう。子供やペットを育てる人なら普通に思うことでしょう。自分でできるものならお花自体がそうしたいと思います。自分がお花だったらこうしてほしい、と思うことを声にしなくても声かけしながらやってあげてください。ますます、ニコニコしてくれることでしょう。

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2005.01.28

一輪の花、挿してみましょう

 花を生けるとなると「えっ!」かもしれませんが、一輪の花を挿してみましょう。すっと、さしこむことです。器はコップでも、花瓶でなくて生活用品の中で水が入るものなら大丈夫です。一つだけ、約束ごとがあります。「水切り」です。これまた「えっ!水を切るって!?」かもしれませんが、水の中で茎を切って水の柱を作るのです。太い木枝はしなくて構いませんが特に花ものは「水切り」は大事です。一度茎から切られて空気が入った状態で仮死状態になっている花を再生させるのです。洗面器でも台所のボールでもあるいは丼等でも構いません、少し深めの容器にきれいな水を入れて、花茎を入れ水の中で切ります。できれば数回。浸透圧で水がすっと揚がります。いけばなでは水揚法というのが植物それぞれにあり教わるのですが、切り口を焼いたり砕いてアルコールに浸したりとかもあります。とにかく水切りしてあげましょう。そしてあなたが用意した器に入れてあげてください。好きな場所に置いて、心の中ででも声をかけてあげて。植物は人の足音、声かけが大好きです。「よしっ!」でもいいです、お花を見つめて心の中ででも声かけしましょう。

 ところで、切る道具「鋏」ですが花鋏が良いといっても切れるのであれば先ずは大丈夫。キッチン鋏でも。フローリストナイフより鋏をお勧めします。鋏は「はさんで」「切る」道具で、「刃佐美」とも言われるように美を助ける働きの道具です。斜めに切って吸水面を大きくしてあげましょう。細い茎ほど必要です。
 
 一輪の花、あなたの同居人、どうですか。微笑んでいるかな。

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2005.01.27

「 花のある生活 」   まずは一輪の花から

 一月も過ぎようとしています。一月は行く、二月は逃げる、三月は去る、という感じで春は駆け足でやって来ます。

 一月、睦月。年始その他を多くの人と出会い、再会して楽しいことも多かったと思います。お花と仲良くするのにも
睦月は良い機会かも。まだまだ外では咲く花が少ないのですが花屋さんのウィンドウには通年さまざまなお花が並んでいます。花屋さんに出向く気が無い方もスーパーなどで食品と一緒にお花を求めてみてはいかがでしょう。あるいはお庭の花、鉢植えのお花でも。きれいなお花を育てている方はたぶん嫌な顔しませんから「失礼ですけど、このお花を一輪分けていただけますか。」とお願いして厚かましくも有り難くいただいても。先ずは一輪のお花と一緒に生活することをしてみませんか。

 たまたまやって来た花でもいいし、できるならば何となくでも自分の気に入った花を友だちにしてみたいと思う気持ちが「 花のある生活 」の第一歩です。どういった友だち(同居人)を求めているのかを意識してみましょう。わからない時はこれから先にある出会いでピンと来たお花です。その時に「あぁ!」と思い出していただけると幸いです。
次回はお花を生けてみることをお話します。

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2005.01.26

歩く、見る、発見する

 5年前に交通事故に遭いました。現在では押しボタンがある横断歩道、以前は無かった所です。自転車を押してそこを渡っていての事故との遭遇。とにかくそれ以来、車も自転車も乗ることなく歩くことをしています。最初は事故に遭った場所を通る度に気分が悪くなっていました。日薬とはよく言ったもので月日は薬でした。2年、3年で少しずつ物理的にもリハでき、歩くことが楽しみになりました。車だと「あっ、きれいな花!」と思っても信号待ちでない限り通り過ぎてゆくもので、自転車でようやく降りて確認、でした。だから自転車ライフが好きでした。でもだんだん歩くことだけが好きになってきたのです。四季折々の木々、草花、いろいろなものを堪能しています。このビルの軒にまた今年もツバメが来ている、この学校の裏門にまた今年も色とりどりの山茶花が咲いている、とか。時々、出会う飼い犬がまったく姿を消していて「ずい分年とは思っていたし・・・」と勝手に寂しい思いでそのお宅の前を通り過ぎたりも。通りで、公園で、カラスを観察していると実に愛らしいとも。昔、急降下して来て追いかけられたこともあるけど個性さまざまでしょうと、トラウマ無し。

 本当によく歩きます。今は木々の裸木の姿を見つめて、やがて芽吹くまでの凝集パワーを感じています。枯れ木ではない冬に耐えている姿、これまた個性さまざまです。そうして5年前までには目先のことにばかり追われていて持ち得なかった「自分自身を見つめて自分自身と対話する楽しみ」をついに発見しました。
 
 今日も歩いています。冬の風が私の耳と頬に痛さを与えながら過ぎて行きます。

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2005.01.25

風のように

 風のように、との思いから「windy」と名付けて始めました。

長い間、生け花をしていましたので花に関すること、
生け花に学んだことを中心に「生活全体が花」を提案してゆきたい
と思います。すべては大きな愛に帰着するということがこれまで
生きてきて痛感することです。一輪の花を挿す心から技術も含めて
つれづれなるままにお話したいと思います。

風のように。 微風、そよ風、突風、強風、暴風、木枯し、など
私は風のように、風通りのよい、ピアニシモからフォルテシモまでの
風を自分の中に感じながら暮らしています。無風ではなく、ごくごく
わずかであっても吐息のようにであっても風のように動きのある
心の動きを感じています。

自分自身との対話も含めて、これからよろしく、です。

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